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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
33/60

33:蛍の部屋にあるのは……?




 蛍が手にしていた天秤の槍は、蛍にイザナギの権能を刻むと、スッと白銀の光を放って霧のように分散して消えた。


 ——否、権能の一つとして蛍の中に戻っただけなのだ。



 そして、蛍は白い大鳥居をくぐり、みんなが待っている天秤の間の入り口へと向かった。



「……(ほたる)っ!」



 鳥居から蛍が出てくるや否や蓮は、ぎゅっと蛍に抱き付いた。

 心底、心配したのだろう、蓮の肩が僅かに震えていた。



(れん)……」



「……本当に、良かったっ! 待ってるって言ったけど、やっぱり蛍が帰って来ないかもって、すごく心配していたんだよ……」



「……うん」



 涙ぐんだような蓮の声に、蛍も一緒に泣きそうになる。


 そんな二柱の元に、ぱしゃ……っと、水音を立てて、静かに歩み寄ってきたのは月夜見だ。



「お疲れさまでした、蛍さん。イザナギの権能を受け入れてくださって、ありがとうございます」



 表情はあまり変わらないが、どこか安堵した声色の月夜見も蛍のことを、心配していたことが僅かに伺える。

 そして、月夜見はそのまま業務的に、淡々と言葉を続けた。



「これから、もし権能などのご自身の能力面で、必要なことがあれば僕をお尋ねください。可能な範囲で、ご要望に応じて、書き換えますので……」   



「ありがとう、月夜見(つくよみ)



 そう蛍がお礼を言うと月夜見は「……では、戻りましょう」と法典を開いた。

 眩い光に包まれて、蛍達が目を開けた先は、先ほどいた黄泉比良坂(よもつひらさか)ではなく、千の国の安倍晴明(あべのせいめい)の屋敷の前だった。



「……随分と、手厚い見送りやな、月夜見」



「蛍さんが快くイザナギの権能を引き受けてくださった、お礼ですよ」



 月夜見は言葉を区切ると、横目に蛍を見やる。



「それでは、蛍さん。黄泉下り頑張ってくださいね。 あぁ——それと、表の高天原に出現する禍ツ神も討伐お任せいたします」



 流れるような速さで、そう一息に言うと、月夜見は法典を開いて姿を消した。


 

「……あれ? 今、表の高天原に出現する禍ツ神も討伐お任せいたします。って言われた気がする……」



 気のせいだろうか?と首を傾げる蛍に。



「言われてたよ。早すぎて聞き落としそうになったけど、サラッと仕事追加されてたよ」



 蓮が笑顔を凍らせながら答える。

 「蛍、コキ使うの許せん……」どうやら、月夜見に対して静かに怒っているようだった。



「うふふふっ。さすが月夜ちゃん、当たり前のように神の権能を書き換えちゃうって言えるの、怖いわぁ」



 そう——月夜見は合法と言うが、その理論は不明である。  

 主神同士であってもお互いの権能を完全に把握できていないからこそ、面白い。

 建御雷神(たけみかづち)が恍惚とした笑みを浮かべた。

 そんな建御雷神に、至極冷静な安倍晴明の声が投げかけられる。



「……建御雷神、お前さん。なんで普通に、この屋敷におるのや?」



 月夜見の権能によって、安倍晴明達と屋敷の前に一緒に転移して来た建御雷神に、安倍晴明はお前まで、何故ここに居るのかという冷ややかな視線を送った。



「もちろん。 貴方を守るために、アタシもこのお屋敷に、しばらくお世話になるからよ、晴明ちゃん!」



「……そういうことやったんか」



 安倍晴明が諦めたように溜息をついた。

 

 そして、安倍晴明はスタスタと屋敷の中へ歩いていく、途端、ピタリと足を止めると、一度こちらを振り返って言った。



「お好きにしなはれ。元よりこの屋敷は俺のもんやないからな、使える部屋はミケに聞きや」



「うふふっ、分かったわ」


 

 素っ気なく屋敷に帰って行った安倍晴明の背中に、建御雷神は柔らかく目を細めて頷いた。



「えー、建御雷神まで晴明の屋敷に住むとか、嫌だよ! 勘弁してよ! 蛍と暮らす神は僕だけでいいってば!」



「……蓮っ! それは、どうかと思うぞ……っ!」



 あまりにも率直というか失礼な蓮の言葉を蛍は叱るように諌めた。

 そんな蓮の言葉にも建御雷神は動じることなく、頬に手を当てて母のように穏やかに答える。



「アタシだって、朝陽から離れるの嫌なのよ?

でも、朝陽が心配する晴明ちゃんを守らなきゃなんだから、仕方がないでしょう。許してちょうだいな」



 そして、そのまま色っぽく唇に人差し指を立てて、とびきり綺麗な笑顔を蓮と蛍に向けて言った。



「——だから、しばらくの間、みんなで仲良く暮らしましょね? うふふっ」



 建御雷神の甘く低い笑い声が、静かに安倍晴明の屋敷に溶けていく。

 そのあと、ミケが「ご主人様からお客神をご案内するように言われたにゃー!」と、どこからともなく現れた。



 なんだかんだと、安倍晴明は突然、訪れた客を無碍にしていないことを知った蛍が「さすが晴明、優しい……」と目を輝かせる。



 その隣で、「……蛍には晴明が何をしてもカッコよく見えてるの、なんでかなぁ」と蓮がホロリと涙を見せていた。




 その日の夜、蛍は笑福ダルマを両手に抱えて、部屋の中にドドンと置かれた棺の中へと入り、そっと目の前に笑福ダルマを降ろした。


 そう、この棺は、蛍がずっと眠っていた茉莉花(まつりか)が敷き詰められたもので、この間、ミケ達にせっせと運んでもらったのだ。



「ボクは、これからイザナギとして、この笑福ダルマと一緒に、黄泉下りをするんだよな……」



 コロコロとダルマを転がすと——。



『ワハハハハッ! ワッハハハハ!』

 笑福ダルマの大爆笑が蛍の部屋に響き渡る。



 なんだか、誰かを彷彿とさせるような大きな笑い声に、蛍が「えっと……なんだか、似てる?」と小首を傾げる。


 今日だけで、蛍の頭の中は、一気にあれやこれやと考えることが増えた。

 


「でも、この子……大きいな。これ持って戦えるのか?」



 蛍が両手で笑福ダルマを持ち上げる。

 そう両手で持ち上げるサイズなのだ、黄泉下りはおそらく、禍ツ神との戦いだ。


 そして、天秤の槍も戦うためのもの。


 蛍が、自分の脳内で片手に天秤の槍を持ち、もう一つの手にダルマを抱える姿を想像するが……なんだかしっくり来ないどころか、異様な光景に見えてしまう。



「……うん、一回置こう」



 そっと笑福ダルマを茉莉花の上に置く。



 その時。……キシッと静かに床を軋ませて、ゆったりとした足音が蛍の部屋の前で止まる。


 蛍には、それが安倍晴明の足音だと、気づいてハッと顔を上げた。



「蛍……。 少し入ってもええか?」


 

 穏やかな安倍晴明の声が、蛍に向かって投げかけられる。

 ただ、それだけで、どくんと蛍の心臓が跳ねる。



「晴明……」



 安倍晴明が蛍の部屋に来るのは、屋敷の案内以来だった。

 


「あぁ、えっと、どうしようっ」

 


 蛍は舞い上がり過ぎて、アワアワと慌てて、一体何をしているのか。

 何故か、目の前にあった笑福ダルマを持ち上げて、それ両手にギュッと抱えたまま襖を開けた。



「……せ、晴明っ。 一体、どうしたんだ?」



「あぁ、別に大したことやあらへんのやけどな……」



 そう静かに、眼鏡越しの新緑の瞳が視線を落として、蛍が両手に抱える笑福ダルマを捉えた。



「——やっぱり……。お前さんに、そのダルマ大きかったな。それ、貸してくれるか?」



「う、うん」



 そして、安倍晴明は、蛍の手から笑福ダルマを受け取ると——そのまま蛍の部屋に入ろうとして、部屋のど真ん中にドドンッと置かれた棺を目の当たりにする。



「……!?」



(……部屋に、あの棺持って入っとる!!)

 さすがの安倍晴明も驚いて一瞬固まってしまう。



(……まぁ、そうやな。好きにしたらえぇ。こんな棺、場所とってしゃあないけどな……)



 だが何も言わずに、そのまま蛍の部屋に入り、安倍晴明が術式を展開すると笑福ダルマがみるみる小さくなる。



 そして、小さな笑福ダルマに、可愛い鈴と飾り紐まで付いた首飾りに変えてくれた。



「これで、持ち運びできるやろ。 ……あぁ、せや大小の大きさは念じれば、変えられるさかいな」



「わぁ! すごく、可愛い! ありがとう、晴明!」   



 受け取った首飾りに、飛び跳ねて蛍は喜ぶ。

 そんな無邪気で愛らしい姿に、安倍晴明は、ふっと笑みを溢した。



「……ほな、ゆっくりおやすみ、蛍」



 安倍晴明はポンと蛍の頭を撫でると、ゆったりとした足取りで部屋から出て行こうとしていた。




さすがの晴明もびっくり和室の部屋に置かれた棺

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