「へつらいの道化」9
後脚をぴんと伸ばして立ち上がり前脚を広く左右に開いたカモスは、渾身のパフォーマンスを観客に披露し終えてスポットライトと称賛の拍手を浴び続けているバレエダンサーのようである。
「いや、デメテル様の御慈悲はたしかにありがたいんだけども。」
カモスの堂々たるドヤポーズにやや気圧されつつも元気は続ける。
「耕児を解放してやれないかな…。」
視線を耕児に移す。
両膝を立てたまま上半身は床に倒れ静かに寝息をたてている。
その彫りの深い寝顔はひどく切なげだ。
おっちょこちょいが愛嬌…本人に言ってしまったことはあっただろうか。
もしそうであれば耕児を傷つけたに違いない。
「ポンコツでなんかいたくないはずだ。したくもないミスで人に頭を下げて回るなんて。」
元気や耕児ら若い男にとって仕事とは真剣勝負である。
長い学生生活を終え、それまでの人生で培ってきた能力や経験を活かし評価を得る場。
仕事の評価がその人物自体の評価と錯覚するまでにシビアで冷徹で残酷な、しかし臨み立たずにはいられない闘技場。
年月を経てさらに経験を積めば「金のためだから。暇しないためだから。」などという冷めた態度もとれよう。
しかし若者たちは、そのために生まれてきたかのような思いをもって仕事にのぞむ。
少なくとも元気はそのような感覚でいた。
地球のためだかなんだか知らないが、働き盛りでポンコツにされたらたまらない。
「はて。はてさて。」
しかし、元気の想いは目の前の節足天使には皆目伝わらないようである。
「そんなに道化が悪いものですかな。人を笑わせて場を明るくして皆から愛されますよ。」
響かんやつめ…
「望んでそうなるならいいのかも知れない。だけどこいつは望んでいない。笑われて場の雰囲気を壊してみじめな気持ちになってるだけだ。」
「ふむふむ…。」
カモスは前脚を擦り合わせな頭部を左右にふる。
「これは…一度木梨さんにもご経験頂いたほうがよろしいのかもしれませんな。ええ。」
「え?ご経験って…」
「へつらいの道化ですよ。」
言い終わるが早いかカモスはぶうぅんと低い羽音をたて座卓から元気の左肩へと飛び移った。
虫嫌いの元気は反射的にのけ反ろうとしたがうまく身体が動かない。
カモスは元気の耳元に口をあててなにかこしょこしょと囁いた。
内緒話のような呪文のような。内容は判然としない。
少なくとも元気の知っている言語ではなかった。
「え、あ、ちょ…」
言葉にならない音が唇を通り抜けていく。
次第に元気の意識は遠のき、やがてカモスの囁きもきこえなくなった。
へつらいって…なんだっけ…




