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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
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38:イザナギが唯一の打開策




「……タケル」



「ほら、だからその可愛いお顔にシワ寄せないのっ!」



 迷うように眉を顰める咲耶の眉間に人差し指を当てながら、笑みを浮かべたタケルは、咲耶の眉間のシワをぐいぐい伸ばしていた。


 蛍はそんな二人のやり取りをジッと見つめながら首を傾げる。



「……でも、ここままだと封印は解けてしまうんだよな。そうしたら、邇邇芸命(ににぎのみこと)はどうなるんだ?」



 自分にも何か出来ることはあるのだろうか?と、蛍はその答えを知りたかった。


 蛍の言葉に蓮は思案顔で「……うーん」と人差し指を形の良い唇に当てながら口を開く。



「確かに。 ……その時、封印するしか方法がなかったってほどの相手なんだよね?」



 蓮はそう言うと安倍晴明を見やった。



「でも、高天原にはイザナミすら喰らえる白ちゃんもいたんでしょ? (しろ)ちゃんは、その時何してたの?」 



 その蒼い瞳に映る安倍晴明は一瞬驚いた顔になる。



「……お前さんがそれを言うと、なんや。違和感が拭えへんな……」



 そう——今の蓮にとって、白は自分とは別の存在だった。

 安倍晴明はそれに気付くと冷静な表情を取り戻して答えた。



「やけど、結論からいうと……あのお方の"侵食の権能"と邇邇芸命の"時の権能"の相性が悪いせいで攻撃が届かへんかったのや」



「……えっ、権能にも相性があるのか?」



 その蛍の問いに答えたのは、思い出すかのようにしみじみとした様子のタケルの声だった。



「——あるわよ。 ただ、邇邇芸命(ににぎのみこと)の権能って、そもそも攻撃系の権能とも守護系の権能とも違うのよねぇ……」



 そう——邇邇芸命の権能である『時』は智神のなかでも特殊系なのだ。

 言うなれば攻撃でも守護でもないと。



 武神である建御雷神(たけみかづち)の『雷』や、白ちゃんの『侵食』。

 これらは世界の理そのものへ作用し、破壊や変質をもたらす攻撃系の権能に分類される。



 一方で、月夜見の『法』や大国主神の『縁結』は、世界の理を維持し導く守護系の権能だ。



 そして邇邇芸命の『時』は、そのどちらとも違う。



 イザナギの『生命』やイザナミの『死』と同じく、世界を成り立たせる根幹そのものに属する『概念系』の権能なのだ。


 だからこそ、どれほど知略を巡らせようと武力を振るおうと、『時の権能』を前にしては意味をなさなかった。



 ——それ故に、かつて高天原にいる神々はその討伐を断念した。


 

「……それでも、白ちゃんの侵食の権能は終焉と同義。   

"本来"であれば、その概念すら喰らえるのでしょうけど。

あの時は八代ちゃん(宇迦之御霊大神)の眷属として権能を『神の範囲』に制限されていたから」



 タケルは蓮の姿を見て、当時を重ねているのか少し悲しげに金色の目を伏せる。



「侵食の権能から発生する蒼き蓮が広がるより前に、時を止められてしまえば、邇邇芸命に攻撃することが敵わなかったの……もう、アタシ達はお手上げよ」



「なるほど……。 だから、邇邇芸命を封印するしか方法はなかったんだな」



 両手を広げるタケルから蛍は視線を落として、小さく息を吐いた。



「えぇ、そうなの——だから、コノハちゃんの封印が解けて、邇邇芸命が出てくるのなら……」



 タケルは飄々とした声を区切ると。



「それより前に、アタシが本気で万年桜を切るわ」



 温度のない声でそう言い切った。冗談でも脅しでもない。

 それまで浮かべていた柔らかな笑みが消え、タケルは静かな金色の瞳で、その場を見渡した。



「……っ」

 それは雷鳴が轟く直前の静寂にも似ていて、蛍は思わず息を呑んだ



 建御雷神が本気でそうするつもりなのだと、その場の誰もが理解した。



 だからこそ、もし、その封印が解除されてしまうくらいなら、タケルはそのまま……木花咲弥姫命の封印ごと邇邇芸命も伐採するというのだ。

 それは実質、2柱の死を意味する。



(そんなの……)



 蛍の翡翠の瞳が揺れる。 

 全部を、タケルだけが背負うことになる。

 


「タケル、それは……っ」



 蛍は思わず、言葉を詰まらせてしまった。

 タケルのその覚悟がどれほど重いものなのかくらい、蛍にも分かった。


 木花咲弥姫命も、邇邇芸命も全部、自分が引き受けると言っているのだ。

 蛍がもう一度口を開きかけた、その時だった。



「……ダメだ、タケル。 お前にそんな責任を押し付けられない……」



 咲耶の声が静寂を破った。



(——そんな二柱(ふたり)の結末も俺は認めない)


 

 咲耶は覚悟を決めたように若葉色の瞳をまっすぐにタケルに向けていた。

 


「うふふ……」



 それを受け止めたタケルは緊張を解くように、ふっといつも通りの笑顔を浮かべる。



「えぇ、それは——どうしようもなくなったらの話よ♡」



 ちゅっと投げキッスまで咲耶に見舞った。

 タケルが場の空気を仕切り直すのを横目に、蓮は困ったように顎へ手を当てた。



「うーん……。でも、現状だと封印が解けた時点で詰みってことだよね?」



「確かに……何か、他にも良い案があればいいな」



 蛍も蓮につられるように「うーん」と唸った。

 今の話を聞く限りでは、他に方法が思い浮かばないのも事実だった。



「……そうだね。封印が解けるより先に伐採以外を……ってなると、ますます打開策が見つからないんだよねぇ」



 そう蓮は独り言のように呟いた。



「いいえ——蛍さんのイザナギの権能であれば、邇邇芸命を倒すことが可能なのですよ」



 蓮の言葉に反応するように唐突に響いたのは、月夜見の凛として澄んだ声だった。

 ——ハッと蛍が顔を上げて、キョロキョロとあたりを見渡した。



「えっ!? いま……月夜見の声が……っ!」



「……えぇ、そうです。 僕です。この本を依代に、話をさせていただいています——驚きましたか?」



 その声とともに、安倍晴明の部屋にあった本がふわりと浮いて喋り出した。

 それは安倍晴明の前にあった記録書”邇邇芸命と木花咲弥姫命の封印”から、月夜見が話しかけてきていたのだ。



 本が開くと、本から文字が抜けて宙に浮かんでいく——文字がなくなった頁は白紙に変わった。



『——朝陽が寝たので、僕も仲間に入れてください(`・∀・´)キリッ』



 どうやら文章も使えるらしい。

 声がしない代わりに、その文字がふよふよと宙を浮いている。



「なんなんや、その顔文字は……」



 安倍晴明は目の前で、文字が踊るのが鬱陶しいとばかりに宙に浮かぶ記録書を捕まえて言った。



「唐突に来るのやめてくれるか? 月夜見……。あと、その記録書はあかん」



 それから文字が消えるの困るのや。と本がパタンと閉じられる。





月夜見はチャット民かもですね。

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