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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
42/60

42:白銀の輝きと蒼の灯火

 



「嫌がってる? ……えっ、天秤の槍って自我があるの?」



 蓮が驚いた顔で蛍の持つ天秤の槍に視線を向ける。



「分からないけど。 なんだか、ボクが流そうとしてる神力を押し返されているような気がする……」



「……えぇ。 おそらく、その感覚は正しいわよ」



 タケルが何かに気づいたのかパチンと指を鳴らして、「それだわ」と微笑んだ。 

 しかし、次は理由を理解できたからこそ、タケルの金色の瞳が天秤の槍を映して揺れた。

 そこに、かつての持ち主の姿がそこにいるのだろうか。蛍を見つめているタケルはどこか寂しそうにも見える。



「でも……そうなると困るわね。 アタシが教えることが出来るのは戦い方だけだから、天秤の槍の使い方は本来の持ち主のサナギにしか分からないの」



「……サナギ。ってイザナギのことか?」



「えぇ、そうよ」



 タケルがにっこりと頷くと、そこへ静かな声が響いた。



「——蛍……。 今、えぇか?」



「晴明?」



 今まで少し離れた場所から3柱のやり取りを見守っていた安倍晴明がゆったりと蛍の元へ歩いて来たのだ。


 おそらく、先程の大爆発を目の当たりにして、状況を見かねて助言に来てくれたのか、安倍晴明の声が届く距離で立ち止まると。



「お前さんは……"何のために力を使うのか"、その天秤に伝えてみたらええんやないか?」



 そう静かに言葉を続ける。



「それが……善悪を測る天秤の槍なら、お前さん自身も測られとる可能性があるのや」



 安倍晴明は言い終えると踵を返して、またゆったりと咲耶の元へと帰っていく。



「えっ! あれだけ言って、帰っちゃうんだ……晴明」



 蓮が呆れたように、「普通、その後どうなるか見てないの?」と安倍晴明の背中を見送る。

 しかし、安倍晴明は振り返らない。まるで答えはもう渡した、とでも言うように。



「……まぁ、晴明ちゃんらしいわね」



 タケルが肩を竦めると蛍に視線を戻した。



「でも確かに、サナギも天秤の槍とよく喧嘩していたわね……」



「イザナギも天秤の槍と喧嘩してたのか!?」



 驚いたよう目を瞬かせる蛍に、タケルが頷いてふっと柔らかく笑みを浮かべて言った。



「えぇ。サナギは口論の末に力でねじ伏せていたところがあるけれど、蛍ちゃんはそんなことしないものね……」



「……それ、喧嘩じゃなくて脅しじゃない?」



「んふふふっ! えぇ、えぇ否定はしないわ!」



 思わずスンッとした表情で突っ込んだ蓮に、タケルは吹き出すように楽しげに笑った。

 そんな2柱のやり取りを眺めながら蛍は天秤の槍を握り直して思考をまとめた。



「……えぇっと、だから天秤の槍に何のために力を使いたいのか、伝えたら良いんだよな?」



 蛍は両手で握った天秤の槍へ視線を落とす。



(……何のために)



 蛍の脳裏に浮かぶのは沢山の顔だった。



 いつもゆっくりと歩いて、穏やかに笑う安倍晴明。


 優しく蛍の手を取って名前を呼んでくれる蓮。


 ぶっきらぼうだけれど面倒見の良い咲耶兄。


 大きな声で笑う、まるで太陽みたいな東。


 四季を届ける妖精みたいなスクナビコナ。


 みんなに気遣って、優しく豪快に笑うタケル。


 静かに手を貸してくれる月夜見。


 少し怖がりな天照大御神。


 ——そして、高天原に住んでいる沢山の神々。



 この世界で誰も泣いてほしくない。

 誰にも苦しんで欲しくない。悲しんで欲しくない。

 消えて欲しくない。


 ただ、蛍の中にあるのは、それだけだった。



「ボクは晴明、蓮……咲耶兄、タケル、高天原のみんな幸せになってほしいんだ」



 蛍は一つ一つの想いを込めて、そっと天秤の槍へ語りかけた。



「みんなが笑っていて、ここにいたいって、そう言える世界を目指したい。 ……だから、そのためにボクに力を貸してほしい」



 そう蛍が言い終えた瞬間だった。その手の中で天秤の槍が微かに震える。

 まるで、その言葉を聞いていたかのように。



 ポゥ——と淡い白銀の光が槍を走る。



 今まで拒まれていた蛍の神力が、何の抵抗もなく天秤の槍へ流れ込んでいく。



「……あ」



 蛍が目を見開く。天秤の槍は、もう神力を拒んでいないというように蛍の身体も白銀の光に包まれた。


 春風に蛍の黒髪が揺れ、その身体を包む白銀の輝きはまるで月明かりのように清く優しく柔らかかった。



「蛍……すごく、綺麗だよ」



 思わず蓮が蒼い瞳を輝かせて見惚れていた。


 そして蛍から視線をゆっくりと離して、蓮はつられるように自分の手を見やる。

 

 蓮はその手に、恐る恐る神力を流す。

 ……ポゥ、と光る。その色は蛍の白銀とは違う。

 


 ——儚く淡い蒼の光。

 まるで悲しみが蓮の手のひらから身体全体に広がって蒼く灯る。 

 それは清流のような冷たさだった。



「なんか……蒼いけど、僕もちょっと出来た」



「うふふふっ! 二柱(ふたり)とも神力がとっても綺麗だわぁ! えぇ、まるでイルミネーションよっ!」



 タケルは白銀と蒼の光に恍惚とした表情で眺める。



「僕のより蛍の方がずっと綺麗だね」


 

 興奮しているタケルに冷ややかな視線を送る蓮は隣で白銀に輝く蛍に目を細める。



「……そうね。 これで、蛍ちゃんが神気を周りにも出せるようになったら、あの仮説世界の二柱(ふたり)の封印を解いて時間停止も無効化できるわね!」



 そう親指を立てて微笑んだタケルから、少し離れた桜の木の下。



「良かったな。 ……蛍のヤツ」



 花茶の茶器を片手に晴明の隣に立って給仕をしながら、その様子を見守っていた咲耶が、ほっと息を吐いた。



「天秤の槍を使えるようになったみたいだ」



 肩の力が抜けたように咲耶が柔らかく微笑む。



「せやな……」



 咲耶の言葉に、安倍晴明は桜の花弁が浮かぶカップに視線を落として静かに頷いた。

 ユラユラと水面に花茶の花弁が心許なく揺れている。



「今は安定して神力や神気を使いこなせるようにならへんと、邇邇芸命(ににぎのみこと)どころやない……」



 花弁を映し出す新緑の瞳は穏やかなまま、しかし未来を見据えていた。



「どんな禍ツ神にも勝てへんやろうな」



 邇邇芸命の時間停止に巻き込まれないようにするためには、蛍が周囲にイザナギの神気を流す「生命力の加護」を使えなくてはならない。



「……そもそも、イザナギの権能があっても神気や神力を扱えへんなら、黄泉の穢れが濃い"黄泉下り"などもっての外やな——」



 安倍晴明は言い終えると静かに新緑の瞳を伏せて、花茶のカップに口を付けた。

 その言葉を聞いた咲耶は「……蛍、蓮」と小さく呟いて、遠くで淡く光る白銀と蒼の光を不安げに見つめた。




サナギさん出てきました……。(誰!?)

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