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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
53/60

53:咲耶の過去編:5




 そして数日後、偶然か必然か……。

 突如、浅間野村の中心部に地獄のような黒い門が開いた。



「きゃぁあああ!! だれかっ!! 助けて……神子様——っ!!」



 とめどなく、溢れ出てくる悪鬼(あっき)に村人達が襲われ始める。



「悪鬼だ!……うわぁぁぁっ」



「ひぃぃぃ……っ!! 神子様ぁぁぁっ……お願いだ!!助けてくれ——」



 咲耶は一人でも多くの村人を助けるために、燃え上がる村の家屋を横目に走った。



「……一体、何が起こってるんだよっ!」


 

 咲耶の足跡から植物達が広がり、村人達を襲う悪鬼達を捕まえ、そのまま取り込み捕食する。



「コイツ等……何匹居るんだよ!!数が多すぎるっ!!」



 しかし、かれこれ数刻。咲耶は同じことを繰り返しているが、一向に悪鬼の数が減る気配はない。



「はぁっ……くそっ……」



 咲耶の体力にも限界があった。疲労感と神力の使い過ぎで視界も霞んで来た。

 それでも諦める訳にはいかないと歯を食い縛り、ゆっくりと若葉色の瞳を閉じる。咲耶の額にジワリと汗が滲む。



「頼む……木々よ、草花よ。 村人達を助けてくれ……」



 サァァァッと炎に焼かれた生温い風が吹き抜ける。

 黒い門から溢れ出てくる鬼達に際限がなく、村の家屋へ火の手がどんどん広がって行ってしまう。




『——神子。ダメ、火が怖い……』



「……っ!!」



 ハッと咲耶が若葉色の目を開く。

 とうとう、火が回り切ってしまった場所は植物達が怯えて力を貸してくれなくなる。

 


(どうしたらいい、このままじゃ村が全滅してしまう……)



 そう咲耶が戸惑っていた時——燃え盛る家屋の屋根から一匹の悪鬼が現れて咲耶に向かって飛びかかって来た。


 

「キィィィ!!」



「……なっ、嘘だろ」



 咲耶が後退して避けようとした瞬間——悪鬼の真上の空間が裂けて巨大な鬼の手が現れる。



「キキッ!?」



 驚いたような声を上げる悪鬼を掴んで、勢いのまま地面へと押し潰した。

 毒のような紫の体液が飛び散り、地面に触れた端から蒸発して消えていく。

 


『……無事か? 神子殿』



 その低い声に咲耶が振り返ると、そこには真広が連れて来た陰陽寮の術師の東寺(とうじ)と、その背後には犬面の少年と蛇面の女の術師が並んでいた。



「……この間の術師——っ!?」



 咲耶が驚愕に声を上げる。



「お前、何しに来たんだよ。 それに……コイツ等は——」



 咲耶は東寺からゆっくりと視線を逸らして犬面の少年、蛇面の女を見やった。

 燃え盛る家屋の火の灯りに照らされて一層不気味に見える術師特有の面——蛇面の女の術師がぶっきらぼうに答えた。



「フンッ……愚問だな。 悪鬼(クソ)の後処理に決まっているだろう……」



 そう言い終えると、蛇面の女の周囲に霧が立ち込める。

 霧の中から空気を震わせる重い羽音——それらは全て蟲に変わって放たれた。


 蟲は迷わず悪鬼達へと向かうと、悪鬼の皮膚に毒針を刺して一瞬の内に溶かしてしまう。

 そして周囲には、いつの間にか小鬼達も現れて悪鬼達と戦っていた。



(……何が起こっているんだよ、本当に)



 咲耶は呆然とその光景に見入っていた。

 


(……この状況だけ見れば、俺は東寺達に助けられたんだろう。 けど、これは、あまりにも都合が良すぎるだろ……)



 何故、東寺達は、このタイミングで現れることが出来たのか——。

 明らかに都合の良すぎる状況だと、咲耶は下を向いたまま東寺達に低く問いかける。



「……この状況は——お前たちの仕業なのか?」



 警戒心と怒りが籠った咲耶の問いかけに、蛇面の女が吐き捨てるように答える。



「ハッ……勘違いするなクソガキ」



 燃え盛る火の明かりに煌々と照らされながら蛇面の女——蘆屋道満は嘲笑うかのように、中心部に地獄のような黒い門を指差して言った。



禍ツ門(まがつもん)は自然発生するクソで、出てくる悪鬼(あっき)はさらにドクソ——その悪鬼と戦ってる東寺の小鬼達は、さらにその上を行くゴミクソだ」



 一息に言い切った女の言葉を、鬼面の東寺がピクッと反応する。

 そして心外だとばかりに見やって冷静に言った。



「——道満(どうまん)。……俺の小鬼達は断じてゴミクソではない。 言うなれば、神へと至るための成功への一歩なのだ」



変人(クソ)研究者が……」

 


 そんな二人の会話に、燃え盛る炎の灯りに照らされた咲耶の身体が大きく揺れた。

 まるで涙に濡れているかのように、澄んだ若葉色の瞳はまっすぐに地獄を映し出して怒りと悲しみを滲ませる。



「——違うって、言うのなら……じゃあ、なんでお前達は、こんな都合よくここにいるんだよ……っ!?」



 咲耶が声を荒げて、東寺達を睨み付けた。

 警戒心を剥き出しにする咲耶に、東寺は鬼面の口元に人差し指を立てて穏やかな口調で言った。



「落ち着きたまえ、神子殿。 我々は禍ツ門の出現に応じて、ここへ派遣されただけだ……」



 そして、東寺は浅間野村の中心部に開いた黒い門を指差して淡々と告げる。

 


「そもそも、悪鬼が出現する禍ツ門は——その前兆として、村人の手の甲に元よりあっただろう?」



 耳を疑うような東寺の言葉に、咲耶は息を呑んで目を見開いた。



「……あれは、呪いだったはずだろ……」



 あの時、確かに呪いは解かれて村人達は回復したのを咲耶も見ていた。

 しかし、それさえも前兆に過ぎず、全てが今のこの地獄に繋がっていたのだと、東寺は平然と言った。



「あぁ、どれも呪いに変わりない」



 どこまでも穏やかに東寺は肯定する。



「言うなれば禍ツ門は、世界そのものが人間を殺すために創り出した呪い——その出現前に、溢れ出る瘴気が『呪詛』となって、人々を呪い殺す……」



 そう言いながら、鬼面の奥で優しく微笑んでいるようにも聞こえる低い声が残酷に、その真相を告げた。



「つまり、あの手の甲に浮き出た痣は禍ツ門が現れるまでの日数なのだ……神子殿」



「——お前っ、それを知っててなんで最初から言わないんだよっ!!」



 ふざけるな。と噛み締め過ぎた唇が切れて口の中に血の味が広がる。

 怒りに震える咲耶は東寺を睨み付けるが、東寺には一切響かない。



「俺がただの人柱のために、そこまで教える義理がどこにある?」



(……人柱、だと? 今、コイツ村人達を人柱って……)



 咲耶が内心で東寺の言葉を反芻する。

 そんな咲耶と対照的に、「何故だ?」と心底不思議そうに東寺がこてんと鬼面を傾げながら言葉を続けた。



「我々術師は、前兆の瘴気による『呪詛』は解呪できる。だが……定められた禍ツ門の出現は止められん」



 そう言って、東寺は何もない空間から巨大な鬼の手を出現させる。



「人柱は避けられぬが……禍ツ門から溢れる鬼は、こう見えて一定数の人間を喰らったら帰ってくれる勤勉な鬼達だ」



 伸ばされた鬼の手は、村人の死体を喰らっていた悪鬼を捕まえる。

 「キキキィ!!」と暴れる悪鬼を咲耶の目の前に持って来て見せ付けた。



「こうして、悪鬼を一匹ずつ捕まえて殺すよりも呪いに任せる。……こちらの方が実に、効率がいいと俺は思うが?」



 東寺が言い終えると咲耶の目の前で、鬼の手が悪鬼を捻り潰す。   



「……ふざ…けるな、よ」



 そう呟いた咲耶の頬に紫色の血が飛び散った。

 己の無力さと怒り、東寺の理解不能の思考回路——その全てが一気に咲耶の精神を壊していく。



(……なんでだよ。 俺があの時『呪いの本質』に気付いていれば、あの時、東寺が全部教えてくれていれば、こんなに大勢の村人が死ななかった……)



 咲耶の感情に、神力が呼応するように、咲耶の足元の地面がピキピキとひび割れた。

 そこから、青々と芽吹いた——その芽は一瞬で巨大な桜へと育ち、満開に咲き誇った。



「お前達、術師は人の命をなんだと思ってるんだよ!!」



 燃え盛る村の中に咲いた季節外れの満開の桜は、炎の灯りに照らされて妖しく美しく花弁を散らした。



「……ほぅ。これは、美しいな。 その怒りは人間として最もな言い分だ、神子殿——」



 東寺は鬼面の下で藤色の瞳を瞬き、咲耶の怒りと桜の美しさに感嘆を漏らした。

 そして、なおさら手に入れたいと東寺は咲耶に手を差し出した。



「ただの人柱には価値はないが、神子殿は別だ……やはり、君には価値がある。我々と共に行こう、神子殿」



「断る。 ……こんな状況下で、俺がお前達に素直に着いていく馬鹿に見えてんのかよ」



「それは残念だ。都には君の友人もいるのだが……」



 穏やかに紡がれた東寺の言葉に、咲耶がハッと真広の顔が脳裏に浮かんで我に返った。



「お前、真広をどうした!?」



「あの少年と、少年の両親はこの村のことも忘れて、俺が譲り渡した屋敷に幸せそうに住んでいるぞ」



「——は?」



 咲耶の脳裏に真広の顔が過って、ハッと我に返った。


 この朝間野村で、唯一咲耶を対等の人間として接してくれた友人の真広。

 その真広が、村のことも咲耶のことも忘れて、都の屋敷で幸せそうに暮らしているなんて受け入れがたかった。


 東寺の言葉が本当なのか、嘘なのか、咲耶には分からない。

 しかし、いまだに真広が都から帰って来ていないのも事実だった。



「なんで、急に都の屋敷なんか貰ってんだよ……」



 掠れた声で問う咲耶に、東寺は懐から小さな匂い袋を取り出した。



「あの少年がくれた『これ』によって、俺は神に近い君を見つけることが出来た」



 東寺の手にある、匂い袋は確かに咲耶が真広に渡したものだった。



「……な、それ……真広に渡した匂い袋……」



 やはり薬草畑で、あの時の小鬼が見せたのは、咲耶が真広にあげた匂い袋だったのだと——その事実だけで、胸の奥が焼けるように痛んだ。



「そうだ。 俺は、これの対価に少年の願いを叶え、都の屋敷を一つくれてやったのだ……」



 当然のように穏やかな東寺の声に咲耶の指先が震えた。

 両親を助けたい、村人達を助けたい一心で真広は東寺に利用されたのだ。

 何も知らずに、神子である咲耶の匂い袋を東寺に差し出してしまった。



「兄者は礼節を重んじますから、さすがですねぇ」



 犬面の少年がしみじみと東寺を褒め称えるように言った。

 


「……真広のこと、利用したんだな。 神子の俺に近づくために……」



 そう静かに咲耶は右手を宙へ翳す。

 満開の桜が大きく枝をしならせて幾つも矛先を向ける、それは槍の如く、東寺達に牙を向ける。

 


「必要な手順を踏んだだけなのだが、そう捉えられるのならば仕方ないな……」



 東寺は、咲耶の言葉を否定も肯定もせず、事実の一つとして、受け取っているようだった。そして匂い袋を再び懐に戻す。



「あの男もこの地上から去った……今、我々は神に至るために全てをかけているのだ」



 火の粉が降り注ぐ村の中で、美しい満開の桜を咲かせる咲耶へと視線を向ける東寺は、もう一度、穏やかに手を差し出して言った。



「もう一度言う——神子殿。 どうか我々に協力してはくれないか……?」



「断る!!」



 咲耶の言葉とその怒りに呼応するように、満開の桜が火の粉とともに舞い上がる。

 その花吹雪は炎の風に巻かれ、花嵐の如く、赤く燃えながら、桜の枝は槍のように鋭く伸び、東寺達三人へ一斉に襲いかかった。




東寺さんは至って真面目です。

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