↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第二章 治世と宗教篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/38

第七話 Misthrill

第七話 Misthrill


コンココンコンココンコンコン...


「はーい。どちら様?」


執務室の奥、書類の山の向こうでエリザベスが声だけ返した。彼女の机には紙で塔が成り立っており、これだれを一日のうちに捌かないといけないのが彼女の仕事である。一人作業があるにも関わらず、それでもやって来るのがスケジュール確認である。


「アシュリーよ。今週のスケジュール確認っ!」


「押すなよ...絶対に押すなよっ!!」


ガチャ...


押すなよと言う言葉を無視して扉が勝手に開かれる。廊下の光が一瞬だけ室内に差し込み、すぐ閉じられた。エリザベスはデスクの向こうから顔を上げると現れたのは、見慣れた姿だった。エリザベスが足踏みをしながら掛け声を行う。


「ふざけんなよ♪」


ストン...


アシュリーが何故か合図に合わせて垂直方向に跳ねると何事もなかったように会話を続行した。突っ込むことも遮ることも一切しない。


「よいしょ〜!ベス。色々調整したいから付き合って」


「どうぞどうぞ〜」


アシュリーは扉を背で閉めると、そのまま軽い足取りでデスクへ歩いてきた。アシュリーが遠慮せずにすっとそのまま椅子を端から持っていき、デスクの目の前に置くとさっと着席。


⸻


二人はデスク越しに向かい合うと、アシュリーが小皿を置いた。そこには小さな山のナッツが盛られている。エリザベスはナッツに気を取られているが、その後にアシュリーは三枚の紙を彼女に差し出した。そしてエリザベスにそれを目を通すように言うのである。


「はいこれ。1枚目はベスが参加必須になるであろう案件と、2枚目はあなたの状況次第、推奨くらいの案件、3枚目は顔を出す必要はないから、情報だけ共有しとくね〜」


エリザベスは一枚目を手に取った。紙を少し持ち上げ、上から順に目を走らせるが、ナッツをひょいと口に入れる。数秒すればまたナッツ。時間を置かずともまたナッツ。駄菓子に完全夢中になっているが、数行読んだところで視線が止まった。


「王立魔法大学に行く話もう調整済んだんだ?イアン君と話つけたんだね。」


「あの子どの日でもいいって言ってたわ!私からすると本当楽で感謝してるの。紙に投げキッスしちゃった!」


「何してんのおばさん…えっ!スケジュールかなり取るじゃん!二から三日ってイアン君と話するだけでこんなにいるっ?」


アシュリーは革のケースを取り出すと、中から巻物を一本抜く。絵巻をデスク上に広げると、王国の地図である。放射状に街は伸びており、レイトンを中央に置かれていた。アシュリーはその地図の南側を指で押さえてエリザベスに指し示す。


「王立魔法大学は街からすごく離れてて…ここから」


指が地図の北西へと滑っていくと指し示したのは郊外の街。オックスフォードと書かれており、思ったよりも発展しており絵で見る限りは緑が少ないように見受けられる。


「ここよ!見て大学広いでしょ?郊外だから馬車移動するのも大変。大学を視察するのも大変。イアン君の話だとあれこれ施設を回らないとベスの欲しい回答は得られないそうよ…」


「大学が街みたいなものか…これは時間いるね…」


エリザベスは地図を覗き込んでオックスフォードを確認すると、ナッツを一つつまみ口へ放り込んだ。追加で二口目も忘れない。アシュリーは話を続けた。


「あともう一つあって。これは私からなんだけど」


「うん?」


「絶対に女王だって大学内ではバレないようにしないとダメよ。だって女王が来るってなったら来賓挨拶を学長から求められるわ。イアン君と密会どころじゃないわ」


「密会ってまあそうだけど言い方…確かに一理あるけど、変装ってどうすればいいのよ??」


アシュリーは地図を指していた人差し指を持ち上げたて、そのまま自分の胸元へ持っていく。自分の胸元をツンツンと叩いた。エリザベスはそれを見て一瞬固まる。そして言いたいことを何となく理解した。


「まっ…マジすか?心配だなあ…」


「大丈夫よ。この格好すれば誰もあなたのこと使用人としか見ないわ。人って思ったより顔なんて見てないのよ」


「もっと顔を隠すとかそういうのじゃないの?」


アシュリーが声を上げて笑った。


「あはははは!」


「あはははは!顔を隠したら余計怪しいじゃない!変装は隠すのではなくて風景に溶け込むことよ!バレないじゃなくて、バレても追わせないことよっ!」


「さすが…元犯罪のプロは言うことが違うな…考えの根っこから悪党だ…」


エリザベスは椅子をわずかに引いて、距離を取る。アシュリーの言うことは時々危ないことを言うし、よく言えば何でも正直に物申す正確なので、言葉に棘があるのだ。まあ彼女のそれも良いところであるのはエリザベス自身も昔からわかっている。


⸻


エリザベスは再び紙に目を落とし数行進んだところで、目が細くなる。お見合いって文字が彼女にとっては非常に気になるようだ。そろそろ結婚について考えなければならない。


「アシュリー…まじ?お見合いのセッティングって」


「そうよ。ベスも二十五だし、世継ぎのために旦那さんを見つけなさいよ〜」


「いや〜分かるんだけどさ。私も結婚するべきなのは。でも何でよりによってクソフェリペなのよ。あいつ嫌いなのよ。顔も見たくないから...不細工だし」


アシュリーは少し笑った。代わりの母であるアシュリーもあのフェリペとは一緒になることを想像したくもなかろう。フェリペという言葉を聞くだけで吐き気を催す。


「まあ…個人的にあのしゃくれ顎とはベスが一緒になるのを想像するとキモいし…仮に惹かれあっても親代わりは私だからやめて欲しいとは言うよ…あなたの言う通りしゃくれは信用できないし」


「あの…惹いてる前提でするのやめてもらっていいすか。正直引いてるので…」


エリザベスは椅子の背もたれに体を預けた。奴の名前を聞くだけでも雑音である。猫も嫌がる嫌な音なのだ。


「ベス。求婚が来ちゃったのは断れないから!いくしかないわよ。思いっきりNO!って突きつけてやりなさい!」


「だよねえ…分かった。調整しといて〜」


「あらほらさっさ〜」


アシュリーはペンを取り、紙にさらさらと書き込むとすぐに立ち上がった。そしてバラバラに落ちた紙を拾い上げると机の上でトントンと用紙の整頓を行った。そして帰り際に一言。


「...また来るねベス!私がまた来るまでには机の上はちゃ〜んと片付けるんだよ♪」


「へ〜い」


エリザベスは適当に返事をし、再び口にナッツを放り込んだ。奴を忘れるために腹いせの駄菓子だが、それはただの言い訳で、口に何かを入れるための大義名分に過ぎない。


「ああ!ひょっとふぁって〜」


アシュリーが立って行こうとしたタイミングで、エリザベスが呼び止める。コリコリを音を立てながら飲み込むとアシュリーをアレに誘うようだ。


「ひさひぶびに〜やっひゃわない??」


「なあに?やっちゃうとは?」


エリザベスがファイディグポーズを取って右拳、左拳と前方の大気中に向かって繰り出した。アシュリーはそれを見て口角を上げてエリザベスに片目を閉じた。エリザベスも同様に片目を閉じて意思疎通を確認。


⸻


宮殿裏に広がる草原の庭。二人は十分な距離を空けて向かい合っていた。エリザベスは鉄剣を肩に担ぎ、アシュリーはステッキを静かに構える。風が草を揺らし、静寂だけが辺りを包んでいた。


「火炎放射!!(ファイアースロー)」


ボワッ!!


アシュリーがステッキをエリザベスへ向けると、二本の炎の線が一直線に伸びていった。エリザベスはそれを目視すると、疾風走で広大な草原の庭を駆けていった。炎は地面を舐めるように走り、草原が激しく燃え上がって黒く焦げていく。


「待ちなさいよっ!ベスったら〜!!」


ボワッ!ビュイーン!


「ここまでおいでや!アシュリーちゃん♪」


アシュリーは後ろ腰に火炎滑空(フレアグライド)を展開すると、エリザベスを真っ先に追いかけた。エリザベスは風を身に纏い、ひたすら逃げ続ける。アシュリーは距離を詰めながら、ステッキを再び空へ向けた。


「炎流星!!(メラテオ)」


空から炎を纏った岩が、エリザベスの走るルートへ数多く降り注いでいく。


ヒュー!ヒュー!ドンッ!ドドンッドンドン!!


「うえっ!!いつの間に新技っ??」


エリザベスは飛蝗の軌道を使い、ジグザグに進路を変えながら隕石を避けていく。しかし降り注ぐ赤い雨に囲まれ、見事に全身へ被弾した。


「うわああああああ!!!」


炎流星の衝撃波に吹き飛ばされ、草原の奥まで一瞬で飛ばされる。それでも空中で一回転すると、地面へスタッと音を立てて着地した。


「ああ…堡礁の壁(バリアリーフ)があったから…何とかだなあ…まともに食らったら普通に痛い…」


エリザベスは飛蝗の軌道で上空へと飛躍する。それに応じるように、アシュリーも炎を噴き上げながら舞い上がった。


「溶岩上昇!!(マグマライズ)」


ビュイーン!ゴゴゴゴゴッ!!!


「アシュリー私が教えた技を…完璧に使いこなしてるっ!!」


二人は空中で向かい合う。エリザベスは迷うことなく剣を引き抜いた。地面もない三次元空間で、剣とステッキが激しく交差する。


キン!ブワッ!シュッ!ブワッ!バーンッ!


エリザベスは飛蝗の軌道で距離を詰めては離れ、再び飛び込む。アシュリーは火炎滑空で自在に加速と減速を繰り返し、その動きへ正面から応じていく。お互いに攻守を切り替えながら、限界まで打ち合いを続ける。しかしエリザベスは、まだ明確な攻撃魔法を使っていなかった。


ビュイーン!!


ここでエリザベスは足へ波動を溜め込み、後方へ大きく下がった。何もない空間からV字の光る板を生成すると、それを掴み、アシュリーを標準に定めて投げ放つ。アシュリーは瞬間的に炎を制御し、落下速度を上げることで飛び道具を回避した。うまく避けたと思われた、その裏へ回った瞬間だった。


パリンッ!!


バッ…ボコボコボコボコバシャーッ!!


砕けた光の板の奥から、一直線に水が勢いよく放射される。アシュリーは反応しきれず、背後正面から全身へ水を浴び切った。エリザベスは意図して背中をつぶすことを狙い、あえて飛び道具へ水属性魔法を加えていたのだった。


「あ…あああ〜〜!!!」


ドンッ!スタッ!


エリザベスはそのまま無から光る剣を生成し、両刀をアシュリーへ見せつける。立ち上がろうとする隙へ一気に距離を詰めた。


「うっ...」


パチパチッ!!


エリザベスの腕と鉄剣は雷を帯び、周囲が青白く輝き始める。彼女の腕はそれに火花を散らすとまるで乾燥した時期に金属に触った時のチクッとする痛みを味わった。それを我慢してエリザベスは倒れるアシュリーの顔の前へ鉄剣を突きつけた。鼻先で火花が静かに弾ける。


シュッ…パチッ!パチパチパチパチッ!!


「勝負ありってとこね」


「降参降参〜私の負けです〜よ」


エリザベスは光る剣をその場へ落とし、鉄剣を鞘へとしまう。そしてアシュリーへ手を差し伸べ、一気に引き上げた。ようやく立ち上がったアシュリーを見届けると、エリザベスはそのまま宮殿の方向へ歩き出す。


「いい気分転換になったわ〜ありがとうアシュリー」


「久しぶりのバトルも気持ちいいね!こちらこそ…ベス」


⸻


「ベス色々ありがとね!調整出来次第連絡しま〜す。ば〜いのば〜いのファイトバイバイファイトバイキャンディーチューン!!」


「ば〜いのば〜いのファイトバイバイファイトバイキャンディーチューン…」


ガチャッ...


執務室の扉が閉まり音が鳴り響いた。いい運動になった彼女はエリザベスは椅子の背に体を預け、頬杖をついて彼女のことを思い出して笑ってしまった。


「歳いくつやねんー」


その時、廊下の壁越しに声が漏れてきた。重厚な壁なはずだが、壁さえも貫通する声。同様に足音も聞こえてくるので片方は急いでいるようだ。


「ロバート君!おっはー!忙しそうね?」


「すみません…今構う余裕もなくて…」


「いいのよ〜」


足音が近づいて靴が石床を叩く音が執務室の前で止まった。扉をノックする直前の合図である。


コンコココンコンコン。


「入っていいよ!ロバートでしょ?」


ガチャッ


扉が開いた瞬間、そこにいたのはロバート。彼が慌ててエリザベスに告げたのだ。見た感じだが緊急そうな雰囲気を出して来る。


「ベス。段取りできてなくてすまないが、今から時間を作れないか?」


「まあ…空いてるけど。何の話?」


「前昼飯食った時の鍛冶屋の話だ。今鍛冶屋の人達を待たせてるんだ。事情は移動しながら説明する」


「はあ??何やってるの!今から行くわよっ!」


エリザベスは椅子から立ち上がり、慌ててロバートの方へ歩く。二人は近くまで合流するとそのまま執務室を出ていき、早歩きですぐに客間へ向かった。


⸻


客間は広く、深い緑のカーテンが窓を覆い、中央には大きなソファが二つ向かい合っている。そこに鍛冶屋の親方と坊主がゆったりと腰を下ろしていた。扉が開けば、侍女が入室。ソファ前の低いテーブルに、茶色い葉のハーブティーを二つ。続いて、大皿に盛られた小さなパンを静かに並べた。侍女は盆を空にすると、腹の前に抱えて一礼した。そのまま音を立てず部屋を出ていくと、坊主は皿を見つめたまま、親方に尋ねた。


「前この見た目のパン?をロバート様から差し入れで貰ったんです。これ知ってますか?」


親方はゆっくりと頷けば、語り始めた。


「貰ったのか?そりゃ素晴らしいことだ」


「お前が白パンを知らなくて当然だ。何故なら白パンは宮廷でしか作れない。しかも全員が食べられるものではない」


親方は皿を指した。


「お前に出すと言うことは国から要人として認めてるということだ。つまり白パンは国からの勲章だ」


コンコン...


「ロバートです。見積もりの件で入室させて頂きます」


ガチャ


扉が開けばロバートが入り、その後ろからエリザベスが姿を見せた。対外的にに会話する場面の時だけ彼女は自ら女王である暗示をかけて威厳のある演出を行う。普段は威厳なぞ全くない。エリザベスは無言のまま、鍛冶屋の二人を見つめる。親方と坊主は同時に立ち上がり、頭を下げ、親方が口を開く。


「女王陛下!それにロバート様いつもお世話になっております」


ロバートが手を振った。


「いえいえそう畏まらず。陛下もお話が聞きたいそうなのでフランクに行きましょうよ」


エリザベスとロバートが対面のソファに座ると、鍛冶屋の二人も腰を下ろした。親方は足元に置いた使い古された大きな茶色の革鞄を開ける。中から何かを取り出したのは風呂敷に包まれた立方体の箱がロバートの前に置かれる。


「まず…毎度ながらですが…メロンをどうぞ」


「いつもいつもありがとうございます。ありがたく頂戴します」


ロバートは箱を横に置いて、親方は続いて巻物を差し出した。かなり大きめの模造紙と言ったところだろう。


「見積書をどうぞ。まだ我々の方も貴重な鉱石が手に入ってるのか分からないので、あくまでも予想になります。請求書はきちんと材料が提供でき次第お伝えします。この場でご確認ください」


「ありがとうございます。確認させていただきます」


ロバートが巻物を広げれば、エリザベスも横から覗き込む。巻物には細かい数字が並んでいたが、一番下の見積もり金額。そこを見ればエリザベスは焦った顔をしたが、対面にバレないよう小さく囁く。


「あんた…この金額分かってるの?…どうみても高いじゃない」


ロバートの肩が僅かに揺れている。


「ああ…もっ…もちろんさ。これくらい…だってわっ…分かってるよ…」


「はあ…」


エリザベスはロバートを見てため息をついた。


⸻


見積もりの話は続く。親方とロバートが中心に言葉を交わす。数字。材料。納期。それらを中心に交渉へと入っていくのだ。エリザベスはその辺りはよくわかっていないので、黙って聞いているだけである。その後時間が経てば、話題は見積もりから武器の話へ移っていく。頭出しはロバートが言った。


「実は…本日陛下がおいでになられたのは。御店の武器の製錬方法や新たな武器の調達に陛下も関心になられたのでお呼びしました」


エリザベスは親方を見れば、眉間に皺を寄せる。


「そうよ。鍛冶屋のお二人の技術についてロバートから色々聞いてるわ」


「話によれば金属を混ぜたり、材質を変えたりすることで基礎魔法を防げるって聞いたけど、あれは本当なの?」


親方は落ち着いた声で回答。


「ええ。陛下の御認識通りでございます」


「よろしければサンプルあるのでご覧になられますか?使える基礎魔法等ありましたらお申し付けください」


エリザベスは頷いて応答した。


「そうね…さっき話にあった金属性を防ぐやつ見せてほしいわ」


親方は古びた大きな鞄の中から小さなナイフを取り出した。金属の刃が日光に反射している。彼が取っての方を手に取ればそれをテーブルにエリザベスが取りやすいよう逆さまにして置いた。


「小さいナイフですが、ぜひご覧ください。金属性魔法を完全に防いだ武器になります...陛下は雷を手に纏ったまま金属はお持ちになられたことございますでしょうか?」


「あるわよ。ついさっきよ...鉄剣に雷纏わせたらチクッて...棘が刺さる感じの痛みが来るのよね」


「仰る通りです...普通の武器に用いる金属は鉄を使用しており雷が鉄を通り抜けるのです。その際に雷が鉄と反応してチクっとした痛みが起こります」


「こちらのナイフは金属ですが、鉄ではできていませんので雷は通り抜けできません。一度手に雷を纏って持ってみて頂けますでしょうか?」


エリザベスは右手を広げ、手の周りに青白い火花が散る。ゆっくりナイフへ近づける。あと少しで触れる。直前でさっと手を引いた。ロバートがエリザベスに聞く。


「痛み来ましたか?」


「えっ…どうなってんの?」


エリザベスはもう一度右手をナイフへ伸ばした。今度は躊躇せず掴んでナイフを持ち上げた。振っても火花は刃へ届かない。


「本当だわ。チクッて来ないし、雷がブレードまで来てない…凄いな…」


親方は満足そうに頷いた。


「感心して頂いて何よりです...我々が作成した武器の魅力に気づいて頂けましたらうちの方でいつでもご注文を承ります!!」


エリザベスはナイフをテーブルに戻し、刃が木の天板に触れ、小さく乾いた音がした。指先を離すと、椅子の背にもたれると肘をつき、顎に手を添える。


「陛下。いかがでしょうか?実際手に取って確かめられたことですし。調達してみませんか?」


ロバートは身を少し前に出しながら言う。声には期待が混じっていた。エリザベスはナイフを眺めたままゆっくり言った。


「うーん。鍛冶屋さんの武器の性能は十分理解したし、素晴らしいのだけど…」


親方が静かに姿勢を正し、膝の上で両手を揃え、落ち着いた声で答えた。


「悩まれてるのはお値段についてでしょうか?心配ご不要です。実は其方の兵士が採取した鉱石の中まではまだ確認しておりません。あと兵士の皆様が採取したものなので今回は特別に安価でお作りしますよ!希望のご値段等あればお申し付けください」


ロバートがすぐに身を乗り出す。


「安くしてくれるって言ってますよ!どうですか?やってみましょうよっ!」


エリザベスは答えず、ゆっくり窓の方へ視線を移した。外から差し込む光が床に細長く落ちている。しばらく考え、顎に添える。時間が少し経つと顎に添えていた手をふっと離し、顔を上げる。


「実は…噂の話で…この国の伝説なので詳しいことは分からないけど…ミスリル?って呼ばれる金属があって話によると、銀のように輝いて、凄く軽くて、非常に丈夫で剣が折れない金属らしいのだけど、何かご存知で?」


言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに止まる。ロバートがすぐに口を挟んだ。


「陛下。ミスリルだなんて…そんな冗談を信じておられるのですか?お二人が困ってますよ。やめましょう無茶な要求は」


親方はすぐには答えじ、エリザベスの顔をじっと見つめる。わずかに間を置いて口元を緩めた。彼の顔はパッと笑顔になった。


「ええ。ミスリル!ございますよ」


その瞬間に右手の坊主の持っていたカップがわずかに揺れた。ハーブティーの水面に波紋が広がる。坊主は驚いたままカップを見つめた。それでも親方は続ける。


「承知しました。工房に戻り次第鉱石の中身を確認しますので、ミスリルが発掘出来次第、武器を作成し、陛下にお渡し致します。武器はどちらで?剣でしょうか?」


エリザベスは即答した。


「剣を希望したいわ。よく使うので」


「はい。ご注文を承りました。お値段については材料代を頂かないので約半日分の工賃だけ頂きます。うちは工賃自体はそんなに高くはやってないですし、大量受注なので塵程度だと思います。」


ロバートは完全に固まっていた。口を半分開けたまま親方を見つめる。坊主はゆっくりハーブティーを飲み込み、エリザベスの視線だけが親方に向いていた。テーブルを挟んで、エリザベスと親方だけが静かに向き合っている。短い沈黙に耐えきれず、ロバートが慌てて姿勢を直した。


「鍛冶屋さん…ありがとうございます。陛下も…特に質問やご希望は無ければお見積もりの件は以上ですが…陛下如何でしょうか!」


「無いわ。注文できたしバッチリよ」


ロバートが親方と坊主を見た。


「お二人は如何でしょうか?」


「はい。我々も特にないです」


ロバートが頷き、この場をお開きにした。


「なるほど。では本日は皆様お集まり頂きありがとうございました。お二人はここで残っていただき、使いのものが出口へ案内しますので、お召し上がりになってお待ちください。お疲れ様でした。」


四人が同時に立ち上がれば、テーブルの横で握手が交わされる。革の鞄が椅子に触れて軽く揺れた。ロバートとエリザベスが並び、一歩下がり、同時に頭を下げた。


「本日はありがとうございました。気をつけてお帰り下さいませ」


二人は扉へ向かえば客間の扉は開かれこの場をすぐに去った。


⸻


宮殿の大廊下は赤い絨毯が長く伸び、壁の燭台が等間隔に並んでいる。エリザベスとロバートが中央を並んで歩いていた。ロバートが横を見ての会話


「なあベス。ミスリルなんて本当にあるのか?そんな伝承も話聞いたことも無いぞ?おやっさんはあるって言ってるけど」


エリザベスは前を向いたまま歩けば、足音が廊下に静かに響く。


「知らないの?ロバート。有名な話よ。ミスリルはモリアっていう海を渡った先の国にドワーフの彫り師が採掘した凄く貴重な金属よ。そんなの常識よ?ロバートが遅れてるんじゃない?」


ロバートは少し考え込む。眉を寄せ、後頭部に手を回した。


「そうかなあ…世の中にはまだ俺が知らないこともあるんだなあ…」


二人はそのまま歩き続ければ、長い廊下の奥に執務室の扉が見えてくる。ロバートは歩きながら、頭の中で何度も何度も何度もその言葉を繰り返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。