第十五話:推しキボンヌ
放課後。
夕陽が廊下をオレンジ色に染める中、鍵を取り出そうとした瞬間、
今日も隣のドアがすっと静かに開いた。
「おかえり〜。今日も生存確認よろ〜」
今日のお姉さんは、ゆるいネイビーのカットソーに白のロングスカート。
相変わらず見た目だけは完璧に綺麗な大人の女性だ。
しかし、どこで俺の帰宅確認をしているんだろう?
ずっと廊下を監視してるわけじゃないだろうな…
もしかしてGPSでも付けられている?
「……あ、ただいまです」
「ん〜?今日はなんか、いつもより疲れた顔してない?君、大丈夫?」
お姉さんは心配そうに眉を下げ、俺の顔を覗き込んできた。
「いや、ちょっと…」
「どうしたの?いじめられた?」
心配そうな顔で一歩、また一歩と距離を詰めてきた。
ふわりと、シャンプーのような甘い香りが鼻先をかすめる。近い。近すぎる。
「ちがいます!ただ、今日の体育の時間にシャトルランがあって、それで脚が……」
「シャトルラン!懐かしっ!青春の汗キタコレ!」
お姉さんは手を叩いて笑ったあと、急に真面目な顔になって俺の目をじっと見つめた。
「よし、決めた。そんなお疲れモードの君に、お姉さんからスペシャルな癒やしをプレゼントしちゃいます。」
「なんですか?」
お姉さんはニヤッと笑って、人差し指をクイッと曲げた。
「君のシャトルラン姿の画像キボンヌ!」
「は!?」
「体操着姿の画像キボンヌ!」
「撮ってませんよ!」
「え~!撮ってないの~!
だって青春でしょ~?
汗だくで走ってるDKでしょ~?
絶対尊いって!」
「撮ってませんって!」
「えー。じゃあ再現キボンヌ」
「再現!?」
「そう!今!ここで!シャトルラン!」
お姉さんが廊下を指さす。
「無理です!もう脚パンパンなんですって!」
「え~!」
「もう走れませんよ!」
「私のためだけに頑張れない?」
「無理ですって!」
「じゃあ仕方ないな…」
お姉さんは急にしょんぼりした顔になった。
「見たかったな…」
「え」
「君の頑張ってる姿を見たかったな~!って」
拗ねた顔が可愛い…
そんな顔で言われたら…
「……じゃ、じゃあ写真は無理ですけど!」
「うん」
「今日の体育のことを言葉で報告します。それで良いですか?」
「おっ。詳細キボンヌ!」
「詳細キボンヌ?」
「うん!kwsk!」
俺は観念して話した。
「今日のシャトルランの回数は、えっと……95回でした」
「おお!」
「クラスで3番目でした」
「おおお!」
「陸上部には負けてしまいましたが、部活に入っていない奴の中では一番でした。」
「おおおお!」
「マジに辛かったです!」
「おおおおお!偉い!頑張った!」
「最後の方は肺が死ぬかと思いました。」
「分かる。私も昔、体育で死にかけた!」
「どのくらい、走れたんですか?」
「40回もできなかった!君の半分以下!」
お姉さんがケラケラ笑う。
それから、ふと真顔になった。
「ねえ!聞いても良い?」
「はい?」
「走ってる時、何考えてたの?」
「え?」
「辛い時って、何か考えないと無理じゃん。詳細キボンヌ」
また来た。逃げられないやつ。
「……早く終わって!だけです」
「脚を止めれば終わるじゃん!」
「それはわかっているんですけど…」
「止められなかった?」
「はい…」
「負けたくなかった?」
「はい…」
「誰に?」
「…自分に」
「自分に負けない!究極の負けず嫌いだね!」
「うるさいです!」
お姉さんは腹を抱えて笑ったあと、満足そうにうなずいた。
「よし。画像キボンヌは失敗だけど、詳細キボンヌは大成功」
「そうですか?」
「うん!君の本当の心の声を聞けたから!」
「心の声?」
「うん!だから大成功!」
お姉さんはそう言って、部屋に戻ったと思ったらすぐに冷たいスポーツドリンクを出してきた。
「はい!ご苦労さん!」
「……ありがとうございます」
「君が頑張った記念。お疲れさま」
その一言が、スポーツドリンクより染みた。
「で」
「はい?」
「次回のシャトルランは、動画でうpキボンヌだからね!」
「写真じゃなくて動画ですか?」
「うん!今回は画像キボンヌが叶えられなかったから、次回は動画で!」
「でも次回って来年ですよ?シャトルランは体力測定の時だけですから!」
「雨で校庭が使えないときに体育館でやるでしょ?」
「確かにやるかもしれないですが…」
「先生に自分から『シャトルランやりたいです!』って言うの!」
「鬼ですか!?」
「大丈夫!君なら出来る!」
「それに誰に動画を撮ってもらうんですか?」
「友達に体育を見学してもらう!そしてスマホで撮ってもらう!」
「そんな無茶な!友達に悪いですよ!それに他の同級生も写っちゃいますって!」
「大丈夫!他の生徒に興味ないから!私は君が推しだから!」
お姉さんはウィンクしてドアを閉めた。
廊下に残された俺は、冷たいボトルを握りしめる。
「えっ?推し?俺が?」
顔がシャトルランの時より熱くなった。




