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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
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47: イザナギの権能の特殊性



 月夜見の仮想世界が解かれると、蛍と蓮はフッと残像が立体に変わるように、安倍晴明の屋敷の庭へ戻される。

 蛍と蓮の姿が見えるとすぐに咲耶とタケルが近寄って来た。

 


「おかえり、なんとか……勝てたな」



「えぇ! すごいわ、蛍ちゃんっ! あの戦いっぷりは、すごくゾクゾクしたわ!」



 どうやら月夜見と戦っている二柱(ふたり)の様子は外からも観戦出来ていたようで、安堵した表情の咲耶と頬を紅潮させて蛍を見やるタケルを、蛍は天秤の槍をぎゅっと持ちながら見上げた。



「咲耶兄、タケル……ありがとう」



 ふわっと花が綻ぶように蛍が微笑む。

 そこへ、ゆったりと蛍の元に歩いて来た安倍晴明が優しく声をかけた。



「ほんに、よく頑張ったな。 二柱(ふたり)とも」



「晴明っ!!」



 蛍は安倍晴明の姿が見えた瞬間に駆け寄り、勢いよくギュッと抱きついた。



「……ほ、蛍」



 安倍晴明はその勢いに思わず眼を開いたが、すぐに冷静さを取り戻して穏やかな表情でその頭を撫でた。

 そんな2人の様子に蓮が蒼い瞳にホロリと涙を浮かべる。



「蛍がすぐ晴明に取られる……うぅ、僕だって、頑張ったのに……」



 蓮の言葉に安倍晴明は「そうか」と呟くと、撫でていた蛍を静かに抱き抱えた。

 


「あ、えっと……晴明?」



 蛍は安倍晴明に抱き抱えられたことが初めてで、喜びと驚きが入り混じった視線を安倍晴明に向けた。


 しかし安倍晴明はそのまま蓮の方に歩み寄っていくと、シュンと項垂れたその白い髪をポンと撫でた。



「蓮……。 お前さんもよう頑張ってはったな」



「……晴明。 急に、僕を褒めるなんて……」



 蓮は安倍晴明を恨めしげに見上げた。


 蒼と新緑の視線が重なる。片手に蛍を抱えながら静かに蓮の頭を撫でてくれる安倍晴明の心境は分からない。

 おそらく、蛍も蓮のことも、安倍晴明なりに労っているつもりなのだろうと蓮は察しているのだが……。



(……しかも、晴明に抱っこされてる蛍がすごく嬉しそうだし!! なにこれ、色んな意味でツラい——っ!!)



 視界にはどうしても、安倍晴明に抱き抱えられて頬を染めている蛍の姿が入ってくる。


 その蛍の表情が今にも晴明の頬に擦り寄ってこのままぎゅっと抱き付きたいと、うずうずしているのが蓮には見て取れた。

 一方で、安倍晴明は表情を変えることなく、ただ蓮の頭を撫でている。


 そうだというのに、蓮は嫌な気持ちにはならない。

 むしろ、その手は心地良いとすら思えるのだ。



「……っ、これが悪い気はしないんだよなぁ。それがまた悔しいっ!」 



 蓮は、なおさら悔し涙に濡れた。 

 安倍晴明と蛍と蓮のいつも通りのやり取りにタケルはクスクスと低く喉を鳴らしながら隣にいる月夜見を見やった。



「……でも、蛍ちゃんが戦ってるの見ていたら、どこかしらサナギに似てるような気がしたのよねぇ」



「えぇ、それは僕も感じました。 天に至る魂の中でも本当に、我らの父上である可能性が高いですね……」



 月夜見はタケルの言葉に一つ頷くと、顎に手を当てながら考える。

 大国主命(おおくにぬしのみこと)である(あずま)が置いた鳥居を蛍がくぐれた時点で、月夜見は蛍とイザナギの繋がりを感じていた。



(そうだとしたら、一体いつから東は、消えたイザナギの魂を高天原(ここ)へ繋げていたのか……)


 

 その答えは東にしか分からない。

 しかし、イザナギが高天原から消えて、蛍がここに辿り着くまでの長い時間を要したのは間違いないのだ。



(東はイザナギが紡ぐ、数々の縁の物語を愛していましたから、おそらく、その間をずっと見ていたのでしょうが……)



 そう内心で思いながら月夜見(つくよみ)は、金色の瞳を伏せるとゆっくりと口を開いた。



「そうであるならば。 なおさら、蛍さんにはイザナギの権能を使い熟せるようになって貰わねばなりません……」



「……えっ、今以上に何があるんだ!?」



 淡々と紡がれた月夜見の声が安倍晴明に抱き抱えられていた蛍の耳にも届いて、蛍は驚愕に眼を瞬かせた。



「今回、突きとか振り回す以外に生命の権能で、白銀の槍というか、(ほこ)を飛ばしたり出来るようになったんだぞ!!」



 そう無我夢中だったとは言えど、蛍は先ほど、膨大な神力を束ね、イザナギの巨大な矛——原初の罪を裁く白銀の輝きを天へ放つことが出来たのだ。



「——むしろ、ボクを褒めて欲しいっ!!」



「いえ、あんなのただの神力を使ったイザナギの通常攻撃に過ぎませんよ……」



「あっ、あんなのって! あんまりじゃないかっ!?」



 逆に呆れ顔の月夜見に、蛍はムッと唇を尖らせて「ボク、頑張ったんだぞっ!」膨れっ面になる。


 「せやな」と冷静に答えた安倍晴明は、あやすように蛍の背中をポンポンと撫でると蛍をゆっくりと地面に降ろした。

 


「いいですか、蛍さん……」

 


 月夜見はそんな蛍に歩み寄ると小さくため息を吐いて、パラララッ——と法典を開いた。

 開いた頁が淡く光を放ち、そこからまた二頭身の蛍が今度は立体的な映像のように現れた。



神気(しんき)が気体とするなら、神力(しんりょく)は固体です。神力は塊になればなるほど強いのです。 特に、イザナギの生命の権能は()()にまで影響しますからね。どちらの状態でも強力ですよ」



 法典から現れた二頭身の蛍は身体から霧を出したり、光の槍を出したりしている。

 おそらく気体と固体の状態を表しているのだろう。

 そして、光の槍がさらに圧縮されて光球になる。


 二頭身の蛍が両手で掲げている、それは、もはや小さな星のようだった。

 それを眺めながら月夜見は静かに問いかける。



「蛍さんは、イザナギの権能の特殊性はご存じですよね?」



生命(せいめい)という概念(がいねん)なんだろ?」



「えぇ、そうです」



 月夜見は穏やかな笑みを浮かべて一つ頷く。

 法典の中から現れている二頭身の蛍の横に、突如フッと並ぶように現れた小さな狼、二頭身の月夜見、満開の桜の木を指差した。



「——では問題です。 ……獣、神、植物。それら全てに共通するものは何です?」



「……えっ? えっと、共通点だよな」



 蛍は月夜見に淡々と問いかけられて、うーん。としばらく逡巡した後に小首を傾げながら答えた。



「生命とか、寿命があるとか、なのか?」



「大変おしいですね。 答えは……"魂"があることです」



 法典の上に現れた小さな狼、二頭身の月夜見、満開の桜の木は白銀の光の粒子となって、二頭身の蛍の両手の中にキラキラと集まった。



「生命の根源(こんげん)とは"魂"そのもの。 神力や神気も、魂を核とした生命から溢れ出る力の一つです」



 その光の集まりが創り出したのは、白銀に光る『天秤の槍』と『光を司る金の蝶、闇を司る青の蝶』。


 

「全ての生命にある魂は、生きているだけで少しずつ摩耗します。 そして穢れを受け続ければ、その魂は本来の形を失っていくのです」



 金と青の蝶が舞う二頭身の蛍の隣に現れたのは、黒い泥と瘴気をまとう神々、それは『禍ツ神(まがつかみ)』と呼ばれる存在だった。



「だからこそ、イザナギの「生命の権能」は、「生命を通して魂の循環を正しく導く」ためのものなのです」



 二頭身の蛍は天秤の槍を掲げる。

 槍の穂先から白銀の光が広がり、黒い泥と瘴気に沈みかけていた神々の魂を照らした。



「それゆえに、『善と悪』を測る神器——正義の天秤。

その槍をもって……善ならば赦しを与え、悪ならば裁きを与え、()()()()()()へと送り出す」



 そして、二頭身の蛍自身も白銀に一際強く輝いた。

 蛍の周囲に舞っていた、金の蝶と青の蝶が舞い上がる。



「そうして、生と死の循環を繰り返し、高天原の神々の魂と権能が穢れに侵され、変質してしまわないように管理していたのです……」


 

 月夜見が言い終えると同時に、天秤の槍から雷や炎や風が放たれて、禍ツ神が攻撃を受けて倒れると白銀の光に包まれる。


 ……やがて、禍ツ神を包んだ白銀の光は、穢れだけを剥がし落とし、"金の蝶や青の蝶"に姿を変えて二頭身の蛍の胸の中へ帰っていった。




晴明がちゃんと、おじいちゃんしてます。

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