35:眩しい金色は朝陽の如く
「……ん、んん」
蛍は棺の中で、朝の眩しい光を感じて目を覚ました。
瞼をこすりながら、ゆっくり目を開けると、視界に入るのは、眩い朝の金色の光。
キラキラと光を反射させている黄金の輝き。しかし、それは太陽の光ではなかった。
「あら、おはよう。 蛍ちゃん……目を覚ましたのね?」
そう優しく微笑んで、蛍を覗き込んでいる建御雷神の金髪だった。
フワリと、蛍の視界の端で、緩く編まれた金色の三つ編みが揺れる。
「ふぇっ……な、建御雷神!?」
蛍もまさか自身の部屋に建御雷神がいるとは思わず、声が裏返ってしまった。
「うふふっ! 朝から元気ねぇ。とっても可愛いわ、蛍ちゃん」
そんな蛍を見て、カラカラと笑う建御雷神。
「建御雷神……どうして——」
ボクの部屋に?と問いかけようとした矢先、屋敷を揺らすような大きな足音が蛍の部屋に向かって来るのが聞こえた。
例えるなら猪のような勢いで訪れた。
それは、蛍の部屋の前でキキッと急停止すると——ガラッ!と勢いよく襖を開けた。
「——建御雷神! なんで、蛍の部屋にいるの!?」
そう、その正体は鬼の形相をしている蓮だった。
「おはよう、蓮ちゃん、貴方も元気ねぇ」
そんな蓮を清々しい笑顔で、まるで子供の成長を見る母親のような口調で「アタシがここにいるの逆に、なんで分かったのかしらねぇ、これが愛かしら?」と頬に手を当てて言っている。
「いや、だから……なんで、——建御雷神っ! 君が蛍の部屋にいるのか教えてよ!」
「うふふふっ。朝を起こすのは、ママの役目なのよ。こうやって、毎朝、朝陽を起こしていたから、もう癖ね」
「……誰が。ママだって?」
ピキピキッと蓮の額に青筋が浮かび、蓮の背後にあった火山が少し間をおいて、ドカーンッと噴火する。
「——建御雷神は男神でしょ!?
蛍の部屋に、勝手に部屋に入っていいわけないよ!! もう出禁だよっっ!!」
そう勢いよく蓮が眉を吊り上げて怒っているが、建御雷神はどこ吹く風と言った表情で、色っぽく唇を指を立てて片目を瞑って言った。
「うふっ、アタシの気持ちはいつもママよ。 もちろん、たまにパパもやるわ」
「僕の話を、聞いて——!?」
蓮はギリッと唇を噛み締めてこれでもかと言うほど、顔を顰めて声を上げた。
そんな蓮に、建御雷神は「うふふふっ……」と恍惚とした笑みを向けて、茉莉花の棺から二柱のやり取りを見ていた蛍に視線を向ける。
「ところで、蛍ちゃんは、いつもその棺で寝てるのかしら? お花の香りがしてとても良いけれども」
お布団は敷かないのかしら?と建御雷神は不思議そうに蛍を見やる。
「……なんだか、棺じゃないと寝れなくて」
「そうなの。ずっとそこに居たからなのかしらね?」
「たぶん、そう。 この中に入るとすごく落ち着くんだ」
コクリと一つ頷いて、蛍は柔らかな笑みを浮かべる。
何故か、蛍は普通の布団だと落ち着かなくて眠れなかった。
それで、元々眠っていた地下室に置かれていた棺の中に入って眼を閉じると、すごくよく眠れた。
——それはそれは、蛍としては、すごく快眠だったのだが、「……蛍様!?わわわわ、大丈夫かにゃ!?生きてますにゃ!?」と、その光景を目撃したミケに偉く心配されてしまったので、蛍の部屋に布団として、この棺を持ってくることになったのだ。
「それに、このお花のいい匂いで眠くなるんだ」
蛍は枯れることのない茉莉花を両手に掬ってみせる。
そんな蛍の肩に、建御雷神がそっと手を置いて微笑んだ。
「——なら、今日からアタシが貴女のお布団になってあげるわ……。 アタシからも一応、桃っぽい匂いするわよ」
「桃……なんで?」
——なぜ、桃なのだろうと小首を傾げる蛍。
そう言えば建御雷神が近付くと、どこからか淡く甘い果実の香りがするのだ。
(……確かに、桃と言われれば……桃なのか)
なるほど。と頷いた蛍を前に、ふわりと視界に影が落ちる。
仄かに甘い桃の香りとともに、布越しから伝わる温かな体温。そして建御雷神の低く甘い声が耳元で響いた。
「……うふふっ。それに、アタシ、添い寝は得意なの」
そう、建御雷神は蛍を包み込むように、そっと抱き締めていた。
「えっ、と……建御雷神……?」
蛍は自分を優しく包み込む建御雷神を、なんだか、落ち着かない気持ちで見上げる。
(……確かに、良い香りなんだけども、これはちょっと違うような……)
茉莉花と桃のどちらが良いとか、そう言う単純な問題ではない。
このまま眠れるかと聞かれれば、難しい……と蛍が思っていると、建御雷神の向こう側、襖のところに立っている蓮が苛立ったような声を上げる。
「あぁ、もう……本当っに!!」
目の前で、蛍を抱きしめる建御雷神に、蓮の怒りは限界突破していた。
『——ふざけないでっ! もうコイツ追い出してやる!』
蓮は蛍を抱き締める建御雷神を引き剥がそうと、その着物につかみかかる。
遠くの部屋から朝からドッタンバタンと聞こえる。
その騒音に、書庫で本を手に取っていた安倍晴明は頭を抱えた。
「……ほんに、朝から屋敷がうるさいな」
そう、深くため息を吐いた。
* * *
朝食も終わり、蛍は食堂の片付けを済ませて庭に向かう。
足を進めて、庭に近づけば近くほど、激しく撃ち合う音が鼓膜を震わせた。
そう……事の発端は、朝、怒りに任せて蓮が「建御雷神と稽古して勝ったら出て行ってもらうからね!」と言い張って、建御雷神もそれを快く、と言うよりも、むしろ恍惚とした表情で「もちろん、いいわよぉ」と、受け入れていたからだ。
風を切る音で、蓮が右に身体を逃す。蓮の白髪がチリッと音を立てて千切れた。
「……えぇ、えぇ、最高よ、蓮ちゃん!」
そう建御雷神の手刀が真っ直ぐに蓮の頬の横を通り過ぎて、蓮の白髪だけでなく、頬を掠めたのだ。蓮の白い肌からツツーと赤い血が流れる。
「……っ!」
蓮が驚愕に目を見開く、しかし驚きも冷めやらぬまま建御雷神が一瞬で蓮の背後に回り込んだ。
「でも、速さだけなんて……甘過ぎるわよ」
「っ——!?」
……嘘でしょうっ!?この僕より速いなんてっ!
そう蓮が建御雷神から距離を取ろうと踏み込んだのだが、ガシッと捕まった。
「甘すぎて、可愛がりたくなっちゃう——うふふっ」
そう建御雷神はご丁寧に、両手でしっかりと蓮を抱き締めて満面の笑みを浮かべる。
「……ちょっっ!?」
「やだぁ、捕まえちゃったわ♡」
そして、蓮の首筋に……ふ〜と息を吹きかけた。
「ヒィィィイッ!!」
蓮は今まで出したことのないような悲鳴を上げて、そのまま建御雷神の腕の中で蓮は再起不能となった。
チーンと抱き締められたまま、蓮の口からは魂が出ている。
「……蛍、助けて……」と蓮の魂が蛍に助けを求めていた。
「……えっと、これは一体、どう言う状況なんだ?」
蛍が庭を訪れるや否や、蓮は建御雷神に背後から抱き締められて、その腕の中で蓮が意識を失っている。
「あらぁ、ちょうど良かったわ。蛍ちゃんも一緒に稽古しましょう〜、蓮ちゃん1柱だと不利でしょうし」
「えぇっ! あの蓮が不利なのか!?」
蓮の強さを知っている蛍にとって、蓮が不利とは一体どういうことなのか。と思わず信じられないものを見るような目で建御雷神を見てしまう。
「えぇ、だってアタシは戦神、接近戦は何より得意なのよ。 晴明ちゃんにはその速さが届くでしょうけれど……」
そう言葉を区切った建御雷神が、体内の神気を解放する。
その瞬間、庭の空気が震えた。
空と大地が入れ替わったかのように、桜の花弁が空へと舞い上がる。
青空が一気に曇天に変わる。黒い雲に閃光が幾つも走り、雷鳴が轟く。
「なっ! ……建御雷神っ、何を……」
蛍が思わず身構えて、息を呑む。
「ご安心なさい。これは、ただの神気よ。神力すら使っていないの……。 だからね——蛍ちゃんも蓮ちゃんも、ただ速いだけではアタシには勝てないわよ?」
そう、建御雷神は神力も権能も使っていないと言いたいのだ。
ただの基礎能力だけで、蓮を遥かに上回っていることを知ってしまう。
そんな、建御雷神に蓮と蛍だけで、勝てるとも思えないが真っ直ぐと蛍を見据える建御雷神の金色の瞳は、どこか蛍に期待しているかのように細められた。
ママ強し……(ただし男)




