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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章

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第五話 母と月が微笑んでいる

第五話 母と月は微笑んでいる


 明くる日、宮廷は朝から異様なざわめきに包まれていた。


「アシュリー! お母様が朝から暴れている!! 様子を見に行ってちょうだい!」


 廊下の向こうから、慌ただしい声が飛ぶ。

 アシュリーは髪を結う暇もなく、乱れたまま駆け出した。硬い床を叩く足音が、嫌な予感を連れて響く。


 目的の部屋に近づくにつれ、怒号がはっきりと耳に刺さった。


「――離婚!? どういうことよ!!

 クソ野郎が……何を考えているの!!」


 扉越しでも分かるほど、声は荒れ狂っていた。


 アシュリーは一度、深く息を吸い、恐る恐る扉を押し開けた。


 そこには、荒らし尽くされた光景が広がっていた。

 飾られていた壺や皿は無残に割れ、カーペットの上に散乱している。棚は倒れ、燭台は横たわり、書類は踏み荒らされたまま床に舞っていた。


 そして――

 鬼の形相で立つメアリーの母と、その足元で膝をつくアンの姿があった。


「おい、聞いてんのかよ、腐れ虫!」


 メアリーの母はアンの前髪を、まるで雑草を引き抜くかのように大気中で掴む動作をした後に、乱暴に掴む手真似をした右手を上げると、


「役立たずな上に、私の足まで切り落とすつもり?

 どんなアバズレだよ! こっち向け!!」


 痛みに顔を歪めながらも、アンの声は不思議なほど冷静だった。


「……この件は、私ではなく、国王様がお決めになったことですから」


「は?」


 今度は掴む手をレバーを上げるように腕を振ると、アンの顔を無理やり上げた。


「何を吹き込んだのか知らないけど、この国が何を信じているか分かってて言ってるのよね?」


 母は吐き捨てるように言う。


「離婚は絶対にしない。考えなくても当然よ。

 私は反対だし、教義――つまり世の中の総意が、離婚を許さないわ」


 そう言うと、空気を掴んだままの手を右へ放り投げた。右に放り投げられ、床に倒れたアンのもとへ歩み寄り、低く囁く。


「……あなたの最後は、どんな罪を背負うのかしらね。

 淫魔が……地獄に落ちなさい」


 そのとき、扉の外から控えめな声が響いた。


「すみません……まもなく馬車が……」


 メアリーの母は舌打ちし、踵を返して部屋を出て行った。


 

 静寂が戻ると同時に、アシュリーは駆け寄り、倒れ込むアンの体を抱き起こした。


「何があったの……? 普段の喧嘩とは、明らかに違うじゃない……」


 アンは震える指先を押さえながら、ゆっくりと息を整える。


「……仕事があるの。アシュリー、戻りましょう」


「だめよ」


 アシュリーはきっぱりと言い、立ち上がろうとするアンを制した。


「今日は休みなさい。これは――先輩からの命令」


 二人は寄り添うようにして、侍女たちの住まう部屋へと歩き出した。



 その途中、廊下の曲がり角でメアリーと鉢合わせた。


 彼女はすべてを知っている顔をしていた。


「あんた……本当に最低」


 冷たい声が突き刺さる。


「お母様にやられて当然よ。

 客観的に見て、誰に向かって離婚なんて叩きつけてるの?」


 一瞬の間もなく、言葉は刃となる。


「ああ、クソ虫以下ね。

 首切られて死ねばいいのに」


 それだけ言い残し、メアリーは去っていった。


 アシュリーは何も言えなかった。

 母娘の言葉、その重さから――

 アンが背負ってしまった“過ち”の大きさを、ぼんやりと理解してしまったから。



国王ヘンリーが求めたものは、ただ一つであった。

 メアリーの母と離婚し、アンと結婚すること。


 しかしそれを成し遂げるためには、越えねばならぬ二つの壁があった。


 ひとつは、人の世の裁き。

 もうひとつは、神の名を借りた教えの裁きである。


最初に立ちはだかったのは、メアリーの母との裁判だった。


 証言台に立った彼女は、何度も、何度も、離婚に反対した。

 その声は裁判官に向けられているようでありながら、実際にはヘンリーに突きつけられていた。


「私は断じて離婚に反対よ!許されることではないわ」


 問いかけるように、責めるように。

 だがヘンリーは一貫して、同じ言葉を繰り返した。


「離婚する」


 理由を語ることもなく、感情を交えることもなく、ただそれだけを。


 裁判は長期に及んだ。

 記録に残る表の議論とは別に、風の噂が宮廷を巡った。


 ――国王は、最後の最後まで圧力をかけ続けていたのではないか。

 ――裁判官だけでなく、周囲の人々にまで。


 真偽は今も定かではない。

 だが結果だけは、動かなかった。


 やがて二者間での離婚は、成立した。



しかし、もう一つの壁は、より深く、より重かった。


 クエスト教ユニバックの教義において、私的事情による離婚は禁じられていた。

 王であろうと、その例外ではない。


 そこでヘンリーが選んだ道は、規律を曲げることではなく、規律そのものを切り離すことだった。


 彼は、メアリーの母との結婚自体を無効とする策を講じる。

 そのために起こされたのが、宗教改革である。


 新たな宗派――国教会。


 成立の場で、ヘンリーは次のように宣言した。


「朕、および後の国王を、

 国教会の地上における唯一最高の首長とする」


 この宣言はやがて「国王至上法」として制定され、

 事実上のユニバックからの離脱を意味していた。


 だが国教会は、あまりにも急ごしらえだった。

 教義の中身は、成立して間もないこともあり、実質的にはユニバック時代とほとんど変わらなかった。


 それでも、この選択はクエスト教ユニバック時の教皇パウルスの逆鱗に触れた。


 ヘンリーは、破門された。


二つの課題が、ようやく解決されたとき。


 ヘンリーは正式にメアリーの母と離婚し、

 彼女は宮廷を去ることとなった。


 娘であるメアリーは、母と連絡を取ることも許されず、

 二度と面会することもなかった。


 やがて――

 ヘンリーはアンを王妃として迎え入れ、二度目の結婚を果たす。



嵐のような日々が過ぎ去ったあと、

 ヘンリーとアンは、ようやく二人きりの時間を取り戻していた。


 二人は誓うでもなく、確かめ合うでもなく、

 ただ自然に、いつまでも愛し続けた。


 そして、ある日。

 アンの腹に、新しい命が宿っていることが告げられた。


 二人は王であり、王妃であったが、

 その瞬間だけは、ただの夫婦だった。


 願ったのは、男の子。

 国を継ぐ存在を――そう思わなかったわけではない。


 だが、産声とともに姿を現したのは、

 小さく、か弱く、しかし確かに生きている女の子だった。


 一瞬の沈黙。

 そして、ため息にも似た微かな落胆。


アンは産まれた我が子を抱きしめ、こう名付けた。


「……エリザベス」


アンはいつまでも我が子を抱きしめ、

 その温もりを、存在を、全身で確かめ続けていた。



産後の部屋には、祝福よりも重い沈黙が垂れ込めていた。

白いシーツの上で眠る赤子の小さな呼吸だけが、かろうじて生の証を刻んでいる。


「はあ?」


その静寂を踏み荒らすように、メアリーの声が響いた。


「穢れた淫魔が?

なんで――なんであんたの子を、私が見なきゃいけないのよ!?」


怒鳴り散らす声は、産後で心身ともに弱りきったアンの胸を容赦なく打った。

それでもアンは、崩れそうになる身体を支えるように、赤子を抱き寄せ、かすかに微笑んだ。


「エリザベス……」


震える声で、娘の名を呼ぶ。


「お姉さん、怖いですねー。

わんわんと騒ぐだけじゃ、ただの負け犬と変わらないですよ」


その言葉に、メアリーの表情が歪む。


「エリザベスはね、真の強い女の子になるの。

吠えるだけの犬にはならないわ」


「……はああ?」


メアリーは笑った。

乾ききった、壊れたような笑いだった。


「本当に狂ってる。

冗談で言ったつもりだったけど……本気で首を切って死ねばいいのに」


アンは何も言い返さず、そっと赤子を差し出した。

拒むこともできず、メアリーは生まれて間もないエリザベスを抱き取る。


その瞬間、彼女の胸に芽生えたのは、母性ではなかった。


(こいつが大きくなる前に――)


幼い命を見下ろしながら、メアリーは心の奥で呟く。


(私の手で、負け犬に仕立ててやる)

(今に見てろよ、淫魔。勝ち誇れるのも今のうちだぞ)


声に出すことはなかった。

だがその呪いは、確かに幼い魂へと注がれていた。


それからの日々、ヘンリーとアンは、なおも男の子を望み続けた。

王位を継ぐ“正当な後継者”を。


アンは何度も身ごもった。

しかしそのたびに、胎内の命は形になる前に消えていった。


重圧。

期待。

王妃としての義務。


それらが、彼女の身体を静かに、確実に蝕んでいった。


次第にヘンリーの眼差しは冷え、言葉は減り、やがて――完全に離れていった。

代わりに彼の傍らに現れたのは、若く、従順な娘、ジェーンだった。


アンは理解した。

愛は、条件付きのものだったのだと。



やがてヘンリーは決断する。

かつてメアリーの母にしたように、アンを排除する方法を。


それは剣でも毒でもなく、罪だった。


国王暗殺を企てた役人が捕らえられ、

その背後にアンの名が添えられた。


さらに、身近な男との不貞。

事実ではない関係が、事実として語られた。


アンは裁判所へ引きずり出され、証言台に立たされた。


「私は……無実です」


何度も、何度も繰り返した。

声が枯れても、涙が尽きても。


「国王様を憎んだことなど、一度もありません」


だが判決は、すでに決まっていた。


姦通罪。

国王暗殺未遂。


アンは敗訴し、レイトン塔へと送られた。



最後まで、彼女は求め続けた。


「エリザベスに……会わせてください」


その願いが叶うことはなかった。


ある日、看守が扉を開ける。

無言で腕を取られ、縄をかけられた。


「四つん這いになれ」


命令に従い、冷たい床に膝をつく。

背後で、剣が引き抜かれる音がした。


「最後に言いたいことはあるか」


アンは、顔を上げた。


「娘や……恩人に、伝えたいことは残しました」


一瞬、息を整え、静かに微笑む。


「最後に……本当の最後に……

愛する我が子、エリザベスに……会いたかった」


震える声で、名を呼ぶ。


「エリザベス……

お母さんは、いつまでも……あなたを愛してるわ……」


剣が高く掲げられ、

次の瞬間、勢いよく振り下ろされた。


アンが天へ旅立ったのは、

エリザベスが――一歳の時であった。



 清潔な白の寝巻きに着替えたエリザベスは、ベッドの上にちょこんと腰掛け、胸元のペンダントを指先でいじりながら待っていた。

 小さな金具がかすかに触れ合う音だけが、静かな部屋に落ちる。


 やがて扉が開き、代えの服に着替えたアシュリーが顔を出した。


「待たせたわね」


「早っ!」


 エリザベスが即座にそう返すと、アシュリーはふっと口元を緩めた。


「お嬢様を待たせるわけにはいかないわ。じゃあ、行こっか」


 そう言って差し出された手を、エリザベスは迷いなく握った。


 二人は長い廊下を歩いていく。

 高い天井、どこまでも続くような回廊。足音が規則正しく反響する中、突き当たりに見えてきたのは、月と太陽が描かれた大きなステンドグラスだった。


 そのとき、厚く垂れ込めていた雨雲が流れ、月光が差し込む。

 ステンドグラスは一気に命を吹き込まれたように輝き、青と白の光が床のカーペットやシャンデリアに反射して、きらきらと揺れた。


「……きれい……」


 思わずこぼれたエリザベスの声に、アシュリーは小さく頷く。


「そうね。これがお母様が……二人にとっての思い出の場所よ」


 しばらく黙って見上げたあと、エリザベスは胸元のペンダントに視線を落とした。


「ねえ、アシュリー。このペンダントは何?」


 アシュリーは一瞬だけ息を整え、静かに答えた。


「それはね、お母様が旅立つ前まで、ずっと体から離さずにつけていたものよ。彼女の宝物なの」


「……どうして、アシュリーがそれを知ってるの?」


「お母様が残した遺言にね。私からベスに、このペンダントを渡してほしいってお願いされたの」


 アシュリーはエリザベスの前にしゃがみ、視線を合わせると、そっとペンダントに触れた。


「ねえ、ベス。開けてみましょう」


 エリザベスはペンダントをくるくると回し、開け方を探す。

 すると左側に小さなボタンを見つけた。恐る恐る押すと、貝殻が開くように、静かに中が開いた。


 そこには、三日月の形をした白い月が描かれていた。

 月はまるで泣いているかのようにしくしくと佇み、背景の夜空は深い青に輝いている。その絵は月光を受け、きらきらと光を返していた。


 縁には細い文字が刻まれている。


 One must forge one’s own destiny.

(運命は己で切り開くものよ)


 エリザベスの目に、みるみる涙が溜まる。


「……お母様……ぐすっ……私に……これを……ずっと見せたかったんだ……」


 ぽろりと落ちた涙につられるように、アシュリーの目からも粒がこぼれた。

 彼女はエリザベスを強く、しかし優しく抱きしめる。


「ベス。お母様は、いつまでもあなたを愛しているわ。

 もう会うことはできないけど……私が、代わりにあなたを守り続ける。これからもずっと...」


「うわあああ……お母様ぁ……!」


 泣き声が高い天井に吸い込まれていく。

 吹き抜けのステンドグラスは、まるで二人だけを照らすスポットライトのように、静かに、そして確かに光り続けていた。



 舞踏会で起きた一連の事件以降、エリザベスとアシュリーは宮廷での公務を終え、彼女の身の安全を確保する目的で郊外の邸宅へと移った。

 石造りの宮廷とは違い、そこには広い空と緑があり、噂や悪意を向けてくる大人もいない。


 エリザベスは、久しぶりに肩の力を抜いて過ごせる場所だと感じていた。



「ベス。今日は剣の基礎について学びましょう」


 朝の庭で、アシュリーは木剣を手に立っていた。


「剣は右手を上に、左手を下。そう、勢いよく――上から振り落とす!」


「お、重いよ……アシュリー……」


 ふらつきながら剣を振るエリザベスに、アシュリーは一歩近づく。


「ベス。お母様と約束したでしょ。お母様の代わりに、強く生きるって」


「……ん。そうだよ!」


 エリザベスは歯を食いしばり、剣を持ち直した。


「もう一回、アシュリー!」


「次は横に振ってごらん。ほいっ!」


 見様見真似で振るが、剣の重さに体ごと引っ張られる。


「まだまだね。明日までの宿題。私みたいに振れるように練習しなさい」


「頑張りまあす」


「……やる気あんのかしら、ベス?」


「はいっ!やる気あります!」


「よろしいっ!」


 その声に背中を押されるように、エリザベスは何度も剣を振り続けた。



 郊外の邸宅に移ってからも、ロバートは父親と共によく遊びに来ていた。


「今日教える基礎魔法は火属性の核を作る魔法よ」


 アシュリーは二人を前に言った。


「これで、ベスもロバート君も火の球を操れるようになるわ」


「分かりました!やってみます!」


「じゃあ、ロバート君からどうぞ」


 ロバートは空気中で手を擦るように動かし――


 ボォッ!


「よし!火が出た!そっから指に持っていって……っと」


 次の瞬間、人差し指から火の玉が落ちた。


「うわっ! あっつ!!!」


 慌てて足で砂を蹴り上げ、火を消す。


「ふう……」


「じゃあ、次はベスの番よ」


 エリザベスは一瞬で火を灯した。

 そのまま右の人差し指から右肩、左肩へと火の玉を滑らせ、左手のひらに浮かせる。さらに足元へ落とすと、まるで遊ぶようにリフティングを始めた。


「おい……ベス! 絶対予習してただろ!」


「ずるいぞアシュリーさん!」


「ふふふん、知らなあい。私、天才だもーん」


 胸を張るエリザベスを見て、アシュリーはくすくすと笑った。



 豊かな自然と、何不自由のない環境。

 この郊外の邸宅は、エリザベスがのびのびと育つのに、これ以上ない場所だった。


 彼女はここで、アシュリーから剣術と、得意分野である火属性の基礎魔法を学び、その凛とした戦う姿勢に強く影響を受けていく。


 そしてエリザベスとロバートは、互いに実力を高め合う良き友であり、良き好敵手として並び立つ存在になっていった。


 ――やがて、月日は静かに流れていく。



宮廷の長い、長い廊下。

 高い天井から吊るされた燭台が静かに揺れ、磨き抜かれた床石には窓から差し込む光が細長く伸びていた。


 二人の女がその中央を進んでいる。

 一人は白と黒を基調としたロングスカートに身を包んだ侍女。歩幅を揃えながらも、半歩後ろを守るように付き従っている。

 もう一人は、その侍女よりも明らかに背が高く、目線は前を見据え、姿勢に一切の迷いがなかった。窓から差し込む光を正面から受け止めるように、堂々と廊下の中央を歩いている。


 その行く先――

 壁に寄りかかり、待ち侘びるように腕を組んでいた女がいた。


 メアリーだった。


 彼女は二人の姿を見つけると、獲物を見据える獣のように、じっと視線を追い続ける。


「……一年ぶりかしらね。忌々しい子」


 メアリーは壁から身体を離し、ねじ曲がった笑みを浮かべた。


「相変わらず、頬にクソをつけたみたいな情けない顔。地面にこびりついた汚物でも食べてきたの?

 負け犬も、そこまで成り下がると哀れだわねえ」


 隣を歩いていた侍女が、思わず歯を食いしばる。今にも言い返しそうな気配だった。


 その瞬間――

 先導する女の左手が、静かに、しかし明確に下へと落ちた。


 待て。


 その仕草だけで、侍女は息を整え、一歩下がる。


 女は、ゆっくりとメアリーの前へ進み出た。


「お久しぶりですね、お姉さま」


 声音は柔らかく、どこか楽しげですらあった。


「私、ここへ来るまで考えていたんです。

 馬車からここまで歩く間に、お姉さまの年齢を数えていたんですよ」


 女は、わざとらしく指を折る。


「一歩……二歩……三歩。

 あれ? 五歩だったかしら。ふふ、忘れちゃいました!」


 一瞬、空気が凍る。


 メアリーのこめかみがぴくりと跳ねた。


「ああ……そうね」


 彼女は低く、ねっとりとした声で言った。


「言葉遣いも中身も終わってるあなたを、いったいいつになったら貰ってくれる人が現れるのかしらね?」


 一語一語、噛みしめるように。


「……お・ば・さ・ん」


 次の瞬間。


「てめえ――!」


 メアリーの顔が歪み、怒声が廊下に響く。


「ガキのくせに調子乗んなよ!!

 お前らを末代まで真紅に呪ってやる!!

 二度とその口開けないようにしてやるわ!!」


 その叫びを遮るように、足音が近づいた。


「――失礼いたします」


 二人に気づいた召使いが、深く一礼する。


「メアリー様、エリザベス様がお越しです。

 ただいま、扉を開けさせていただきます」


 付き添い人が手を触れることなく、扉が静かに開かれる。


 その向こうには――

 高い天井、巨大なシャンデリア、磨き上げられた大理石の柱。

 光を反射する床、色とりどりの衣装に身を包んだ人々。

 変わらぬ、しかし確かに時を刻んだ大広間が広がっていた。


 その瞬間。


 二人の女は、まるで示し合わせたかのように表情を変えた。

 張りつめていた空気は消え、口角がゆっくりと上がっていく。


 そして――

 広間に集うすべての視線を正面から受け止め、声を揃えて告げる。


「皆様。おはようございます」


 姉妹は並び、悠然と、そして堂々と前へ進んでいった。


 新たな運命の幕が、静かに上がる音がした。


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