32:咲耶の過去 その四
挿絵画像はチャットGPTによるAI生成画像です。
(……なんでだよ。 俺があの時『呪いの本質』に気付いていれば、あの時、東寺が全部教えてくれていれば、こんなに大勢の村人が死ななかった……)
咲耶の感情に、神力が呼応するように、咲耶の足元の地面がピキピキとひび割れた。
そこから、青々と芽吹いた——その芽は一瞬で巨大な桜へと育ち、満開に咲き誇った。
「お前達、術師は人の命をなんだと思ってるんだよ!!」
燃え盛る村の中に咲いた季節外れの満開の桜は、炎の灯りに照らされて妖しく美しく花弁を散らした。
「……ほぅ。これは、美しいな。 その怒りは人間として最もな言い分だ、神子殿——」
東寺は鬼面の下で藤色の瞳を瞬き、咲耶の怒りと桜の美しさに感嘆を漏らした。
そして、なおさら手に入れたいと東寺は咲耶に手を差し出した。
「ただの人柱には価値はないが、神子殿は別だ……やはり、君には価値がある。我々と共に行こう、神子殿」
「断る。 ……こんな状況下で、俺がお前達に素直に着いていく馬鹿に見えてんのかよ」
「それは残念だ。都には君の友人もいるのだが……」
穏やかに紡がれた東寺の言葉に、咲耶がハッと真広の顔が脳裏に浮かんで我に返った。
「お前、真広をどうした!?」
「あの少年と、少年の両親はこの村のことも忘れて、俺が譲り渡した屋敷に幸せそうに住んでいるぞ」
「——は?」
咲耶の脳裏に真広の顔が過って、ハッと我に返った。
この朝間野村で、唯一咲耶を対等の人間として接してくれた友人の真広。
その真広が、村のことも咲耶のことも忘れて、都の屋敷で幸せそうに暮らしているなんて受け入れがたかった。
東寺の言葉が本当なのか、嘘なのか、咲耶には分からない。
しかし、いまだに真広が都から帰って来ていないのも事実だった。
「なんで、急に都の屋敷なんか貰ってんだよ……」
掠れた声で問う咲耶に、東寺は懐から小さな匂い袋を取り出した。
「あの少年がくれた『これ』によって、俺は神に近い君を見つけることが出来た」
東寺の手にある、匂い袋は確かに咲耶が真広に渡したものだった。
「……な、それ……真広に渡した匂い袋……」
やはり薬草畑で、あの時の小鬼が見せたのは、咲耶が真広にあげた匂い袋だったのだと——その事実だけで、胸の奥が焼けるように痛んだ。
「そうだ。 俺は、これの対価に少年の願いを叶え、都の屋敷を一つくれてやったのだ……」
当然のように穏やかな東寺の声に咲耶の指先が震えた。
両親を助けたい、村人達を助けたい一心で真広は東寺に利用されたのだ。
何も知らずに、神子である咲耶の匂い袋を東寺に差し出してしまった。
「兄者は礼節を重んじますから、さすがですねぇ」
犬面の少年がしみじみと東寺を褒め称えるように言った。
「……真広のこと、利用したんだな。 神子の俺に近づくために……」
そう静かに咲耶は右手を宙へ翳す。
満開の桜が大きく枝をしならせて幾つも矛先を向ける、それは槍の如く、東寺達に牙を向ける。
「必要な手順を踏んだだけなのだが、そう捉えられるのならば仕方ないな……」
東寺は、咲耶の言葉を否定も肯定もせず、事実の一つとして、受け取っているようだった。そして匂い袋を再び懐に戻す。
「あの男もこの地上から去った……今、我々は神に至るために全てをかけているのだ」
火の粉が降り注ぐ村の中で、美しい満開の桜を咲かせる咲耶へと視線を向ける東寺は、もう一度、穏やかに手を差し出して言った。
「もう一度言う——神子殿。 どうか我々に協力してはくれないか……?」
「断る!!」
咲耶の言葉とその怒りに呼応するように、満開の桜が火の粉とともに舞い上がる。
その花吹雪は炎の風に巻かれ、花嵐の如く、赤く燃えながら、桜の枝は槍のように鋭く伸び、東寺達三人へ一斉に襲いかかった。
「……そうか。それが答えならば、我々も実力行使するしかなくなるのだが——」
東寺が静かに呟いた瞬間、空に巨大な鬼の眼が開いた。
札の貼られた異形の眼が、咲耶の桜を見下ろす。
ぴたり、と——時間が止まったかのように、咲耶の桜の枝が空中で止まった。
「——っ!?」
否——重力が変わったかのような『呪詛』が放たれたのだ。
咲耶の身体が重く沈み、膝が崩れかける。
その眼は、呪いの活性化を促す——全ての殺意を集めたかのような視線で、配下の鬼達へ『ただ殺せ』と命じた。
それと同時に、周囲で悪鬼と戦っていた小鬼達の身体がギチギチ……ッと不気味に音を立て始める。
そして、小さな身体が膨れ上がり、骨を軋ませながら皮膚を裂いて、やがて巨大な大鬼へと変貌した。
大鬼と化した東寺の鬼達は自我を忘れたかのように、禍ツ門から溢れる悪鬼だけではなく、逃げ惑う村人までも見境なく喰らい始める。
「……なっ!? ふざけるな!! 村人に手を出すな——っ!!」
咲耶は叫び、止まっていた桜の枝を再び勢いよく伸ばして、東寺が立っていた場所へと桜の枝を無数の剣のように突き立てる。
東寺はひらりと宙を舞うと、地面を割りながら咲耶の桜の枝がその後を追いかける。
「……道満」
東寺が枝を躱しながら短く告げる。
促された蘆屋道満は、舌打ちをして両手を咲耶の桜に向けた。
「チッ——芽吹く花を喰らえ、蟲喰」
道満の声とともに黒い霧が溢れる。
それは無数の羽蟲となり、咲耶の桜へ群がって黒く染めていく。
「なっ……! やめろ——っ!」
咲耶は瞬間的にその蟲の性質が己の桜と相性が悪い呪いだと気付いて叫んだ。
葉を喰らい、枝を喰らい、花を喰らい、咲耶の神力で生み出された桜を外側と内側の両方から食い荒らしていった。
満開だった桜が呆気なく黒い灰に変わっていく。
「……嘘……だろ」
咲耶の開かれた瞳に崩れ落ていく桜が映っていた。
「神子様は悪い子なので、金縛りにあわせちゃいましょう……怪異『ナマリ』——手のなる方へ」
それに追い討ちをかけるかのように犬面の少年が手を叩く。
——ぱん、ぱん。と、その乾いた音が響いた瞬間、咲耶の身体が見えない何かに縛られた。
膝から崩れ落ちるように咲耶は、そのまま地面に倒れ込んだ。
「……っ!!?」
地面に突っ伏したまま咲耶は目を見開くと、そこへ歩み寄って来た東寺の静かな声が降ってくる。
「……神子殿。神力が尽きかけているのだろう?」
力量差は明白だった。
(……く……っそ……)
それでも、咲耶は動かない身体を必死に動かそうとした。
だが、毒で麻痺しているかのように指先一つ動かない。
(……木々よ、草花よ……どうか——)
いつもなら何かしらの返事が返って来るであろう咲耶の言葉にもシン……とした空気だけが流れた。
桜も植物達も、神力が尽きかけている咲耶の声に応えてはくれなかった。
「我々は野蛮ではない」
東寺の声は穏やかに咲耶に向かって紡がれる。
「神子殿……これは、取引だ——残りの村人は助けてやろう。 それならば、我々に協力するのか?」
まるで悪魔の囁きのような東寺の声が聞こえた後、近くにまた悪鬼が湧いた。
「うわぁぁぁ!! 神子様ぁぁぁぁ!!」
咲耶はその声が聞こえる方に視線だけを向けた。
悪鬼が逃げ遅れた村人に飛びかかったが、その悪鬼も、村人も、東寺の大鬼がまとめて捕まえた。
「……ひぃぃぃ、何だ、この大鬼——」
そして、大鬼は村人も悪鬼も一緒に頭から喰らった。
咲耶の若葉色の瞳に血飛沫が舞う。
(なんなんだよ、この地獄は……)
周りを見れば、生き残りさえ許されないとばかりに、逃げ惑う村人がまた一人、そして一人と見せしめのように大鬼に、悪鬼諸共喰われていく。
「俺にとって何人死のうと構わないが——いかがする?」
「……っ」
咲耶の絶望に染まる瞳から、とめどなく涙が溢れた。
(……あぁ、なんでだよ。俺はこんなにも……無力で、村を、村人達を……助けることすら叶わないんだ……)
咲耶の身体は小刻みに震える。
歯を食いしばり、無力にもただただ、東寺の鬼面を睨みつけた。
鬼面の奥で東寺が咲耶の答えを悟ったかのように柔らかに笑った。
「……雪村、解いてやれ」
「はーい! 兄者」
飄々とした犬面の少年の返事とともに見えない拘束が解けた。
それでも咲耶は立ち上がれなかった。
「……っ。ぅ……」
俯いてしまえば、堰を切ったように、若葉色の瞳から涙が滴り落ちる。
近くの家屋が火の粉を上げて崩れていった。一層、赤く照らされる無数の血溜まり。
地獄と化した村の中で、咲耶は東寺達に頭を下げた。
「……頼むから……これ以上、この村を壊さないでくれ。 もう誰一人、村人達を死なせないでくれ……」
一言一言が震える咲耶の力ない声。
それを聞き届けると、東寺は膝を折って咲耶に手を差し出した。
「——それでは、神子殿は我々と共に行くと?」
東寺の言葉に、咲耶は唇を噛んで、諦めるように静かに目を伏せる。
「……あぁ、分かった」
東寺の手を取って咲耶が立ち上がる。それとともに空に開いた鬼の眼が閉じた。
大鬼達は再び小鬼へと姿を戻すと——次の瞬間、東寺は淡々と宣言した。
「では、神子殿に対価を支払おう——これより、禍ツ門を破壊する」
「……はぁっ!? クソが、何を簡単に言ってるんだ!!」
蛇面の女が声を荒げた。
しかし、東寺が動じている様子はなく、懐から古びた一冊の書を取り出した。
「もちろん、簡単ではない」
安倍晴明が残した術式の一部が記録された書を東寺は自分の術式に組み込みながら再現し始める——光り輝く術式は何重にも層を成しながら、大地に広がっていく。
それでも天才には遠く及ばない。体内の霊力量も重ねられる術式の数も限られる。
「だからこそ蘆屋、雪村——霊力源となれ。…… 今からあの男の破壊術式を二割の規模で再現する」
「はーい!」
「馬鹿なっ!! それをクソだと言っている!!」
犬面の少年、雪村と反対に、蛇面の女の術師、蘆屋道満は吐き捨てるように言った。
「あの破壊術式の術式密度ならば二割でも、私と雪村の霊力だけでは賄えん!!」
そう安倍晴明が陰陽寮で最後に創り出した禍ツ門を破壊する術式——そのたった二割の再現が、上級術師である東寺の限界だった。
そして問題は術式を発動するための霊力供給源。
東寺一人では賄えず、蘆屋道満と雪村の霊力を織り込んでもなお足りない。
「あの男がよく言っていただろう。 無いものは創るしかない、と——道満」
東寺は穏やかに、されど淡々と告げた。
それをどうにかできるのは、生物を蠱毒へと変換してしまう蘆屋道満の術式しかないのだ、と。
「……霊力が足りなければ、俺の研究室にいる、お前がゴミどもと呼ぶ連中と繋げろ。 体内の蠱毒を霊力へ変換——お前ならば可能であろう?」
やってみせろ。と東寺は言い切った。
なんという理不尽。なんという無茶振りか……一人で何でも体内の術式と霊力で賄ってしまう男と蠱毒使いを一緒にしないで欲しい。
「……あー!! クソが!! これで死んだら貴様を呪い殺してやるぞ——クソ野郎ッ!!」
蘆屋道満が苛立ちのあまりに蛇面を外して地面に叩き付けた。
サラッと艶やかな長い黒髪が揺れる。
陶器のように白い肌が露わになって、長い睫毛が影を落とす紅玉の眼が怒りに細まる。
「あはっ! 死ぬ時は俺と一緒ですねぇ、蘆屋道満」
「クソッタレ。貴様一人で逝け」
誰もが息を呑む美女だと称されても不思議ではないその女は、すこぶる口が悪く、犬面の少年の言葉に、これでもかというほど顔を顰めたのだった。
そして、東寺達の手によって禍ツ門が破壊され、浅間野村がかろうじて残された、その日。
——咲耶は、陰陽寮の薬師となった。
丁寧に、野蛮な東寺さんは嫌いじゃないです。




