第九話 DRAKE
第九話 DRAKE
ここは遥か彼方の大海原。見渡す限り、光を弾く青が広がっている。空と海の境界は溶け合い、水平線は白く霞んでいた。その海上に、巨大な船団が壁のように並んでいる。高く張られた帆は風を受けて膨らみ、何隻もの巨船が横並びになって進路を塞ぐ。木と鉄で組まれた船体は太陽を受けて輝き、海の上に浮かぶ城のようだった。
その対面。広い海の真ん中に、ぽつりと四隻の船が並んでいる。巨船に比べればあまりに小さい。遠くから見れば黒い点にしか見えない。太陽は巨大船の背後から照りつけていた。光を浴びる巨船の影の中で、小さな四隻はただ黒い影のように浮かんでいる。静かな睨み合い。
そのうちの一隻の船内。狭い船室の中央に、一人の男が座っている。男は黒い厚手のダウンコートを羽織っている。だが胸元は大きく開けられており、そこから金のネックレスが光を反射していた。海上の光を受け、ゆらゆらと揺れている。壁には二枚の絵が掛かっている。背後の壁には、流れの穏やかな川の風景画。そして左の壁には、浅瀬を優雅に泳ぐ魚たちの絵。
静かな水の景色に囲まれたその部屋には、黄金の燭台が置かれていた。塔のように長い蝋燭。黄金の梟の置物。金の杯。その隣の机には、一枚の紙。にはただこう書かれていた。
7969 Santa
黒い坊主頭。濃い眉毛と髭を持つ男は、その紙を見つめたまま俯いていた。その時に船室の扉の外から声が響いた。
「おい!ドレイク!何を浸ってるんだ、また女か?」
ドレイクは顔も上げずに吐き捨てる。
「HYFR!(Hell Ya F**king Right)邪魔すんなっ!」
彼の名前はドレイク。Pu**y & Millions を手にした男。ドレイクは苛立った声で続けた。
「ホーキンス!さっさと船を殺ろうぜっ!早く陸のBeckyに会いてえんだよっ!今は何日だよっ!クソ!」
「November 18thだ!!分かったらとっとと外に来いっ!女垂らしが!」
ホーキンスの足音が遠ざかる。床の木材がきしみ、キーキーと音を立てて揺れると静寂が戻る。ドレイクはゆっくり横耳に人差し指を当てて小さく呟く。
「やあCece…今はMiddle of the Oceanにいる…」
天井を見上げて上目遣いになる、ドレイクは彼女に何を伝えるべきか考えている。
「帰るまでには時間がかかりそうだ…ああ直接君の顔を見てCalling My Nameしてほしいよ。Now & Forever…」
ドレイクはしばらく天井を眺めて、小さく呟く。
「リモートコンタクトをしてみたが…」
彼は立ち上がり、船室の隅へと歩くと、鉄の檻が置かれていた。胸の高さほどの檻。中には一羽の茶色に白斑点模様の梟が静かに目を閉じている。ドレイクは小さな窓を開け、金属の軋む音を響かせた。梟と対面する。
キイィ…
梟はゆっくりと目を開いた。
「OVO…元気か…」
ホォ...
ドレイクは梟の羽を軽く撫でると、梟がドレイクを見てわずかに首を回転させた。
「今日の夜はお前に活躍してもらうぞ」
梟は静かに瞬きをし、ドレイクは窓を閉める。
カチン...
金属が噛み合う音。そして振り返り、ホーキンスが向かった方向へと歩き出した。そっちは船の外に出る扉である。ホーキンスは外で待っているようだ。
⸻
執務室の机の上には書面が整然と並んでいた。羊皮紙の束。赤い紐でまとめられた巻物。インク壺の横には既に使い込まれた羽ペンが置かれている。セシルが一枚の書面をエリザベスの前に滑らせた。
「では。ここにサインを」
エリザベスは言われた通り、右下の細い線へ羽ペンを走らせた。インクが乾く前に紙をずらすと、次の書面が差し出される。
「続いて、こちらは来年度の予算案になります。念のためお読みになって下さい。問題なければサインを」
エリザベスは書面を一瞬だけ見たが、視線はほとんど文字を追っていない。読む気は最初からなかった。羽ペンを取り、迷いなく署名を書く。いちいち内容を確認していたら、女王の仕事は一日では終わらない。宮殿には確認する者が山ほどいる。最終署名はただの形式だ。
「本日は以上です。サインお疲れ様でした」
「はあ…終わった」
エリザベスは背もたれに体を預け、椅子がギシリと鳴る。腕を天井へ伸ばし、大きく伸びをして、そのまま腕をだらりと落とす。セシルが少し間を置いて口を開いた。
「あと…私が話をしたのも、何ですが…」
「どうしたの?」
エリザベスは首だけ向ける。
「前に陛下がサインした中に海賊船への援助金について覚えてますでしょうか??」
「ああっ!覚えてるよ!」
エリザベスは急に身を起こした。
「サインたくさんあるから全然っ覚えてない中で海賊船の話だけは覚えてるっ!中々ぶっ飛んでんもんね」
「はい。大変気になるのですけどもどうして海賊に支援するってお決まりになられたのでしょうか?…私は前、国防面での情報共有でいったつもりですが…まさか陛下があんな乗り気になるとは…」
エリザベスは両肘を机についた。指を組み、顎の下で支えるとあっさり回答してしまった。そんな長々と語るような論理的な理由ではないようだ。
「そんなの単純よ。不細工フェリペが大っ嫌いだから...でも…わざわざ兵士を派遣するまででもないし…そうなったら戦争よ。情熱の国とやりあう程お金もないしね…」
指をほどき、両手をひらひらさせる。
「勝手に不細工の兵士にかまかけてる海賊達をサポートしてるだけよ」
そして両手で顔を覆った。そのまま頬をぐっと押し付け下へ引きずる。本当にやつのことが嫌いそうである。
「ああ〜早くクソ野郎は離れてくれないかなあああ」
「お気持ちは理解しました。別の考え方ですが、フェリペ様とご結婚…」
「無理っ!!」
机を叩く音が響く。
「あいつと結婚って私の前で二度と言わないで!口からキラキラ出そうっ…うえっ」
エリザベスは本気で吐きそうな顔をした。生理的に無理なのが感覚で染み付いていて、反射的に拒否反応を示す。
「不快にさせて申し訳ございません。以後気をつけます」
セシルは一歩下がって静かに言った。
「ホーキンスもドレイクもきちんと活躍してくれるとよいですね…お時間頂きありがとうございました。失礼します」
ガチャ…
扉が閉まると再び静寂に戻った。エリザベスはやつの単語を聞いただけで一気に気力を持ってかれたようだ。
「はあ…」
エリザベスは椅子のまま体を横へ傾け、窓の方を見た。夕日が沈みかけ。オレンジの光が執務室の床を長く染めていた。今日は珍しく、仕事が日没前に終わった。
「よし…帰ろう…いやここが家か、へへへっ…」
コンコン...
「はあっ?…タイミング最悪…誰っ?」
「アシュリーよ。話があって...大したことじゃないけど」
「大したことじゃないなら明日にしてくださいっ!公務中に聞きます!」
エリザベスは椅子から立ち上がりかけた。すると扉の向こうから慌てた声が返る。
「違う違う!公務じゃないわよ。楽しい話よ」
エリザベスは動きを止めて少し考える。そしてゆっくり椅子へ座り直した。顔立ちが急に華やかになるのが分かりやすい。
「じゃあ聞こうかな♪」
ガチャ…
「よいしょ〜」
顔を出したアシュリーは、いつもよりさらに機嫌がよかった。頬が緩み、目が細くなっている。エリザベスにノリを持ち込んでくる。
「私も仕事が終わったの〜。行っちゃいますか夜!」
「賛成っ!!」
勢いよく椅子を蹴るように立ち上がってそのまま扉へ走る。アシュリーが腕をアーチの形に上げる。エリザベスは笑いながら、その下をくぐり抜けた。急げ急げエリザベスとアシュリーの楽しみ時間はまだ始まったばかりである。
⸻
ガヤガヤ...
二人の侍女が華やかな灯りが照らす繁華街のストリートを歩いている。明日は休日なのか人混みが盛んで、前を向いて歩いても人人人。人ばかりである。まだ完全に暗くなっていない桃の空の頃、二人の侍女に話しかける、若い男達、先を見れば片っ端から女性に話しかける。綺麗な黒服を見れば、宮殿からやって来たことは一目瞭然であり、それが若い男達にバレてしまう。
「ちょっ...そこのお姉さん...あの〜お綺麗ですねえ」
後ろの若い侍女が割って断ろうとする。
「いや...私た」
「あ?君...お姉さんの友達?...なんだ友達いるのか...ちょうどいいお姉さん...友達ちゃん入れて飲まない?お姉さん可愛いし...ちょうど俺達に開けてくれるでしょ?」
「ですから...聞いてます?...私た」
すると先導していた女が若い男達に言ってやった。
「な〜に??呼んだ?...あ〜ごめ〜ん♡ 私3秒見てイケメンか判断するけど、左にシュイン!めんごめん〜ご♪」
「いや俺達しかいないって。俺達じゃなきゃ後悔するよ」
先導する女が、そう言う男の鼻を人差し指でプッシュした。
「...あはははっ!! 可愛い〜♡ 生意気なとこうちの息子そっくり!息子いないけど。なんちて♡」
「...もういい...どっかいけよ」
男達が顔を真っ赤にして、人混みからはけていった。彼女がよくわからない方法で何故か男達の遊びの誘いを撃退してしまった。
「アシュリー…何これ...ていうかアシュリー何歳だよ
「こんなの適当に言っときゃいいのよ〜女は何歳になってもこんなノリでパパッとやっちゃえばOK!」
後ろの女は完全に怪訝な顔。
「その振る舞いで昔何かやってるでしょ…」
「そうね…全盛期はとりあえず笑っとけば、犯罪は全部許してもらえたわ!コツは男にだけやるのよ」
「...うわあ。今まで何人もの男がアシュリーに苦しめられたんだろうな...」
二人は人混みの間をすらすらと抜けていくと、やがて一軒の店の前で足を止めた。黄色く塗られた壁。緑色の扉。扉の上には、目鼻口のついた太陽の紋章。
「ここっここ!後輩から聞いたのよ!さあベス行きましょ!」
女が扉を押し開けると、部屋に入っていった。
チリンチリン…
鈴が鳴った。店の中も賑わいを見せ、周囲が焼ける音に、湯気立つニンニクの香り、もわっとやって来る煙、そして視界にはやかましい男の叫び声に、ウエイターが食器を鳴らす音。
「いらっしゃい!…あれ何か事件ですか?」
店員は二人の姿を見て少し戸惑う。服が妙に綺麗すぎた二人の侍女。宮殿の従事者が繁華街を出回るなんてそんな珍しいことはないからだ。
「ああ!屋敷のメイドやってます!まあ…抜け出しちゃって…許してクレメンス♡」
「いいですよ!お二人なら丁度空いてるので、どうぞこちらへ」
店員に案内され、二人は店の奥へ。脚立のような階段を上る。二階の白い壁の部屋には客がぎっしりいた。腹を抱えて笑う若い貴族の男女。静かに談笑するマダム四人。ワインを転がしながら語る老爺二人。どう見ても舌の肥えた大人の客ばかりだった。
「どうぞ!こちらです。一杯目は何にしましょう。ワインかビールがございますよ!」
「アシュリー…ビールって飲んだこ」
「ビールを二つ!よろぴくね」
「畏まりました。お品書きはテーブルにあるので決まり次第、申し付け下さい」
店員が去れば、二人の女は向かい合わせに座った。周囲には張り紙が貼られ、本日のおすすめの品であったり、最近仕入れた、珍しいワインボトルについてのニュースがツラツラと書かれている。
「ベス。ほら言ったでしょ。誰にも女王ってバレてないじゃない」
「確かに案外人って見てないのかもね」
「さあ…決めましょ。ここは何て言ったってクソ不細工の国の料理屋さんですから」
後ろの女が目を見開き、体が一気にダウンまで持ってかれる。
「はあ??うえっ...やばい…急に食欲失せた…」
「大丈夫よ。国王がゴミ屑、クソブス、死ねばいいのにNo.1でも国民は良い人達よ。店主さんも多分そっちの人。料理はとっても美味しわ。安心して」
二人の女はメニューを覗き込みながら、料理を指差していく。
「頼んでみようよ!...これも一緒にどうかな?」
夜の街の喧騒の中、二人の女は楽しそうに料理を選び続けていた。メニューの中には今日だけでは頼みきれない、通い続ける前提の料理数。そしてビール、ワインの種類の豊富さ。頼んでもいないのに再来店することは間違いないとはお互い思っている。
⸻
夜の繁華街は昼間とは別の顔を見せていた。石畳の上を行き交う人々の靴音、酒場から漏れる笑い声、遠くの楽師の弦の音。それらが混ざり合い、腹の奥で鳴る空腹の音など誰にも届かないほどの騒めきになっていた。
「お待たせしましたビールです。お料理はしばらくお待ちください」
店員が木の盆を傾けないよう慎重に置いた。琥珀色の液体の上にはきめ細かい泡が立っている。
「来た来た〜ビール♡」
アシュリーがグラスを両手で持ち上げた。椀を抱えるように逆手で包み込む。エリザベスも真似してカッコつければソムリエなフリをする。ビールなんて飲んだこともないくせに。
「本当はダメだけどね〜」
アシュリーが一呼吸置く。
「まあ…お仕事お疲れ様でした!陛下よりご挨拶を頂戴します」
わざとらしく頭を下げ、両手を差し出す。エリザベスは咳払いした。
「えほん。朕は朕だけに珍行動が目立ち、鎮火させるので精一杯なの分かってます。ですので朕より陳謝を贈呈します。朕陳謝!ちんちんないですけど」
「チア〜ズ!!」
チン…
グラスが軽く触れ、エリザベスはそのまま一気に傾けた。一気に口で液体を遮るまでもなく一気通貫でグラスから喉まで通していく。
「うっうっうっうっ…」
「これっ…気持ちいいねっ!これハマるなあっ!」
「でしょお??ビール好きなの♡宮殿にも出してくれないかなあ…」
二人が向かい合ってグラスを置いた頃、白い皿が静かにテーブルへ滑り込んだ。フォークとナイフもそれぞれの側に置かれる。
「お待たせしました。ハモンセラーノです!フォークとナイフを使いお召し上がり下さい!」
皿には薄く切られた赤い肉。脂が月の光を受けて透けるように光っていた。赤と白の断層が交互に重ねられ、カーテンのようにビラビラしていれる。
「どれどれ〜」
エリザベスがすぐにフォークを右、ナイフを左に持つ。ハモンを小さく切り取り、口へ運んだ。薄すぎて食感をあまり感じない。しかしハモンの塩っけを感じながら、口の中で溶けていく。
「うきょう!!!」
思わず声が漏れた。ナイフを置くとすぐにビールを持ち上げ、グラスを直角に傾ける。
「うっうっ…はあっ!…口に入れたわずかに豊かな気持ちが溢れてくる。ハモンとビールは相棒ですなあ…」
アシュリーも一枚つまむ。口に入れた瞬間、手で頬を押さえた。
「このサマーソルト感がいいのよね!中毒状態になるわ♡この陸で女王と食べれて良かったわ…」
彼女もビールを流し込み、もうグラスは空だった。これはお代わりを店員に持って来てもらうしかない。エリザベスも続けて口へ運ぶ。肉、ビール、肉、ビール。交互にやれば相互作用によって相乗効果が生まれる。これこそまさに酒池肉林であろう。エリザベスが店員を呼ぶ。
「すみません!」
店員が振り向けば、すぐに反応しキビキビ動いてくれる。
「はい!」
「ビールお代わりでっ!」
「畏まりました!すぐお持ちします!」
店員は手を挙げ、空のグラスを回収して奥へ消えた。
⸻
二杯目のビールが届き、再び泡が立つ頃。別の皿が運ばれてきた。
「お待たせしました。プランアヒージョですね。お熱いのでお気をつけて。あと…バケットです。食べ方はご存知で?」
小さな鉄鍋の中で油がぐつぐつと泡を立てている。ニンニク、海老、タコ、赤い唐辛子。香りが湯気と一緒に立ち上り、黄色いプールの中に海産物が浸かっている。アシュリーが言う。
「いえっ!教えてちょんまげ小僧っ!」
エリザベスが下を向き両腕を前下に差し出し即答した。中々の迷回答で店員が一瞬固まった。エリザベスがそれにツッコミを投入。
「その質問、聞きにくですっ!!」
「具材が食べ終わったら、オリーブにバケットをつけてお召し上がりください。失礼します」
店員は逃げるように下がった。鉄鍋の中では黄色いプールが小さく弾けている。パチパチ音を立てると周囲に粒が一人でに噴出する。
「アシュリーが先食べなよ!」
「そこは陛下じゃない??」
「んじゃ貰いますっ!!」
エリザベスはフォークを突き刺した。刺さったのは海老。湯気を吹きながら口へ入れる。
「美味しすぎるっ!!!」
「これは言うなればKSK!!クソ最高ですね!!何だろう…これは海老が完全にオリーブをウィッシュすることで、磯臭さがブレイカーズしてるわ!」
今度はアシュリーがフォークでタコを刺す。噛む。
「美味しいわね。ココリコリしてるわ。これは砲声を初めて聞いた時くらい衝撃の食感だわ。私がガキの使いだった頃には食べられない…ダウンタウンのお店にあって良かった…」
鉄鍋の油がパンと弾ける。ビールが減る。また減る。皿はまだ残っているのに、グラスはもう空だった。アシュリーが手を上げて、店員に気付いてもらう。
「すみません〜」
「はい!」
「ビール二人おかわりで♪」
「すぐお持ちします!」
店員がまた手を挙げ、急いでグラスを回収する。二人の笑い声と油の弾ける音が、夜の酒場の騒めきの中へ溶けていった。
⸻
エリザベスとアシュリーは、いつから何杯目を飲んでいるのかもう覚えていなかった。木のテーブルの上には空いたジョッキがいくつも並び、侍女の服にはこぼれた泡が染み込み、まだ湿っている。エリザベスの唇の周りには白い泡が輪のように残っていた。
それを見て、アシュリーがくすくす笑う。皿の上のハモンはとっくに消え、アヒージョの鉄鍋にはニンニクと唐辛子、そして光るオリーブ油だけが残っていた。二人はほぼ同時にバケットを手に取る。
さっと鉄鍋へ浸す。油を吸ったパンは黄緑色に染まり、持ち上げると、染み込んだオリーブ油がぽたり、ぽたりと落ちた。エリザベスはそのまま口へ放り込む。
爽やかなオリーブの香りが一瞬で体の中を駆け巡る。
彼女は歯形のついたままのバケットを、もう一度鉄鍋に突っ込んだ。顔を上げると、アシュリーも同じことをしていた。体を左右に揺らしながら、嬉しそうに笑っている。
「ねえアシュリー。最近家帰ってる?」
「そうね…帰れてはないよ。仕方ないわ公務優先だもの」
エリザベスは少しだけ表情を曇らせた。
「ジェニー元気にしてる?もう八歳でしょ...」
「ジェニーは元気にやってるわよ!義兄さんが面倒見てるし、色々手紙を貰うから、何してるかは知ってるよ!」
「今日はさ...家に帰りなよ。ジェニーが待ってるって」
アシュリーは柔らかく笑った。
「そうね♪義兄さんに連絡してみるわ!あの子もう...寝てるかもだけど...」
その時、上から影が落ちると店員だった。二人の前に、浅い陶器の器とスプーンが置かれる。
「こちらは食後のクレマカタラーナです。カタルーニャ地方の郷土料理になります。お召し上がりください」
クレマカタラーナ。それは満月のように丸く、表面は狐色に焼けた瘡蓋のような薄い膜で覆われていた。
派手な装飾の甘味とは違う。質素で、甘い香りを内側に閉じ込めている。エリザベスは甘味だと一瞬で理解した。
「いただきます♪」
スプーンを入れると表面がぱきっと割れる。まるで氷を張った池に小石を落としたように、膜が崩れた。エリザベスはそのまま口へ運ぶ。
「うまっ!!!」
彼女は思わず舌で唇についた黄味を舐めた。
「ああ…思わずペロリアンしちゃった。これは過去に戻っても一度も味わったことない衝撃だよ。口の中でバックトゥーザネイチャーしちゃう!うん...これはローカルだね!」
アシュリーも続く。スプーンをすくい、口に入れる。その瞬間、目をぱっちりと見開いて、両手で頬を押さえる。
「これヤバいね♪ヤ〜ミヤ〜ミヤ〜ミ♡
毎日大変なアドジャスティンな業務が吹き飛んで、頭がフィーバーしちゃうわ!!口の中で甘さがステイするわ」
エリザベスは吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「それワットドゥーユーミンすぎ!意味わかんないっ!」
二人は笑いながら、今度はゆっくりとスプーンを入れた。あまりにも美味しいので、なるべく長く味わおうとして、一度にすくう量がどんどん少なくなっていく。
「アシュリー。クソ野郎は毎日これ食べてんの?マジで殴り殺したくなったわ!羨ましいなあ…」
「じゃない??不細工はベスの嫌いな豆地獄でも味わっときゃいいのに。ミスタービーンって名付けてやるわ!」
「じゃあ勅命で幽閉しちゃうか!豆地獄に処すっ!」
「賛成♡賛成♡人参みたいな顎を削り取ってやりましょう♡♡」
ランタンの灯る酒場。太陽の紋章の扉の下で食べる不細工の国料理は絶品ばかりで羨ましく思うのだった。それと同時に偽物と本物の侍女は、満面の笑みで文化の首長を好き放題にいじり倒していた。




