18: 板挟みの保護者は助けを求む
「楽しめないおでかけなんて、何のために行くの!?」
えぇーっ!?と驚きのあまり目を丸くした蓮が畳を叩きながら猛抗議する。
「現状を報告する。ただそれだけや」
「……え、それ。僕達もいるやつ? 晴明一人で良くない?絶対面倒臭いやつだよね、それ」
「必要や……」
蓮はジト目で訴えたが安倍晴明は『呼出命令』と書かれた書類をひらりと蓮の目の前に見せた。
「蛍と蓮のことも天照大御神に知られてはるから、連れて行かなあかんのや、堪忍してな」
そこには、安倍晴明、人工神の少女、稲荷神の少年、蓮……計三柱の招集と書かれている。
「何これ、めちゃくちゃ特定されてるんだけど……怖っ!」
蓮は思わず、手に持った紙を破り捨てそうになった。
(——うわぁ、やだなぁ。 目が覚めてすぐに、この世界の頂点の神に呼ばれるとか……なんかやらかしちゃった後なのかなー、僕)
げんなりした顔で書類を眺めた蓮は諦めたように、ため息を吐いた。
「はぁ……仕方ないなー。それが終わったら観光していい?」
「かまへん」
「よしっ! 切り替えて楽しもう」
やる気に満ち溢れている蓮とは対照的に、蛍は安倍晴明の様子が気になって仕方がなかった。
楽しめるものなら、蛍も楽しみたかったが、安倍晴明に以前言われた『……俺が居ないと思って生きたらえぇ、それが一番蛍のためになりそうや』その言葉が脳裏を過って落ち着かなくなる。
(ボク……晴明から、そう言われちゃってるのに。一体、どうしたらいいんだ……)
ずーん、と一人肩を落としている蛍。
そんなあからさまに落ち込んでいる蛍を見て「この間の気にしてはるな……」と見兼ねた安倍晴明が問いかける。
「蛍は、この間の俺の言葉を気にしてはるな?」
「えっ、ぅぅ……う……ん」
もはや、否定する気も起こらない蛍は、おずおずと頷いた。
——と言うよりも蛍は安倍晴明に、何と言ったら良いのか、分からないのだ。
その全てを察しているかのように、安倍晴明は蛍を静かに見つめる。
「それに関して俺は、謝ることも撤回することも出来ひん。やけど、蛍……お前さんが、すぐに答えを見つけることが難しいのも理解しとる」
「晴……明……」
やっと顔を上げられた蛍の翡翠の瞳に、穏やかな表情の安倍晴明が映り込む。
慰めるわけでも、突き放すわけでもない言葉は安倍晴明なりの譲歩ということなのだろう。
(晴明はボクを理解しているから、今のボクの答えを認めてくれない……)
未だ、蛍にとって安倍晴明が主であることに変わりはない。
ただ安倍晴明がそれを望まないということを蛍もこの間の一件でよく理解できていた。
(それは、いつか、本当のボクの答えを見つけるまで……)
だからこそ、蛍は蓮とも話した"安倍晴明以外の自己の存在意義を見つけられるように"考えるべきなのだろう。
「蛍。お前さんなら、俺ではない答えを見つけられるはずやからな……」
蛍は不安しかないというのに、安倍晴明が優しく新緑の瞳を細めて、よしよしと頭を撫でてくれる。
「うぅ〜、…… 晴明っ! うぅ〜……ぐすっ」
蛍は、もう涙腺が限界突破してしまう。
安倍晴明という人の優しさは蛍にとって特別で、けれど蛍から触れようとすると、必ず届かない距離にある。だから、もどかしいのだ。
「そ、そないに、泣かれると困るのやけどな……蛍」
ポロポロ泣く蛍に安倍晴明が困ったように眉を下げる。
しかも、蛍の隣に座っている蓮の表情がニコニコした笑顔から、獲物を狙う猫みたいに瞳孔が開いた真顔に変わっているのだから堪らない。
「うぅ〜、ぅう……ごめ……なさっ……」
「晴明、蛍を泣かせるのどうかと思うなー?」
「……晴明、こ○す」と、蓮の物騒な呟きが聞こえた。
一歩間違えれば今夜にでも、安倍晴明は蓮に寝首をかかれそうだ。
目の前で、必死に涙を拭う蛍とその隣の凍りついた笑顔の蓮の圧が安倍晴明の寿命を縮めてくれる。
(頼む……誰か、この板挟みから助けてくれへんやろか)
そんな時、屋敷内に響く鈴の音が来客を知らせた。
リィンリィン——と鈴が煩いくらい鳴り響くその中から、来客の声も届いてくる。
『頼もー!』
『頼もーですよー!』
『晴明君、お迎えに上がらせていただいたよー!』
『いただいたですよー!』
どうやら、天津の国からの迎えが門前に到着したようだ。
「ほな、行くで、二柱とも……」
安倍晴明は、スッと立ちあがると部屋を出て行く。
普段ならゆったり行動するはずの安倍晴明だが、今日はいつもより格段に早かった。
「あっ、ちょっ……晴明っ!逃げたな——行こう、蛍」
「うん……っ」
慌てて蓮が手を差し出すと、乱暴に涙を拭った蛍は蓮の手を取って、そのまま二柱で安倍晴明の後を追いかけた。
やらかしちゃった後なんでしょうか?




