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5: 木花咲弥姫命

挿絵はチャットGPTのAI生成画像です。


 


(……晴明の言う咲耶(さくや)とは、もしかして木花咲弥姫命このはなさくやひめのみことだろうか?)



 蛍は自分の中にある知識を捻り出して、安倍晴明に問いかけた。



「その晴明の言う……咲耶って(ひと)は、木花咲弥姫命このはなさくやひめのみこと様?」


 

「そうや。 治癒が出来たり結界が得意な神様やな。この離れに居ったら、お前さんも会う機会があると思うで」



 安倍晴明は頷くと、穏やかな表情で蛍を見やる。


 

(——それはつまり……ボクは、また、この離れに来ても良いということなのだろうか?)



 蛍は息を呑んで、安倍晴明を見上げた。



「それならボク、彼が目覚めるまで側にいて看病がしたい……」



「そうか」



 否定するでもなく、安倍晴明は静かに瞳を伏せた。

 そして、ゆったりと立ち上がる。



「それなら、明日からはそうしたらええ」



 安倍晴明の纏う優しい白檀の香りがふわりと漂った。

 それと同時に蛍の目の前に差し出された大きな手のひら。

 


「そろそろ陽が暮れてまうさかい、夕餉に行こか」



「……晴明、ボクと一緒に行ってくれるのか?」



「その方が、俺も安心や」



 まだ屋敷に慣れていない蛍が道に迷ってしまうと心配した安倍晴明は優しく蛍の手を包み込んだ。

 どうやら、もう一度食堂まで一緒に歩いてくれるらしい。



(なんだかんだ言って、やっぱり優しいんだよな。 ボクのご主人様は……)



 胸の奥がじんわり温かくなって、蛍は思わず頬を緩めた。



「えへへ、嬉しい」



「なんや、そんなにお腹空いてはったんか?」



「えっ!? ……う、うんっ!」



 しまった、また、うっかり顔に出てた——!。

 蛍は慌てて誤魔化すように、安倍晴明の差し出した手をぎゅっと握り返したのだった。



 食堂に向かう途中で、そう言えば……と蛍は、安倍晴明の話しを思い出す。


 

「さっき晴明はこの屋敷を任されたって言ってたけど、それは一体どんな神様なんだ?」



「せやな。この屋敷はもともと四番国、千の国の前主神(ぜんしゅじん)の隠れ家として使われてはった」




 四番国、千の国の主神の神名(しんめい)宇迦之御霊大神うかのみたまのおおかみ

 その前主神の隠れ家を譲り受けたのだと、安倍晴明はまるで大したことでもないように告げた。



「そんな偉い神様の屋敷を譲り受けるって、凄いことなんじゃないのか……?」



 神の屋敷をそんな簡単に譲るなど、普通ではない——蛍の中にある知識がそう告げていた。

 その反応に、安倍晴明は「せやな」と苦笑する。



「それは、凄いことなのやろうけど……」



 どこか呆れたように言ってから、安倍晴明は続けた。



「あの方は、規格外に強うて、たった一人の女の子に執着して、壊れた世界さえ延命してしまう……そんな、大変変わったお方やな」



「そ、それは……なんと言うか……」



 蛍が言葉に詰まる。



「——()()ではあらへんな」



 安倍晴明は、蛍の言いたいことを先手を打って口にした。


 否……蛍への教育のためを思って、もっとも柔らかい言い方をしたのだが、正直言って、あのお方の蛍への想いは『異常』だろう——。




           * * *




 そして、数日が過ぎた頃、蛍は安倍晴明の式神の猫又、ミケから屋敷のことも教わり、屋敷のことや千の国の城下町についても分かるようになった。



 それだけの日が過ぎたというのに、離れで眠る彼は、まだ目を覚まさない。 



 眠り続ける白髪の少年、稲荷神の(れん)を前にして蛍は思わず不安を零した。



「……このまま、目覚めないってことないよな?」



「ないと思うけど、コイツに限って言えば」



 蛍の不安をキッパリと否定したのは、木花咲弥姫命このはなさくやひめのみことの咲耶だった。


 安倍晴明が言っていた通り、突然離れの屋敷に現れた咲耶は、小柄な身体で大きな薬箱を背負って、艶やかな桜色の髪に、大きな若葉色の瞳、てっきり少女かと見紛うほど可愛い見た目の青年だった。




挿絵(By みてみん)




 部屋に入るなり、咲耶はテキパキと薬を調合し始めた。


 見た目が怪しい透明の袋状の植物へ薬を流し込み、そこへ蔦の葉を通す。

 すると、その蔦がするりと蓮の手首へ絡み付いた。



 ポタリ……ポタリと液体が落ちていく。

 どうやら、人の医術で言う“点滴”に近いものらしい。



「コイツに限って言えば……か」



 本当に、治癒が得意な神様なんだな。

 蛍は咲耶の言葉を思い返しながら、眠る蓮へ視線を向けた。



「木花咲弥姫命様も、……(れん)のことよく知っているんだな」



 そう眠り続けている蓮のことを、きっと蛍が一番知らない。それを蛍は寂しく思いながら、言葉を続けた。



「……ボクは蓮のこと、何も知らないんだ。 木花咲弥姫命様が、何か彼のことを知っているなら教えてほしい……」


 

 そんな蛍の質問に咲耶は一瞬、動きを止める。



「残念だけど、俺は晴明ほどコイツのことを詳しくは知らない」



 しかし、すぐに無表情に戻ると、そうキッパリと言った。



「俺にとって、コイツは殺しても簡単に死なない丈夫なヤツで、毎回無茶をして大怪我をしてくる、厄介な患者だよ」



 咲耶が薬箱から取り出した包帯や薬草を片付けながら、「どうせ、また無茶なことしたんだろうな……」と呆れたように言った咲耶に、蛍はムッと眉を吊り上げて反論する。



「そんな酷いこと言わないでくれ! 晴明は、蓮が禍ツ神に襲われたって言ってたんだ」



「はぁ、なるほど」



 咲耶は蛍を横目で見やると、人差し指で額をツンと軽く突いた。

 


「お前さ、晴明に冷たくされてないか?」 



「なっ!?」



 グサッ——と図星だった。

 最近の蛍の悩み事を挙げるなら、まさにそれだったからだ。



「なななっなんで急に、そんな……っ!」



 蛍は突かれた額をパッと抑え、恨めしげに咲耶を見上げる。


 けれど、咲耶の表情は揶揄うには静かすぎた。

 まるで、本気で蛍のことを心配しているような、穏やかな眼差しだった。




可愛い咲耶が登場したので私も嬉しいです。

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