20:天照大御神の黄金神殿
挿絵画像はチャットGPTによるAI生成画像です
——白い大鳥居を抜けた瞬間、蛍と蓮の身体は黄金の大広間へと放り出された。
「……危ないっ! ——いっ……た」
冷たい床に叩きつけられる寸前、蓮が蛍を抱き止め、そのまま下敷きになる。
「蓮っ……! 大丈夫か?」
ぎゅっと蓮に抱き締められたまま、蛍は慌てたように顔を上げた。
「うん、蛍は軽いから気にしないで。それよりも、ここは——」
少し苦しそうに笑った蓮が、ゆっくりと視線を上げる。
「すごい……これが、天照大御神の黄金神殿……」
それを追うように、蛍も天井を見上げて息を呑んだ。
遥か頭上まで伸びる白金の柱。幾重にも連なるその柱には、神代の楔文字にも似た光の紋様が淡く流れていた。
そして、黄金の大広間を貫くように、紅の絨毯が敷かれた一本の大回廊が伸びていた。
——それは、まるで玉座へ続く神々の道そのもの。
天井から降り注ぐ金色の光は、まるで太陽と空そのものが輝いているかのようだった。
「このきらきら降ってくる光の粒子。指先の上でひんやりするんだが……天照大御神の権能は、もしかして"浄化"なのか?」
蛍が指先の上で弾けて消える光の粒子を見つめる。
光の粒子が肌に触れると、水滴が踊るよう跳ねて染み込んでいく。
暖かいはずのその光は、肌に触れると、澄んだ流水のようにひんやりするのだ。
「……なんだか冷たくて、気持ちいいんだ、この光の粒子」
それを見て、蓮が同じように手を出してみるが、光の粒子を受け止める直前で——なぜか、消える。
「……うーん。なんでだろ? ごめん、僕にはちょっとよく分からないや」
そう、蓮の肌の上では、弾けることもなく、ただスッと溶けて消えてしまうのだ。
「……蓮だと、なんで消えてしまうんだ? 神力がないと"浄化"も影響されないのか?」
「うーん」
蛍の言葉に蓮は少し考える。
本当は天照大御神の権能の効果を得られないことと、"神力がないということが関係ない"ということを蓮が一番理解している。
そもそも、神である以上、神力があることはこの世界で当たり前のことなのだから。
しかし、蓮は、今、それを深く追求する必要性も感じなかった。
「でも……“穢れを受けてないと浄化は作用しない”とか、何か条件はありそうだよね」
「おぉ、なるほど、蓮は賢いな!」
蛍が感嘆を漏らして「すごい!」と蓮を褒めると、蓮は照れくさそうに「そこまででもないよ」と笑った。
そして、二柱はそのまま誘われるように黄金の大広間から続く、大回廊を奥へと進んだ。
どこまでも続くかのような静寂の回廊に反響する二つの足音。
その先の大回廊の左右には、三つずつ神の座が並んでいる。
「——なるほど。これが、高天原の玉座の間か……」
蓮が思案顔で呟く。
——どの座にも異なる神紋が刻まれていた。
その神紋に近付くだけで空気が変わるほどの神気に、蛍は思わず息を呑んだ。
「ようこそ、黄金神殿へ……」
左側——月の紋様。
月夜見が静かに"法典"を閉じ、蛍と蓮へ一礼する。
「いらっしゃいませですよー!」
月の隣に、蝶の紋様——スクナビコナが"四季"を彷彿とさせる虹色の髪を揺らして、花弁のように軽やかに舞い降りた。
だが、その隣。
桜の模様——その座には、誰もいない。
(あの座は、木花咲弥姫命の席……なのだろうか)
蛍が頭の中で、なんとなく咲耶兄の姿を浮かべながら、考えた瞬間。
隣から、妙に落ち着いた蓮の声が聞こえてくる。
「……木花咲弥姫命と、宇迦之御霊大神は空席のようだね」
静寂に包まれた神殿に響く、足音に埋もれるほど小さく、囁かれた蓮の声に釣られるように。
「え?」
蛍は右側の三つの座へ視線を向けた。
「うふふ……」
雷の紋様——建御雷神が、女性的に、謎めいた笑みを浮かべると"雷"がバチバチバチッと弾けた。
獲物を狙うかのような金色の視線に、ゾゾッと蛍の背筋に悪寒が走る。
「——いやはやぁ! 到着が遅れてすまないね! あははははっ!」
そんな神殿の空気を壊すかのように、二つの足音を響かせながら大きな声の主が到着した。
「……誰のせいやと思ってはるんや」
呆れ顔の安倍晴明とともに、組紐の紋様——大国主命が大きな笑い声を上げながら、蛍と蓮の背後から現れたのだ。
「あっはははははっ! まぁまぁ、これで許してくれたまえ!」
東は、細長い指先に白い"縁結"の糸を纏わせると、その糸は意思を持って編み込まれて光を帯びた鳥達となる。
そして、バサッ——と翼を広げ、軽やかに飛び立った。
キラキラ白銀に輝きながら鳥達は、蛍達の頭上をクルクルと舞い踊る。
「わぁ……すごい」
まるで、歓迎されてるみたいだ。と嬉しそうな蛍の様子に、東は赤い目を満足そうに細める。
そのまま、広げた番傘をクルクルと回しながら、優雅な仕草で自身の神座に向かった。
そして組紐の紋様の隣——黄金の稲穂を掲げた座、それが先程、蓮が言っていた宇迦之御霊大神の座であることは間違いない。だが、そこにも誰の姿もなかった。
(…… 宇迦之御霊大神の座——誰もいないんだな。ボク達の住んでいる四番国、千の国の主神のはずなのに……)
——この高天原を支える主神が二柱も欠けている。
その状況が、今の高天原を表しているようだった。
そして、その現状をかき消すかのように、圧倒的な光を放っているのが、奥にある陽光を溶かしたような巨大な玉座。
そこに、天照大御神が鎮座する。
玉座の背後には円環状の光窓が神々しく輝き、差し込む光が金の粒子となっては眩しいほどに空間に舞っていた。
否——おそらく、この空間は高天原の中でも一段と"浄化"の権能が強く現れているのだろう。
蛍達は、その玉座を見上げる——まだ少年と呼ぶべき年頃の金髪の神が不機嫌そうに腰掛けていた。
(……あれが、天照大御神。 なんて、威光なんだ……)
蛍は天照大御神の存在感に、ただ立ち尽くすように見上げることしかできなかった。
そんな蛍の前に、安倍晴明が通り過ぎていく。
(……晴明?)
蛍が目の前に立った安倍晴明の背を見上げる。
それは、天照大御神の放つ光から、蛍と蓮をその背に隠しているかのようにも見えた。
『……まったく!どこぞの馬鹿が天界にケンカを売ってくれたおかげで、天界から沙汰が下っておる……』
黄金の神殿に響く、高く澄んだ少年の声。それが天照大御神だった。
あどけなさを残した顔立ちでありながら、その瞳は燃える太陽の如く、赤く深く静かに来客を映し出す。
『——神獣カイチ三体も殺戮した高天原の神を、高天原の法を持って罰せよとな……っ!』
天照大御神の声が黄金の神殿に響く。
その瞬間、神殿の空気がわずかに張り詰めた。
——“天界”から下された命令。
それは、高天原ですら逆らえぬ天からの裁定だった。
『天照大御神たる余が、わざわざお前達を呼んだ意味が分かっておるな?』
赤い瞳が真っ直ぐに安倍晴明を射抜いた。
『知っていることは全て話して貰おうか——安倍晴明』
「……お日様は、俺がこの件に関与していると思ってはるんか?」
安倍晴明は動じることなく、天照大御神の玉座を見上げ冷静に問いかける。
静かな新緑の瞳が天照大御神を映し出す。
その静かな眼差しに射抜かれたように、天照大御神がビクッと少し身体を揺らした。
『も、もちろん……お前達はいつも勝手なことをしてくれるからな、いつも肝を冷やされる!』
お前達の可能性の方が高いんだからなっ!と恐れが隠せないのか早口で言い募る天照大御神は、安倍晴明をキッと睨んで言った。
『場合によっては、分かっておるな! そこの子供達もただでは済まぬのだぞっ!』
「お日様は……俺の保護下にある、この子達を裁くと言うんか?」
神殿内に溶けるほど、静かな口調だった。
しかし、安倍晴明その一言で、神殿内の空気がビリリッと電流が走るかのように痛く重く切り替わる。
——それはまるで、警告。
安倍晴明は、普段抑えている神力に等しい膨大な霊力をあえて一部解放したのだ。爆発的に広がった安倍晴明の霊力の規模は高天原全域。
それもそうだろう、彼はこの高天原の結界を統べる守護者なのだから。
「——ぴっ!」
安倍晴明の牽制に、天照大御神は泣きそうになった。いや、心の中では泣き喚いている。
元来であれば、霊力より神力の方が圧倒的に上回ると言うのに、安倍晴明の基礎能力値が異常なのだっ!と天照大御神は身体をガクガクさせながら、なんとか威厳を保とうと涙目で固まって何も言えずにいた。
「こほん…っ」
月夜見の咳払いが一つ響く。
—— ハッと我に返った天照大御神は、威厳を保ち、偉そうに、必死に言葉を紡ごうと口を開いた。
『——この世界の守護の要たる安倍晴明だろうとっ、神獣を殺すなどあってはなら、にゅっ……!!』
だが——途端に噛んだ。
カァァァッと顔を赤くしながら羞恥に耐えるが——もはや、取り繕えなかった。
「どれほど小言を言われたかっ! 天界の使者はめちゃくちゃ恐ろしいんだからなっ! お陰で俺は……っ!!」
天照大御神は、泣きながら矢継ぎ早に言葉を並べ立てて言った。
「ンンンッ、ゴホン!!」
『よっ、よいかっ!安倍晴明が連れているニ柱がただの子供であるはずが、な——なっ!?』
月夜見の二度目の咳払いで、何とか冷静さを取り戻そうと、必死に、天照大御神は赤い瞳に涙を浮かべて威張る。 が、何かを見つけてしまった。
天照大御神の虚勢がバレました。




