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ペオルの探求  作者: 逆柿一統
第4話「へつらいの道化」
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「へつらいの道化」7

カモスは倒れた耕児の頭部に着陸し、前二本の脚でぺたぺたと耕児の顔をいじると、耳に口を近づけてこしょこしょと何かを呟いた。


元気も耕児のもとへ近寄り様子を確かめる。


両の眼は閉じられている。

鼻孔に手をやると温かい呼気が感じられた。

頬に触れても体温はある。


「生きてる…んだよな?」


元気はハエに問いかける。


「もちろんですとも。」


カモスは答えながら元気のそばまで飛んでくる。

着陸すると元気の手や顔など肌が露出した箇所を前脚でぺたぺたと触った。


虫嫌いの元気としては巨大蝿がじかに触れてくることに若干の抵抗はあるものの、されるに任せた。


「やはりですね。あなたに悪意は無い。ええ。」


前脚を擦り合わせながらカモスが言う。


「お友達のことを思っての行動とは思います。しかししかし、それでもわたしの仕事の妨げになるのです。あなたがわたしの存在を彼に告げてしまうことは。ええ。」


両の前脚を左右に広げ、ゆっくりとかぶりをふった。

人間が「やれやれ」と言うときに一緒にやるあの動作である。


元気は耕児の突然の卒倒によるショックから回復しつつあった。

その意識は耕児の安否から、ゆるやかにカモスの言葉へと移っていく。


どうやら元気がカモスの存在を耕児に伝えようとしたために、カモスが耕児の意識をシャットダウンしたらしい。


そして「仕事」という単語から、やはりカモスは耕児に何かしらの影響を与えているのだ。


もう少し頭の中で情報を整理してからのほうが良かったのかもしれない。

しかし、友人の悲しみをたたえた表情と卒倒は元気の心を乱すに足りた。

カモスにこの状況を問い質さずにはいられなかった。


「お前…耕児に何をしてる?」

それでもなお冷静を保とうとする精神は、元気にゆっくりと低い声で質問させた。


「ふむ。ふむふむ。あなたはデメテル様も一目置かれている方。これはわたしも真摯に対応しなければなりませんね。」


カモスは頭部のつけ根の前で両前脚をくいっくいっと動かした。

よく見ると蝶ネクタイがついている。


「先程も申し上げた通り、わたしは『へつらいのカモス』。彼、あやのさんに『へつらいの道化』でいて頂くことがわたしの仕事になります。ええ。」


「へつらいの道化?」


「左様です。(あやの)さんは優秀過ぎるのです。素のままの彼だと『完成』に悪影響を与えます。ええ。」


完成…不意にペオルの甲高い声が元気の記憶に蘇る。

ー「お前たちが働けば働くほど『完成』が近づくんだ。」ー

たしかペオルと出会ったばかりの頃にあいつが言っていた。


「『完成』ってなんだ?」

元気は心に湧いた疑問を素直に口に出す。

ペオルはそれについてよく解っていなかった。


「ふむ。難しい質問です。」

カモスは後脚二本で立ち上がり、うんっと伸びをした。


「あまりよく解っていないのです。デメテル様でさえこの問題の正確な姿を捉えきれていません。」


「ただ、この世界は『完成』に向かって進んでいます。何者かの思念が介在しているのです。『完成』は終わり。言い換えればこの世界の破滅。そして、人間の活動がこの『完成』への原動力となっています。あなた達…特に彼のような優秀な人物が活動すればするほど、破滅がにじり寄ってくる。この『完成』を少しでも遅らせたいというのがデメテル様の意向であり、我ら眷属の使命でもあります。」


ここまで澱みなく言い終えると、カモスは真ん中の二本脚を身体のくびれた部分、人間で言えば腰のあたりに当てとんとんと叩いた。


世界の破滅…なんとも物騒な物言いではないか。

元気の脳内では地球に降り注ぐ隕石群のイメージが再生される。

衝突より前に発生する衝撃波により建物は倒壊し、遅れて発生する熱波によりその身を灼かれて悶え苦しむ生物たち。

地上をさらう数千mに及ぶ津波。

そして、それを遥かに超える規模の地殻津波。


優秀な耕児があれこれ頑張った結果…地球は炎に包まれ、人類の文明は灰燼に帰すのだ…。


いや、そうはならんやろ。


「ということでですね、(あやの)さんには『へつらいの道化』つまりはポンコツでいて頂くのですよ。ええ。」


カモスはくいっと上げた顎越しに元気を見据えた。

おそらくドヤ顔なのであろう。


「ちょ、ちょっと。」

元気としてはこのまま、はいそうですか、と終わるわけにもいかない。


「完成だかなんだか知らないが…こいつにそんな大それたことを引き起こす能力は無いだろ?たかが一人の…」


「起こせますよ。」

「え?」


カモスが再度やれやれポーズをとる。


「今ある『完成』の流れも、どうやら元はと言えば一人の人間の思念から作られたもののようなのです。思念は具現化するのです。特に影響力のある人物の思念は。」


「でも耕児だぞ?おっちょこちょいの。」


カモスが右の前脚を口元に持ってきて左右に振る。

ちっちっちっのポーズである。


「木梨さん、あなたは本来の(あやの)さんをご存知でない。彼は人一倍頭が切れ、欲もあり、先祖の業も深い。放っておけば集団を率いる頭目となり世界に混乱をもたらす人物ですよ。」


耕児の言葉が蘇る。かつてはエリートだったと。

ギャグではなかったのか…。


「だけど…だけども。本人は苦しんでるだろ?へつらいの道化?そんな役やりたくないんじゃないのか?」


「それは仕方がありません。『完成』の妨害は人間一個人の幸福よりはるかに優先度が高いのです。わたしとしてはこの様な手間のかかる仕事などせずに、もっと効率的に…切り捨ててしまえばよいのだと思うんですよ。しかしデメテル様はお優しい方。たとえ世界に破滅をもたらす存在であっても慈悲をおかけになる…。しかしそもそも…。」


カモスが口早に述べたところで、窓際に光が溢れた。

それは通常窓から射し込む光量をはるかに超えるものであり、なおかつ熱も放っていた。


これは元気もお馴染みになりつつある光景。

デメテル女神の御成りである。

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