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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章

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第九話 仮族と家族

第九話 仮族と家族


 馬車がゆっくりと止まり、御者が振り返って言った。


「屋敷に着きましたぞ」


「どれどれ……」


 トマスがそう言って扉を開ける。


 そこにあったのは、想像していたような豪奢な貴族の屋敷ではなかった。

 大きくはないが、よく手入れされた薔薇の庭園。外にはガーデンテーブルとスツールが置かれ、生活の気配がにじんでいる。


(……ん、雰囲気は..,)


 だが同時に、エリザベスの眉がわずかに動いた。


(男の屋敷にしては綺麗すぎる。このセンス……女だ。

 間違いなくいる女。間違いなく黒)


「着いたよ。降りないのかい?」


 トマスが横目で促す。


「……私を部屋に連れ込みたいだけでしょ」


「え? そんなつもりはないけどな」


「ナンパ野郎。最低……帰ります」


 エリザベスが馬車の奥へ身を引くと、トマスは慌てて弁明した。


「君がそんなこと思ってたなんて……。ここは俺の屋敷じゃない。中に待ってる女性がいるんだ。安心してくれ、君を襲ったりはしない」


「……あっそ」


 エリザベスは鋭く睨みつける。


「嘘だったら燃やすから」


 そう言い残し、警戒を解かぬまま馬車を降り、屋敷へと向かった。



 中は古い屋敷だった。

 だが、隅々まで大切に使われているのがわかる。家具は年季が入っているが、どれも手入れが行き届いていた。


(……愛がある)


 奥へ進むと、暖炉のそばの椅子に座る一人の女性が目に入った。


 その姿を見た瞬間、エリザベスの思考が止まる。


「……お母様!!」


 叫ぶように駆け寄り、キャサリンに抱きつく。


「お母様……お母様……」


「……ベス。こんにちは……」


 キャサリンは静かに微笑み、エリザベスを抱き返した。


 しばらくして、キャサリンがトマスの方を見て言う。


「あなた。連れてきてくれてありがとう」


「……あなたって……あなた、トマス?」


「そうだよ。俺はトマス。いずれ一緒に暮らす……」


 その言葉が終わる前に、エリザベスが近づき――

 軽く、腹にパンチを入れた。


「そうなら早く言いなよ! 変態かと思った!」


 キャサリンが、くすくすと笑う。



 三人はテーブルを囲み、ケーキと紅茶を楽しんだ。


 トマスは、エリザベスには内緒でこの場を用意し、三人で話す時間を作ることをキャサリンと前もって決めていたらしい。


 暖炉の火が、部屋をやさしく照らす。

 華やかさはないが、不思議と落ち着く空間だった。


「……普通の家族、みたい」


 短い時間だったが、エリザベスの胸に、久しく感じていなかった安心感が広がっていく。


 キャサリンがエリザベスを見て、穏やかに尋ねた。


「どう? ベス。一緒に住みたくなったかしら?」


「うん!」


 即答だった。


「大満足。三人で暮らそ!」


 三人は顔を見合わせ、自然と笑った。


 エリザベスは、胸の奥が少しだけ満たされるのを感じていた。

 それは、彼女がずっと欲しかった――

 居場所だった。



 おやつのお茶会が終わると、エリザベスは少し迷ってからトマスのもとへ歩み寄った。


「あの……ありがとうございます。そして、誤解してすみませんでした」


 そう言って、深く頭を下げる。


 トマスは一瞬驚いたような顔をしたあと、肩をすくめて微笑んだ。


「いいんだ。年頃の女の子の扱いを間違えたのは俺さ」


 それからキャサリンの方を見て言う。


「ごめん、キャサリン。次の仕事がある」


「ええ。気をつけて」


「またな、ベス」


 その言葉を残し、トマスは屋敷を後にした。


 扉が閉まると、部屋には暖炉の火の音だけが残った。



 キャサリンと二人きりになると、先ほどまでの温かい空気が、そのまま部屋に留まっていた。


 キャサリンは箒を指先で動かし、テーブルの下を静かに掃き始める。


 その背中を見つめながら、エリザベスがぽつりと言った。


「……家族って、いいね」


 すぐに返事は来なかったが、やがてキャサリンが静かに答える。


「……ええ。そうね……」


 エリザベスは少しだけ勇気を出して続けた。


「遠慮しなくていいよ。私は……お母様を、本当にお母様だと思ってるから……」


 箒が、ぴたりと止まった。


 キャサリンは少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「そのつもりよ……。話には聞いていたわ。あなたのお母様も、ベスに親としての愛情を注いでほしいと願っているはずだもの」


 そう言って、キャサリンはエリザベスの方を向き直る。


 そして、はっきりと告げた。


「偽物の母でも、偽物であることを本心から子供に伝えられる母は、偽物ではないわ。

 なぜなら、偽物は本心を誤魔化すものですもの」


 少し難しい言葉だった。


 けれど、エリザベスは考えるより先に――理解していた。


(……嘘をつかないってことだ)


 胸の奥から、じわじわと熱いものが込み上げてくる。


「お母様……」


 声が震える。


「……大好き。私も大好き」


 そう言って、エリザベスは再びキャサリンに抱きついた。


 キャサリンは何も言わず、ただ優しくその背中を抱き返した。


 暖炉の火が、二人を静かに照らしていた。



 夜更け、宮殿の回廊をエドワードは小走りで進んでいた。

 胸が上下し、息が切れる。


「はっ……はっ……」


 扉の前で立ち止まり、軽く整えもせずにノックをする。


「入っていいとも」


 低く、落ち着いた声が返ってきた。


 エドワードが扉を開くと、そこはヘンリーの寝室だった。暖炉の火は落とされ、薄明かりの中で、レースのカーテンが夜風に揺れている。


「お父様……はっ……今、参りました」


「大丈夫。急いでないさ」


 ヘンリーはベッドに腰掛けたまま、目の前の椅子を顎で示した。


「ほらほら座りな」


 エドワードは言われるまま椅子に座る。ヘンリーは、その様子をじっと見届けてから、ゆっくりと口を開いた。



「――ほう。国王には向いていない、と」


 問い返すような声音だった。


 エドワードは一瞬視線を伏せ、それから決意したように顔を上げる。


「……僕、ずっと考えました。やはり国王にはなりたくありません。学者になりたいんです。もっと違う形で、この国や人々に貢献したい」


 ヘンリーは、すぐには返事をしなかった。

 ベッドの上に手を伸ばし、指先でゆっくりと線を引く。


「ほっほっほ……」


 小さな笑い声が、静かな寝室に響いた。


「国王のやりがいが分からないか、エドワード」


 そう言って、ヘンリーはベッドの上に二本の線を描いた。


「例えばだな。宮殿へ続く道の前に、泥道があるとしよう」


 エドワードを見る。


「そのとき、国王であるお前はどうする?」


 エドワードは一瞬考え、椅子を立ってベッドに近づいた。そして、ヘンリーの描いた線を避けるように、指で弧を描いた。


「……僕なら、泥を避けて通ります」


「それも一つだな」


 ヘンリーは頷いた。


「だがな、王によっては――」


 指先が再び動く。


「泥道を真っ直ぐ突っ切るのが生き様な者もいる。

 誰かに先に渡らせる者もいる。

 人の身体を踏み台にする者もいる。

 石畳の道に舗装してしまう者もいる」


 指の動きに合わせて、エドワードの胸がわずかに締めつけられる。


「……つまりだ」


 ヘンリーは静かに続けた。


「王とは、ありとあらゆる選択肢を前に、皆の意見を聞き、考え、最終的に“どれが国民にとって最も幸せか”を決める存在だ」


 レースのカーテンが、ふわりと揺れた。


「明君は意思決定に優れ、伝説として名を残す。

 暴君は罵られ、悪名を残す」


 ヘンリーは少しだけ目を細めた。


「……まあ、朕が評価される王だったかと言われれば、そうではないだろうがな」


 その言葉は、自嘲でもあり、諦観でもあった。


 エドワードは一瞬、風に揺れるカーテンに視線を奪われたが、すぐにヘンリーの顔へと戻す。



 街の屋敷の一室。

 朝の光がやや東から差し込み、教室の床に細長い影を落としていた。


「よっ。おっさん」


 いつもの軽い調子で、エリザベスが入ってくる。


 教卓の前では、ウィリアムが黙々と作業をしていた。机の上には、乾燥した緑色の葉。指先でそれを摘み、火を灯して燃やしている。


「……何それ」


 エリザベスが眉をひそめる。


「薬草収集とか、闇魔術じゃん。趣味悪っ」


 睨むように言うと、ウィリアムは一瞬だけ動きを止め、舌打ちした。


「違うわボケ。私も歳だからな。健康のための薬だ。勘違いするな」


 そう言って、燃え残った葉を慌てるようにローブの内側へ押し込む。


(……絶対怪しい)


 腑には落ちなかったが、これ以上突っ込んでも無駄だと判断し、エリザベスは席に着いた。


 ウィリアムは本を開き、教卓に置く。


「前回は魔法史を長々とやってな。干からびた蛙みたいな顔をしておったが……」


 ちらりとエリザベスを見る。


「今日は基礎魔法の理論だ。

 勝ちたいなら、ちゃんと聞けよ小娘」


 エリザベスはムッとしつつも、以前のようにそっぽを向かなかった。

 視線は本に落ち、耳は確かにこちらを向いている。


「45ページだ」


 ウィリアムは淡々と続ける。


「王立魔法大学の定義では、基礎魔法の属性は五つが最もスタンダードだ。

 火、水、木、金、土」


 一拍置いて、


「……何故この5属性か? 知らん。自分で考えろ」


「不親切すぎでしょ」


 小さく文句を言うエリザベスを無視して、ウィリアムは続ける。


「火属性は説明不要だな。飛ばす。

 水属性は水を主力とする属性だ。これは直感で分かるな。派生で氷、湯気も含まれる」


 エリザベスは小さく頷く。

 以前の投げやりな態度は、もうない。


「木属性は少し説明が必要だな。樹木生成や花魔術もあるはあるが...概ね無難な……風を操る属性だと思っていい」


「え、風なのに木?アシュリーも言ってたな...」


 エリザベスが手を挙げる。


「おっさーん、質問。

 だったら最初から風属性でいいじゃん。木って何よ」


 ウィリアムは一度頷き、淡々と答えた。


「風は生命の繁栄に不可欠な要素の一つだからだ。

 生命という大きな枠で考え、風はその一部――だから木属性に含めた」


 エリザベスは筆記具を取り、人中線で支えながら首を傾げる。


「……難しくて、よくわからん」


「……まあいい。次だ」


 ウィリアムは気を取り直すようにページをめくる。


「金属性。金のように輝くという意味合いから、雷や光を扱う属性だ。

 雷属性、光属性のほうが分かりやすいとは思うが、魔法大学ではまとめて金属性とする」


 エリザベスの目は、まだ真剣だ。


「そして土属性。

 これは見たまんまだ。土、泥、派生で砂や岩石も含まれる」


 教卓を軽く叩く。


「――ここまで、ついてきているな?」


「へーーい」


 即答だった。


 ウィリアムはわずかに眉を動かし、続きを告げる。


「次は属性相性だ。これは暗記項目だぞ」


 黒板に簡単な図を書きながら、


「水は火に強く、金に弱い。

 火は木に強く、木は土に強い。

 土は金に強く、金は水に強い」


 そして最後に、はっきりと言い切った。


「――水⇨火⇨木⇨土⇨金⇨水。

 これを体に染みつくまで叩き込め」


「はいはい」


 エリザベスの返事は、嫌そうだが授業には真剣に向き合った。



 エリザベスは椅子に座ったまま、頬杖をつき、露骨に不機嫌な顔でそれを聞いている。

 とはいえ、以前のように完全に意識を飛ばしているわけではなかった。


 時間だけは、確実に流れていく。


 「……お前」


 ウィリアムが、ふいに語調を変えた。


 「基礎魔法は“最強の魔法”だと思っているだろう」


 エリザベスは即答する。


 「ええ。だって最強じゃん?」


 ウィリアムは小さく咳払いをし、わずかに背筋を伸ばした。


 「いいか。基礎魔法が最強なのは、戦闘面に限っての話だ」

 「基礎魔法を使いすぎた者は――人として廃れる」


 エリザベスの目が、はっきりと開いた。


 「……それ、本当か?」

 「なんで?」


 ウィリアムは一瞬、言葉に詰まったように視線を逸らす。


 「私にも分からん」

 「研究でも、理論でも説明はできていない」

 「……ただの経験則だ。根拠などない」


 その瞬間だった。


 荒い息とともに、教室の扉が勢いよく開かれた。


 「エリザベス様!」


 息を切らした使者が、頭を下げる。


 「申し訳ありません、お忙しいところを……!」


 「なによ、急に」


 その声を聞いた瞬間、ウィリアムの表情がわずかに硬くなった。


 使者の言葉は、短く、淡々としていた。


 ――朝方、ヘンリー国王が崩御された。

 ――前触れはなく、確認した時にはすでに息をしていなかった。


 その知らせは、誰にも猶予を与えなかった。


 エリザベスを含む、王に関わるすべての者が、すぐに宮殿へと向かうことになる。



 雨は、刻一刻と強さを増していた。


 歴代の国王が眠る墓地。

 灰色の空の下、ヘンリーの遺体が納められた棺は、静かに穴の中へと降ろされていく。


 黒装束の役人たちが、無言でスコップを動かす。

 土が落とされ、盛られ、やがて平らになっていく。


 エリザベスは傘を差したまま、ただその光景を見つめていた。


 涙は、出なかった。

 悲しみがないわけでもなかった。


 ただ、現実が、まだ形を結んでいなかった。


 隣にはキャサリンがいた。

 黒いレースと傘に顔を隠し、表情は見えない。


 その手を、エリザベスは静かに握る。


 反対側にはエドワードがいた。

 顔を真っ赤にし、俯いたまま、必死に涙を堪えている。


 そして――


 少し離れた場所に、メアリーがいた。


 黒い装束に身を包み、花束を片手に持ちながら、日常と何一つ変わらない表情で墓を見下ろしている。


 儀式が終わり、人々が少しずつその場を離れていく。


 エリザベスは、まだ動けずにいた。


 その場に残ったのは、彼女と、メアリーだけだった。


 「……ったく」


 メアリーが、低く吐き捨てるように言った。


 「子供にも謝罪せずに、逃げ切りやがった」

 「頭からケツまで、嫌なやつだったわ」


 花束を、まるで捨てるように、墓前の水たまりへ置く。


 エリザベスは思わず声を上げた。


 「やめてください、お姉様」

 「生前どんなに酷い人でも……私たちのお父様なんですから」


 メアリーは、ゆっくりと傘を傾け、エリザベスを見る。


 「……すごいわね、あんた」

 「こいつから受けた仕打ちを、それでも許すんだ」


 「……許したわけでは……」


 言葉を探すエリザベスを、メアリーは遮った。


 「まあいいわ」

 「あんたとも、悪友になれそうにないってことね」


 遠くで、雷鳴が響く。


 「本当に……気が合わない」


 そう言い残し、メアリーはヘンリーの石碑に背を向けた。


 雨音が強まる中、彼女の背中はすぐに人波に紛れていく。


 エリザベスは、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。

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