3: 安倍晴明の人工神・蛍の目覚め
挿絵はチャットGPTのAI生成画像です。
そして、風が収まると、少女の瞼がぴくりと動いた。
「ん……こ、ここは?」
ゆっくりと瞼が開くと仄暗い室内で、淡く光る翡翠の瞳が安倍晴明の姿を映した。
「誰?」
「蛍……っ」
蛍——と、少女の名を呼んだ安倍晴明の声は泣きそうなほど震えていた。
そして穏やかな笑みを蛍に向ける。
「あぁ、やっと……目覚めたんやな」
安倍晴明の表情は穏やかだった。その内心では泣いていた。
その再会の喜びではなく、悲しみに溢れていた。
本人さえ自覚しない涙が安倍晴明の頬を伝う。
まるで初夏の新緑に——朝露が滴るような輝きの瞳を見て、少女は思わず棺から手を伸ばす。
「……どうして、泣いているんだ?」
安倍晴明の瞳から溢れた涙が頬を伝って、小さな指先に触れる。
「綺麗……な人。 君が、ボクを作った、ご主人様?」
「……っ」
蛍の言葉に、安倍晴明は酷く驚いたように目を見開いた。
(……ご主人様は、まさか、綺麗などと言われると思わなかったのだろうか?)
蛍はまじまじと安倍晴明を見つめる。
蛍から見れば、その癖毛がかった亜麻色の髪と新緑の瞳は美しく、やや大きめの眼鏡に隠れているが整った顔立ちの綺麗な男性であった。
加えて、身に纏っている黒と深緑の着物が、彼の落ち着いた空気に良く似合っていた。
「蛍……いや、俺はただの術師や」
安倍晴明の濡れた頬が蛍の指先から離れて行く。
そして静かに眼鏡をかけ直すと、安倍晴明は首を横に左右に振って言った。
「お前さんを作ったことに間違いはあらへん。 ……けど、主とは違う」
普通なればここで主だと肯定するものなのだが、安倍晴明は蛍の主にはなりたくなかった。
否——もう一度、彼女の主になる権利など己に持ち合わせていないと頑なに拒んでいた。
「ご主人様は、ボクを……作ったのに?」
それには蛍も驚いて目を瞬く。
棺から起き上がり身体に纏わり付いた茉莉花の花を払うと安倍晴明を見上げる。
「でも、それならボクは一体、誰に仕えたらいい……?」
ただ真っ直ぐに安倍晴明を映す、その瞳には隠せない動揺と困惑が見える。
人工神は式神に近く、調伏された主に仕えることが自己の生きる目的になる。
式神達と違うのは、完全に安倍晴明の手によって一から作り出された人工神は、安倍晴明の霊力を通さずとも自身の神力だけで存在できること。
そうだとしても、蛍は生まれ来て早々に自分の存在意義を否定されてしまったのだ。
「俺は、蛍に仕えて貰う必要はない」
そう、はっきりと——蛍には安倍晴明の言葉が「お前は必要ない」のだと言っているように聞こえた。
「あ……えっと、ご主人様、その……」
もはや、面食らってしまって、蛍はパチクリと瞬いた目を泳がせる。
(……えーと、つまりご主人様はボクを作ったけど、仕えなくていいと言ってるんだよな? ……うん。……えっ? どういうことだ?)
はっきり拒絶されて傷付いてもいるし、生まれて来て早々に存在意義を見失ってしまったのだから、どうして良いのか分からない。
勿論、生きる為に必要な知識や教養は生まれながらに持ち合わせている蛍だった。
(……はっ——もしかして、ボクに、なにか問題が!?)
それ故に自分に問題があると、悲しい結論が導き出されてしまう。
主である安倍晴明に、これには一縷の望みを賭けて、安倍晴明に助けを求めざるを得ない状況だ。
「……そのボクに問題があるなら直すから、ご主人様っ! どうかボクをお側に置いてほしいっ」
「蛍に問題はあらへん。 ……やけど、俺は蛍の主にはなれへん」
蛍は眉を寄せて泣きそうな顔で安倍晴明を見上げた。
「……と言うことは、ご主人様はボクを必要としてくれないのか?」
蛍の言葉に安倍晴明は、しばし逡巡する。
それから、出来る限り傷付けず——それでも寄りかからせない答えを探した。
「いらんわけやない。 お前さんが自由に生きれるなら、それが一番や」
「……本当に? ボク、いらない子じゃない?」
安倍晴明は主として蛍を縛ることはしたくない。
その権利など自分にはないからだ。
しかし、不安げに安倍晴明を見上げる蛍を、これ以上突き放すのも可哀想にも思えたが、グッと堪えて同じ言葉を繰り返した。
「お前さんは好きに生きたらいい」
「……好きに、生きる」
主にはならないと頑なに拒まれてしまった蛍は、シュンと肩を落とす。
蛍にとっては、主から再度、発せられた「自由」や「好きに生きる」は「お前は俺に仕えなくていい」という、とどめの一言となる。
「……うぅ、わかった」
……分かりたくはないけど。蛍は、悲しくて泣きそうだった。
いや、もう衝撃が大きすぎて心は大号泣していのに、何故か涙は出てこない。
これが現実だと、まだ認めなくないのだ。
「蛍……」
安倍晴明は、眉を下げてシュンと項垂れてしまった蛍の名前を静かに呼んだ。
十二歳くらいの少女の見た目に反して、蛍には少しばかり多くの知恵を与えているが、人の子と同じで成長と共に学習するようにもしている。
(……いつか見つかるはずや、俺の為ではない生き方を)
人との関わりが下手な安倍晴明は、言葉を重ねることが苦手だ。
何も言えない代わりに、ただ蛍の頭を撫でてやるくらいしかできなかった。
「えっと……? ご主人様?」
蛍は驚いたように、安倍晴明を見上げる。
「晴明って呼んでや」
「晴、明……」
その呼び名はあくまで対等を意味して、蛍の主ではないということだ。
蛍は安倍晴明の真意がわからず、優しく自分を撫でてくれる安倍晴明を戸惑うように見つめた。
(……優しい手のひら)
蛍には安倍晴明の考えは分からない。
ただ、理解できずとも、目の前にいる安倍晴明の声色も蛍の頭を撫でてくれる手付きも優しかった。
蛍と晴明が再会しました。
霊力と神力と魔力に区分されています。
つまり、レギュラー、ハイオク、軽油です。




