「へつらいの道化」4
「ピザとろうぜ、ピザ。」
お互い1缶空けたところで唐突に元気が提案する
「とらねえよ。」
面倒くさそうな顔をして耕児が答える。
「なんでよ。お前ピザ顔なのに。」
「ピザ顔ってなんだよ。」
余り人の顔の造形についてあれこれ言える身分ではないし、言ってしまうのも礼儀知らずだとは思う。
しかし、こと耕児に関しては何を言っても許されるような気がしてならない。
割りと人間関係は慎重に深めていくタイプの元気ではあるが、なぜか耕児に関しては会ったときから馴れ馴れしくなれた。
こうやって部屋に連絡なしに来ることも何とも思わずに実行できてしまう。むしろ事前の連絡など他人行儀なことのように思われる。
耕児に関してだけは。
出会って2年と少しだけではあるが、何でも知っているような気がするし、知っていなければいけないような気もする。
何でも言っていい気もするし、言わなければいけないような気もする。
「なんかピザ発祥の地から来ましたって顔してんじゃん。」
耕児の顔をまじまじと見ながら元気は至極当然にずけずけと物を言う。
といっても決して適当なことを言っているわけではない。
高い鼻に奥まった瞳の彫りの深い顔。
少しくせのある黒い巻き髪。
すぐに濃くなる不精ひげに凛々しげな眉。
耕児は異国情緒溢れる顔立ちをしている。
地中海風の…イタリアとかトルコとか。
あの辺りで生まれましたと言っても誰も疑うまい。
一度、ドネルケバブの屋台で店員からむこうの言葉で話しかけられたこともある。
本格的なピザ顔なのだ。
「まあ確かにな。」
否定はしないが面白くもなさそうだ。
元気は内心にやりとする。
ペオルとエレミヤから受けたストレスを耕児で解消してやろう。
「むこうの血がどっかで入ってんだろ?」
「可能性はあるな。」
意外にも否定をしない。
んなわけあるかよとか言ってふくれるかと思ったのだが。
「俺の名字、漢氏って渡来系でさ。アラブから来た連中って説もあるんだよ。ほら、秦氏がヘブライ族だったって説もあるだろ?」
だろ?と言われてもそんなの初耳だ。
なんとなくマウントをとられたような気がして面白くなかったので、つまみのスルメを投げつけてみる。
「んだよ、俺はこういうの食わねえの。」
「意識高い系め。ニューヨーカーかよ。」
そう。耕児はベジタリアンなのである。
「ふん。これも良くわかんねえんだよな。古くからのうちの伝統らしいんだけどさ。うちって神道なんだよな。神社。仏教じゃない。だから殺生がそこまでタブーってわけでもないはずなんだけどな。」
と言って宙を見ている。
たまにこんな表情をする時、耕児は大体何かを考えている。
目の前にいる相手のことなどすっかり忘れてしまっている。
そんな時、少しもの寂しさを覚える。
耕児の整った横顔がひどく遠くに感じてしまう。
それこそ言葉の全く通じない外国人が目の前にいるような。
二人が共有していたはずの空間が実は重なることもない別次元のものであるかのような。
飲み残しをくいっと干してふと部屋の片隅に視線をやる。
ペットボトルの空き容器に…雑誌、CDのケース、ヘッドフォン、何かのリモコン…散らかってはいるものの、この部屋ではそれが自然でありなんら違和感はない。
ひとつあるとすればあの大きなハエのぬいぐるみ。
ずいぶんとリアルというか…存在感がある。
「お前ハエすきだっけ?」
「ハエ?好きでもないけど…同居はしてるかもな。」
ん?いやそういう生き物レベルの話じゃないのだが…。
「ちょっと小便。」
といって耕児は部屋を出る。
一人残された元気…とハエ。
いや、たぶん生き物じゃないんだろうが。
こんな大きいハエは見たことがないというか聞いたことがない。
ゆうにサッカーボールくらいはある。
気になってしばらく観察していると、ハエの手が動く。
例のゴマをするような動作である。
「ん?」
元気は思わず声を出す。
「ほう、わたしのことが見えるんですな。」
聞きなれない声がする。
耕児はまだ戻らない。
外で誰かが話したにしてはクリアな音であった。
部屋の中をきょろきょろと見回したところで再度ハエを見る。
「そうです。わたしですよ。」




