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蒼蓮の天秤 〜神なる君と紡ぐ恋物語〜  作者: 花房 燈
第一章 天津の国への招集
21/60

21:天津の国の審問 その罪を問う

挿絵画像はチャットGPTによるAI生成画像です


 


 天照大御神の赤い瞳が、安倍晴明の背から蓮が様子を伺うように、ひょっこりと覗く。

 『その顔』を映した瞬間——天照大御神の虚勢がピキピキッと音を立てて崩壊した。



『なななななっ、なぜ其奴がそこにいるっ!?』



「……ん?僕?」



 きょとんと、蒼い瞳を丸くする蓮とは反対に、天照大御神がみるみると青ざめる。


 そして、天照大御神は逃げるように勢いよく玉座の背後に回るとぶるぶると震え始めた。



「あああああっ!無理無理無理ッ!あいつ絶対俺より強いじゃん………死んじゃうって。俺はただの現し身(スペア)なのに、無理だって……無理っ!」



「落ち着いてください、天照大御神……朝陽(あさひ)っ!」



 混乱の嵐とばかりに、天照大御神は泣き叫ぶ。


 流石の月夜見も見兼ねたのか、自身の座から降りて、天照大御神——その名である朝陽(あさひ)を呼んで駆け寄った。



「あれに神力はございません。ただ似ているだけですからっ!」

 


「いや……魂が同じだ。ん……確かに神力がない。あの圧倒的なまでの神力が……」



 月夜見に言われ玉座の背後からチラッと蓮の様子を伺うと少しだけ落ち着いたのか、冷静に分析し始めた。



 一方で蓮は何故、自分を見て天照大御神が震えているのか分からない。 


 ただ、自分は()()()()()()()()()()()()なのだと、不思議なほど自然に受け入れられた。

 これが、記憶を失う前の自分に関係している——そんな不思議な感覚だった。

 


「悪い気にはならないけど、あの子供……僕を見て、随分と怯えてるね? ……ふふっ、天照大御神は、この高天原で一番偉い神様なのに」



 おかしいなぁ。と愉快そうに笑っている蓮の笑みは、どこか子供らしくない猟奇さを感じさせた。

 


「今のお前さんも子供やけどな……」

 


 安倍晴明は呆れたように、それを静かに諌める。

 向かいには未だに、蓮に怯えて玉座の背後に隠れてしまった天照大御神。



(……やれやれ、お日様も、もう少し自信を持てばいいんやけども)



 脅しをかけた安倍晴明本人ではあるが、決して天照大御神が弱い神だなどと思っていない。


 むしろ、太陽の神である天照大御神の権能『浄化』がなければ安倍晴明と木花咲弥姫命が、いくら世界を守る結界を維持しようとも。

 黄泉比良坂の入り口を封じている石から溢れ出る"黄泉の瘴気"まで、打ち消すことは不可能だ。



(太陽の現し身だとしても、お日様はこの世界を維持してはる最高神なのやから……)



 以前と変わらぬ怖がりな天照大御神に『はぁ……困ったなもんやな」と安倍晴明は短いため息を吐いた。



「天照大御神、落ち着いてください。大丈夫ですから……」



 月夜見は、玉座の背後に隠れる天照大御神を宥めるように声をかけると、同じ目線になるように身体を屈める。



 そして、小さく震える天照大御神——朝陽(あさひ)の背中を優しくさすりながら言った。



「息を吸って、威厳を保ち、ここは落ち着いて穏便に話し合いましょう」 



「うむ。はぁ……」



 まるで兄のような言葉に、玉座の背後で震えていた天照大御神が深く息を吐いた。

 だが——静まり返った神殿に、くすくす……と喉を甘く震わせる笑い声が響いた。



「あらあら。穏便なんて、それはちょっと難しいんじゃないかしら?」



 そして、雷の紋様の座——建御雷神(たけみかづち)が楽しげに細めた金色の瞳を蓮へ向ける。




挿絵(By みてみん)




(しろ)ちゃん以外に、この世界の誰が、“普通の神なら潰れてしまうほどの天界の存在負荷”に耐えれて、奇跡の神獣達を殺せるほどの神力を持っているのかしら?」



 建御雷神から出された言葉、その瞬間、神殿の空気が変わった。

 安倍晴明が眉根を寄せると静かに蓮へ視線を送る。   



「えぇ、そんなふうに見られてもなぁ……」



 蓮は困ったように笑った。



「……蓮」



 そんな蓮の手を取って握ることしかできない蛍は、この場で一番無力な気がして、居た堪れなくなって俯いた。



 蛍の肩が小さく震える、それが安倍晴明の新緑の瞳に映り込んで尚更、眉間の皺が深くなる。



「建御雷神、面白半分に口を挟むなら、それなりの考えがあるんやろうな……?」



「えぇ面白いわよ、こんな状況。面白いから口を挟まずにはいられないわ」


 

 安倍晴明の苛立ちとは裏腹に、建御雷神が愉しむように、歌うように言葉を重ねる。



 隠れていた天照大御神が、それならば——と玉座に座り直して、威厳を取り戻したとばかりに声を低くした。



『ならば申してみよ——建御雷神は、奴等が犯人だと思うのか?』



「えぇ、そうよ……。だって彼等が一番、状況が揃ってるもの。例え、その証拠を残していなくとも」



 細められた金色の瞳が、蓮をじぃっと観察するように見つめる。



「——いえ、証拠がないのであれば、何人たりとも裁くことはかないませんよ。建御雷神」



 静かに、月夜見が口を挟んだ。まるで場の熱を冷ますような、落ち着いた声音が響く。

 その瞬間、建御雷神は妖しく金色の瞳を細めた。



「うふふっ。それなら、そこにいる人工神と——白ちゃんそっくりの稲荷神。それだけで、十分“証拠”になるんじゃないかしら?」



 そう言って、建御雷神は愉しげに安倍晴明へ視線を流す。



「——そうよねぇ? 安倍晴明」



 もとより、全てを隠し通せるとは思っていない。だが、蛍と蓮を守る義務が安倍晴明にはある。 



「……晴明」



 不安げにこちらを見つめる蛍と視線が重なる。 

 安倍晴明は、諦めたように一つ息を吐いて淡々と言った。



「……せやな。 蛍——この子は、俺が昔失った式神の残滓を核にして、人工神として創り上げた」



 その声に、言葉に感情はない。

 いつも通りの口調だった。


 しかし、今なお鮮明に残るその傷を辿るように、俯いた安倍晴明の新緑の瞳が僅かに揺れる。



「……ボクが、晴明の……式神?」



 知らなかった。蛍は驚いた顔で安倍晴明の背を見上げた。 

 安倍晴明の表情は見えない。しかし、その背がひどく悲しげに見えた。



(……ボクが晴明の式神だったなら、どうして——)



 自分を主ではないというのだろうか。と蛍は安倍晴明の言葉を待つように、その背中を黙って見つめる。


 だが、蛍と手を繋いでいた蓮の角度からは俯いた安倍晴明の表情が見えていた。



 ——晴明も、こんな表情するんだ……。

 蓮はその蒼い瞳で、なんだか見てはいけないものを見たかのような複雑な気持ちになる。



 もはや涙など枯れ果てたと泣きたいのに泣けないのだと、安倍晴明はただ苦しげに俯いて、それでも"空の心"は泣いていた。



(最期の最期に救われたはずの俺が、この手で壊した式神の魂を永い永い時をかけて、かき集めた……最後の奇跡……それが、蛍——)



 だからこそ、蛍は幸せになって欲しい。



「……昔、俺の過失でなくしてしもうてな。それ以来、ずっと創ってきてはった。俺が、高天原へ来た理由でもある」



 そう静かに紡いだ安倍晴明は、もう二度同じことを繰り返さないとグッと拳を握る。

 いつも通りの平静さを取り戻して、顔を上げて言った。



「……人工神を創ること自体は、材料さえ揃えば不可能やない。特に、神の領域である高天原で、神の器を作ること自体は、そう不思議なことではあらへんやろう」



『——確かに。術式に長けておる安倍晴明ならば、この高天原の材料を揃えれば可能であろうな……』



 天照大御神はふむ、と頷く。

 人が自分に近い存在を創るクローン技術、そして、兵器、人工知能、怪異……。

 『通常のもの』は、その世界の材料さえ揃えば創れるのだ。

 

 

 しかし、世界には『通常の原則と異常の例外』が存在する。



 その例外が外れるほどに禁忌に近く、それを人は"罪"と呼ぶ——人も神も忌み嫌う領域であると。



「せやから、この子は俺が創り上げた人工神であることに変わりない」



 安倍晴明は一度言葉を切り、静かに蓮へ視線を向ける。



「そして、俺のそばにおる稲荷神の蓮は重傷を負った状態で俺の屋敷の前に倒れていた。ただそれだけのこと……」



「つまり、その子達は無関係だと言いたいのね」



「俺には、この子達を守る義務がある。俺自身がどれだけ疑われようとも、全てを話すつもりはあらへん」



「黙秘ですか、安倍晴明——ですが、イザナギ不在の今、高天原で新たに現れた二柱の神と、連絡の取れない死の国のイザナミ……」



 月夜見は、静かに瞳を伏せた。



「全てが関連していると推定されても、致し方ないのですよ」



 月夜見は、わざわざ疑われるような言い方をしなくてもいいでしょうに——とでも言いたげな顔で、安倍晴明を見つめていた。



 

朝陽が頑張ってて、可愛いですね。

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