52:咲耶の過去編:4
突如、浅間野村の中心部に光り輝く陣が浮かび上がると馬を連れた真広と鬼面の術師——東寺が現れた。
そして真広が連れて来た東寺と名乗る術師によって瞬く間に、呪いは解呪されて村人達は一命を取り留めたのだった。
(……良かった。と思う反面、こんなの都合が良すぎやしないか……)
こんな簡単に何もかもが、陰陽寮の術師一人に解決されるなんて、いままでの自分の苦労は何だったのかと咲耶は深く息を吐いた。
(……それにあの術師、気持ちが悪いにも程がある)
そんな遠巻きに見やる咲耶の視線を、東寺は気付いたのか、鬼面が一度こちらを向いて数秒——再び、解呪した真広の両親に視線を戻した。
木々の隙間に隠れるように、真広の家の様子を見ていた咲耶はゾクリと背筋を冷たいものが走る。
「嘘だろ……。 この距離で、見てるのに気付くのかよ」
咲耶は出来る限り東寺から距離を取ろうと、その場を離れた。
そう、東寺は解呪を終えるなり、咲耶を呼び付けて薬草の効能をひたすら聞き出した。
『——君は本当に素晴らしい。奇跡だ! 神子殿っ!!』
そう興奮気味の東寺が、鬼面で顔を隠していたとしても、その面越しに咲耶を見やる視線は普通ではなかった。
「……あれは、真広みたいな好意でも、村人達みたいな崇拝でもない」
まるで、支配者——希少な宝を見つけた者のような執着を帯びたその眼差しに、咲耶は自分が捕らわれているような錯覚に陥った。
それが、堪らなく気持ちが悪かったのだ。
「……はぁ、本当に、術師は変なやつしかいないんだな」
歴史的にも見ても、陰陽寮の術師がやってきたことは、まともではない。
東寺も、表面上は穏やかに見えるが内心は何を考えているのか、さっぱり分からない。
しかし、一命を取り留めた村人達も、真広も、皆……東寺に信頼を置いている。
真広が東寺に向ける輝く眼差しを思い出して、ぐっと拳を握り締める。
(あんなやつを簡単に信じたり、出来るわけないだろ……)
咲耶は妙な苛立ちに似た焦燥感を落ち着けようと自身が栽培している薬草畑に向かった。
そして、気付けば夏の気配を帯びた西日が、草木を強く照らしていた。
咲耶は、雑草を抜いていた手を止める。
じっとりとした蒸し暑さに、咲耶が汗を拭ったその時、ザワっと木々が「「侵入者、侵入者……」」と騒めいて、草花が「「ダメ、勝手ニ入ラナイデ!」」と声をあげていた。
「……どうした、お前たち」
『入口! 畑ノ入口ニ知ラナイ人、怖イ人……』
怯える薬草達の声に咲耶が視線を上げると、黒の着物の上に藤色の羽織りと特徴的な鬼面を付けた男が薬草畑の入口で大量の蔦に絡まって身動きが取れなくなっていた。
咲耶は渋々、植物達が警戒している侵入者——東寺の元へと向かう。
「お前……何、許可なく、勝手に入ってんの?」
咲耶の声に、東寺は蔦に大人しく捕まったまま視線を咲耶に向けると、まるで感心しているかのような声を零した。
「……これは、驚いた。神子殿は植物を意のままに操れるのか」
「蔦に関して言えば、俺が操ってる訳じゃない。 お前が勝手に薬草畑に踏み入ったから植物等を怒らせたんだ……」
何のつもりだよ、一体。と呆れたような咲耶の視線に、東寺は冷静な様子で頭を下げて言った。
「……いや、すまない。 神子殿の薬草畑が気になったのだ。植物達を怒らせてしまったのなら俺はここで引き返そう。 蔦にも、そう伝えてくれないか?」
「あぁ、とっとと帰ってくれ」
そう言って咲耶は東寺を捕らえている蔦に触れると、シュルシュルと蔦は元の場所に帰っていく。
その様子をまじまじと見ながら、東寺は淡々と言った。
「もちろん。 一度、俺はこのまま都に帰らせてもらう。この匂い袋をくれた、君の友人と、その家族を連れて——な」
東寺が匂い袋を咲耶に見せて言ったあと、東寺の姿は煙を上げて「……キキキッ!」と奇声を上げる小さな鬼へと一瞬にして姿を変えた。
「……は?」
なんで、お前が真広に渡した匂い袋を持っているんだ。と今まで話していた存在が東寺ではなかったという事実が、咲耶の思考を同時に襲う。
そして咲耶が、唖然として逃げ去る小鬼を眺めていると、再び、村の中心部が眩く光り始めたのだ。
「——まさかっ!!」
その光を追いかけるように咲耶は走った。東寺の言葉通りなら、真広と真広の両親は都に連れて行かれてしまうのだろう。
(……何が起きてるんだよ! 真広——っ!)
そして、息を切らせながら咲耶が村の中心部に辿り着くと、光り輝く転移術式の中に東寺と、真広と真広の両親達がいた。
「真広っ!! おいっ……お前っ! なんで、また都に——!!」
咲耶は転移術式の光に包まれる真広に向かって叫んだ。
「都の屋敷を見せてくれるらしいんだ!! ちょっとだけ行ってくるな!!」
いつも通り笑顔で手を振る真広は、ちょっと近くの山に行って来るかのような軽さだった。
どうやら、焦る咲耶の気持ちなど何も知らないようで……なぜ、匂い袋を東寺に渡したのか。
何が起きたら突然、都の屋敷に行くことになるのか。
なにも聞けないまま真広達は、東寺と一緒に転移術式の光に消えてしまった。
「それ……いつ帰ってくんだよ」
そうポツリと零した咲耶は一人、光が収まり何もなくなった地面を見つめていた。
東寺さん仕事しました。




