第五話 After Hours
第五話 After Hours
日が最も高い位置に昇る刻。宮殿の外壁は強い日差しを受け、その根元に濃い影を落としていた。その影の中には、交代で休憩に入る兵士たちが集まっている。甲冑を脱ぎ、汗を拭いながら壁にもたれかかる者。地面に腰を下ろし、水袋を回し飲みする者。
我が国の兵は、昼時になると一斉に食料が配られる。
そのため外壁沿いには、配給を待つ兵士たちの長い列ができていた。
「よしよし、もうすぐだ…」
訓練兵の少年は、馬と接続された大きなサービングカートの前に立っていた。前方には、あと二人。黒い服を着た兵士が食料を受け取ると、列の横から素早く抜けていく。
「あと一人……」
次に前へ出たのは、大柄な赤髪の兵士だった。その向こうには、小柄な、兵士の息子と思しき少年と女性の姿がある。配給係の若い女性たちは、バケツリレーのようにケースから食料を取り出し、列の先頭に立つ長の女性へと次々に手渡していた。赤髪の兵士が受け取ると、やはり列を横から抜けていく。
「よし、きたっ!」
少年が一歩前へ出る。無言で差し出されたのは、ブレッドの上にペースト状にした豆がのったものだった。少年は右手でそれを受け取る。
「ありがとうございます」
そう言って軽く頭を下げ、列を離れる。サービングカートの奥を抜け、芝生の方へと足を向けた。
「お〜い!こっちこっち!」
日陰で三角座りをしている少年たちが、こちらを見て手を振っている。少年は芝生を蹴散らしながら、仲間たちのもとへ走った。
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日陰では、少年たちが横一列に並び、日向を眺めながら黒パンをかじっていた。だが、一人だけ様子が違う。彼の前には、鉄の桶のような容器が置かれている。中には、塩漬け肉、チーズ、そして別に用意された黒パン。明らかに配給とは別物、少年は思わず声をかけた。
「なあ...ラルフ?」
「どうしたんだい?」
「いいなあ。お前母ちゃんが料理作ってるのか?」
羨ましさを隠さずに言うと、ラルフは少し困ったように答えた。
「これはローレン……いや、姉さんが持っていけってうるさいから。食べないとすぐ怒るし、俺は配給でいいって言ってるんだ」
「ローレン? ははっ!さてはお前、愛妻ならぬ愛姉的なやつか!」
からかうように言われ、ラルフは慌てて首を振った。
「違う違うっ!姉ちゃんはそんな優しくないよ〜ほぼ俺に不満しか言わないから」
「嘘だなあ...本当は姉ちゃん好きなんだろ?」
「違う違う...そんなのあり得ないっ!」
「...よし決まった!今度お前ん家に遊びに行ってやる。ローレンってお姉ちゃんがどんな人なのか、この目で見てやるっ」
「余計なことはしないで!...姉さんは君にも吠え散らかすかもしれないからっ」
そう言いながらも、ラルフの声にはどこか照れが混じっていた。少年は笑いながらラルフの肩を組み、二人は日陰の中で、そんな約束を交わしたのだった。
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執務室の重厚なデスクを挟み、エリザベスとセシルは向かい合っていた。窓から差し込む午後の光が、書類の山と二人の影を長く伸ばしている。セシルは深く、そして何度も頭を下げていた。
「陛下非常に助かりました。ありがとうございます...当方がお守りする立場でありながら、逆に守られてしまいました。以後このような事はないよう改善致します」
その姿を見て、エリザベスは肩の力を抜いたまま答える。
「いいのよ〜それにセシルが情報を持ってきてくれたから言い返せただけで〜元を言えば私の話じゃなくて、セシルの話だから」
セシルはなおも頭を下げる。その動きには、形式だけではない本心がにじんでいた。
「ありがとうございます。この議会で情報を集める才能と情報を扱う才能は違うのだなと感じました。仮に当方が集める才能に長けていたとしても、議会では情報を扱う才能が無ければ意味がありません。私の短所をひしひしと実感致しました」
エリザベスは少し驚いたように目を瞬かせ、それから微笑んだ。
「やっぱセシルって賢いのね。自分の苦手な所も、得意な所もちゃんと分かってるじゃ〜ん」
その言葉を受け、セシルは小さく一礼しただけで、余計な返答はしなかった。それだけを胸に留めるように、静かにデスクから離れる。
「では次の仕事があり次第、ご連絡致します。本日はごゆっくりお休み下さい。失礼致しました」
ガチャッ...
扉が閉まり足音が遠ざかる。執務室にはエリザベス一人が残された。彼女は椅子に深く腰掛けたまま、背筋を反らし、両腕を天へと大きく伸ばす。上を見ながら一点を見つめて放心する。
「いやあ…今日の仕事は終わったあ」
張り詰めていた空気が、ようやく解けて椅子を回転させる。思わずそんな気分である。
グルグルッ…
静かな室内に、はっきりと腹の音が響く。
「お腹空いたなあ…アシュリーを呼ぶかあ…」
エリザベスは左手を耳元へ伸ばそうとするが、その指が触れる直前に扉から音が鳴る。
コココココッ!コココココッ!コン...コン
「はーい...誰?」
「ロバートです。陛下入ってよろしいでしょうか?」
「あら?出張じゃないの?いいよ入って」
ガチャッ
「失礼します」
扉の向こうから現れたのは、黒いジャケットに白いパンツを合わせた貴公子然としたロバートだった。昼下がりの光が、その姿をやけに軽やかに照らしている。
「なあベス...色々話があるんだが、腹は減ってるか?」
「ちょうどよ〜アシュリー呼ぼうとしたところ」
「アシュリーさんも呼んでいい。昼飯にしないか?話したい事があるんだ」
「いいわよ。昼にしましょう」
エリザベスは抑えていた左手に意識を向け、右耳に低くぶつぶつと唱え始めた。
「アシュリーにリモコンを使ったわ。さあ行きましょう」
そう言って立ち上がり、扉の方へ向かった。エリザベスはロバートと並び、執務室を後にした。仕事の顔を脱ぎ捨てた女王は、次の話題と昼食を求めて、廊下へと歩き出す。
⸻
ロバートはエリザベスを連れて、小さな客間へ向かった。カーテンの隙間から、明るい光が差し込んでいる。重厚感のある椅子とテーブル。水色の陶器に挿された一輪のカーネーション。密閉された箱のような部屋で、一面だけが外に開いていた。エリザベスは、引き寄せられるように窓側の席に座った。ロバートは扉側の椅子に腰を下ろす。
コンコン...
「呼ばれてきたわ。アシュリーよ」
「ロバートです。お入りください」
「よいしょ〜...あらあ。いつものお二人さんね!もしかしてだけど〜もしかしてだけど〜それって…」
アシュリーは窓側の席へ向かう。
「俺は誘ってません。ベスとはそこまで行ってないですから」
「そこまで?ロバート君 結構匂わせるタイプ?」
「違います。本当ですよ」
エリザベスが口を開いた。
「アシュリー。安心してロバートはないから」
「あはははっ!冗談よ!嘘っ嘘っ!」
ロバートはエリザベスを見つめ、少し固まっていた。小さな客間に、侍女たちがサービングカートを押して現れた。上にはステーキの皿が三枚。ステーキ横にはニンニクをオリーブオイルで揚げたチップスが添えられていた。窓奥から順番に、テーブルへ置かれていく。内侍女の一人が、黙ったまま一礼した。
「ありがとうね!エレノアさんに助かりましたって伝えといて!」
侍女たちは再び一礼し、扉を開け何も言わずに去った。三人は生物の恵みに感謝すると、エリザベスはナイフで肉を切りながら、ロバートに話を切り出した。
「ロバート。話って何よ?」
ロバートは肉をフォークに刺したまま、皿に置いた。
「午前だが、鍛冶屋に武器の調達に行ってたんだ。北の国への出兵に向けた武器だ」
「ほうほう」
「その鍛冶屋はかなりの腕前で、金属性や火属性の基礎魔法を完璧に防ぐことができる武器を作れるって言うんだ」
エリザベスは目を細めた。
「それ…本当なの?あんた騙されてるんじゃない?」
「いやいや。ちゃんと国から勲章を貰ってるお得意さんだよ。兵士からきちんと評価されてる。材質、強度、アフターケア、魔法耐性、どれを取っても一級品だ」
エリザベスは疑うのをやめない。
「ふーん。基礎魔法が防げるってのが引っかかるのよ…やっぱ騙されてるんじゃない?」
「どうやら…使う金属を変えると効果が変わるらしい。金属を鉄から変更したり、金属と金属を混ぜたり。簡単にいうなら銀と鉄が色は似てても、硬さや輝きは違うだろ?多分それを言ってるんだ」
「なるほどね…つまり鍛冶屋は材質に拘ってるわけか…信用ならないけど。言ってることは分かった」
ロバートはエリザベスの目を見て放った。
「ベス。お前剣あるだろ?これを境に新しい武器調達しないか?今ちょうど兵を遣わせて火属性を防ぐ金属を彫らせに言ってるんだっ!ついでにベスの武器も手に入れられるぞ」
エリザベスは指を顎に置き、首を傾げた。
「いや…私ね…今の剣、結構気に入ってて新しいのいらないのよね…変えたら?ってアシュリーにも言われてるけど、別に…困ってなかったからさあ…」
「そうか…だったら!話だけでも聞いてみたらどうだ?タダだし、実はまだ鍛冶屋の工房さんと決めきれてないところがあって宮にお招きしたいって思ってるんだ」
エリザベスは傾げた首を動かさない。
「うーん…いらないんだよなあ…」
横からアシュリーが口を挟む。
「ベス。あなたの昔から良くないところよ。新しい話を素直に受けいれないところ!タダだってロバート君言ってるんだし、行ってみたらどうよ?」
エリザベスは押され気味になり、やや焦った顔で言った。
「はいはい!分かった。行きます!…言われても断るからね!絶対!」
「よし!そうと決まれば近いうちに鍛冶屋の工房さん呼ぶから、俺と同席して欲しい!ベスは聞いてるだけでいいから」
アシュリーとロバートは肉を頬張りながら、エリザベスに顔をつけて笑っていた。
「二体一は反則だから…」
エリザベスは女王であるにも関わらず、萎縮し小さく口を開けて肉を中にしまった。
⸻
空が橙色に染まり始める頃。緑の柵の向こうに、石造りの町並みが広がっている。窓辺には、一人の女性がいた。白いカーテンをまとったような衣服。本を開いたまま、ふと夕日へ視線を向けている。窓に映る横顔は、整った目鼻立ちをしていた。
「おお!本読んでたのか!探したよ」
声の方を向くと、ロバートが立っている。女性は腰の衣服を軽く持ち上げ、引き摺らないようにして急ぎ足で近づいた。
「おかえりなさい。あなた。今日もお仕事お疲れ様です」
そのまま、ロバートの胸に顔を当てる。
「寂しかったのか?もう一緒になって何年だよ」
「実は本読んでないです」
ロバートは彼女の背後に腕を回した。そのまま体を持ち上げ、宙に浮かせる。部屋の中央で、くるくると回り始めた。
「軽いなあ!あはははっ」
「うふふふっ。そうですね」
五回転ほどしてから、彼女を絨毯の上に下ろす。女性はロバートを見上げ、顎を引いた。
「あなた。今日はステーキですよ。行きましょうか」
ロバートは、少しだけ視線を落とす。
「ああ…そうか。楽しみだなあ…ははははー」
白く細い手に導かれながら、二人は静かに部屋を後にした。奥には居間があるこの家にはロバートと彼女とわずかな使用人しかいないようだ。
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明くる日は執務室のデスクは、紙で埋まっていた。束ねきれなかった書類が広がり、端から端まで散っている。エリザベスは椅子に腰を落とし、書類を手に取りながら読み合わせをしていた。
「いやあ…レイトン塔にお金使わなくていいよなあ…幽閉しないし…クソ親父とお姉様の負の遺産だよ…これ」
独り言のように呟き、紙を戻すとノックもせず扉が開く音。
「よいしょ〜」
すぐに、エリザベスが顔を上げた。
「あの。よいしょ〜する前にまず名前を名乗ってください」
「ああごめん!ごめん!アシュリーよ」
「遅いよ…んで何の用??」
アシュリーは気にした様子もなく、話を切り出した。
「ベス。ウィリアムおじさん覚えてるでしょ?」
「おっさんね。三年前だよね、お姉様を救ったあたりくらいで死んだのは。葬式行ったよ」
「そうそう!ベス…魔法好きでしょ!」
エリザベスは眉をへの字にする。
「好き?…好きではないけどその話は興味あるよ?」
「だよね!ベスが興味あると思ってウィリアムおじさん周りの人を調べてたら、魔法大学の人と知り合えて、ちょうど議会の専門家として来てるらしいのよ?」
エリザベスは視線を向けた。
「え?その人っておっさんのどの立場なのよ?」
「どうやらウィリアムおじさんが魔法大学で教授をしてた時の助手さんみたいなのよね…興味あるでしょ?」
返事は即座だった。
「凄く興味あるっ!おっさんに聞きたいこと山ほどあったんだからっ!死なれた時まじで困ったんだからっ!」
「そうこなくちゃね!今からその助手に話をつけてくるわ。リモコンで呼ぶから待ってて頂戴っ!」
扉が閉まって廊下を駆ける音。エリザベスはデスクの引き出しを開け、小さな箱を取り出した。蓋を開けば中には、紅いペンキが中途半端に塗られたペンダント。留め具を開くと、斜めを向いた女性の肖像画と、黒い髪留めが入っていた。椅子を離れ、壁際へ向かえば右壁、上から三段目の引き出しを引く。中から、黒く塗りつぶされたマスクを取り出す。
「やっと…これについて分かるよ…」
マスクを手にしたまま、デスクへ戻る。机の上のペンダントに軽く触れ、箱の蓋を閉じた。
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呼ばれて、エリザベスは客間へ向かえば、前日にステーキを食べた部屋。城の中でも、最も狭い部屋だった。最も狭い部屋は隣の部屋に聞こえずらく、重要な話のときに使われる場所だ。
コンコン...
「アシュリー。朕は入ってよろしいでしょうか?」
「どうぞ〜陛下お入りください」
扉を開ければ向かい合わせのソファには、青年が座っていた。黒い縁に凸レンズが二つに白い白衣。厚い凸レンズの奥から、視線がこちらを捉えている。年齢は、エリザベスより二つか三つ上に見えた。青年は立ち上がる。
「初めまして国王陛下。僕は王立魔法大学で古典魔法を研究してます。イアンと申します」
その言葉で、エリザベスは大体のことを理解した。自分が探していた種類の専門家。手をすぐさま差し出すした。
「エリザベスよ。イアン君。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
イアンは、エリザベスの片手を両手で強く握った。




