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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
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51:咲耶の過去編:3 (真広と陰陽寮)




 そこへ、シャンシャン……シャンッと三つの鈴の音が響き渡った。

 真広が鈴が鳴る方に視線を向けると、面を被った三人の術師がそこに居た。



『……道満(どうまん)、人の子がいるぞ』



 鬼面の男の術師がそう言って、蛇面の女の術師、 蘆屋道満(あしやどうまん)を見やる。



『知らん、この都に子供など掃いて捨てるほどいるだろう……』



 そう素っ気なく答えた蘆屋道満は蛇面がズレることも気にせず、くしゃりと長い黒髪を掻き乱す。



『それよりも、東寺(とうじ)……安倍晴明(あべのせいめい)が開いた妖界(ようかい)への入り口はまだ見つからんのか』



 そして呆れ混じりの声で鬼面の男——東寺(とうじ)なつめの方を向いて言った。



『……小鬼(こおに)達も探してはいるが、そう簡単に見つかれば苦労などせんのだ。 あの安倍晴明が綺麗に痕跡を消しているのだからな』



 そう静かに応えると、東寺は首を左右に振った。



『フンッ、どいつもこいつも使えん術師ばかりだ……』



『……蘆屋(あしや)、兄者に失礼だ。 お前だって見つけられてないくせに』


 

 蘆屋道満が鼻を鳴らすと、犬の面の術師の少年がジロリと、その面越しでも分かるほどに殺気だって睨みつける。



『ただの蠱毒(こどく)使いが、蟲さえまともに扱えずに、何を偉そうに言ってんだか……』



 犬面の少年の周囲が水面の如くユラユラと揺れて広がっている。それだけで異常だと言うのに——。



『なんだと貴様、下級のくせに。 貴様を今すぐ畑のミミズにでも変えてやろうか……?』



 蘆屋道満の身体から霧が溢れたと思った瞬間、それは無数の蟲に変わった。


 

「……ひっ」



 真広は目の前で起きる現実とは思えない現象に喉の奥が引き攣って、まともに声も出せないまま腰が抜けてしまった。



『へぇ、じゃあ、蘆屋道満——お前を流行りの怪異にでも変えてやろうか? そうしたら俺も中級の仲間入りだね』



 そう笑うように言って、犬面の少年がパンパンと手を鳴らすと、犬面の少年の背後の空間が裂けて巨大な狐が現れる。


 

『いいだろう、ならば貴様は今日から畑の蟲だな……。 土の肥やしの中で存分に働けよ』



 蘆屋道満の周りを囲うように無数の蟲が集まると三叉に頭が分かれた大蛇へと姿を変えて、蘆屋道満を乗せてとぐろを巻いた。



(……いやいやいや!!ケンカの規模がおかしいだろっ!! これっ、現実なのか——!?)



 このまま巻き込まれるのではないかと、真広が体を震わせていると東寺は鬼面越しに頭を抱えて、深いため息を吐いた。



『はぁ……二人とも門前でやめてくれないか。 そこの人の子が怯えながら見ているじゃないか、みっともない』



 東寺が蘆屋道満と犬面の少年を交互に見やる。



『二人とも今すぐに納めろ』



『……フンッ、つまらんな』



 蘆屋道満は東寺の言葉を聞き入れたのか、すぐに大蛇を霧散させるように消した。 

 しかし、東寺に雪村(ゆきむら)と呼ばれた犬面の少年はなおも食い下がる。



『だけど兄者……蘆屋が——!』



『雪村、二度同じことを言わせる気か?』



 東寺の空気が一瞬変わった。

 それはまるで、その場の空気を押し潰すかのように否——事実、押し潰されているのだ。と真広は空を見上げて気付いてしまった。



「……空が、裂けて……」



 空が裂けて、札が幾つも貼られた『鬼の眼』がこちらを見下ろしていた。

 それを何故、鬼の眼だと思うのかは、真広にも分からない。



『……あ、兄者、ごめんなさい……』



 犬面の少年——雪村が沈黙を破ると、空に現れた鬼の眼は、何をするでもなく静かに眼を閉じて消えた。


 その瞬間、辺りの空気は元に戻った。

 止まっていた時が流れるように、さわさわと風が流れて、木々の騒めき、鳥の声、人の声が聞こえてきた。



『……そもそも、道満の脳内は安倍晴明の話題しか存在していないのだ。 あの男と他を比べれば、我々など地を這う虫以下だ。 いちいち突っかかるんじゃない』



『——はっ、ゴミどもが』 



『これは、これで重症だがな……』



『ぅぐっ!!』



 東寺は蘆屋道満の頭上に問答無用で手刀を喰らわせた後、淡々と言葉を続けた。



『道満と雪村は先に宿舎へ戻っていろ。 俺はこの人の子の要件を聞いてやる』



『……はーい、兄者、俺はお茶を用意してお待ちしていますね』

  


 雪村は元気よく手を上げると門の方へと向かって行った。

 その後に続いた蘆屋道満が艶やかな黒髪を揺らして、真広の前で一度立ち止まると——。



『クククッ。生きて帰れると良いな、クソガキ……』



 蛇面の奥で不気味に笑った。



「ひっ……」



 真広がビクッと身体を揺らすと蘆屋道満と真広の間に入るように、『……道満、早く行け』と東寺がやって来た。

 東寺は地面にへたり込んだままの真広を静かに見下ろして言った。



『驚かせてしまったな。 俺の名は東寺(とうじ)なつめという。 少年……君はなぜ陰陽寮(ここ)にいる』



「おっ、俺は……っ」



 未だ冷めやらぬ恐怖に、真広はうまく呂律が回らなかった。

 止まりそうな思考と気持ちを落ち着けるように、咲耶に貰った匂い袋を握り締める。

 それに、視線を向けると東寺がピクリと反応した。



『……少年、その手に持っている物はなんだ?』



 その真広の持っている匂い袋を、東寺は鬼の面越しに凝視していた。



「……えっ?」



 真広は何故、東寺が咲耶の匂い袋に興味を示しているのか理解できなかった。

 ただポカンと東寺を見上げる。



『君の持っているそれを、俺に見せてもらえないだろうか?』



 東寺は再度、穏やかな口調で言うと、指先で真広の手の内にある匂い袋を示した。



「あ……あぁ、えっと。 こっ、これですね、……ど、どうぞ!」



 真広は怯えながら答えると、震える手で東寺に匂い袋を手渡した。

 すると、匂い袋を受け取ってすぐに「なんと……」と東寺は零れるように感嘆に声を漏らした。



『これは素晴らしいな。 まさに、神の副産物ではないか』


 

「あの、えっと……神の副産物って?」



 真広は東寺の言葉が理解できずに復唱した。もちろん、神の副産物という単語など人生で初めて耳にした。



「咲耶の匂い袋が、神の副産物……ってこと、なんですか?」



 そして目を瞬きながら真広は東寺を見つめる。

 東寺は魅入られたかのように、ため息を溢しながら咲耶の匂い袋を眺めている。



『あぁ、本当に……本当に素晴らしい。 神々が姿を隠したこの地上で、これほど強力な神力と加護が込められた物など滅多に目にかかれない』



 東寺は興奮のあまり一息に真広に話しかけた。



『少年……これを俺に買い取らせてもらえないだろうか?』



「……えぇっ!? いや、それは流石に——」



 その勢いに驚きながらも、流石の真広も簡単に頷く訳にはいかなかった。

 なにせ、咲耶が真広のためにくれた匂い袋だ。



(流石に、勝手に他のやつにあげる訳にはいかねぇよな……)



 いくら陰陽寮の術師様のお願いといえど、真広にとっては咲耶と咲耶の匂い袋の方が大切だった。



「その、友人から貰ったものなので……」



『……そうか。 少年とこの制作者は、友人関係なのか』



 真広の答えに東寺は「ふむ……」と何やら考え始めた。

 生憎と東寺は、鬼面を付けているので何を考えているのかさっぱりわからない。

 だが、東寺がどうしても、咲耶の匂い袋が欲しいということは、なんとなく真広にも伝わってきていた。


 しばらくの逡巡のあと東寺は顔を上げる。


 

『……ならば少年』


 

 そして東寺は、ゆっくりと穏やかな口調で言った。



『君は何か目的があってここに来ているのだろう? ならば、この匂い袋と引き換えに、俺がそれを解決してやろう』



「——なっ! それは本当ですか……!?」



 その申し出には真広も思わず食い気味になって聞き返してしまう。

 それに頷いた東寺は、柔らかな口調で答える



『もちろん、構わない。 これには、それだけの価値がある。 君の願いを叶えて尚もお釣りが来るだろう』



「……っ!」



 東寺の言葉に真広は考える。



(……もしこれで、親父とお袋と村人達が助かるなら、咲耶も許してくれんのかな……)



 必死に都へ来た理由を、真広の願いを、咲耶の匂い袋を一つ、東寺に差し出すことで全て叶えてもらえるのだ。



(いや、もうそれしか方法がない。悪い、咲耶……)



 もちろん、真広に残された選択肢は受け入れるか、断るかの二択だけだ。

 断れば真広の両親と村人達は呪いで死んでしまうのだから——。



「……分かりました。 その匂い袋をお渡しします!」



 真広は東寺に咲耶の匂い袋を譲ることにしたのだ。そして、東寺に願う。



「だからお願いします!! 両親と村人の呪いを解いていただけないでしょうか——!!」



 真広が頭を下げると、東寺は手の内にある匂い袋の桜の香りを一度吸い込んで、鬼面の下で微笑んだ。



『もちろん、叶えよう』



 東寺は匂い袋を懐に入れて真広に問いかける。



『少年、君は何処に住んでいるのだ』



浅間野村(あさまのむら)です!」



『そうか……浅間野村か。 解呪ならば時間がないな。 転移術式を用意して、すぐに現地へ向かおう』



 東寺は、善は急げだ。と陰陽寮の門の方へと向かう。



「——あ、ありがとうございます!!」



 真広が東寺の背中に向かってお礼を言うと、東寺は思い出したかのように付け加えて言った。



『あぁ、そうだ。 少年……ついでに、君と君の両親には都の屋敷を一つくれてやろう』



「えぇっ、そんなにっ!?」



 真広にしてみれば、匂い袋を譲っただけでありながら破格すぎる対価に戦慄してしまう。



(……う、嘘だろっ!? 匂い袋一つで、都で屋敷に住めるって!? 普通なら金の延べ棒数十個分か、それ以上だろ!?)



 信じられないとばかりに狼狽える真広に、鬼面の奥で東寺は深い藤色の瞳を細めた。



『先程、言ったはずだ。これには、それだけの価値があると……』



 低く静かに紡がれたその言葉が、どれほどの重みを持っていたのか、この時の真広は知る由もなかった。




なんだかんだ、東寺さん好きです。

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