第八話:sage進行でお願いします
放課後。
マンションの廊下で鉢合わせた瞬間、
お姉さんは人差し指を口に当てた。
「しーっ」
「え?」
「今日はsage進行で」
「何ですかそれ?」
「静かに生きるって意味」
「そんなネット用語あるんですか?」
「ある」
でも五秒後には、
「うわ~~~~~!会社燃えろ~~~~~!!」
って叫んでいた。
全然sageてない。
「どっちなんですか?」
「無理だった…」
お姉さんはぐったり壁にもたれた。
今日はベージュのカーディガン姿。
でも目が死んでいる。
「社会人、たまにMPゼロになるの…」
「ゲームみたいに言わないでください」
「でも君の顔見たらちょっと回復した」
「……」
「おっ、今ちょっと照れた?」
「照れてません!」
「はい!ツンデレ確認!」
「違います!」
お姉さんはケラケラ笑ったあと、
急に真顔になった。
「ねえ?君?」
「はい?」
「君、“乙”って言われたらどう返す?」
「……乙です?」
「優等生か!」
「他に何があるんですか」
お姉さんはニヤリと笑った。
「“お前もな ”」
「なんかカッコいい」
「でしょ?」
そう言って満足そうにうなずく。
「昔のネット民はね、変な言葉でちゃんと会話してたの」
「今も十分変ですよ」
「ひどい!」
そのあと。
少しだけ沈黙が落ちた。
夕方の風が吹く。
お姉さんは髪を押さえながら、
ぽつりと言った。
「でもさ」
「はい」
「“乙”って、本当はちゃんと“お疲れさま”って意味だから好きなんだよね」
いつもふざけてる人なのに、
たまにこういう言い方をする。
ずるい。
「……じゃあ」
「ん?」
俺は少しだけ迷ってから言った。
「お姉さんも、今日お疲れさまです」
その瞬間。
お姉さんが固まった。
「……」
「……?」
「今の反則!」
「なんでですか?」
「不意打ちすぎる!」
顔を隠しながらしゃがみ込むお姉さん。
「無理。sage進行どころか全HPが消し飛んだ!」
「知りませんよ!」
「君は天然で殴ってくるタイプだったか……」
廊下の隅でお姉さんがひとりでダメージを受けていた。




