2: 安倍晴明の人工神・蛍
挿絵はチャットGPTによるAI生成画像です。
そこは日の当たらない静かな地下室。
食糧庫としても使用される涼しい部屋の奥は、もはや別世界が広がっていた。
天井には何処から根を生やしているのか藤の花が垂れ下がり、壁には無数の禁書が並び、石造りの床には無数に浮かび上がる謎の陣によって淡く光り輝いていた。
その異様な部屋のなかで一際異彩を放っているのが少女が眠る棺だった。
ピクリと結界に捕獲された禍ツ神の気配を感じ取り、安倍晴明は人形に触れていた手を止めた——。
「……大物やな。黄泉へ、送るか?」
そして、安倍晴明は机の端に置かれた枝のみの桜の盆栽を見やる。
瞬間、桜の盆栽に命が宿ったかのように枝を伸ばし、蕾を伸ばして、パッと花を咲かせる。
——みるみると移り変わった、それは満開の桜。
『——コトワル。タケル、ムカッテル』
一番国の天津の国から建御雷神が結界に封鎖された地域に向かったのだと、桜の木の盆栽もとい木花咲弥姫命と繋がった植物が答えた。
「そうか、ほな」
そう頷いた安倍晴明は新緑色の瞳を静かに伏せて、封鎖された地域内にいる大型の禍ツ神を、結界の内側から捕捉する。
安倍晴明が禍ツ神を観ると、結界の内側に無数の眼と梵字を崩したような文字が現れた。
そして禍ツ神の大きさに合わせて、半径2キロの地面が淡く光ると結界が新たに追加される。
一見、鎖のようにも見える梵字の集合体が禍ツ神に纏わり付いて拘束した。
「……こんなもんやな。 あのお方の仕事が減るなら手を貸したってもえぇやろ」
安倍晴明は、建御雷神が禍ツ神を討伐しやすいように、禍ツ神を拘束する術式を追加で展開したのだ。
『セイメイ、エンキョリ、ジュツシキ、オススメシナイ』
しかし、それに気付いた桜の盆栽が伸びたり縮んだりしながら怒った。
机の上で桜の花びらを散らす盆栽を横目に安倍晴明は苦笑する。
「せやな、先に今の作業を終わらせんと、あのお方は怒ってしまうか……」
そう言って安倍晴明は、棺へと視線を落とした。
茉莉花の花が敷き詰められた棺の中に眠る、まだ十二歳くらいの幼さがある美しい黒髪の少女を見つめる。
そんな安倍晴明の姿に、桜の盆栽は少し悲しげに言葉を零した。
『……チガウ、オレハ、セイメイ、ノ、シンパイ、シテル』
「堪忍してな、咲耶。今更、やめる訳にはいかんのや」
『セイメイ……ゼッタイニ、ムリダケハスルナ——』
桜の盆栽がそう喋った後、スッとただの盆栽に戻る。
どうやら、木花咲弥姫命との通信が切れたようだ。
「そうやな」
静かに安倍晴明は棺で眠る彼女の頬を撫でる。
まだ血の通ってない少女の頬は冷たく、ただの人形であった。
安倍晴明にとって、彼女を目覚めさせることは長年の悲願であり、人々への復讐であり、彼女—— 蛍への贖罪。
「ほんまに、長いことかかってしもうたな……」
彼女は安倍晴明が創り上げた最高傑作の人工神だ。
天界に住まう正義の神獣カイチ、その心臓を手に入れて器に捧げた。
これで、どんな奇跡を起こしたとしても彼女の神力は尽きることはないだろう。
神獣は手を出してはならない禁忌の素材だが、彼女の魂はどんな心臓を捧げても目覚めなかった。
ならば、と……藁にもすがる想いで、あのお方は神獣の心臓を手に入れて来た。
(——もう、神獣の心臓以上の材料などありはしない。これで、蛍は目覚めるはずだ……)
神獣だけではない。
ここまで、いくつもの禁忌を犯して来た安倍晴明は今更、禁忌に触れることを恐れていなかった。
それ以上に恐ろしいのは、これで彼女が目覚めなかった時なのだが……ここで恐れていては先に進めない。
「あらゆる可能性から、考えれば成功以外はあり得へん。もう、そろそろ起きてもえぇやろ」
今、出来る全力を捧げようと安倍晴明はグッと拳を握り締める。
「高天原の結界が多少、揺れるやろうがかまへんな……」
安倍晴明は自傷気味に言って、少女の心臓の上に、再び手を置いた。
それは魂と身体を繋げる儀式だが、死者蘇生にも近い。
よく言えば——イザナギが消えた現在において、高天原に生まれなくなった新しい神の誕生の瞬間でもある。
「黄昏、常世と現世を繋げし三叉路より来たれ。
彷徨える魂を導く蝶よ。今一度、この世に呼び戻せ……。
其の名を蛍、魂の名を——」
彼女の魂の名前は、術者である安倍晴明しか知り得ない。
「○○○」
安倍晴明が術式を詠唱すると風と共に茉莉花の花が舞い上がり、光を帯びる蒼い蝶が無数に飛び交う。
木花咲弥姫命の植物いいですね。喋ってくれます。
ただ、私は盆栽枯してしまうので育てられません。




