46:蛍の覚悟が示す光の先に
(……一か八かだ。さっきの猫ちゃん達も意思を持ってた。それなら、きっと……)
話しかけてみよう。と蛍が神獣カイチに視線を向ける。
神獣カイチの輝く翡翠と、蛍の淡く光る翡翠が重なる。
「……お願いだ。 やめてくれ、蓮は、もう君達を傷付けないから」
まっすぐ、蛍は神獣カイチと向かい合う。神獣カイチは蛍の言葉を聞いていた。
グルルルッと喉を鳴らしながらも蛍への攻撃を止めている。
「……君達の心臓はボクの中にある。 だから、もし蓮を裁きたいと言うのなら、その矛先はボクに向けるべきだ」
蛍はゆっくり蓮を地面に寝かせると天秤の槍を拾って、神獣カイチに向かって構える。
「……その怒りも、悲しみも、痛みも、恐怖も、ボクが受け止める。 それが君達の生命をもらったボクの責任だ」
グルルルッ。グルルルッ。と神獣カイチ三体が喉を鳴らして蛍を見据える。
蛍の天秤の槍を持つ手は震えていた。
(……お願いだ、出来るだけ戦いたくない)
それは恐怖を上回る罪悪感だった。何故なら彼等の命を貰ったこの身だ。
ギュッと天秤の槍を構える蛍から不意に神獣カイチは視線を逸らした。
三体同時に夜空を見上げる。
『……えぇ。もうすぐに、裁きが落ちますね』
その様子を見て、同じように夜空を見上げた月夜見が静かに口を開いた。
そこにあるのは、先ほどの赤黒い雷のような槍とは比にならない。
神の怒りを体現したかのような夜空を覆い尽くす程の赤黒い雷の切先が天から落ちようとしていた。
『権力は我々を守るためにあります。……ですが、同じ権力で神を裁き、殺すことも出来る』
もはや、星そのものを砕くであろうソレと——目の前には天界の奇跡と呼ばれる神獣カイチが三体、夜空を見上げたままそこにいる。
『そう。これらは全て——因果応報なのです』
「……月夜見」
蛍はまっすぐに、悲しげに微笑む月夜を見ていた。
『蛍さん……彼の罪と罰をどうか認めていただけますか?』
「いいや、月夜見。 ここが仮説世界だとしても、ボクは許せない……」
静かな月夜見の声に緩く蛍は首を横に振る。
視線を落とせば、神獣カイチによって傷付けられた蓮が力無く倒れている。
「こんな勝手な罰を……ボクは認めないっ!」
そう、蛍にとって大切な蓮が傷だらけで倒れているのが許せなかった。
「ボクは、蓮を……守りたい」
いま、蛍が天秤の槍を持つ理由は、ただ「守りたい」それだけなのだ。
蛍が天秤の槍に込める神力を爆発的に増加させる。
「守りたいから、ボクは、天の裁きだろうと戦う」
白銀に輝く蛍はまるで星の輝きのようだった。
——瞬間、グォォォォと重く大地が揺れた。
その揺れは、神獣カイチの咆哮だった。
蛍に応えるかのように、神獣カイチが三体同時に、蛍ではなく、夜空へ向かって駆けて行く。
正義の神獣カイチ——今この場で守るべきものを選んだのだ。
その先に存在するのが同じ天の住人のものだとしても……。
天からゆっくりと落ちてくる赤黒い雷の切先に、星を砕く天の裁きに向かって、三つの白銀の流星が衝突した。
ぶつかり合う赤黒い光と白銀の光は月の都を壊滅させるほどの衝撃波を巻き起こす。
「……神獣、カイチ……っ!」
それでも、彼等はその奇跡をもって、天から落ちる赤黒い雷の切先を押し留めてくれていたのだ。
「……ありがとう。ありがとう……ごめんな。ボクの選択を、君達は……少しでも、赦してくれたんだな」
そう——正しいとか、正しくないとかじゃない。
誰かを守るためなら、誰かを想って生きるのなら、全てを赦して歩もう。
ならばこそイザナギの生命の権能は、輝きを増すのだと、蛍が天秤の槍を祈りを込めて構えた。
「どうか天秤の槍よ——ボクに力を貸してくれ!!」
カッ——!と天秤の槍が一際強く、白銀に輝いた。
三つの流星が砕けて白銀の粒子となって降り注ぐ。
ゆっくりと空から降ってくる帝釈天の破壊の光に、月夜見は静かに法典を閉じると目を伏せる。
『……えぇ、それでいいのです。蛍さん』
一方で、白銀の輝きに包まれた蛍の手の中で、今まで暴れていた神力が、初めて一つの形を取った。
「……この世界に痛みだけの裁きが下されるのなら、ボクが全力で止めるっ!!」
それは、巨大な矛であり、原初の罪を裁く白銀の輝き。
『全てを貫け——原初の裁きよ!!』
天秤の槍に込められた神力が星の始まりの輝きとなって、全てを呑み込みながら、夜空へと放たれる。
「っ——!?」
月夜見はその光に目を見開いた。
蛍から放たれた原初の裁きの槍が、帝釈天の裁きの光とぶつかり合う。
それは破壊のためではない光と破壊をもたらす光の融合。
白銀の光が赤黒い光を呑み込む。
罪を焼くための裁きではなく、罪ごと抱きしめて、もう一度命へ還すための裁きと赦しの光。
なんと懐かしい輝きだろうかと、月夜見は思わず目が逸らせずにいた。
そう月夜見は、その白銀の輝きの中で、確かに見た。
「……イザナギ」
——かつて父と呼んだ、原初の神の面影を。
「……我が……父、上」
そして、崩れかけた月の古都ごと、全てが白銀の光に包まれた。
* * *
父上だと!?




