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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
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36:桃園の主神と桜花の主神




(……ボクが、蓮みたいに戦えるとは思えない。けど、ここで諦めるのも違うような気がする)



 ぎゅっと拳を作った蛍は翡翠の瞳を上げて、キッと建御雷神を見据えた。



「分かった!! ボク、建御雷神を倒してみせる!!」



「……蛍」



 そこで蓮が意識を取り戻したのか、建御雷神の腕の中から蛍を見た。

 蒼い瞳がみるみると光を取り戻し、いつもの太陽のような笑みを浮かべる。



「うん、そうだね……諦めたら、終わり——だねっ!」



 建御雷神の腕の中で身体を反転させた蓮が建御雷神に回し蹴りを見舞うが、



「……うふふふふっ、やだぁ。 ゾクゾクしちゃうっ!」



 それをいとも簡単に建御雷神に避けられてしまう。 

 蛍と蓮は飛び回る蝶のように、交互に建御雷神に攻撃していくが一向に当たらない。



「くっ——まだまだ!」



「はぁっ、はぁっ……でも全然っ、当たらないぞっ!」



 蓮と蛍は額に汗を浮かべながら、目の前で涼しげに微笑む建御雷神を見据える。



「うふふっ、楽しいわぁ! 食後の運動には、ちょうどいい軽さねぇ」



 そう歌うように言う、建御雷神は息さえ乱れていない。

 しかし、突如、曇天が晴れる。

 黒い雲が覆っていた空は瞬く間に、太陽が顔を出して、青空が広がり、白い雲が流れる。



「……あら? これは」



 建御雷神が何かに気付いたかのように、空を見上げた。

 そしてサワサワと桜の花が囁くように揺れる。



「お前等、なにやってんの?」



 その少し不機嫌そうな声とともに、春の風が吹き抜けて、雪のように桜の花弁が舞った。



「咲耶兄……っ」



 蛍がパッと声がした方を見やれば、そこには木花咲弥姫命このはなさくやひめのみこと——の咲耶(さくや)が薬箱を背負って立っていた。



「あらあら、咲耶ちゃん。 ……数十年振りねぇ」



「あぁ。久しぶり、タケル」

  

 

 そして、どうやら二柱は知り合いなのか、建御雷神と咲耶は当然のように挨拶し合っている。

 


「咲耶兄が、建御雷神のことタケル……って呼んでる」



「確かに。いちいち、建御雷神って呼ぶのめんどくさいし……ふぁ〜ぁ。……良いんじゃないかな。タケルで」



 二柱の会話を蛍が興味深そうに観察しながら言うと、蓮はあくびをしながら適当に返した。



 事実、蓮は蛍以外に興味はない——もし、あるとすれば、安倍晴明が蛍へ向ける不器用過ぎる"愛情"くらいだ。



「咲耶ちゃんは、何をしに来たのかしら?」



「アイツの——蓮の経過観察。 まぁ元気そうだから、俺はこのまま行くけど……」



 そんなタケルの問いかけに、咲耶は蓮を横目に見やり呆れたように言った。

 「しかも、ピンピンしてるし……」と咲耶は、可愛らしく整った顔を顰めっ面に変えたあと、視線をタケルに戻した。



「タケルは今、ここに住んでるのか?」



「えぇ、朝陽のお願いでね。 ……でも、ほどほどに遊んだらアタシは一度、桃園の国に帰るわよ」



 そう微笑むタケル——建御雷神(たけみかづち)は、七番国桃園(とうえん)の国の主神でもある。

 普段から天照大御神(あまてらすおおみかみ)のために、タケルは桃園の国から、一番国の天津の国に足を運んでいるだけなのだ。



「……貴方はずっとそうやって、旅をしているの?」



 タケルの心配するかのような金色の視線が咲耶に刺さる。

 そう——五番国、桜花(おうか)の国の主神である建御雷神の咲耶と違って……。



「帰らずの()()()()()()()()()()



「……俺は」



 咲耶が言葉を濁して、背負った薬箱の紐を強く握り締めた。

 なんて言えばいいのか、自分の気持ちが上手く言葉にならない。



「……咲耶兄?」



 蛍は咲耶の苦しげな、それでいて悲しげな顔を目の当たりにして、思わず咲耶の元へ近づいた。



(……咲耶兄が、泣きそうな顔してる)



 蛍の姿を若葉色の瞳に映しながら咲耶は少し声を震わせて言った。



「探して見つけたいんだ、禍ツ神(まがつかみ)を元に戻す方法を……」



 そう言ったあと咲耶は歯を食い縛り、若葉色の瞳を閉じた。

 目を閉じるだけで、今だに鮮明に思い出してしまう。



 禍ツ神に堕ちた邇邇芸命(ににぎのみこと)を先代の木花咲弥姫命が止めた、あの日のことを……。


 ——そう、かつて高天原で()()()()も太刀打ちすることが、出来なかった邇邇芸命の権能『時』。



 それは、3分という制限下の元で、意のままに止めることも進めることも可能だった。

 この間に、力を持たぬ神々は殺されてしまう。



 それ故に、先代の木花咲弥姫自らが封印となり2柱ともに、永い永い眠りについてしまったのだ。


 それが、桜花の国の象徴とも言える「万年桜の正体」で、いつ再び目覚めるのか分からない時限爆弾でもある。



 ——だからこそ、咲耶は禍ツ神を元に戻す方法を探し続けていた。

 たとえ、主神の木花咲弥姫の座に着いた現在(いま)であっても。


 

「貴方が居ない桜花の国は、ずっと泣いているわよ?」



 そんな咲耶の心中を察してか、タケルは責めるでもなく、困り顔で頬に手を当てて言った。



「……それは、分かってる」



 咲耶は静かに頷いて返した。

 主神には国全体を、加護するという役目がある。


 その加護がなければ国は緩やかに衰退していき、神々は穢れを受けやすくなり国から出現する禍ツ神も増えてしまう。



(そうだとしても、いつ再び目覚めるのか分からない邇邇芸命になす術がないままでは、姫様から託された桜花の国を守れない……)



 封印が解けるより前に、否——自ら封印となっている木花咲弥姫が禍ツ神に堕ちてしまうより前に……。


 咲耶は、禍ツ神から神々を元に戻す方法を見つけなくてはいけなかった。

 


「でも、俺は今度こそ。 コノハ姉さんが愛した桜花の国を救いたい……」



 グッと拳を作って、まっすぐに若葉色の瞳に決意を乗せて。



「自らが封印となってる姉さんのことも含めて助けたいって思ってる」



 タケルを射抜く咲耶の熱量に、タケルは、諦めたかのようにため息を吐いた。



「本当に()()()人間側って不器用ねぇ。 根っからの神様には、分からない感覚だわ」



 ——守れないのなら、仕方がないじゃないの。とタケルは両手を広げて首を左右に降って言った。


 そのまま咲耶を見やり、声を低くすると、静かな金色に咲耶の姿を映し出した。



「自分の権能を超えてまで何かを救おうだなんて、()()()()を超えてるわよ……」



 まるで、警告だった。

 神の領域を越えれば天の領域に踏み入ることになると。


 咲耶はタケルの言葉も理解できる。しかし、簡単には諦められないのだ。



「——俺は元々。人間だから諦めが悪いんだよ」



 咲耶のその言葉に、蛍が驚いて息を呑んだ。



(……咲耶兄は、もともと、人間……だったのか?)



 まさか高天原に人間でありながら神様になるなど、誰が想像できようか。

 その答えに、タケルは酷く興奮した様子で、表情を蕩けさせると、言葉を矢継ぎ早に続けた。

 


「うふふっ! ……良いわぁ。そういうのアタシ最高に大好きよ! 人間らしく泥の中で、必死に、足掻くところを見てるとゾクゾクしちゃうわぁ!」

 


 両手で身体を抱きしめて身悶えるタケルに、蓮がスンッと表情を凍らせる。



「よし、変態がいる。今すぐに追い出そう」 



「れ、蓮……落ち着いてくれ」



 蛍はそう言って止めようとした。

 だが、蓮はタケルが嫌いなのか、今すぐにでも追い出しかねない勢いで、クネクネするタケルの着物を掴んで門の外へ連れて行こうとしていた。



「もとより、こういうお方やで。建御雷神は——」



 そこへ、ゆったりと穏やかな声が庭に響く。

 


「晴明!」



 蛍がその声を見やれば、安倍晴明が幾つかの本を抱えて立っていた。



「あらぁ晴明ちゃん、おはよう。 朝いないと、思ってたら書庫に篭ってたのねぇ〜」



 タケルは蓮に引きずられながら平然と安倍晴明に挨拶する。



「ちょうどええ。 結界が邇邇芸命の封印の揺れを観測したさかい……お前さん達、俺の部屋に来れるか?」



 そう言って、誰の返事も待つことなく、安倍晴明は本を抱えたままゆったりと歩き出す。

 


「あ……晴明っ、待ってくれ!」



 蛍は慌てて安倍晴明の後を追いかけて行く。



「——えぇっ、蛍っ!」



 それを見て、タケルを門前に連れて行こうとしていた蓮が慌ててタケルを引きずったまま、方向転換すると、蛍の後を追いかける。



「ちょっ……本当にっ、もう! みんな自由(マイペース)なんだからっ!』



「うふふっ、神様ってそんなもんよ」



「もう自分で歩きなよ!!」



 ——ポイッ!と八つ当たりの如く、勢いよく放り捨てて、蓮は蛍の後を追いかけた。

 その後を、咲耶はやれやれといった様子でついて行くことにした。




蛍以外に塩な蓮くんが面白いですね。

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