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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第二章 桜花の国の万年桜
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28:本来の高天原の最高神

 


「……その管理をこれからボクがするってことだよな?」



 蛍は法典の映像から一度視線を上げて月夜見を見上げると月夜見はこくりと頷いた。



「もちろん。 生と死の循環の管理や魂の転生を、いずれ蛍さんに担っていただきます。 加えて、根本的に蛍さんが理解せねばいけないのは……」



 そして、月夜見は蛍が首から下げている笑福(しょうふく)ダルマの首飾りを指先で示して言葉を続けた。



「笑福ダルマが取り込んだ——神の魂から権能を引き出すというイザナギの特殊な戦い方なのです」



「えっと、それは……」



 "黄泉下り"をして神々の転生が進めば、神の権能が表の高天原に集まってできることが増えると以前、聞いてはいた。

 だが、蛍自身がイザナギの権能で『他の神々の権能が使える』ようになるとは初耳だった。



「ボクはどうやって、神々の権能を扱えばいいんだ?」



 蛍が真剣な表情で、月夜見を見つめると月夜見の法典の上に映し出されていた二頭身の蛍の隣に、コロンと笑福ダルマが現れる。



「そうですね。 まず勘違いしてはいけませんが、笑福ダルマの魂の保管は、あくまでも転生の準備段階。 つまり、その魂は、まだ“死の側”に置かれている状態なのです」



「………“死の側”に、」



 月夜見の言葉を聞いた蛍はしばらく逡巡した後に、ゆっくりと口を開いた。



「——ということは、笑福ダルマが保管している魂を『転生』させたら"生の側"に来る……だから、イザナギは神々の権能を扱えるってことなのか?」



 蛍は頭の中で情報を整理しながら月夜見に問いかけると、月夜見は満足そうに頷いた。



「えぇ。その通りです」



 月夜見の言葉に反応してか、法典の上に映し出された笑福ダルマが笑って、金色の卵を吐き出した。

 二頭身の蛍はそれを温めるかのように抱き抱える。



「イザナギの権能は、魂を“生へ導く”ことで初めて、その魂と権能との繋がりを得ます。 転生を終えた神々の魂、その権能へ自在に触れられる——それこそが、父上の特殊な戦い方です」


 

 月夜見の金色の瞳が蛍をまっすぐに見据えて言った。

 「我々の父神は偉大なのですよ」と付け加えた。その瞳はどこか憧れを帯びていた。


 そして法典の上に映された二頭身の蛍が抱き抱えていた卵がヒビ割れると、小さな神が飛び出て誕生した。

 それを見下ろして月夜見は穏やかに笑う。



「……あぁ。それと転生後に、権能を借りることが可能な状態であれば、その魂の属性である光の金か闇の青か——」



 月夜見は言葉を区切ると、二頭身の蛍の周囲に飛び回る一匹の青い蝶を示した。



「このように、蛍さんの周囲に蝶々として舞うので分かりやすいかと……」



「それはとっても綺麗だな! 蝶々さんなら、ボクにも分かりやすくて、すごくありがたいな!」



 青い蝶を見て目を輝かせている蛍の隣に来たタケルが法典から映し出された二頭身の蛍と青い蝶を眺める。



「アタシ、サナギは金と青の蝶々が好きなんだとばっかり思ってたわ。 ……あれは、そういう感じだったのねぇ」



 タケルが思い出すかのように、しみじみと頬に手を当てて言った。

 


「えぇ。父上は虫も動物も人も好きですよ」



 タケルの言葉に月夜見は穏やかに微笑む。

 まるで、そこにイザナギがいるかのように蛍を見やると、静かに金色の瞳を伏せて言った。



「生きとし生けるもの全て、父上には好きなものしかありませんから……」



 いつもの淡々と冷たい声ではなく、月夜見にしては酷く優しい声色だった。

 月夜見が本当にイザナギを尊敬する父として思っている温度を感じた。



 しかし、今まで静かに月夜見の話を聞いていた蓮が「虫」と言う単語を聞いてゾッと背筋を凍らせる。



「……僕、虫はやだなぁ」



 小さく呟いた蓮の声が耳に届いて蛍は、きょとんと蓮を見やる。



「蓮は、蝶々さん、嫌いなのか?」



「うーん……うん。蛍の周りに飛んでるのなら許せるよ!」



 蛍の問いかけになんて答えようかと視線を泳がせて、蓮は、はっきりと嫌いとは言い切れず、笑顔のまま言葉を濁した。その額には汗が浮かんでいる。



(それはつまり、ボクの周りの蝶々じゃないなら蓮は許さないんじゃ……)



 流石の蛍もそう気付いてしまった。  

 そんな二柱(ふたり)のやり取りを静かに見ていた月夜見がゆっくりと口を開いた。



「ここまで説明しましたが、蛍さん。 ……残念なことに、今の蛍さんは、他の神々の権能を一つも保有していません。 なので、まずは邇邇芸命(ににぎのみこと)の魂を転生させることに専念してください」



 月夜見の淡々と紡がれた言葉にも、蛍は元気よく頷いて、花が綻ぶように笑った。



「うん。もちろんだ! ボクも万年桜になっている二柱(ふたり)をなんとかしてあげたいから、がんばるな!」



「えぇ。その調子です。 やる気溢れる蛍さんに、もっとやる気の出るボードゲームをお渡ししましょう」



「……ん?」



 小首を傾げる蛍の前で、月夜見は法典を開くと、その中から突如オセロの盤面を出した。



「これは人間界にあったボードゲーム『オセロ』です」



 黒と白の石が並んだ盤面が浮かび上がり、盤面は瞬く間に白石に染まった。



「現状では、白さんが盤面を死の白一色に染め上げている、一方的な魂の保管(ゲーム)になっています。 これから蛍さんは、魂の転生によって死の白石を生の黒石へ、一つ一つひっくり返していくのです」



 生と死で、魂と権能の奪い合いが起きている。 

 月夜見は、この現状を人間界のゲームに例えて見せたのだ。



「こうして今後は、根気強く、黄泉下りで白さんが保管している神々の魂と権能を取り戻していってくださいね」



 月夜見が白石にちょんと触れると、白石は次々と黒石へひっくり返っていく。

 全てが黒石に染まるとオセロ盤の入れ物へ自然に帰って行った。



「今のは説明用に自動展開したものですが、こちらはどうぞ、蛍さんにお渡しします。 あとで蓮さんや安倍晴明と遊んでいただいて構いませんよ」



 人間界では意外と奥が深いらしいので、と付け加えながら月夜見は、オセロ盤を片手に持つと蛍に手渡した。 



「わぁ、ありがとう! すごく楽しそうだな!」



 両手でオセロ盤を受け取ると蛍は喜びのあまり、ぴょんぴょん跳ねながら、オセロ盤に目を輝かせる。



「蓮、あとで、このオセロで遊ぼう!」



「うん。もちろん、良いよ! すごく楽しそうだね」



 嬉しそうな蛍を、蓮は可愛いなぁとただ眺めているのは言うまでもない。

 そして、蛍はオセロ盤を両手に抱えると月夜見を見上げてもう一度お礼を言った。



「ありがとう、月夜見。 ボク、邇邇芸命(ににぎのみこと)をちゃんと転生させたら、黄泉下りも頑張るな!」



「えぇ、頑張ってください」



 素直な蛍の笑顔に月夜見も釣られて少し柔らかな笑みを浮かべた。



「出来れば僕に、秒で勝てるくらいには……」



「えぇっ、それは絶対無理だっ!!」



 いつも一言、最後に付け加えられる言葉が爆弾のようだが、月夜見は至って真面目に言っている。

 蛍は驚いた猫のように全身の毛を逆立てて、必死に首を左右に振って否定するが……。



「我らの父上の権能(けんのう)で、何故勝てないのです?」



 月夜見はスンッと表情を真顔に変えた。



「父上は天秤の槍一本で戦う神ではありません。神々の権能を束ね、一つの軍勢として戦う神なのです……。僕の父上は、高天原で誰より強い神ですよ」



 そう言った月夜見が何故か法典で顔を隠した。若干、耳が赤い月夜見は照れているらしい。



(……あの、月夜見が、照れてる……)



 蛍が思わず翡翠の瞳を丸くして月夜見を凝視してしまった。

 しかし、数秒後に、照れて顔が見せられない月夜見の代わりに、法典から勝手にスルスルと文字が浮かび上がる。



『そもそも、本来イザナギ(父上)は高天原の最高神ですよ? 父上の権能で僕に勝てない時点で、正直オワタ\(^o^)/状態です、蛍さん』



 そんな、愉快な顔文字付きで文章が蛍の前で、ふよふよと浮いてる。

 これには流石の蛍も眉を吊り上げて月夜見に向かって猛抗議する。



「なっ! なんだ……その顔文字、ちょっとムカッとしたぞ!」




挿絵(By みてみん)




「……ふふっ、それなら応援していますよ」



 そう言い残すと、月夜見の姿は法典の光とともに静かに薄れていった。

 蛍は初めて月夜見の感情の籠った笑顔を見た気がして、怒りも冷めて、しばらく呆然と月夜見がいた場所を見つめてしまっていた。




* * *



 仮説世界の万年桜の封印は蛍が生命の権能で創り出した原初の裁きを放つことで解放することができたものの。



『——時よ、止まれ』



 ——リィィン。

 邇邇芸命(ににぎのみこと)の低い声と鈴の音が響くと三分の時間停止が起こる。



 その問題は、蛍の生命の権能と邇邇芸命の時の権能は同じ概念系の権能であることだった。



 蛍は戦闘中、生命の加護を広げ続け、仲間達への加護を強く保っておかないと、同じ概念の権能同士がぶつかり合うため、蛍が気を抜いてしまうと邇邇芸命の権能に上書きされかねない。

 そして蛍が生命の加護を切らすことなく集中して広げ続けていると——また一つ問題が起きたのだ。



「……ボクの加護を受けて、タケルや蓮に時間停止が効かないのは良いんだが。 タケルは良いとしても、全部の攻撃を蓮に任せることは出来ないんだよな」



 邇邇芸命への攻撃を全て蓮に、お願いしてしまうと蓮の侵食の権能によって命が刈り取られる瞬間に、邇邇芸命の魂と権能が蓮に吸収されてしまうことが分かった。



(……魂も権能も吸収してしまうとなると、やはり、蓮は白ちゃんと近い存在なのだろうか?)



 蛍は安倍晴明の屋敷の廊下を一柱歩きながら考える。

 見上げた星空は小さくも輝いていて、その白銀は夜空に浮かぶ神々の魂のようだった。




(ボクと白ちゃんが生と死の神で、お互いに魂と権能を奪い合っていたとしても……それでも、ボクは——この戦いに負けてはいけないと思うんだ……)



蛍はピタリと立ち止まる。



(——それでも……もし、相手が白ちゃんじゃなくて、蓮になってしまったら?)



 不意にそんな考えが過って自然と蛍は足を止めてしまっていたのだ。


 その瞬間、ザァァァッと桜の木々が騒めいて、花吹雪を巻き起こした。

 花吹雪が収まると、そこにいたのは木花咲弥姫命《このはなさくやひめのみこと》の咲耶だった。



「咲耶兄……」



「明日、桜花の国の万年桜の封印を解くんだな。 さっき、晴明から聞いた」



「うん」



 蛍が小さく頷くと、咲耶が蛍の目の前に歩み寄ってくる。



「ここまで、頑張ってくれて……ありがとな、蛍」



(……えっ? ——さ、咲耶兄が、笑った!?)



 ふっと綻ぶ咲耶の笑顔に蛍は数秒固まった。

 見慣れぬ咲耶の笑みに思考を持っていかれた蛍だったが、すぐに我に返ると首を左右に振った。



「……ううん、お礼はいらない。 ボクはやれることをやってるだけだから」



「お前らしいな」



 当たり前のように答えた蛍の言葉に、咲耶は穏やかに若葉色の目を伏せる。

 蛍はそんな咲耶を見上げて少し眉を寄せた。



「……でも、本当は、ちょっと不安もあるんだ」



「木花咲弥姫命《このはなさくやひめのみこと》、コノハ姉さんのことか?」



「うん……」



 そう、仮説世界で蛍達は邇邇芸命しか相手してない——というより、月夜見は邇邇芸命しか仮説世界を用意出来ないらしいのだ。

 月夜見曰く、仮説はあくまで仮説であって「未来予知ではない」ため、状況不明の対象は用意出来ないと言っていた。


 逆に状況や原因の対象を把握しているのなら、解決のために仮説世界を用意できるということらしい。

 現状、邇邇芸命を封印している木花咲弥姫命の状態が分からない。



 (……もし、木花咲弥姫命まで堕ちていたらボクは………咲耶兄の大切な神(ひと)を二柱(ふたり)も転生させることになる——)



 蛍の翡翠の瞳が揺れる。ただ木花咲弥姫命まで禍ツ神に堕ちていないことを祈るばかりだった。



「……コノハ姉さんは強いから、きっと大丈夫だって思いたい。それに、もしコノハ姉さんが堕ちていたなら……」



 咲耶の細く長い指先が蛍の頬にそっと触れる。



「それは、俺の責任だから、お前が背負うことはないよ……蛍」



 そう言って、咲耶の若葉色の瞳が細まる。

 咲耶の指は蛍の頬を一度優しく撫でて、そのまま蛍の頬を摘まんで、にょんと伸ばした。



「咲耶に……いひゃいっ」



 にょん、にょんとひたすら蛍の頬を摘まんだまま伸ばす咲耶の表情は変わらない。

 きっと咲耶は蛍の気持ちが沈まないように励ましてくれているのだろう。



「蛍、二柱(ふたり)のために、お前は本当に良くやってくれてる。 そこはちゃんと誇っていい……」



 本当なら蛍が咲耶を慰める立場なのに逆に励まされてしまった。

 蛍の頬を摘まんでいた咲耶の手のひらが蛍の黒髪を優しく撫でる。



「……うん」



 蛍は少しだけ視線を彷徨わせると、ぎゅっと拳を握り締める。

 普段、素っ気なく思える咲耶だが本当は優しいことを蛍は知っている。

 咲耶の言葉は、蛍の責を軽くするためのものだった。




(……咲耶兄は優しい。 だけど、それに甘えちゃダメだ。 だからこそ、ボクは咲耶兄が背負おうとしているものを、背負ってきたものを知らないといけないと思うんだ……)



 蛍は翡翠の瞳でまっすぐ咲耶を見つめて柔らかく微笑んだ。



「ありがとう、咲耶兄」



 そして蛍は一歩、咲耶に近づいた。

 澄んだ翡翠の瞳はまっすぐ咲耶を映し出していた。


 蛍が今から聞こうとしているのは咲耶が人間でありながら何故、高天原に至ったのか。

 それを問うことで、咲耶の傷を抉ることになるかもしれない。



「……咲耶兄、一つ、聞いてもいいか?」



 それでも蛍は咲耶に踏み込んだ。

 蛍と咲耶は至近距離で見つめ合う。翡翠の瞳と若葉色の瞳が重なると、諦めたように咲耶は笑った。



「——あぁ、いいよ」



 きっと咲耶も蛍が何を聞こうとしているのか察したのだろう。



「お前になら答えてやるよ。なんなら、そこに座って話そう……」



 そう言って咲耶は縁側に薬箱を置いて座ると自分の隣をポンポン叩いて、蛍に「ここに、来い」と言う。

 蛍は少し緊張しながらも咲耶の隣に座った。



「……咲耶兄」



 隣に座る咲耶を横目に見上げると、月明かりに優しく照らされて、それでいて少し悲しげに見えた。

 蛍はおずおずと問いかける。



「咲耶兄は元々……人間だったのか?」



「あぁ、そうだよ。 俺は人間だった——」



 咲耶は夜空を見上げた。

 その若葉色の瞳に映るのは、丸く大きな満月ではなく、桜の花びらが降り注ぐ青空だった。



 ——その人間の赤子は、大きな桜の木の下に置かれていた。

 

 それは、たまたま意思と神力を持った桜の木であった。

 腹を空かせたその桜の木に、赤子は取り込まれてしまう。


 しかし、桜の木はすぐ、それが「人間である」と気付いたのか赤子をぺっと吐き出した。

 吐き出されたものの赤子は、桜の神力によって身体が造り替えられた。


 それは、もはや、限りなく神に近い人であった。

 美しい桜色の髪に若葉色の瞳、まるで木花咲弥姫命のような美貌の少年を——村人達は『神子様(みこさま)』と呼んだ。



月夜見さんがデレました。ただし、お父様に……。

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