43:月落ちる古都
そして数日後のある日。
「おりゃ——! ……ぶわっ!」
蛍はやっと神気を放出できるようになっていた。
相変わらず、間の抜けたかけ声はありつつも、数秒程度なら周囲に「生命の加護」を与えることができるくらいには成長したのだ。
「すごーい! 蛍、できてるよ!!」
「いい調子ね! それを維持するのよ」
「うんっ!」
蓮とタケルにパチパチと手を叩かれながら蛍は嬉しそうに笑った。
本当に一時はどうなることかと思うくらいに、神力を細かく霧状にして神気として放出することが難しかったのだ。
(……本当に、ここまで長かったな)
我ながらよく頑張ったと蛍は、翡翠の瞳にジワリと涙を浮かべる。
「……じゃ、あとは反復練習ね」
「え?」
……きょとん、とする蛍を横目に踵を返したタケルは「アタシ、飽きたから休憩するわ」と、手をヒラヒラ振りながら安倍晴明と咲耶がお茶している方へ歩いて行ってしまった。
「「えええええ——っ!?」」
目を丸くした蓮と蛍の声が重なって響いた。
「ちょ……タケルっ! それは無責任だぞ!!」
「そーだよ! 僕だって蛍とお茶したいのに!!」
「……ん?」
今、何やら蓮が違うことを言った気がして、蛍が隣を見やれば「どうかした?」とニコニコ笑みを浮かべていた。
今のは聞き間違いだったのか?と蛍が首を傾げていると、タケルが席に着きながら、蛍と蓮に手招きをする。
「——それなら、2柱とも、こっちにいらっしゃいな!」
「まぁ、休憩も必要だな。 タケルと蓮と蛍のお茶も用意するか」
咲耶が茶器を人数分並べて桜のケーキを置いていく。
その隣で安倍晴明は、静かに5個目の桜ケーキに手を伸ばしていた。
* * *
「どうやら、神力や神気が扱えるようになったみたいですね、蛍さん」
「えっ……月夜見!?」
唐突に、そう言って仮説世界に現れたのは月夜見だった。
「はい、本日は、僕自ら抜き打ちテストに参りました」
そう当然のように淡々と告げる月夜見に、神気を放つ練習中だった蛍と蓮は、白銀と蒼に光りながら動きを止めて、ポカンと月夜見を見つめていた。
「て、テスト……って? 何も聞いていないんだが?」
「抜き打ちを知らせる必要がありますか?」
蛍の言葉に、月夜見はピシャリと返した。
——せ、正論!しかも月夜見の真顔が怖い!と蛍は天秤の槍を両手で握り締めてプルプル震える。
蓮が震える蛍と月夜見の間に割って入ると、静かに月夜見を見上げる。
「月夜見は何のテストにきたの?」
「えぇ。 お二柱があの桜に届くか。 先に、僕がお相手しましょう—— 下弦の月なので、ベリーハードモードですがね」
「えっ、待って……それは、普通に嫌なんだけどっ!」
さすがの蓮も驚愕に目を開いて、首を横に振った。
ここにいる全員、月夜見の権能を知っているだけに、嫌な予感しかしない。
額に汗を浮かべる蓮と蛍に対して、月夜見は帽子を脱いで一礼する。
「では、対戦よろしくお願いいたします」
そう言って、月夜見は問答無用で法典を開いた。パラララッ——と法典の頁が光りながら独りでに捲れていく。
「仮説世界:月落ちる古都へ上書きいたします」
「神の話を聞け!!」
そんな蓮の声とともに一瞬で景色が切り替わる。
途端に身体を押し潰さんとする重力に襲われ、蛍と蓮が体勢を崩しかけた。
「重っ……なっ! なんだ……ここはっ」
ゆっくりと顔を上げると空には、太陽のごとく輝く巨大な月が真っ二つに割れて、壊れた都の地面へ向かってまっすぐ落ちて来ていた。
「ななななっ……月が空から落ちてっ——!!!?」
「蛍、大丈夫……っ。 ここは仮説世界だから、どこかを再現してるだけで、この重力負荷以外は問題なさそうだよ」
蓮はすぐに蒼い神力をまとって重量を相殺すると、「……だから、落ち着いて、神力をまとって」と蛍を見やって言った。
そんな蓮の言葉に月夜見が穏やかに笑って頷く。
「えぇ、その通りです」
しかし月夜見の満月を彷彿とさせる瞳は煌々と輝き、穏やかな笑みとは裏腹の獲物を狩る獣のような獰猛さを孕んで2柱を捉えていた。
「……加えて言うなら、他の皆さんにはご退出いただいているので。 この場には僕と、蛍さん、蓮さんの3柱しかいませんよ?」
「月夜見、本気、なんだな。……そうか、分かった」
蛍は天秤の槍を祈るように両手で構えると白銀の神気をまわりに広げた。
それは「生命の加護」。




