29:今のボクの存在意義
(あぁ、俺は、蛍を目覚めさせる為の最後の材料として、その魂に見合う材料——その動力たる"心臓"を器に捧げるために神獣カイチの心臓を欲したことに変わりない……)
安倍晴明は横目に、不安げな蛍の視線を受け止めて、こちらを見据える月夜見に視線を移す。
「契約を守ってくださいますね——安倍晴明」
「……月夜見」
安倍晴明の口から迷うように、その神名が溢れる。
もちろん、理解している。
月夜見と交わした契約だ。守らなくてはいけない。
天界は天上蓮華の隔絶された世界であるが故に、その神の扉は内側からしか開けられない。
そのため、安倍晴明がどんな叡智を持って術式を使ったとしても外側からでは、内側の扉を開けることは不可能に近かった。
それ故に、天の神の神の権能によって作られた内扉を——月夜見の法典により、瞬間的に、観測の眼さえ欺いて、"内側から開くはずの扉を外側の扉"へと存在ごと書き換えてもらったのだ。
それによって、蓮は天界へと踏み入れることができた。
人工神の蛍は『安倍晴明、蓮、月夜見』の三柱が揃い力を合わせたからこそ、ここにいる。
逆に解せば、月夜見がいなければ蛍は目覚めることが出来なかったという事実でもある。
——そうだとしても安倍晴明は、今更、迷ってしまった。
「月夜、少し時間をくれへんか……」
「何故ですか、履行期はすでに到来していますよ?」
月夜見は冷たく語尾を強くして言葉を返す。
しかし、安倍晴明は手に触れる蛍の小さな肩の感触に罪悪感が増していた。
イザナギの権能に求められる責の重さは、今のこの子に背負わせたくない。せめて、もう少し蛍の精神や肉体の成長を待って欲しいと——。
そうでなくては、蛍は、安倍晴明のために、その命を削ってしまうからだ。
「……目覚めてすぐの蛍に、イザナギの権能を抱えさせるのは、あまりにも荷が重すぎる」
「それは、契約義務違反ですよ。安倍晴明」
ムッ——と金色の瞳を吊り上げる月夜見。
もちろん、月夜見も蛍の姿が少女であることを理解している。
その精神の成熟度が如何様であるかは不明であるが、この高天原の存続がかかっているのだ。悠長に待ってはいられない。
「……はぁ、そこを堪忍してや」
「堪忍できません、契約書も交わしています。我々の世界の存続のためなのです。高天原の神々のためにも、蛍さんには一刻の猶予を与えることも出来ません」
ピシャリ——と言葉を切る月夜見。もはや取り付く島もない。
そんな安倍晴明と月夜見のやり取りを見て、建御雷神は「諦めなさいな…」と安倍晴明の肩をポンと叩いた。
「残念ね、晴明ちゃん。今日の月夜ちゃんは下弦のテンションだから、厳しめみたい……仕方がないわ」
流石の建御雷神もこうなった月夜見を止められないのだろう。
困った顔で安倍晴明の足元にいる蛍を見やった。
一方で蛍は、全員の視線を受け止めながら、月夜見に問いかけた。
「……なぁ、月夜見。それは、晴明が月夜見と契約をしたのか?」
「はい。それが、僕が手を貸す条件でしたからね」
月夜見はそう淡々と返した。
(……これは、きっと主である晴明になるのだと思う)
そうだとしても、蛍は嬉しいと思った。
(もし、それが間違いだとしても……今、ボクが出せる答えは、やっぱり、晴明の、ご主人様のため……)
いつか変えなくてはいけない答え——そうだとしても、今の蛍に、受け入れる以外の選択肢などない。
(今のボクがここに居ていいんだって、ボクを必要として貰える理由ができたから……!)
蛍は顔を上げてまっすぐに月夜見を見据えて言った。
「——なら、やる! やりたい!」
「蛍……」
そうなると思った。とばかりに安倍晴明が眉間の皺を深めて頭すら抱える。
そんな安倍晴明とは対照的に、満足そうに月夜見は笑顔を浮かべた。
「やる気があって、何よりです」
その笑顔は、空に浮かぶ満月のようににっこりと。
「貴女を子供として解釈すべきなのか。大人として解釈すべきなのか、不明な点は残りますが……。少なくとも貴女自身の責任は持てそうですね」
そんな月夜見の言葉を遮るように、僕は納得してないよ!と蓮が勢いよく身を乗り出して言った。
「そんなっ!そもそも、蛍がイザナギの権能を受け入れたらどうなるのか、説明してないでしょっ!」
蓮が勢いよく反論する。
蓮の言葉を聞いた月夜見は確かに、それも一理あると静かに頷いた。
「確かに、そうでしたね。任せる業務の説明は必要でしたね……法典解放:映像で重要事項を説明いたします」
パラララッ——と頁が捲れたあと、ピタリと頁が開いたまま淡く光を放ち、そこからまるで御伽話のように映像が流れ始める。
——それは、蛍に見立てた二頭身の少女が、他の神々とともに黄泉を降りて行く姿……。
「えぇ、高天原を救うために黄泉下りをしていただきます。
イザナギとなった貴女は、黄泉へと送られた神々——すなわち、禍ツ神から転生させて、生者の国たる高天原に呼び戻すのです」
二頭身の蛍が、最下層の死の国を目指しながら各階層の禍ツ神を倒して、光をまとう蝶へと姿を変える。
その蝶は、舞うように蛍の胸へ吸い込まれていった。
「一番国、天津の国の裏側に、第一階層の黄泉比良坂が存在します。 ……つまり先程、皆さんがいらっしゃった黄泉比良坂の封じられた入り口の奥に各階層が存在しているのです」
映像に映る、二頭身の蛍はさらに、下の階層に神々とともに降りていく……。
一番国 天津の国 (裏側 第一階層 黄泉比良坂)
二番国 月夜の国 (裏側 ——不明——)
三番国 海原の国 (裏側 ——不明——)
四番国 千の国 (裏側 ——不明——)
五番国 桜花の国 (裏側 ——不明——)
六番国 京の国 (裏側 ——不明——)
七番国 桃園の国 (裏側 ——不明——)
八番国 彼岸の国・三途の川
零番国 死の国
二頭身の蛍が下へ下へと降りて行き、最下層の零番国の死の国にいる蓮に似た蒼い蓮を咲かせる神に出会った。
すると、——ゴール!と表示されて映像は終わる。
そして、最後に二頭身の蛍が金や銀などの色とりどりの卵に囲まれて、両手を上げて喜んでいる映像だけが流れる。
「……このように、各階層の禍ツ神達を倒して、神々の魂をイザナギの権能で体内に保管し、表で転生させながら、黄泉下りを行ってください」
それを、白さんのいる最終層——死の国まで繰り返していただきます。
それこそが、この世界における黄泉下りです。
「今は結界で、高天原を最少限の大きさにしているだけですが、神々の転生が進めば、表の高天原に神々の権能が戻ってできることが増えますよ」
そう説明を終えた月夜見が淡く光放つ、分厚い本を閉じる——パタン。 流れていた映像もスッと消える。
「……なるほど」
蛍はコクンと大きく頷いた。
「それなら、最後には高天原本来の姿に戻るって言うことか……」
「その通りです」
「ボクが、イザナギになれば、高天原が助けられるってことなんだな」
「えぇ、全ては、貴女の頑張り次第です」
柔らかく月夜見は笑みを浮かべながらも、内心では蛍の頑張りが無駄にならないことを願うばかりだった。
人々の信仰なき今、どこまで彼女が頑張れるかにかかっているのだが、——そこは今は言わずにおきましょう。と月夜見は静かに思った。
「なら、ボク、がんばる!」
月夜見とは反対に、やる気に満ち溢れる蛍は、そう言って両手にぎゅっと拳を作る。
しかし、蓮は首を左右に降って言った。
「蛍……ちょっと、それは流され過ぎだよ」
「なんでだ?」
「……だって、蛍。月夜見はまだ言ってないことが多過ぎる」
蛍は蓮が反対する意味が理解できていなかった。
月夜見、下弦の月モードです。ちょっと厳しめです。




