58:咲耶の過去編:10
挿絵画像はチャットGPTによるAI生成画像です。
咲耶と雪村がいる場所から、少し離れた場所で強風に煽られて、身体中に切り傷を作っていた真広の視界にも巨大な桜の木が映った。
夕陽に照らされて眩く輝く桜色。その懐かしい色に真広は自然とその名前を口にする。
「……咲耶」
都に突如、現れた巨大な桜の数々、その中でも一際大きく美しい桜に向かって真広は無我夢中で駆け出した。
「……くそっ。なんとか……動け……足……いっ——!」
巨大な桜の幹が作り出した空間の中で、咲耶は身体を起こして折られた足に触れる。
だが痛みが尋常ではない。これは完全に骨が砕けている。
「……この状態じゃ、痛み止めも気休めにしかならないけど飲まないよりかはマシか……」
すぐに治せないと判断して、咲耶は足の痛みだけでも誤魔化そうと痛み止めになる薬草の種を噛み砕いて飲み込んだ。
そして懐に入れていた種から蔦を伸ばして足を固定する。
(……このまま隠れていても神力が尽きるのを待つだけだ。おそらく、雪村が俺がここにいると知りながら無理矢理引きずり出さないのも、それが狙いだろうな……)
咲耶は地図を広げる。
地図上には、まるで上空から都を見下ろしているかのように、巨大な桜が都中に描かれていた。
「……これは、色んな意味で、すごいな」
この地図の制作者である安倍晴明の術式の正確さに咲耶は思わず感嘆を零す。
(でも、これなら桜に守られながら神社に行ける道順が作れる……あとは、雪村を抑え切れれば……)
咲耶の能力は戦い向きではない。真正面からぶつかれば雪村に負けてしまうだろう。
「いや、戦うのは無理だな……。 とにかく、無理矢理にでも走って逃げ切った方が、まだ、希望があるか……」
咲耶はとにかく地図上で、巨大な桜が生えている道順を辿り竹林へと入ると、その奥の森にある神社へと行くことに決めた。
身を捩るようにして桜の幹の中から這い出ると、聞き覚えのある声が降って来た。
「——咲耶っ!!?」
「……えっ? 真広……か?」
咲耶が視線を上げた先には、咲耶よりもずっと大人になった真広がいた。
よく見れば旋風に切られたのだろう、真広の着物の端々には血が滲んでいた。
それでも、真広は咲耶に視線を落として、懐かしむように目を細めて笑っていた。
「……お前、何年経っても、まったく姿が変わってねぇーのな。ってか、こんなところで、何やってんだよ……早く逃げるぞっ!!」
そう言って、咲耶に手を伸ばして真広は咲耶に肩を貸して立たせようとするが、無理に起きあがろうとした咲耶は足の痛みに顔を顰める。
「……ッ!いっ……」
「——って、お前っ!?足折れてんのかよっ!!それ……っ」
真広は咲耶が顔を顰めた瞬間に足を引きずったことで原因を察した。
咲耶は額に汗を滲ませながら、真広から離れるようにして一人で立ち上がる。
「……真広、いいから早く逃げろ」
「はぁっ!? 馬鹿野郎っ! 足が折れてるお前見捨ててっ!!逃げれるわけねぇーだろ!!」
真広は眉を吊り上げて咲耶に向かって声を上げる。
桜の木々が身体を切り裂く風を防いでくれてるとは言えど全てではない。
いつ身体が引き裂かれるか分からない。だからこそ、真広は咲耶を一人で置いて行くことは出来なかった。
(……もう、俺は、咲耶を一人置いていきたくねぇ……)
かつて、真広は東寺に屋敷を見せてもらえると聞いて、両親とともに都へ向かった。
両親は喜んでいて自分も浮かれていた。
少し都で遊んだら村に帰る予定でいたのに……その数日後に、浅間野村は禍ツ門に襲われてしまったのだ。
かろうじて残った村に咲耶の姿は無く、東寺から咲耶が浅間野村のために陰陽寮で働いていると聞いて、真広は咲耶に会いに行こうとした。
だが、いざ会おうとしたら、恐ろしくなった。
咲耶に恨まれているのではないかと——そう思って、真広は陰陽寮の前に何度も通っては足がすくんでしまった。
(……けれど、やっと分かった。俺はずっと後悔していた。本当はずっと咲耶に、謝りたかった。許されなくていい。簡単に許されたくはない……)
真広は咲耶に会って初めて自分の気持ちが明確になった。咲耶に強く拒まれることが怖かった。恨まれても仕方がない、許されなくても構わなかった。
それでも、咲耶の口から「お前とは、もう二度会いたくない」と言われたくなかったんだ。
「……俺は、もう……後悔したくねぇんだよ。 村のこと、お前のこと……。きっと全部、俺のせいだ!!俺が馬鹿だったから……本当ごめんっ!!ごめんなっ!!」
「……真広」
涙を滲ませて必死で謝る真広に、咲耶は何も言えなかった。
全てを真広の所為だとも言えないし、そうじゃないと慰められるほど咲耶の心に余裕はない。
そして、状況は咲耶に考える時間を与えてはくれなかった。
桜の木々を移動して来たのか、黄色の羽織を揺らして雪村がふわりと咲耶と真広の前に降り立つ。
「あのぉ、さっきからなにしてるんですか?」
「っ! 雪村……っ!」
咲耶が時間を取りすぎたことに気付いて焦るが、もう遅い。
雪村は犬面をこてんと傾げて、不思議そうに咲耶と真広を見やる。
「なにやら、感動の再会みたいな感じになってますが、一般人の貴方、そこ退いてください」
「……はっ?何言ってんだよ、咲耶は足折ってんだぞ!!」
真広は真剣な表情で雪村に訴えるが、雪村は当たり前のように手を振って答えた。
「あっ、それは、俺が折ったんで気にしないでいいです。というか、そこ退かないなら、俺……貴方を問答無用で殺しますよ?……次は警告しませんからねぇ」
雪村の声色が低く妖しく変わった。
「……っ、真広! もういいから、逃げろ! 雪村は本気で言ってる——!」
咲耶は真広の肩を掴んで、もう逃げろと押したが……真広は、咲耶を庇うように一歩踏み出した。
真広は咲耶と雪村の間に立つと、クルッと咲耶に振り返る。
そして咲耶の背中をトンッと押して、昔のように明るく笑いかけた。
「走れ!!咲耶!!」
「……は? 真広っ!?」
「俺のこと許さなくていい!! でも、せめて逃げ切ってくれ——!!」
そう言って、真広は咲耶に背を向けた。
咲耶が手を伸ばそうとした時には、真広は勢いよく駆け出していた。一直線に、真広は雪村へ向かって走る。
「……はぁ〜、めんどくさいですねぇ」
雪村は真広が咲耶のために足止めに来ていることを察して深くため息を吐いた。
「陰陽寮は一般人を無闇に殺すことを良しとしないんですけど……緊急時ってことで、対応しますよ……恨まないでくださいね?」
「いいから走れっ!走れっ! 咲耶——っっ!!」
「……真……広っ!!」
雪村に掴みかかった真広が叫んだ。咲耶に迷っている暇はなかった。
ぎゅっと拳を握り締めて、咲耶は涙を堪えて真広とは逆の方向へ駆け出した。
「……っ、ごめん、ごめん!!——真広!!」
咲耶は痛む足を上回る胸の痛みに、堪えきれなくなった涙が頬を伝っていく。
背後で真広の声が途切れた。
それでも、咲耶は走り続ける以外の選択肢がなかった。
立ち止まればきっと真広の方に戻ってしまいそうで、咲耶は無心で走り続けた。
そして、巨大な桜の木々から竹林へと移動した咲耶を隠すように、竹が一瞬で増殖して、追ってきた雪村の行く手を遮る。
雪村は試しに旋風を発生させて竹を切り倒すが、次から次へと生えてくる。
竹林は雪村が踏み入る足場を作らせる気はないようだ。
「……はぁ〜、最悪ですねぇ。この竹の量じゃ追いつけませんか。まったく、あの少年がしぶとすぎました……」
やれやれと深い溜息を吐いて、雪村は陰陽寮へと引き返す足取りが重くなった。
「おかげで、神子には逃げられるし、これは兄者に何て言いましょうか……」
京の街の惨状はともかく、神子の失踪に対しては東寺は激怒するだろう。
雪村は肩を落としながら、もう一度だけ、竹林を見つめて、黒い瞳を伏せると諦めたように再び歩き出した。
真広ぉぉぉ……。寂しいですね。




