第七話:orzって、そんな破壊力あるの?
夜。
テスト勉強をしていた俺は、ふと手を止めた。
静かだ。
……静かすぎる。
最近は毎日のように聞こえていた、
「生存確認乙〜」とか、
「kwsk!」とか、
「リア充爆発しろ!」とか。
あの騒がしい声が今日は聞こえない。
妙に落ち着かない。
その時。
コンコン。
控えめに、ドアが叩かれた。
そっとドアを開けると、そこにはお姉さん。
でも、いつもと違った。
髪は少し乱れていて、
肩は落ちていて、
なぜか床を見ている。
「……orz」
「え?」
「今日はもうダメです……」
そう言って、お姉さんは廊下の壁にもたれた。
「どうしたんですか?」
「会社で盛大にやらかした……」
珍しい。
この人がこんなに弱ってるのは、初めてかもしれない。
「会議でね…」
「はい?」
「ドヤ顔で“最新版です!”って資料出したら、一個前のデータだった…」
「うわぁ……」
「しかも部長が気づいた…」
「うわぁ……」
「しかも画面共有…」
「致命傷だ…」
お姉さんは廊下にしゃがみ込んだ。
「社会的に死んだ……」
「そこまででは…」
「いや死んだ!完全に死んだ!今の私は“orz”…」
「それ、そんな使い方なんですか?」
「そうだよ……人類の敗北姿勢……」
お姉さんは床に指で「orz」の形を描く。
「ほら。oが頭。rが腕と胴体。zが崩れ落ちた脚」
「説明されると余計シュールですね…」
「昔のネット民はこれで感情表現してたの……」
「へえ……平和ですね 」
「昔のネット民はちょっとバカだっただけだよ !」
いつも通りの軽口。
でも今日は少し元気がない。
俺は部屋に戻って冷蔵庫から麦茶のペットボトルを持ってきて渡した。
「……どうぞ」
「えっ」
「その、疲れてそうなんで…」
お姉さんは少しだけ目を丸くした。
「君は……」
「はい?」
「優しさが自然すぎる!」
「そうですか?」
「それ無自覚でやってるの罪だよ!!」
「なんでですか?」
「その行動は女子が勘違いするから…」
「しませんって!」
「する!」
即答だった。
お姉さんはペットボトルの麦茶を飲みながら、小さく息を吐く。
「でもさ……」
「はい?」
「帰ってきて、君の顔見たらちょっと回復した!」
心臓が変な跳ね方をした。
「……そういうの、急に言うのやめてください!」
「えー? なんで?」
「困るんで…」
するとお姉さんは、少しだけ笑った。
「じゃあ今日の学習!」
「はい?」
「orzは“しんどい時に誰かに構ってほしい”の意味もある!」
「絶対違うでしょ!」
「うん!今、作った!」
この人ほんと適当だ。
でも、さっきよりはちゃんと笑ってる。
「……じゃあ、もう大丈夫そうですね!」
「うん。たぶん回復した!」
お姉さんは立ち上がると、
ニヤッと笑った。
「やっぱ君はSSRサポーターだわ!」
「またそれですか?」
「というわけで!」
「嫌な予感が…」
「お姉さんを元気づけるため!頭ぽん許可!」
「なんでですか!?」
「ほら早く!」
「なんでそんな元気になってるんですか!?」
廊下に、お姉さんの笑い声が響いた。




