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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第一章 天津の国への招集
23/60

23:貴方の観ている世界




「そうだな! 建御雷神が居たら、天の神も怖くないぞ!——ふんっ!」



 途端に調子を取り戻した朝陽は咳払いして、玉座の上で偉そうに胸を張った。



「……いったた」

 


 顔を顰めながら、蓮がゆっくり立ち上がる。



「……蓮、大丈夫か?」



「うん、ありがとう。……蛍のおかげで助かったよ」



 危うく床と一体化するとこだったからさ。と蓮は、蛍に柔らかく微笑んだあと、安倍晴明に冷ややかな視線を向ける。

 


「どっかの誰かさんが、わざわざ"化け物"呼び出しちゃったせいだけどね……」



「そういうお前さんも、神力ないくせに、あの圧力のなか平然と生きてる方が不思議やで」

 


 蓮が恨みったらしくぼやくと、安倍晴明が信じられないものを見るかのように、冷ややかな視線を送る。



 そんな二柱をよそに、天照大御神は威厳に満ち溢れた様子で、安倍晴明を指差して言った。



『よいか!安倍晴明……貴様は天界にケンカを売ったのだ』



 神殿内に天照大御神の少年らしい高い声が響き渡った。



『もはや、余の領域では推し量れぬ——よって、不問とする!!』



 お前のせいで管轄違いになったんだぞ!と眉を吊り上げている。

 それは、天照大御神なりに、安倍晴明のことを心配しているのだろう。

 安倍晴明はそんな天照大御神の内心を察して、穏やかに笑って翻る。



「……そうか。 お日様、ほなお元気で」



『ふん——さっさと帰るがよい!このど阿呆っ!!』



 背後から飛んでくる天照大御神の叱咤を背に、安倍晴明は振り返らない。

 それは天照大御神なりの優しさであることを知っているからだった。

 



  黄金の神殿を後にすると、蓮の要望通り、天津の国の観光をするために神殿の周りにある街へ向かう。



 その道中、蛍はずっと気になっていたことを、安倍晴明の背中に向かって問いかける。



「……晴明、あの眼は一体、なんなんだ?」



 蛍は、先ほど現れた無数の眼を思い出して小さく息を呑む。

 神々さえも凌駕する異次元の眼。それを安倍晴明は平然と受け止めていた。



 まるで、元からそこにいることを知っているみたいに……。



 安倍晴明は蛍の問いかけに、新緑の瞳を向けると一度逡巡してから口を開く。



「お前さんにも分かりやすく言うなら、やけどな……」



 少し考えるように間を置いて、安倍晴明が続ける。

 


「あの眼は"あらゆる世界を観る神"の権能の一つや。叡智の塊そのものやさかい、あれに心はない」



 基本は観測、記録するのが仕事。

 しかし、数多の観測のなかで唯一、『観測の眼』が干渉する例外が存在する。



「人も神も、本来は自分の世界の中だけで生きてはる。せやけど、稀に領域を超えてしもうもんがおるんや。

 ——例えば、人が天の理に触れたり、神が天の領域へ踏み込んだ時。ああやって、干渉してくる」



 そう。いうなれば、それが世界の理。


 天の神々が干渉できるのは、天の領域へと至った時にだけ——『観測の眼』は、その世界に現れることができる。

 


「あれは善悪で裁く神やない。 ただ観測して、記録して、必要なら裁きを下す。せやから——叡智の塊そのもの。それが、天界の事象『観測の眼』と呼ばれる存在や」

 


 安倍晴明は静かに空を見上げた。


 眼鏡越しに、空を見上げる新緑の瞳は、ただ澄んだ青空をそのまま映し出す。 



「……青い……空」



 蛍も安倍晴明と一緒に空を見上げてみるが、ただ青い空と流れていく雲だけが見えた。


 いや、そもそも、同じものが見えているのか。

 安倍晴明が見ている世界は、何か違う色が見えているのか、蛍には分からない。

 


 その隣で、蓮も同じように"空"を見上げ、何もない"宙"を指差す。



「え……じゃあ、こうしてる僕達のこともあのギョロってしたのがみてるわけ?」



「観てると言えば観てはるやろうけど、特段の事情があらへん時は干渉できひんさかい、どれだけ呼んでも出てくることはないで」



「……ということは、晴明はすごい問題を起こしたんだ?」



「そうなんやろな」



 蓮の質問に、安倍晴明は素っ気なく答える。

 それは、まるで他人が起こしたかのような言い方だった。



(……晴明は、たまに、自分のことを他人のように言うんだ)



 それが、蛍にとって、堪らなく酷く恐ろしく感じた。

 気付いたら居なくなってしまいそうな、そんな危うさが安倍晴明にはある。



「……晴明」

 

 

 そっと、晴明の深緑の羽織りの袖を摘んだ蛍に、安倍晴明の視線が落ちる。



「どないした、蛍」



「晴明がこのまま居なくなりそうで、ボク……ちょっと、怖い」



「……!」

 驚くように新緑の瞳が一瞬見開かれた。

 蛍のそれは依存ではなく、ただ安倍晴明を失うかも知れない恐怖から来ている。


 小さく震える蛍の手を見て、安心させるように安倍晴明は蛍の頭を撫でた。



「大丈夫や、そんな簡単に居らんようにならへんで」



 穏やかに、低く優しい声音で紡がれる。


 安倍晴明の大きな手は暖かく蛍の頭を撫でてくれるが、それでも、蛍の胸に巣食う不安は消えなかった。

 そんな蛍に、蓮が暗い空気を吹き飛ばすかのような明るい笑顔を向けた。



「そうそう! 大丈夫だよ、なんだかんだ晴明はしぶとそうだし、そう簡単に死んではくれないって」



「……お前さんと一緒にされたくはないんやけどな」

 


「僕の身体は確かに丈夫だけど、晴明の身体は術式でしょ?そう簡単に死なないでしょ」



「……本当に? ボクが答えを見つけるまで、晴明は生きててくれる?」



 安倍晴明が生きていてくれるならば、主でなくてもいい。

 ただ近くにいられるなら、それでいいから。と蛍は泣きそうな顔で安倍晴明を見上げる。



「お前さんはほんに、泣いてばかりやな。……せめて、笑っててくれへんか?」



 安倍晴明が困ったように笑った。


 蛍の頬に伝う涙を優しく拭って安倍晴明の手が離れたその時、——ゴロロッと突如、青空が不穏な音を立てる。


 夕立のような勢いで、否——異常な速度で黒い雲が広がった。



 そして、黄金の街に広がった暗黒の空を一筋の光が駆け抜ける。

 激しい雷鳴とともに稲妻が安倍晴明達の目の前へ突き刺さる。

 地面を焼く白煙の奥で、バチバチッと雷光が獰猛に弾けた。



「——晴明ちゃん……」



 その中から金色の髪を優雅に靡かせた建御雷神が現れた。



「アタシも貴方達について行くわ」

 


建御雷神(たけみかづち)——? 珍しいな、お前さんがわざわざ俺に関わるとは……」



「えぇ、朝陽(あさひ)が貴方をしばらく守るようにと言うから、仕方なくよ」



 天照大御神を朝陽と呼びながら、「はぁ……本当に、あの子は不器用なんだから」と、まるで母のような口調で建御雷神が頬に手を当てて言った。




ママー!(ただし男)

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