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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
50/60

50:咲耶の過去編:2




 異変が始まったのは、春の終わり頃だった。


 村人数人の皮膚に黒い斑点が現れ、原因不明の高熱と吐血に倒れ始めたのだ。

 


「……咳、発熱、嘔吐、吐血、皮膚や臓器の内出血、この黒い斑点(はんてん)……壊死している」



 どの患者の皮膚にも黒い斑点が浮かび上がり、その周囲は腐り始めていた。

 全ての患者が同じ症状であり、一見すると黒死病(こくしびょう)と呼ばれる伝染病のようにも見えた。

 その手の甲には数字が刻まれている以外は……。



「……数字の形をした(あざ)


 

 万が一、伝染病に該当するのであれば咲耶の独自に栽培している『抗生植物(こうせいしょくぶつ)』の治療で治るはずなのだった。


 しかし、現状では治療を上回る速度で病状が悪化していた。


 ——そして何より、全ての患者の手の甲には数字が浮かび上がり、『(しち)』と刻まれている。



(……昨日が『(はち)』、その前が『(きゅう)』ってことは日数経過か……。 まさか——これは余命なのか)



 これは伝染病とは別の症状であり、もはや伝染病ですらない——呪いの類だ。

 咲耶がハッと数字の意味に気付いた時、隣から真広が不安そうに顔を覗かせた。



「さ、咲耶……親父とお袋は、どうなんだ?」



「……ゴホッゴホッ! ッ……ゴホッゴホッ!」



 そう、その謎の奇病は、真広の両親をも襲ったのだ。


 無論、いつも通りの病気や怪我の類であれば咲耶が治療すれば、どの患者も瞬く間に治っていた。


 しかし、今回は違った。

 病状は悪化の一方で、真広もそれに気付いているのだろう。

 その表情からはいつもの明るさは消えて今にも泣きそうな顔で咲耶を見ている。



「なぁ、咲耶! 2人ともちゃんと治るんだよなっ!?」



 そんな藁にもすがるような真広の視線に、咲耶はぎゅっと唇を噛むと俯いて答えた。



「……真広。 正直に言うと俺は、これを治せない」



「——なっ!!なんでだよ!!」



 静かに紡がれた咲耶の声に、真広は理解が追いつかないのか、勢いよく咲耶に掴み掛かり、咲耶の身体を泣きながら揺らした。



「なんで治せないんだよ!!咲耶っ!!病気だろ!?」



「……違う。 これは……呪いの類だ」



 空気に溶けそうな咲耶の掠れた声に、真広は聞き間違いなのかと動きを止めて咲耶を凝視した。



「……はっ? ……の、呪い?」



「あぁ、呪いだ」



 咲耶は今度は、はっきりと。真広の姿を若葉色の瞳に静かに映し出して答えた。


 呪いと病気は違う。

 呪いは人の想い、恨み、苦しみの念。

 或いは、生きとし生けるものの悪意そのもの。それらが塊となって命を蝕む呪いに変わる。



 一方で、病気は感染症、外傷、中毒、免疫、遺伝。

 或いは、体内に滞った気の流れが命を蝕む。


 しかし、咲耶は患者の状態に応じて薬草の薬効を『変化』させることができた。

 神力と加護、そして独自の育成方法によって生み出された薬草は、どんな病であろうと治療を可能にしていた。


 だが、それはあくまでも病気に関する治療であって、呪いを解く解呪には繋がらないのだ。

 つまり専門分野が違う。咲耶には、どうしようもなかった。



「呪いってどうしたら良いんだよ!?」



「俺の知ってる呪いは、根本を解呪しない限り、呪われた者を蝕み殺すか、呪いを弾かれれば、その術者を蝕み殺すかのどちらかになる」



「なら、どうやって解呪したらいいんだ?」

 


「……呪いを解呪できる専門なら、都の陰陽寮くらいしか浮かばないけどな」



 村に残された文献を読み漁っている咲耶からすれば、陰陽寮にあまり良い印象を抱かなかった。


 ——かつて日の本で絶大な権力を持っていた、京の都の陰陽寮。

 帝さえもその所業に口を出せず、権力の全てを意のままに操っていた陰陽寮は禁忌に手を出し、六道輪廻の神に等しき式神を創り、天の領域へと踏み入った。


 ——その結果、天からの裁きによって、日の本の2割が焦土化し、陰陽寮は罰として、その権力を帝に返すこととなったのだ。


 それでも、陰陽寮は呪いや怪異、突如現れる悪鬼から人々を助けてくれる存在である。

 いまだに多くの人々から絶大な支持を有していることも事実だった。


 真広も同じなようで複雑そうな表情で天井を見上げて「……あー、あの陰陽寮か」と両手で頭を抱えている。



「すっげぇ怖い上に……偉そうな術師様の集まりだよなぁ。 相談するだけで馬買えるくらいの金取られたとか聞いたぞ? そのへんの村人の話を聞いてくれんのか?」



 真広が身を震わせながら悩んでいる。

 実際、陰陽寮の術師達が呪いを解呪したり怪異を払う仕事を請け負っているのは、大金の払える富豪ばかりだと聞く。


 お金のない平民の依頼を聞くのはごく稀で、ましてや、お金も取らずに呪いだけ引き受けて去っていく変な術師もいるらしいが……地上の木々の噂では、ここ数年、その変な術師を見かけてないらしい。



(この日の本にいるなら木々が知らない訳がないし……すでに死んだのか? 頼みの綱は本当に陰陽寮くらいだな)



 たとえ、陰陽寮が人でなしの集まりであったとしても、真広の両親や村人達を助けるためには頼ってみるしかないだろう。



「それでも、呪いは陰陽寮の専門分野になる。解呪するには頼るしか方法がないだろうな……」



 咲耶の言葉に覚悟を決めたのか、真広は「よし!!」と両手で自身の両頬をバシッと叩いて立ち上がる。



「分かった……俺っ、今すぐにここを出て都の陰陽寮に行ってくる!!」



 真広はまっすぐに咲耶を見つめると、真剣な表情で言葉を続けた。



「だから咲耶……親父とお袋、村のことを頼んだぞ!!」



「分かった。できる限り、努力する」



「あぁ頼むな、咲耶!!」



 静かに頷いた咲耶に、真広がいつも通りニカッと明るく笑った。


 そして、真広は都へと馬を走らせる。

 馬を休ませながら丸二日かけて、やっとの思いで都の陰陽寮の門前に辿り着いたのだが……。



「——子供の上に、なんと持ち合わせが馬しかないじゃと……っ!?」



 案の定、巨大な門の門番に似合わない痩せた老人は真広をぶっきらぼうに追い払う。



「帰れ帰れっ!! 陰陽寮の術師達は多忙なんじゃ!! 子供の遊びになど付き合ってられぬわ!!」



「ちょっ……おっちゃん!! そこをなんとかさっ、話しくらい聞いてくれよ!!」



 真広も負けじと食い下がるが老人は話は終わったとばかりに重たい門が一人でに開くと。



「聞いて欲しいなら金を持ってくるんだな!!」



 その中へと入って行ってしまった。真広はその門の隙間へ入ろうとしたが——バチッと何かに弾かれてしまう。



「……ちょっ!待てよ! おいっ、コラ!!いっ……て、なんだよ、これ……」



 流石、陰陽寮の門と言うべきか、一般人には到底理解できない見えない何かに守られているらしい。

 そうだとしても、真広はこんなところで諦める訳にはいかなかった。



(……親父に、お袋に、他の村人たちのために、待っててくれる咲耶のために……諦めらんねぇし……)



 真広は門の結界に弾かれてもなお両手で門を殴った。

 


「あーもう!!クソッタレ!! こちとら、ちっぽけな村の村人なんだぞ!!」



 我ながら言ってて悲しくなる単語だと、真広は思う。



「大金なんか持って来れるわけねぇーだろ!!」



 金などありはしない。それでも多くの命がかかっている。真広は諦めることは出来なかった。

 門を両手で殴り過ぎたせいで真広の両手は自身の血に染まっていた。



「咲耶……俺、どうしたらいいんだよ……」


 

 真広が項垂れた時、不意にポゥと胸元が暖かくなる。

 そこには咲耶から貰った匂い袋が入っていたのだ。

 取り出した匂い袋は咲耶がまとう優しい桜の香りと同じで、真広は泣きそうになっていた。



「このまま帰ってもお袋と親父は死んじまう……村人も死んじまう。 そんなの俺は……嫌だ」



 ぎゅっと握り締めて、祈るように額に擦り付ければ、ふわりと桜の香りに全身が包み込まれた。



『……これは道に迷わないように、木々が道を教えてくれる匂い袋だ、持って行け、真広——』



 そう言って咲耶に渡された。

 確かに木々が道を示してくれているような気がして、一度も道に迷わなかった。

 咲耶は全て当たり前みたいにやってのけるが……咲耶のやっていることは、まるで神様のような奇跡ばかりだった。



「……なんで、お前ばっかり、こんなにすげぇんだよ」



 そう言いながら真広は自身の両手を見つめる。

 その両手を見やれば、先程まで門を殴って怪我をしていた両手は綺麗に治っていた。

 咲耶は真広の万が一を考えて、匂い袋に治癒の加護を施してくれていたのだろう。



「……こんなことされたら、余計に諦めらんねぇじゃんかよ」



 真広は涙を拭うと、気持ちを奮い立たせて、匂い袋を空へと翳して無理やり笑って見せた。



「咲耶、俺……もう少し、頑張ってみるな!」


 

 どうしたら陰陽寮に助けてもらえるのか。

 大金を用意することができない真広は必死に陰陽寮の門前で頭を悩ませていた。


 


真広は前向きですね。

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