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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章 女王誕生篇

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第八話 魔法に書けられて

第八話 魔法に書けられて


 屋敷の奥、長らく使われていなかった一室が、簡素な教室へと姿を変えていた。

 黒板代わりの石板、並べられた机、そして教卓。


 ウィリアムは街の屋敷に、週に四日から五日通うことでアシュリーと合意していた。

 王立魔法大学校の講師が、直々に指導する――異例中の異例だ。


 「……じゃあ、早速だが」


 教卓に立つウィリアムが、分厚い書物を開きながら言った。


 「魔法史について勉強するぞ」

 「まずは十ページを開くんだ」


 エリザベスは机に頬杖をついたまま、目だけを動かす。


 「ねえ……」

 「私のイメージしてる魔法練習と違うんだけど」

 「もっとこう……体動かすやつじゃないの?」


 その瞬間、白い髭がぴくりと揺れた。


 「バカモンがっ!!」


 教室に怒声が響く。


 「魔法の基本は論理じゃ!!正しく理解しろ」


そして勢いを殺さないまま追撃する


 「お前はアシュリーから何を教わったんだ!!」


 「いや……アシュリーは……」


 言いかけた瞬間、

 エリザベスの脳裏に、ひとつの光景が浮かんだ


⸻


 「ベス、火属性の基礎魔法はね……」


 アシュリーが一歩前に出る。


 右の人差し指から、ふわりと火の輪が生まれた。

 炎は暴れず、まるで意思を持つように指の上で静かに回転している。


 「こうやって、その後こうして……」


 リングは指から腕へ。

 腕から肩へ。

 さらに腰へと流れるように移動した。


 「はい!こうなる!」


 次の瞬間、火の輪はアシュリーの腰回りをくるくると回転し始めた。


 「見様見真似でやってみてちょうだい!」


 エリザベスの目が、きらりと輝く。


 ⸻


 「……だったけどな」


 低く、ため息混じりの声が割り込む。


 「小娘がバカなのは、育て親がバカだからか……」


 「は?」


 「いいか、娘よ」


 ウィリアムは腕を組み、眼鏡越しにエリザベスを見下ろした。


 「アシュリーは感覚で魔法を使いこなす」

 「それは間違いではない。だがな」


 言葉を区切り、続ける。


 「成長には限界が来る」

 「強くなりたければ、まず理論を覚えろ!」


 「はいはい」


 エリザベスは投げやりに返す。


 「おっさん」


 「――口の聞き方、何とかならんのかっ!!」


 再び怒鳴り声が響き、教室の空気が震えた。


⸻


 「いいか。十ページだぞ。見てるか」


 教卓の向こうから、ウィリアムの低い声が飛んできた。


 エリザベスは分厚い本を押さえたまま、顔だけを上げて小さく頷く。


 「……うん」


 「よろしい」


 ウィリアムは満足したように顎を撫で、そのまま淡々と語り始めた。


 「では、魔法の起源についてだ」

 「これは魔法史において、極めて重要な項目になる。しっかり聞け」


 エリザベスは一瞬だけ眉をひそめ、それから渋々姿勢を正した。


 「起源自体は、遥か昔――小さな部族の間で、断片的に行われていたと言われている」

 「だが、それが“技術”として形を持ち、形になったのは」


 ウィリアムは一拍置いた。


 「クエスト教の始祖、クエスト様がお生まれになった前後だ」


 ページをめくる音が、静かな教室に響く。


 「始まりは呪文だ」

 「十文字から二十文字ほどの、意味を持たない単語を唱えることで魔法が発動する――今とは随分違うな」


 エリザベスは「ふむふむ」と小さく頷きながら、行間を追った。


 「呪文を“発明”した人物は、今も分かっていない」

 「だが――それを広めた者については、魔法大学校でも研究が進んでいる」


 ウィリアムの声が、わずかに重みを帯びる。


 「最有力説は……クエスト様本人だ」


 「……え?」


 エリザベスの指が、思わず止まった。


 「クエスト様の逸話は知っているな」

 「祈れば傷は癒え、水の上を歩き、死すら越えた――そう言われてるな」


 ウィリアムは淡々と続ける。


 「教義では奇跡とされているが――」

 「魔法誕生の経緯を考えれば、クエスト教と共に“魔法”を広めた人物が、本人である可能性は極めて高い」


 エリザベスはぼんやりと天井を見上げかけ、慌てて本に視線を戻した。


 「...まあ理論上はな」


 ――奇跡が、魔法。


 その言葉が、エリザベスの胸の奥で静かに反響していた。


 やがて日が傾き、窓から差し込む光が橙色に変わる頃。


 ウィリアムは、ほとんど姿勢を変えぬまま講義を続けていた。


 「さて、先ほど説明した呪文だが」

 「人々の生活に根付いたかと言えば……答えは否だ」


 エリザベスは時折、目を虚ろにしながらも話を聞いている。


 「理由は三つある」

 「一つ目は...」


 エリザベスは、完全に本に突っ伏していた。


 「……はあ」


 深いため息。


 ウィリアムは呆れたようにエリザベスを見下ろすと、静かに呟いた。


 「マル・マイ・マイン・マラ……」


 空気が震え、空中に白い円柱状の塊が形を成す。


 ウィリアムが指先を向けると、それは一直線に飛び――


 「ゴンッ」


 「痛っ!!」


 エリザベスが頭を押さえて飛び起きた。


 「何すんだよおっさん!!」


 「小娘」


 ウィリアムは涼しい顔で言う。


 「お前が待ち望んだ、呪文魔法の実演だが?」


 エリザベスは言い返しかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。


 乱れた髪を直し、背筋を伸ばして正面を見る。


 教卓の前で、ウィリアムは不敵に笑っていた。


⸻


一方宮殿の寝室では、別の時間が流れていた。


 「これは……ダメ」

 「それも……ダメだな」


 ヘンリーはベッドの上に並べられた品々を、ひとつひとつ手に取り、選別していた。


 「……ほっ。これは捨てていいぞ」


 役人や召使いたちが、無言で頷き、品を下げていく。


 「あっ……これは……」


 召使いが差し出したのは、白金の指輪だった。

 月の紋様が彫られている。


 「いいよ」

 「売ればそれなりの値がつく。君が持って帰りなさい」


 「えっ……いいんですか?」

 「ありがとうございます!」


 そのとき、扉が開いた。


 「おお、キャサリン……どうした?どうした?」


 キャサリンは、ヘンリーの姿を見ただけで、目を潤ませた。


 「国王様……」

 「もう、身の回りを整理しているのを見るだけで……本当に辛くて……」

 「私は、またお元気になると……祈っています……」


 ヘンリーは、穏やかに笑った。


 「人は、いつか死ぬ時がくる」

 「私は十分生きたよ。ロースト肉もたくさん食べたしな」

 「やることは……やったつもりでいる」


 「国王様……」


 泣きながらしがみつくキャサリンを、ヘンリーは優しく抱きしめた。


 「キャサリンは……本当によくできた妃だ」

 「私が死んだ後も……いい人と巡り合ってくれ……」


 その腕は、驚くほど温かかった。


⸻


 街の屋敷の教室に差し込む陽は、すでに大きく傾き、窓辺を橙色に染めていた。

 だが、ウィリアムの講義は終わる気配を見せない。


 教卓の前で、白い髭の老魔法士は淡々と語り続けている。


 「……ねえ、おっさん」


 ついに耐えきれず、エリザベスが口を挟んだ。


 「さっきさ。呪文は今じゃ発動できないって言ったよね?」

 「なのに、なんでおっさんは普通に使えてんだよ」


 ウィリアムは一瞬だけ口を閉じ、眼鏡越しにエリザベスを見た。


「……生意気だが」

「そこに気づいたのは褒めてやる」


 そう前置きしてから、ゆっくりと語り出す。


 「先ほど話した"呪文書には発声方法を伝える術がなかった"というのは、すべての呪文に当てはまる話ではない」

 「...それは発声法まで記した呪文書が、後の時代に生まれた。それを解読しただけだ」


 エリザベスは肘をつきながら聞いている。


 「つまり私が使った呪文は、“比較的新しい呪文”だ」


 「ふーん」


 エリザベスは軽く鼻を鳴らした。


 「じゃあ、おっさんの呪文魔法は骨董品ってわけじゃないのね」


 「それが分かるなら話が早い...」


 ウィリアムは指を一本立てた。


 「呪文を使って、もっと生活を豊かにできないかと考えた学者がいた」

 「“発声に依らず、誰でも使える魔法はないか”とな」


 エリザベスは「ほうほう」と適当に頷く。


 「そこで考え出されたのが、呪文を道具に吹き込むという発想だ」

 「研究の末、誰でも“道具を持つだけ”で魔法を発動できるようになった」


 「これを道具魔法と呼ぶ...」


 ウィリアムの説明が道具魔法に入る頃には、エリザベスは机の下で盛大に貧乏ゆすりを始めていた。


⸻


 キャサリンが住む予定の屋敷は、まだどこかよそよそしさを残していた。

 広い廊下、磨かれた床、窓から差し込む夕暮れの光。召使いたちと家具の配置や食事の時間、庭の手入れについて話し合いながら、彼女は時折、奥の扉へと視線を向けていた。


 そのとき――。


「ごめん。遅くなって」


 聞き慣れた声が、屋敷の奥から響いた。


「……待ってたわ、あなた」


 キャサリンは微笑み、自然と足がトマスの方へ向かう。

 長い一日の疲れを纏ったままの彼は、少しだけ肩を落としていた。


 トマスが暖炉の前の椅子に腰を下ろすと、召使いが静かに近づき、ベーグルと湯気の立つ紅茶を小さなテーブルに置いた。


「あなた。大変だったのね」


 キャサリンがそう声をかけると、トマスは短く息を吐く。


「ああ……義理の息子が次の王になるんだ。これからは、仕事もますます忙しくなる」


 炎がはぜる音だけが、二人の間を満たす。


「そうね……」


 キャサリンは少し間を置いて言った。


「できる限り、私たちの時間を増やしたいわ」


 切実な願いだった。


「その通りだな」


 トマスはうなずく。


「エリザベスも受け入れるんだ。家族を大事にしなければな」


 その言葉を聞いた瞬間、キャサリンは衝動的に彼へ近づき、座るトマスにしがみつくように抱きしめた。


「あなた……大好きだわ」


 暖炉の熱と、彼の体温が重なる。


「ずっと、幸せになりましょうね」


 だが――。


 トマスは抱き返しながらも、その表情は満面の笑みではなかった。


⸻


 再び教室に差し込む光の向きが変わる頃。


 エリザベスは露骨につまらなそうな顔をしていたが、ウィリアムは相変わらず淡々としている。


 「道具魔法は誰でも使えることから、庶民の生活に広く受け入れられた」

 「これが“魔法時代”の幕開けだ」


 「……だが、欠点もあった」


 ウィリアムは指を折る。


 「道具一つに、できることは一つ。全く成長の余地がない。


 「生活水準は向上したが、それ以上の進歩もなかった」

 「そこで、また頭の良い学者が考えた」


 ウィリアムの声が、わずかに熱を帯びる。


 「“人の中にある魔力”を使えないか、と」


 「魔法道具を改良し、魔力と発動を中継する“器”を開発」

 「心の中で魔法をイメージするだけで発動できるようにした」


 「それを――」


 「基礎魔法でしょ。おっさん」


 即答だった。


 「……んむ」


 ウィリアムは小さく頷く。


 「では、基礎魔法のデメリットは?」


 エリザベスは苛立ちながら答える。


 「デメリットは……そうだっ!!!」

 「アシュリーみたいに“イメージしろ”って言われても分かんないだ!...そうでしょ???」


 「それと、魔力がすぐ無くなる!」


 そう言いながらも、ウィリアムは続けた。


 「その通りだ」

 「イメージ理論は学習に時間がかかり、扱いを誤れば――身を壊す。無敵な魔法ではないのだ」


 ウィリアムは一度話を区切る。


 「では次だ」

 「基礎魔法を、よりマニュアル化し、誰でも扱えるようにした魔法は?」


 「そんなの体系魔法でしょ」


 「小娘。体系魔法のデメリットは?」


 エリザベスは眉をひそめ、唸る。


 「えーっと……アシュリーが言ってた……」


 しばらく考え込んでから、勢いよく言った。


 「どうせ強くなれない魔法でしょ?」


 「……はあ」


 ウィリアムはエリザベスにため息をついた後、怒鳴りつけた。


 「体系魔法は消費する魔力が少ない分威力が非常に弱いだっ!!このバカ娘が覚えておけっ!!」


 足を譲っていたエリザベスが勢いのまま立ち上がり想いをぶつける。


 「はあああああああ??話長ぇんだよおっさん!!」

 「私しか聞いてないのにさ!聞かされる側の気持ち考えたことある!?」


 教室に声が響く。


 ウィリアムは少しだけ目を細め、低く呟いた。


 「……短気なバカ娘には」

 「理論より、身体で叩き込むべきか」


 そして踵を返す。


 「おい、娘」

 「来い。魔法の実戦とするか」


 エリザベスの機嫌は、一気に回復した。


 (よーし……どうやって痛ぶってやろうかな)


 そんなことを考えながら、彼女は楽しそうにウィリアムの後を追った。ただ1つ首筋だけが、肌とは違う色をしてた。


⸻


 ウィリアムに導かれ、エリザベスが足を踏み入れたのは屋敷の庭だった。

 石畳と芝生が入り混じったその場所は、見覚えがある。ロバートがよく遊びに来ては、剣を振るい、魔法を試していた場所だ。――戦うための庭。


「では小娘」


 ウィリアムがゆっくりと振り返る。


「私もな、チビ相手に本気を出すわけにはいかん。制限を設けよう。呪文魔法と基礎魔法、どちらがよい?」


 エリザベスは一瞬考え、口の端を上げた。


「……基礎かな。おっさんの基礎、見てみたいし」


「そうかそうか……」


 ウィリアムは低く笑い、五歩ほど後退する。ローブの内から取り出したステッキは、瞬時に伸び、杖となった。腰の人に通し、構えを解く。


「基礎魔法を選んだことを、後悔するなよ」


 向かい合った二人の間に、風が吹き抜ける。


「ルールは簡単じゃ。どちらかが相手との戦闘を継続できなくしたら勝ちじゃ。すぐ泣きべそをかくんじゃないぞ」


 エリザベスは剣を引き抜いた。


「ああ……やってやる」


「いい心構えだ」


 一瞬の沈黙。


「――始め!」


 エリザベスは地を蹴った。


(おっさん……とろそうだから、まずは火だ)


 左手に小さな火の球を生成する。同時に剣を振る。右、左、上。牽制の斬撃。その勢いのまま、至近距離から火の球を投げつけた。


 だが――


「甘い」


 ウィリアムは身体をひねり、軽々とかわす。


(まだ魔法を使ってない……!?)


 エリザベスは歯を食いしばり、さらに距離を詰める。


「至近距離でくらえ!」


「基礎魔法:火――火炎放射(ファイアースロー)!」


 白熱した火炎が炸裂する。ウィリアムは右腕で受け止めた。


 次の瞬間、その腕の皮膚がぐつぐつと音を立てて沸騰する。


「……小娘」


 ウィリアムは平然と告げた。


「お前の持つ魔法のネタは、そこまでか?」


「まだだ!」


 エリザベスは叫び、火炎弾(フレイムガン)を放つ。さらに左手に火の球を二つ生成し、合成――直撃を狙う。


 しかし。


 ウィリアムの両手両足から水が噴き出した。地面を叩き、空へと跳躍する。


 火炎弾は虚空を裂いた。


「もっと属性も制限すべきだったなあ...」


 空中でウィリアムは杖を抜く。


「基礎魔法:水――大雨粒(ビックレイン)」


 杖先から放たれた複数の水塊が、雨粒のように降り注ぐ。

 エリザベスの目の前で次々と炸裂し、火の球は急速に小さくなっていく。


「まだ……まだだ!」


 剣に火を灯し、振り抜く。エリザベスが縦に振ると、

 火の剣波が一直線に飛んだ。


「基礎魔法:水・木――堡礁の壁(バリアリーフ)」


 空中に水が集まり、珊瑚礁が生成される。火の剣波は珊瑚の壁に阻まれ、霧散した。

 さらに珊瑚は石灰化し、堅牢な防壁へと変わる。


「基礎魔法:水――氷結柱(フローズンピラー)」


 地面に降り注いだ水が、音もなく凍り始めた。

 エリザベスの足の甲、足首、膝へと、冷気が這い上がる。


 ウィリアムは空中で目を細め、杖を掲げ――

 そして、止めた。


 水の噴射をやめ、静かに地面へ降り立つ。

 杖を再びスティック状に戻し、ローブへ収める。


「……お前が負けた原因を知りたいか?」


 エリザベスは動けないまま、視線を上げる。


「決して弱いからではない」


 ウィリアムは淡々と続けた。


「魔法のバリエーションが少ないからだ。私に勝ちたいなら、理論を覚えろ。正しい知識を身につけろ。そして、魔法に関する引き出しを増やせ」


「分かったら――お前の火属性魔法で、膝を溶かせ」


 そう言い残し、ウィリアムは背を向けた。


「今日はしまいだ。帰る」


 庭には、溶け始めた氷の音だけが残る。


 エリザベスは、ただ呆然と立ち尽くしていた。


⸻


 エリザベスは自室で、さきほどの戦闘で濡れてしまった服を着替えていた。

 上着を脱ぎ、急いで乾いた布を羽織る。


「失礼します。エリザベス様。お話があるので玄関まで――」


「ちょっと待って!」


 扉の向こうの声を遮るように、エリザベスは大きな声を出した。


「まず開けたら殺すから! 今着替え中なの。あとで行くって伝えて。5分、5分ね!」


「しっ……失礼しました。」


 足音が遠ざかる。


(ほんとタイミング悪すぎ)


 身支度を最低限整え、エリザベスは玄関へ向かった。


 そこに立っていたのは、あの時の髭の男だった。


「あっ……あの時の」


「お嬢ちゃん。久しぶり」


「……何のようですか」


 距離を保ったまま問うと、男――トマスは一歩近づいてきた。


 エリザベスは無意識に身構える。


 視線が首元へ落ちた瞬間、彼女は気づく。


(……目、そこ?)


「ちょっと貸しな」


 そう言いながら、トマスはエリザベスの胸元に手を伸ばし――

 ボタンを一つ一つ、淡々と直した。


(……変なこと考えてそう。落とそうとか、盗ろうとか。目……胸見てたでしょ)


「そのペンダント、綺麗だね」


「あ……ありがとうございます」


 エリザベスは一歩引いた。


(やっぱ怪しい)


 トマスは何事もなかったかのように、穏やかな声で続ける。


「ペンダントも服も、せっかく綺麗なんだ。そんな格好で――」


 少し間を置いて、


「僕とお茶でも飲まないか? 君のことを、もっと知りたいんだ」


(うわ、やっぱり……ナンパかよ。キモッ)


 反射的にそう思う。

 だが、周囲を見渡せば広い玄関ホール。召使いたちもいる。


(ナンパにしては、堂々としすぎだし...近くのメイドも誰も突っ込まないし、この人絶対関係ある人は間違いない...女好きの男は屋敷にいる前に出禁にするし、信頼されてるし顔も知られている人だ)


 しかも、この男――どこか自信がある。

 宮殿にいた役人。立場も、身なりも、嘘はなさそう。


(……まあ宮殿にいた役人だから変なことはしないだろうし、もし変なことしたら二度と会わなければいいか)


 エリザベスは短く息を吐いた。


「……分かりました。行きましょう」


「よし、来た」


 トマスは満足そうにうなずくと、馬車へと案内する。


 差し出された手を一瞬だけ警戒しながら、エリザベスはそれに応じた。


 屋敷へ向かう馬車が動き出す。


(まあいい人だって見込んだだから後悔させないでね)


 エリザベスの視線は、最後まで鋭かった。






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