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ペオルの探求  作者: 逆柿一統
第4話「へつらいの道化」
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「へつらいの道化」5

それまで部屋の隅にあるCDラックのうえにちょこんととまっていたその大きなハエは、少し上を向くとぶぅぅんと低い羽音をたてて飛び立った。

かなりの量の空気を周囲に追いやり揚力を得ているはずではあるが、部屋の中はほこりひとつ立たない。


例えば部屋の中にゴキブリがいたとして、そいつが羽音を立てて自分のほうへ飛んで来ようものなら、虫嫌いの元気であれば七転八倒して足の小指をベッドの足などにしたたかぶつけるようなパニックを起こすのだが、このハエはなぜだか受け入れることができた。


違和感はある。

ハエにしてはかなり大きいのだし、しゃべるのである。

しかし、それが元気の世界に割り込んできたという異物感がない。

なんというか。

あるべくして、そこにあるような。


「お前…ペオルの仲間か?」

元気は少し滑稽だとは思ったがハエに話しかけてみた。


ハエに話しかけても普通は返事など期待できないだろうし、この広い世界で多少不思議なものを全てペオルに繋げてしまうのも短絡的すぎるかと思われたのだ。


それでも、耕児が戻ってくる前にこのハエの正体は突き止めておいたほうがいい気がする。

そうなると手っ取り早く質問するのがいい。


「ペオルをご存知でしたか。なるほど。」


ハエは近づいてくると前脚で元気の胸をペタペタと触る。

さすがに巨大な虫に近づかれることとハエに触られることに若干の抵抗を覚えて、元気はのけぞる。


「ふむ。ペオルとエレミヤの味がしますね。」

ハエは両前脚を顔の前で擦りあわせる。


「二人が人間になったことは聞いていましたが…あなたが一緒に生活しているのですな。」


なかなか賢いハエである。


「お前はここで何をしているんだ?耕児に取りついてるのか?」


ハエは座卓のうえで元気から少し距離をとると、後ろ脚で立ち上り頭を下げてお辞儀のようなポーズをした。


「申し遅れましたな。わたくしは『へつらい』のカモス。デメテル様の御使い。ペオルとエレミヤの同僚です。」


「『へつらい』?」

へつらいって何だっけ。


「ええ。ええ。」


廊下から勢いよく水が流れる音がする。

耕児が用を足し終えたらしい。


元気は反射的にハエと距離をとる。

なんだか耕児に見られてはまずいような気がしたのである。


部屋の扉が開く。

ゴミだのなんだのを踏まないように華麗な足どりで耕児が座卓につく。

元気は特に用事もないのだがスマホに視線を落とす。

吹けるなら口笛も吹きたかった。

耕児がいないところでカモスと言ったそのハエと会話していたことをなんとか誤魔化したい。


しかし、元気の思いはすっかり杞憂であった。

耕児にはカモスのことが全く見えていないのである。


座卓の上に陣取る巨大なハエのことなど全くお構いなく、耕児は三本目に手をつける。


なんとなく耕児に咎められるような気がして、じっとその動作を見つめていた元気の視線に耕児が気づく。


「飲み過ぎかな?」


「ん?まぁいいんじゃないか。休みなんだし。」


耕児は少し気恥ずかしそうに微笑むとプルタブを引いた。


「土曜日の朝から酒飲んでるなんて、ろくでなしの見本だよな。」


視線を元気にむけることなく、独り言のように耕児が呟く。


「俺これでもさ、入社するまではけっこうエリート気質だったんだぜ。」


また何の冗談なのか。

元気はついつい顔をにやけさせてしまう。


「いや、マジよ、マジ。バリバリ仕事して社内牛耳ってトップに昇る!みたいなことイメージしてたのよ。」


「ふーん。」


くいっと缶を傾け酒を喉に流し込んだあとに、ため息まじりで語り始める。


「でもさ。実際働いてみて…びっくりなんだよな。すげーミスすんの。自分でも驚くくらいにつまんないミスを連発すんのよ。」


「そりゃあ誰だってミスはすんだろ。特に新入社員の頃はさ。」


「俺も最初はそういうもんかなって思ってたんだけどさ。なんかそういうレベルじゃないんだよな。まず人にぶつかる。ケンカするとかそういうわけじゃなくて、物理的にぶつかる。あといろいろこぼすな。コーヒーとか。時間は守れなくなったし、整理もできなくなった。机も部屋も頭の中もな。昔は部屋をきれいにしてたんだぜ。仕事の優先順位もわからない。だから全く重要じゃないこといつまでもやってたり。それに人の話が全然頭に入ってこない。聞いてるうちに別のこと考えちゃうんだよ。全然どうでもいいこと。で『話聞いてるか?』なんて言われちゃう。そう言ってもらえるならまだ有り難くてさ。そのまま会話が終わっちゃうと何話してたのか全然記憶に残ってない。重要なこと言われてたりするのにな。んで後から大目玉食らったりさ。」


いつの間にか耕児は体育座りをして見るからに気落ちしていた。

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