第六話:リア充爆発しろ!
月曜日の朝は、世界で一番眠い。
欠伸を噛み殺しながらマンションの階段を降りようとした瞬間、隣のドアが開いた。
「おはよ〜。今日も生存確認乙!」
今日は黒のロングスカートに、ゆるいニット。
落ち着いた大人のお姉さん感が強い。
……言葉以外は。
「おはようございます」
「ん? なんか今日テンション低くね?」
「……まあ、ちょっと」
「kwsk」
また始まった。
「クラスの女子に、放課後みんなでカラオケ行こうって誘われて」
「ほうほう」
「断るのも悪いから、たぶん行くんですけど」
「……」
お姉さんが固まった。
笑顔のまま。
でも止まってる。
「……お姉さん?」
「リア充爆発しろーーーーー!!!」
朝の廊下に絶叫が響いた。
「ちょっ!? 朝ですよ!?」
「なにそれ! 青春イベントじゃん! 放課後カラオケとか! ギャルゲーか!?」
「いや普通だと思いますけど!?」
「普通じゃない! 陽キャイベント! 青春テンプレ! 尊み暴力!」
なんでこんなダメージ受けてるんだこの人。
お姉さんは額を押さえながらフラフラ壁にもたれた。
「しかも“クラスの女子”って言った? 複数? 集団? ハーレムルート?」
「違いますよ! ただのクラス会みたいな」
「はいアウト。リア充認定」
ビシッと指を差される。
「今日から君、“リア充見習い”です」
「嫌な称号つけないでください」
お姉さんはじっと俺の顔を見た。
「……で?」
「で?」
「誰と隣に座る予定?」
「知りませんよ!」
「デュエットは?」
「しませんって!」
「ポッキーゲームは!?」
「カラオケで何する気なんですか!?」
お姉さんは急に真顔になった。
「……ちなみに」
「はい」
「女の子と間接キスとか、したことある?」
心臓が止まりかけた。
「なっ……!?」
「はいその反応ワロタ。図星乙」
「ないです!!」
「声デカ。廊下で暴露すな」
絶対この人わざとだ。
「まあいいや」
お姉さんはニヤッと笑った。
「放課後、結果報告よろ」
「なんでですか」
「リア充監視委員会だから」
「一人しかいないじゃないですか」
「全俺がいるが?」
そのままケラケラ笑って部屋へ戻っていった。
なんなんだあの人。
朝から心臓に悪すぎる。
そして放課後。
結論から言うと、カラオケは普通だった。
みんなで歌いながら注文したフライドポテト食べて、
変なノリで盛り上がって、
気づいたら終わっていた。
青春イベントなんてものじゃない。
……でも。
帰り道、俺は少しだけソワソワしていた。
お姉さんに報告しないといけない気がする。
なんでだ。
マンションに戻ると、案の定、隣のドアが半開きだった。
待ち伏せだこれ。
「おかえりーーーー!! リア充帰宅キタコレ!!」
「だからリア充じゃないですって」
「はい、今北産業」
「え?」
「三行で説明して」
「なんでですか」
「いいから!」
俺はため息をついた。
「普通でした」
「うん」
「みんなで歌って」
「うん」
「終わりました」
「薄っ!! 情報量スカスカか!!」
お姉さんが身を乗り出してくる。
「で!? 女子と何センチ接近した!?」
「測ってないです!」
「手は!?」
「触ってません!」
「デュエット!」
「してません!」
「間接キス!」
「してませんって!!」
お姉さんは数秒黙ってから、
「……よかった」
と、小さく呟いた。
「え?」
「いや!? べ、別に!? 君がバブいままで安心したとかじゃないし!?」
「今なんか本音出ませんでした?」
「ggrks!」
顔を逸らしたまま叫ぶ。
絶対ごまかした。
そう思いながらズボンのポケットに手を入れて、家のカギを取り出した瞬間、クシャッとしたレシートが床に落ちた。
「……あ」
お姉さんの目が、獲物を見つけた猛獣みたいに光った。
「それ! 見せなさい!」
「えっ、ちょっ……!」
強引に奪い取られたレシート。お姉さんはその合計金額を見て、絶叫した。
「あっ!」
「3333円!! ゾロ目キターーーー!!」
「え?」
「3が4つ!キリ番ゲット!」
「ええ?」
「確変! 激アツ! これはSSR!!」
「えええ?」
お姉さんはレシートを高く掲げ、勝利のポーズを決める。
「いい? 高校生。古代ネットの掟では、ゾロ目を踏んだら管理人のリクエストに絶対服従。これ、宇宙の真理だから」
「嫌な予感しかしないんですけど……」
お姉さんはニヤニヤしながら、ぐいっと顔を近づけてきた。
「ご褒美、もらうね?」
「ご褒美!?」
顔が近い。近すぎる。
するとお姉さんの白くて綺麗な手がスッと伸びてきて、俺の頭『ポン!』と叩いた。
「……はい、回収完了。しっかり者で運もいい『リア充見習い』への特別ボーナスね」
「な、なんなんですか今の」
「ゾロ目記念イベント」
「絶対違うでしょ!」
「細けぇこたぁいいんだよ!」
お姉さんは大切そうにそのレシートを胸に抱えた。
「でもさ。……女子に囲まれて鼻の下伸ばしてるかと思ったら、裏方で真面目に会計係やってたんだ。……ふーん。やるじゃん」
不意に、少しだけ熱を帯びた声。
「……はい。まあ、そういう役回りなんで」
「そういうとこ。……ガチで『尊い』から自重しなさいよね」
お姉さんはすぐにニヤッと笑って、レシートをヒラヒラと振った。
「この幸運のレシートは、私が預かっておくから! 次またリア充イベント発生したら即報告な? お姉さんが監視してるから。君の青春をね」
ずるい。そんな顔で笑われたら、もう何も言い返せない。
部屋に入ろうとした時、背後から声がした。
「高校生〜!」
「はい?」
「リア充爆発しろ!」
「結局それ言いたいだけじゃないですか!!」
廊下に、お姉さんの笑い声が響いた。
たぶん明日もまた、隣のドアはタイミングよく開く。




