第四話:ぬるぽと言ったらガッ!
満月の下で、お姉さんから貰った缶コーヒーを飲みながら話していると
「あ、そうだ。高校生」
お姉さんが持っていたミネラルウォーターのペットボトルをマイクのように持ち直して、真顔で言った。
「ぬるぽ」
「……ぬるぽ?」
「はい不正解。死語筋力マイナス100点」
「え、急に何ですか!?」
「これね、挨拶。 誰かが『ぬるぽ』って言ったら、絶対『ガッ』って返すの。お約束」
「ガッ?」
「そう。ガッ! ほら、言ってみて」
「……ガッ」
「もっと元気に!」
「ガッ!」
「はい合格! ちょろいな〜。これで君も立派な2ちゃんねらー」
笑いながら送り出され、部屋に戻る。
23時14分。スマホが鳴った。
《隣のお姉さん》
『 ぬるぽ』
「うわっ」
《俺》
『ぬるぽってさっきのやつですか!?』
すぐ既読。
《隣のお姉さん》
『 違うでしょ! ガッ!って打つの!もう一回。ぬるぽ』
《俺》
『ガッ』
《隣のお姉さん》
『 遅い。3秒は遅い。叱る。明日廊下で正座ね!』
なんでそんなに嬉しそうなんだ。
翌朝。
ドアを開けたらジャージ姿のお姉さんが立っていた。
「ぬるぽ」
「えっ、おはようございま……」
「はいアウトー! ガッ!でしょ! 反射で言いなさい反射で!」
「いや準備運動なしは無理ですって!」
「はい、朝から叱られた。かわいそかわいい」
昼休み。弁当を開いた瞬間また通知。
《隣のお姉さん》
『 ぬるぽ』
教室だから返せない。3分後。
《俺》
『ガッ!』
《隣のお姉さん》
『 3分56秒遅刻。愛が足りない。放課後追試!』
追試?なんだよ追試って。
帰宅。
鍵を開けた瞬間、壁の向こうから声がする。
「ぬるぽー」
「壁越し!? 反則でしょ!?」
「はいまた言えなかった。鈍い。バブい。もう一回。ぬるぽ」
「ガッ!」
「今のは0.8秒遅い。やり直し」
何回やるんだこれ。
23時36分。布団に入った瞬間、通知。
《隣のお姉さん》
『 今日疲れた。ぬるぽ』
文面がいつもと違う。
絵文字もない。
俺はドアを開け、隣をノックした。
「……開いてる」
スウェット姿でパソコンの前でグッタリしているお姉さん。
「なんで来たの。LINEでガッて打てばいいのに」
「なんか、違うと思って」
深呼吸して、ちゃんと顔を見て言った。
「ガッ!」
お姉さんが固まる。
0.5秒後、くしゃっと笑った。
「……やっと言えた」
「ずっと練習させられてたじゃないですか」
「ぬるぽってね、誰もいない掲示板でも、 誰かが絶対『ガッ』って返してくれる言葉なの。 寂しくないおまじない。私、それを君にやりたかっただけ」
いつもの悪戯声じゃない。
「だから何回も叱ったの。返事が欲しかったから。 ……迷惑だった?」
「いや、ドキドキしました。毎回心臓跳ねるんですよ」
「それwktkって言うんだよ。ほら、死語筋力上がってる」
お姉さんが立ち上がり、俺の額を人差し指でツンと突いた。
「はいご褒美。合格祝い。じゃあ最後に一回だけ練習ね」
「ぬるぽ」
「ガッ!」
「……うん。いいね」
そのまま小さく笑って、お姉さんはぼそっと言った。
「明日も、明後日も、ずっとこれやってくれる?」
「それ、独占契約じゃないですか」
「禿同」
「じゃあ、また叱られたくなったらどうすれば」
「簡単。返事遅らせればいいんだよ!」
ずるい。完全にずるい。
部屋に戻ってスマホを見たら、また通知。
《隣のお姉さん》
『 ぬるぽ』
今度は一秒も迷わなかった。
《俺》
『ガッ!』
すぐにハートのスタンプが飛んできた。
意味はまだ半分も分かってないけど、この合言葉だけはもう体に染みた。
たぶんこれ、俺たちだけの「ただいま」と「おかえり」だ。
……そして、明日もきっと、最初の一言はこれだ。




