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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
41/60

41: 大爆発は突然に……。




「……アイツ等また、何やってんの?」



 そんな光景を遠巻きに見ていた咲耶が呆れ顔で、隣にいる安倍晴明に声をかける。

 


「……ってか、いつの間にか月夜見(つくよみ)もいなくなってるし」



「月夜見は、おそらく話だけは聞いてはるのやろ」



 そう言って近くの桜の木の下に腰を下ろした安倍晴明は、ここから蓮と蛍を見守るつもりなのだろう。

 静かな新緑の瞳だけは二柱(ふたり)の様子を逸らすことなく見続けている。



「どちらにしろ、俺達は、タケルほど戦闘向きじゃないし……」



 咲耶も安倍晴明の視線を追ってタケルと蓮と蛍に視線を戻して言った。


 心配ではあるが、実際、咲耶は先代の木花咲弥姫命と違って『変化』を攻撃や防御に使うことが苦手だった。


 どちらかというと咲耶が得意なのは『変化』による『治癒』であり、体内や植物を変化で活性化させたりすることによる治療や結界の方が得意なのだ。



「ここで見てた方が、アイツ等の勉強にいいんだろうな」



 咲耶はそう言い終えると地面に薬箱を降ろして安倍晴明の隣に座った。

 安倍晴明は一瞬だけ地面の自分の影に視線を落として、手を伸ばす。



「せやな。 仮説世界なら怪我や死ぬ心配もあらへんしな。 ——茶を……影踏み」



 自身の影に安倍晴明の手がふわりと触れる。

 いつもなら、そのまま影の中へ沈むはずの指先は、柔らかな草を撫でるだけだった。



 そこでようやく思い出したように、安倍晴明が「……そう言えば、ここに居てへんかったな」とポツリと呟いた。

 そう、月夜見の仮説世界はあくまでも仮説であり現実ではない。



 いわば意識だけ取り込まれているようなもので、安倍晴明は現実の影踏鬼から切り離されていたのだった。


 その様子を横目に見ていた咲耶が問いかける。



「……確か、この仮説世界は"神の権能"は使えるんだよな?」



「ここが、月夜見の権能で出来た空間やからな。 神なら権能を同じように使えるはずや」



 安倍晴明は、そう言って空を見上げる。

 眼鏡の奥の新緑の瞳に桜の花弁が舞い、穏やかな景色だけが広がっていた。



 本来なら何か異変があれば、外側から術式で干渉し、この仮説世界そのものを切り崩すことも考えるだろう。



 だが今のところ、その必要性は感じない。

 蓮も蛍も無理をしている様子はない。ならば今は見守るだけだ。



「俺の術式や怪異は権能ではあらへんから、ここでは傍観者みたいなもんやな」



 それは一向に構わない。見守るのは大いに結構。

 もし今、惜しむとすれば手元にお茶がないことくらいだった。



「影から茶も出せへんが、ここで待つしかあらへんな……」



 安倍晴明は、少しだけ肩を落として呟く。



「じゃあ、俺ならお茶が用意できるってことだな。 ちょっと待ってろ……」



 その隣で咲耶が立ち上がって言った。



『——芽吹け花よ、その変化に命の祝福を……一樹千花(いちじゅせんか)



 咲耶が祝詞を唱えると、咲耶の声に応えるように、周囲の草木がざわりと揺れた。



 そして桜の花弁が空へと舞い上がり、途端に、近くの桜の木が静かに揺れた。

 地面から根が盛り上がり、絡み合いながら形を変えていく。


 やがて、それは滑らかな木目を持つ机となり、その両脇には背もたれ付きの椅子が生まれていた。

 最初からそこに存在していたかのように自然な出来栄えだ。


 さらに咲耶は内ポケットから花の種をいくつか取り出し、得意げに笑った。



「普通のお茶はないけど、種から咲かせた花で作る花茶なら出せそうだ、どうだ。 晴明……飲むか?」



「おおきにありがとな、咲耶。 これで、ゆっくりできそうや」

 

 

 ゆったりと立ち上がった安倍晴明は、咲耶が用意した椅子へ腰を下ろした。

 春の風が桜の花弁を運び、その一枚が肩へと舞い落ちる。

 安倍晴明はそれを払うことなく、ただ静かに蛍と蓮を見やると穏やかに目を細めた。



「とりあえず、まずはその天秤の槍に神力を込めるのよ」


 

 タケルが声を低くして真剣な顔で蛍達に言った。



「う、うーん……」



 蛍はその声に応えるようにぎゅっと天秤の槍を握り締める。

 しかし、その神力を込めるというのが、よく分からない。なんなら、天秤の槍はどこか蛍の神力を押し返してきている様にも思えた。



 (……や、やっぱり難しい)



 蛍の額に汗が滲む。



「……ん」


 

 必死な蛍の隣で、蛍とは対照的に穏やかに目を閉じて蓮も一緒にやっていた。

 蓮もまた、今後の戦いに備えて神力の扱いを覚える必要があると考えたらしい。

 

 しかし、2柱(ふたり)とも神力や神気の片鱗すら見られない。

 タケルは少し悩む素振りを見せたあと、自身の身体から神気を放つ。



「神力が掴めないなら、まずは神気から出してみましょうか! ……こうやるのよ!」



 瞬間、身がすくむような圧と、雷鳴とともにタケルの周りでバチッ……バチバチと電流が走る。 


 幸いにも、タケルの神気によって天候が変わらないのは、ここが月夜見の仮説世界だからなのだろう。



「ほら、やってごらんなさい。 静かに目を閉じて、身体の周りにフワッと膜を張るようなイメージよ」



「うーん……ふわっと……ぶわっ!!」


 

 そんな間の抜けたかけ声とは裏腹に、蛍が放ったのは神気ではなかった。

 それは、制御されていない膨大な神力。


 何故か天秤の槍に拒まれた神力は行き場を失い、そのまま周囲へと溢れ出す。


 そのため蛍の神力は、ただ爆発的な力となって、周囲を巻き込む大爆発を起こした。



 ドォーンッ——!

 轟音とともに蛍の神力は、神気のごとく吹き荒れた。



 周囲の桜の花弁が一斉に吹き飛び、抉れた地面の小石が弾かれる。遠くの木々まで大きく揺れた。

 未だ、茶色い土煙を上げる、そこにいるであろう蛍にタケルは悲鳴のような声を出して目を丸くしている。



「ええっ!? ちょっ……蛍ちゃん!? なんで神力ぶっぱなしてるのよ!?」



「ええええっ!? 蛍が爆発した!? ちょ——蛍っ、大丈夫っ!!?」



 蓮は慌てて土煙の方駆け寄った。風が吹き抜けて、艶やかな黒髪を靡かせながら蛍が姿を現した。

 その翡翠の瞳はキラキラと輝いていて、どこか誇らしげだった。

 蛍の無事に蓮はホッと安堵する。



「……蛍」



「——蓮っ! 見ていたか? ボク、神気ブワッとやるの出来たぞ!」



「えぇ……蛍ちゃん。 残念だけど、できてないわよ」


  

 蛍の声に応えたのは呆れ顔のタケルだった。



「なんで!?」



 ガーン、と蛍の肩が落ちる。

 しかしタケルは、いつものようには笑えなかった。


 むしろ、その桁違いの神力を目の当たりにして額に冷や汗を浮かべている。



(……もはや神威ね。サナギを思い出すわ)



 タケルが思い出していた『サナギ』。

 それは昔、高天原を治めていた最高神であるイザナギの呼び名だった。



 イザナギは神々を統べる魂と権能の父神。

 その手には、蛍と同じ天秤の槍があった。


 ——それは『善と悪』を測る神器。


 善ならば赦しを与え、転生へ導く。

 悪ならば裁きを与え、それでもなお転生へ送り出す。



 そうして、サナギは高天原の神々の魂と権能を穢れに侵され変質してしまわないように管理していた。



 故に、邇邇芸命のような死と穢れに覆われた禍ツ神ならば、天秤は”悪”と測るはずだった。


 それならば本来、生命の権能を通して神力を叩き込むだけで終わる話なのだけれど——。



「神気を超えて、神力を放出できるのに……なぜ、こんなにも、神力を槍に流すのができないのかしら?」

   


 普通であれば神気の方が出しやすい。



(……神力が多過ぎるから? それとも別の理由?)



 タケルは思わず、頬に手を当てて考え込んでしまう。



「……うーん、それが分からない。なんだか、天秤が嫌がってるんだ」



 そんなタケルの前で蛍は自分の持っている天秤の槍を見つめて困ったように眉根を寄せた。




遠くで、晴明が一度……ガタッと立ち上がってます。

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