30: 笑う門には福来る
(……蛍は安倍晴明のためなら、本当に何でもするだろう)
そう蓮は蛍ほど単純に、全てを受け入れることはできない。
(だからこそ、安倍晴明は彼女を止めるし、拒む。だから、さっき晴明が、イザナギの権能を躊躇ったのは……)
勝手に脳が思考してしまうからだ、まるで、本来の自分がどこかに残っているかのように……。特に蛍に関することなら先々に計算してしまう。
そして、今の蓮が答えを導き出していた。
「——だったら、月夜見。そのイザナギの権能で体内に保管と転生、神の卵を生み落とすというくだり、それを具体的に教えてよ」
「さすが、白さん、耳ざといですね」
「白じゃなくて、蓮だから……」
蓮は半ば諦め気味に、自己紹介した。
みんな、白、白というけど蓮なんだって!とシクシク内心で泣く。
「イザナギの権能による、魂の保管は、精神や肉体が作用します。いわゆる、人工神の基礎能力ですね」
人工神を調べてみますか?と言いながら月夜見は当たり前のように、宙から本を一冊取り出す。
「え、何を見てるの?ってか、どっから出したの?」
「証拠集めは大切ですから。調べたい情報や必要な物は全て権能から取り出せます」
「……権能が万能すぎて、もう怖いんだけど」
蓮はもはやドン引きである。
一方、月夜見が見ている本には人工神の基礎能力が書かれている。
「現在のところ……ザッと二十魂くらいは入るのではないでしょうか? それが、彼女の身体の容量が魂を"安全に保管"できる範囲です」
本を閉じて宙へ返す月夜見を見つめながら、蓮は続けて問う。
「仮に入れたとしたら、それをどう転生させるの?」
「えぇ、もちろん。 イザナギの権能で保管している魂を"神の卵"へと神力で変化させて体内から排出——高天原に生み落としていただきます」
「ソレ……何処から? いやらしいやつじゃないの?」
淡々と答える月夜見を、蓮はがジトッとした目つきで見やる。
それに対して、至極真面目に月夜見は答えた。
「えぇ、下からです」
「ダメだよ!う○こ——でないのなら認めないよ!」
「っ……ふっ」
蓮が声を張り上げると、普段大きく笑わない安倍晴明が吹き出して下を向いた。
「あははははっ!やだぁ!白ちゃんの顔で真剣に、う○こ、とか言うの——最高にいいわぁ、アタシ大好きよ!そういうのっ!あはははっ!」
建御雷神は腹を抱えて大爆笑してる。
それを横目に月夜見は諦めたかのように溜め息を吐く。
「仕方がないですね」
月夜見は宙に浮いた本に手を伸ばして、本を広げる。
権能を使おうとしているのか、その分厚い本——法典の頁が淡く光を帯びる。
そして、月夜見は真剣な表情で言った。
「では、……下から出せないなら、上から出してもらいます。(訳:ひたすら嘔吐して転生させろ)」
「——もう拷問じゃん!!」
ダメに決まってるでしょ!馬鹿なの!?と蓮は猛抗議している。
「はぁ、……仕方ないですね。今の白さんは、どうやらお優しいようで……」
再び、宙からいくつかの本が出てくる。
……あれでもない。これでもないと困り顔で何らかの本を探しながら、月夜見は言った。
「前の貴方なら、どんな状況でも"頑張ってて偉いね"と、ただ笑顔で褒めて流しているはずですが……人間性が足されると、そうなるのですね」
——あぁ、ありました。と絵本を広げて、月夜見の開いた絵本の中からごろん…とダルマ現れる。
「……わぁ!本からダルマ出てきた!」
蛍は目を輝かせる。
絵本から出てきたダルマは、蛍であれば両手で抱えれそうな大きさだ。
「本来なら蛍さんに全て任せる方が効率的なのですが。ダルマを媒介に一部、書き換えましょう……」
そして、月夜見の法典はパラララッ——と頁が独りでに捲れ光を放つ。
「イザナギの権能が作用する、その定義の範囲を——」
法典解放:これより、月の法の権限を行使します。
「"保管、変化、産み落とし"業務に、笑福ダルマを利用する。これで異論ありませんね?」
そして、絵本の上のダルマが光に包まれた。
光が徐々に収まるとダルマはキラキラ輝きながら、フワリと宙に浮いて、そのまま、蛍の元へ飛んでいく。
「——あ、えっと……このダルマ、どうするんだ?」
蛍は飛んできたダルマを、そっと両手で受け止めると小首を傾げる。
「イザナギの権能を受け入れた場合、蛍さんの身体を使うと白さんや安倍晴明からの批判が強いので、その"笑福ダルマ"に魂の保管と転生、そして神の卵を生み落とす役割を譲渡しました」
それが、原則ですので容量オーバーにはご注意を。
——超えれば、蛍さんに本来の役割が戻ります。と怖いことを後から付け加えられた。
「転生には笑福ダルマに、イザナギの神力を注入したあと、笑福ダルマを笑わせてください。笑ったら転生する神の卵が口から飛び出てきますから」
月夜見は蛍が抱えるダルマを指で示して淡々と言った。
その指を追って蓮がダルマに視線を向ける。
「笑わせるって……地味に、面倒臭い機能付けたね。どうすれば笑うの、これ」
「んー、こちょこちょしても笑うのか?」
蛍が蓮にダルマを渡して、そのまま蛍はダルマをくすぐってみると。
『アッハハハハハハ!!』
ダルマは蓮の手の中で、ユラユラとダルマが揺れながら笑った。
——笑いのツボ浅っ!!
その場にいる全員が思った。
「あははっ! これ、笑う門には福来るなんだなっ!」
「……蛍も、ツボ浅いんだね。かわいい」
蛍はダルマに釣られて破顔してしまうが、蓮の場合は、蛍を見て顔が綻んでしまっていた。
そして、蛍が一番気になっているのは、安倍晴明の反応だった。
蛍は安倍晴明に視線を向けて伺うように声をかけた。
「ボク、イザナギの権能を受け入れても大丈夫かなって、思うんだ。ダメだろうか……晴明」
「蛍……」
安倍晴明が少し迷うように言葉を探して、どこか諦めるように静かに目を伏せて言った。
「お前さんの神生や、お前さんの好きにしたらええ」
「うん! ありがとう、がんばる!」
「そうか」
安倍晴明はそう一つ返してくれる。
否定も肯定もしない。それは、今の蛍にとってありがたかった。
(ボクがこの世界を救えるなんて、まだ実感はない。けれど、ボクが誰かの助けになるなら、いま、ボクにできることをがんばりたい——)
そう蛍はキュッと唇を引き結んだ。
「このまま——正義の天秤の間へ行きましょうか」
月夜見が法典を広げる。足元に、巨大な月の紋様が浮かび上がった。
「……蓮も、付いて来てくれるか?」
「もちろん、蛍が嫌がっても、僕は蛍について行くよ!」
蓮はダルマを片手に蛍の手を取って言った。
「うん、行こう」
そう頷いた蛍は自然と蓮と繋いだ手のひらに力を込めた。
「それでは——皆さん、転移しますよ」
次の瞬間、月夜見の法典は光を放ち、蛍たちの身体が光となって本の中へ吸い込まれていく。パタン——。
やっと蛍も伝説の剣が抜けそうですね……(意気消沈)




