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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
57/60

57:咲耶の過去編:9

挿絵画像はチャットGPTによるAI生成画像です。

今回は状況が掴みづらいので、前ページから三行ほど文章を持って来ています。




 雪村の踏み込みは人間の少年とは思えないほど重く、咲耶の足首から……ゴキンッと嫌な音が鳴った瞬間、灼熱の激痛が走った——。



「……ぁ……ッ!!」



 咲耶は苦痛に顔を歪める。



「わぁ〜、いったそう……ところで。ねぇ、神子殿。どこへ行こうとしていたんですか?」



 雪村が桜色の髪を掴んだまま、その表情を観察するように咲耶の顔を覗き込んで問いかけた。



「甘いですねぇ。 神子殿の位置を把握する怪異なんていくらでもいるというのに……神子だから植物に隠れれば陰陽寮から、逃げられると思ったんですか?」



「……は、なせ」



「あはっ! そんな神子殿。 立場を弁えた方がいいですよ……? 俺は、何のために逃げたのかって聞いているんです」



 咲耶の返答が気に入らないのか、髪を掴んでいる雪村の手に力が籠った。



「このまま、答えないなら、神子殿を死なない程度に痛め付けますよ?」



 普段通りの明るい口調だが、雪村は本気なのだろう。警告のように犬面の奥で光のない黒い瞳がまっすぐに咲耶を見つめる。

 おそらく、咲耶が東寺の気に入りの神子でなければ、この警告さえなかっただろう。

 


(……でも、ここで正直に神隠しに遭おうとしていると言って、どうなるか分からない。何も言わなければ、それはそれで、雪村は激昂するんだろう……)



 咲耶はしばらく悩んだ末に一つの答えを紡いだ。



「……っ、影踏……鬼……」



 途切れ途切れに咲耶が答えると、ハッと雪村の空気が変わった。

 咲耶の髪を掴んでいる雪村の手が震える。



「——影踏鬼……? なんで、その名前を……」



「雪……村……?」



「まさか、神子殿はあの記録書を……見つけられたんですか」



 雪村は掠れた声で『黄昏時の鬼』と呟いた。

 その声に、折られた足の痛みを忘れてしまいそうになるほど全身が恐怖に粟立って、咲耶は息を呑んだ。



「……ふっ、あはははははっ! なぜ……俺が唯一……辿り着けなかった怪異に、神子殿が辿り着けるんですかっ!?」



 突如、何かが切れたように笑い出した雪村が声を荒げると風が吹き荒れる。




挿絵(By みてみん)




「……()()、だからですか?」



 その言葉に、雪村は感情を消して、咲耶が握り締めている地図を見据える。



(一体、なにを、言ってるんだ……)



 咲耶は雪村の起伏の激しい感情と言葉に追いつけず、ただ茫然と雪村を見上げた。

 静かに沈みゆく太陽が雪村を照らして犬面に濃い影を落とした。



「はぁ〜あ、ずるいですねぇ。 神子殿……」



 そう淡々と紡がれる声。

 普段の明るく笑っているような口調を除けば、雪村に残されていたのは、瞳の奥の光のない黒い眼差しだけだった。



「知っていますか? 黄昏時の鬼は、神隠しと深く関わる怪談話……ですが、その呪いの大元は神子だったんですよ」



 まるで、深淵がこちらを見ているかのように、深く暗い闇が咲耶を見つめて、……何故、お前は簡単に辿り着いているのかと——雪村は妬みと憎しみの色を隠さなかった。 



「神隠しに遭い、長い長い時の中で、狂った神子の成れの果て、それが怪異となった影踏鬼。 安倍晴明が使役している、この世界の影全てを支配する……最上級の式神なんです」



 雪村の語尾が震える。

 それは怒りなのか、憧れなのか、低く紡がれた声色からは察することが出来ない。

 ただ、雪村にとっての『黄昏時の鬼』は術師として辿り着きたい場所で、何としてでも手に入れたい怪異なのだ。


 例え、雪村と同じ術師の菅原道真が恩返しとして、禁書の小道に導いて咲耶に黄昏時の鬼を読ませてくれたと言ったところで、「……それなら、許しましょう」などと、聞き入れてくれそうな雰囲気ではない。



(……要は、俺が黄昏時の鬼に辿り着いて、この地図を持ってる時点で、雪村は俺を許せないってことか……)


 

 咲耶が手にした地図が、どれほど雪村が望んでいた物なのかを察してしまう。

 雪村は咲耶を殺してしまいそうなほど睨み付けると、桜色の髪から手を離して、ゆらりと立ち上がる。



「神子殿——俺、負けず嫌いなんです……。 俺が辿り着けない場所に、神子殿が簡単に辿り着けるなんて、許せないですから……」



 赤い夕陽に照らされた京の街中で、ぱんぱんと乾いた手拍子が響いた。



(……怪異っ!)



 たったの二拍が何故か重く聞こえて、咲耶はゾクっと身を震わせた。



「怪異『かまいたち』——手のなる方へ」



 その声に誘われるように、旋風が吹き荒れる。

 鎌で身を切られていくかのように咲耶の肌を風が切り付けていく。



「……いっ、家の壁が——なっ、なんだ!?この旋風はっ!!」



「——痛ッ……いやっ!!この風、鎌みたいに切れるっ!!」



「うわぁぁぁっ、痛い痛い痛いっ!!」



「……誰かっ!! 誰か、家に入れて!! 身体が痛いのっ!!」



 咲耶は切り付けられて血が滲む身体よりも周囲一帯の家屋が壊されて家から出てきてしまった人や逃げ惑っている通行人の姿が視界に入ってしまう。

 このままでは怪我人どころか、死人まで出かねない勢いだった。



「……っ、やめろ、雪村っ! 無関係の人を傷付けるなっ!!」



 咲耶は必死に雪村を制止する。



「……残念ですが、俺がここで、神子殿の資格も権利も全て奪います」



 しかし、もはや聞く気がないのか雪村に咲耶の声は届かない。



「旋風によって、神子殿には……ここで両手両足を失ってもらいます。どうか、恨まないでくださいね——」



 旋風の威力が爆発的に増加して、旋風は一つ一つが凶悪な刃の嵐に変わり京の街の家屋を倒壊させる。

 咲耶は地面にしがみ付くようにして身を伏せると、若葉色の瞳を閉じて、木々に祈る。



「……どうか、木々よ」



 すると、周辺の木々がみるみる風除けのように巨大化する。

 咲耶を守るように根と幹が包み込む。

 そして木々は広がり続けて、嵐に襲われる人々を風から守っていく。

 吹き荒れる嵐によって、枝や幹が切り倒されては形を変えて人々を守る大木となる。



「——き、奇跡だ……」



「……あぁ、神様……どうか、助けて……」



「……い、生きてる……あぁ、良かったぁ」



 木々に守られた人々は人智を超えた加護を目の当たりにし、長く忘れていた神の存在を思い出して、思わず涙を零した。

 その一方で、咲耶は京の都の木々達から嵐の被害範囲を知らされて唇を噛み締める。



(……最悪だ。範囲が広過ぎるっ。それに、家ばかりで木々がないところはどうしようもない……これだから、都はっ)



 直接、種を撒いたり、咲耶が歩いて干渉した場所であれば元々の木がなくとも、新たな木々を咲耶の神力によって芽吹かせることはできた。

 だが、咲耶が京の都を歩いたことは数えるほどしかなく、木々で守れるところは多くはなかった。

 


「……せめて、守れる範囲の人達だけでも……」



 そうして、咲耶が神力をさらに強く木々達に流すと、さらに大きく、巨木の桜へと変化した木々は、緑の枝を伸ばして蕾を芽吹かせ、桜の花を一斉に咲かせ始める。


 雪村は肩に乗っている鎌鼬(かまいたち)の本体を撫でながら咲耶が成長させた木々を見上げて呟いた。



「……兄者が見たらきっと喜んだでしょうに、爺様達の話が長引いて残念ですねぇ。 まぁ、でも、それだけ神力を惜しみなく使っていては長くは持たないでしょうね……神子殿?」


 

 神子とは言えど咲耶の神力も無尽蔵ではない。

 周辺に樹齢百年はありそうな桜の木々が、無数に聳え立ち、幹を震わせながら、吹き荒れる嵐から人々を守っていた。

 木々を切り裂く旋風に煽られながら、巨木の桜から舞い散る花弁は豪雨のように地面へ降り注いだ。


 

 それでも、夕陽に照らされる巨木の桜は京の都を桜色に染め上げて、妖しく美しい花嵐となっていた。

 それは、まるで神の国が現世へ降り立ったかのような光景だった。




雪村、唐突に発狂……さすが雪村。

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