第十七話:モチツケ!モチツケ!
「ヤバい!ヤバい!!ヤバい!!!」
「どうしたの?そんなに慌てて!なにがあったの?」
ダッシュで階段を駆け上がると隣の部屋のドアが開いてお姉さんが出てきた。
「聞いてくださいよ!今日、帰りに見かけちゃったんですよ!」
「誰に?なにに?痴漢?」
「ちがいますって!俺がいつもライブとかに行ってる推しアイドルがいたんですよ!」
「アイドル?」
「そう!そこのパン屋に入っていくのを見たんですよ!」
「モチツケ!モチツケ!」
「モチツケ?」
俺が聞き返すと、お姉さんは額に手を当てて深呼吸した。
「そう!モチツケ!う~ん……まずはモチツケじゃなくて落ち着け!」
「落ち着けって……いや落ち着けないですよ!」
「それは女性アイドル?」
「そうですよ!推しですよ!?生でですよ!?!」
「生パン屋じゃなく?」
「なにボケてるんですか!」
「少しモチつかせようと思って……」
「これで落ち着いていられますか!そこのパン屋にですよ!餅じゃありませんよ!」
「モチツケ!モチツケ!深呼吸しろ!香具師!」
「香具師って言わないでください!」
お姉さんは俺の肩をつかんで、ぐいっと顔を近づけてきた。
近い。近すぎる。
「で?君はそのアイドルに話しかけたの?」
「い、いえ!無理ですよ!心臓止まります!」
「じゃあ写真撮った?」
「撮ってません!」
「サインは?」
「もらってません!」
「握手は?」
「できるわけないでしょう!」
お姉さんは胸を押さえて、わざとらしくよろめいた。
「そう!よかった…」
「よくないですよ!」
「よかったの!」
「ええええ!そんな~!」
「君がそんなに楽しそうに他の女の子の話してると、なんか私がモチツケないの!」
「えっ?」
「私のほうこそモチツケ~モチツケ~モチツケ~」
耳が真っ赤だ。
「もしかして嫉妬してます?」
「してない!してないけど…」
「けど?」
「ただ君が“推しがいたんですよ!”ってキラキラしてるの見て、びっくりして……」
「キラキラ?」
「うん!そう!なんかね……自分にモチツケって…」
「それって……もしかして嫉妬ですか?」
「違う!これは……心のファイアウォールが……バグってる……」
「意味が分かりません!」
お姉さんはスマホを取り出し、何かを打ち込んだ。
『推しのアイドル見かけてテンション爆上がりしてる香具師www』
「おい!こら!なにを打ち込んでるんじゃ!」
ペロッと舌を出しながらまた打ち込む。
「そう。で、こっちは私」
「こっち?」
『その話を聞いてモチツケなくなってる香具師www』
「やっぱり嫉妬してるじゃないですか!」
「してないわよ!!……してないけど……君が他の女に夢中になるのがモチツケないだけ!」
お姉さんはそっぽを向きながら、ぽつりと言った。
「君の“推し”は私じゃなくて、そのアイドルなんだね…」
その声が、少しだけ寂しそうで。
俺は慌てて言った。
「ち、違いますよ!推しは……その……」
「その?」
「……違います!」
「え?」
「そのアイドルは、憧れっていうか……」
「うん」
「……毎日会うのが楽しみなのはお隣さんです」
お姉さんが固まった。
「……モチツケ……モチツケ……無理……」
顔が一気に真っ赤になり、ドアの陰に隠れた。
「き、今日はもう無理!また明日!生存確認よろ!……モチツケ!!」
バタンッ!
残された俺は、鍵を握りしめたまま呟いた。
「モチツケなきゃいけないのは……俺か……」




