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2:人工神『蛍』の目覚め

挿絵はチャットGPTによるAI生成画像です。

 


 ひらり……。

    ひらりと、蒼と金の蝶が舞い踊る——。



 そこは日の当たらない静かな地下室だった。

 食糧庫としても使用される涼しい地下室の奥には、少女が眠る棺と無数に浮かび上がる金色の陣が淡く光り輝いていた。

 


「……大物やな。黄泉(よみ)へ、送るか?」



 穏やかな京なまりでそう問いかけた 安倍晴明(あべのせいめい)は人形に触れていた手を止め、桜の盆栽を見やる。

 すると桜の盆栽は枝を伸ばし、蕾を膨らませると、瞬く間に満開の桜を咲かせた。

 


『——コトワル。タケルガ、ムカッテル』


 

 そう、片言で答えたのは、安倍晴明と同じ高天原の結界を守護するコノハナサクヤビメ(木花咲弥姫)と繋がった桜の盆栽だった。

 桜の盆栽が、タケミカヅチ(建御雷神)が封鎖地域へ向かったことを伝える。

 


「そうか。それなら、先に今の作業を終わらせるか……」



 安倍晴明が再び棺へと視線を落とすと、桜の盆栽が悲しげに言葉を零した。



『セイメイ、ケッカイノ……イジヲシナガラノ……フカハオオキイ……』



「堪忍してな、咲耶。今更、やめる訳にはいかんのや」



 その視線の先には、茉莉花(まつりか)の花が敷き詰められた棺の中に眠る、十二歳くらいの黒髪の少女がいた。



『……セイメイ……ジュツシキダケ、ノコシテ、シヌナヨ……』



 安倍晴明が今からしようとしていることを知っている桜の盆栽は忠告した後、スッとただの盆栽に戻った。桜の盆栽が花弁を散らし、葉桜へと変わっていく。

 その様子を見届けた安倍晴明は、棺で眠る少女の冷たい頬にそっと触れ、ぽつりと零した。



「……随分と、長いことかかってしもうたな……」


 

 安倍晴明にとって、少女を目覚めさせることは長年の悲願であり、陰陽寮への復讐であり、彼女—— 蛍(ほたる)への贖罪だった。




挿絵(By みてみん)




(——これ以上の材料などありはしない。これで、蛍は目覚めるはずなんや……)



 彼女は、安倍晴明がいくつもの禁忌を犯して創り上げた、最高傑作の人工神(じんこうしん)だ。

 


「高天原の結界が多少、揺れるやろうが構わへんな……」




挿絵(By みてみん)




 自嘲気味に言って、安倍晴明は少女の心臓の上に、再び手を置いた。



「……黄昏、常世と現世を繋げし三叉路より来たれ。


 彷徨える魂を導く蝶よ。今一度、この世に呼び戻せ……」



 それは魂と身体を繋ぐ、死者蘇生にも近い術式。

 同時に、イザナギが消えて以来途絶えていた、新たな神の誕生でもあった。



「其の名を蛍、魂の名を—— ○○○」



 彼女の魂の名前は、術者である安倍晴明しか知り得ない。


 ブワッと一際強い風と共に茉莉花の花が舞い上がり、光を帯びた蒼と金の蝶が無数に飛び交った。



 地下室は、擬似的に作られた生と死の狭間へと変わる。

 安倍晴明の手で集められた『○○○』の魂が金色の蝶の形となって現れる。

 ひらり、ひらり——と、身体を探すように舞い踊り、少女の胸の上に留まる。

 スウッ……と、そのまま溶けるように金色の蝶は消えて行った。



「……ん」



 そして、風が収まると、棺の中の少女——蛍の瞼がぴくりと動いた。



「んん……こ、ここは?」



 蛍はゆっくりと翡翠の眼を開けた。

 ぼやけた視界に映り込んだ、亜麻色の髪と深緑の羽織。

 眼鏡をかけた男性が自分を覗き込んでいるのが、徐々に鮮明に見えてきた。



「蛍(ほたる)……」



 そう、少女の名を呼んだ安倍晴明の声は震えていた。



「やっと、目が覚めたんやな……」



 安倍晴明本人さえ自覚しないまま、涙が頬を伝っていく。

 それを、嬉し涙と表すにはあまりに後悔に溢れていた。 



「……どうして、泣いているんだ?」



 懐かしいような、それでいて悲しいような安倍晴明の新緑の瞳の輝きを見て、蛍は思わず棺から手を伸ばす。



「……ご主人……様」



 それは、蛍の口から無意識に零れた言葉だった。

 蛍は安倍晴明の頬を伝う冷たい雫に指先で触れ、花が咲くように微笑んだ。




挿絵(By みてみん)




「泣かないで、綺麗……な人。ボクのご主人様……」



「……っ」



 蛍の言葉に、安倍晴明は酷く驚いたように新緑の瞳を見開いた。

 まるで、そこに居ない誰かを見てしまったかのような表情で蛍を見つめる安倍晴明に、蛍は棺の中で首を傾げた。



「そんなに驚いて、どうしたんだ? ボクのご主人様……」



「蛍……いや、俺はただの術師や」



 ハッと我に返った安倍晴明は困ったように眼鏡をかけ直して、視線を逸らしてしまった。

 蛍はゆっくりと棺から身体を起こして、安倍晴明の横顔を真っ直ぐに見つめて言った。



「その……ご主人様は術師だから、ボクのご主人様なんじゃないのか?」



「お前さんを作ったことに間違いはあらへん」



 安倍晴明はそう言って、新緑の瞳を伏せると静かに言葉を続けた。



「……けど、俺は蛍の主(・)とは違う」



「ご主人様は、ボクを……作ったのに?」



「確かに、お前さんを創ったのは俺や。それでも俺は、お前さんの主やない」



「えっと、ご主人様……」



 目覚めたばかりの蛍には、安倍晴明の言葉の意図が理解できずにいた。

 混乱している蛍をしばらく見つめたあと、安倍晴明はその黒髪に絡まった茉莉花をそっと取り除きながら、淡々と言った。



「俺は……蛍が俺を主と認識しても、俺がも(・)う(・)一(・)度(・)、お前さんの主になる権利を持ち合わせてへんのや……」



 穏やかな声音だったが、その新緑の瞳に帯びた悲しみの色は蛍にも見えてしまった。



(もう一度?……ご主人様は、何かを悲しんでいるのか……?)



 まだ、安倍晴明の想いを完全には把握できない。

 それでも、蛍は人工神として、主である安倍晴明の願いを何とか叶えたいと、真剣な眼差しで安倍晴明を見上げた。



「それなら、ううん。だ(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)……ボクは、ご主人様の願いを叶えるために生まれた神だ……。だから、ご主人様の悲しみも、叶えたい願いも全部、ボクが叶えるから——!」



 しかし、蛍の言葉に、安倍晴明は緩く首を左右に振って言った。



「……蛍、俺の願いは、お前さんが幸せならそれでえぇ」



「ボ……ボクの幸せ?」



 蛍は、生まれ来て早々に、主から蛍自身の幸せを願われて狼狽えていた。



「ご主人様の願う、その……ボクの幸せって?」



「……それはな、蛍。お前さんが自分で見つけることや。それと、俺のことは晴明(せいめい)って呼んでな」



 安倍晴明はそう答えると、優しく蛍の頭を撫でてやる。



「晴、明……」



 蛍は、その真意がわからず、優しく自分を撫でてくれる晴明を戸惑うように見つめた。



「……そうや。蛍はこれから、自由に……お前さんの好きに生きたらえぇのや」

  


「……自由に、好きに、生きる」



 蛍は、その言葉を呑み込むように復唱する。

 

 

「蛍……」



 晴明は、眉を下げてシュンと項垂れてしまった蛍の名前を静かに呼んだ。



(……お前さんなら、いつか見つかるはずや。俺の為ではない生き方を……)


 

 そんな、晴明の考えを蛍は知らない。

 ただ、その意味は理解できなくても、晴明の声色も、頭を撫でる手も優しいことだけは伝わっていた。



「……ボクは、晴明の願いを叶えたい。わかった!ボク、自由に、好きに過ごしてみる!」


 

 蛍は小さく呟いて立ち上がった。

 けれど蛍はまだ、それさえも『晴明の願いを叶えるため』に選んでいることに気付いていなかった。



「……そうか」


 

 それでも、これも蛍が自分の生き方を見つけるための一歩なのだろうと、晴明は小さく笑った。



「ほな、行こか……蛍。この屋敷を案内したる」



「うん!ありがとう、晴明」



 そして、蛍は晴明から差し出された手を取って、地下室から外に出た。

 初めて目にした外の世界は、千を超える鳥居の山々が遠くに見え、青い空と太陽の光にキラキラと包まれた、まるで作り物のように綺麗な景色に溢れていた。

 



蛍が目覚めました!

引き続き、よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
生命の象徴がイザナギで、死の象徴がイザナミ。 イザナミさえも死の深層部に陥る状態なのですね。 闇堕ちのパンデミックとも呼べそうな事態…… 救世主は蒼き蓮の神、白蓮さま!
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