第四話 CARNIVAL
第四話 CARNIVAL
カンッ!...カンッ!...
乾いた金属音が工房に反響。溶鉱炉の中では赤く溶けた鉄が脈打ち、熱気が空気を揺らす。金床で叩きつける方から掛け声が聞こえる。熱気が勢いよく上に噴出されている。
「おーい!もう少し火力を上げてくれないか?鉄が全然溶けてないぞっ!」
頭巾を巻いた筋骨隆々の親方が声を張り上げた。
「親方っ!今すぐにっ!」
溶鉱炉の後ろに立つ若い男が手をかざした次の瞬間、炎が勢いよく噴き上がった。すると鉄がグツグツと泡を立てながら溶けていく。鉄が白く輝き始めた。
ボワッ!!
「いいぞ!いいぞ!そのまま鉄を溶かしてくれっ!」
親方は土属性魔法で生成した黒曜石の金槌を握り、煌めく焔を反射するブレードに叩きつける。叩きつけることでブレードをわずかに曲げているのだ。
カンッ!…カンッ!…
金属が形を変えていく感触を確かめるように、親方は一度手を止め容器へと視線を向けた。目視で鉄の溶け具合を確認。
「よし。型に流し込んでくれ!それと同時に基礎魔法水だぞっ!!」
「はいっ!やってみます!」
若い男は容器を手に触れず傾け、輝く粘度のある塊を窪みに流し込んだ。同時に窪みの下部へ回り込み、手をかざす。
ジュッ…ジュュュッ!!!
「おい坊主。やり過ぎだっ!これじゃあ窪みに水が入って気泡になるだろっ!抑えろっ!」
「はい。すぐにっ!!」
若い男は慌てて水量を抑えることで、発生させる水蒸気を少なくしていく。
カラン、カラン……
工房の扉の上につくベルが鳴った。この音が鳴っても聞こえにくい為扉を目視で確認する。
「いらっしゃい!すみませんね…今武器を作ってる最中で…そっちのソファでお掛けになって下さい」
親方は声をかけてから、後ろを振り返る。
「坊主?型に全部流し込めたか?」
「はい!あとは冷やすだけですっ!」
「じゃあそのまま冷やしておくんだ。お客様の相手は私がやる」
親方は工作場を後にし、応接用のソファへと向かった。
そこには、髭を生やし凛とした姿勢で座る若い男がいた。
「これはこれはロバート様。いつもお世話になっております。只今兵士長クラスの武器の中でも金属性対策の絶縁を持った武器を作成中です」
向かいのソファに腰を下ろすと、ロバートが口を開く。
「すみません。俺も詳しくないのですが、武器だけで金属性が防げるって本当ですか?」
「はい。仰る通りです。普通の武器は鉄鉱石を使用して武器を作りますが、うちは金属の中でも敢えて鉄鉱石ではなく、別の鉱石を用いて武器を工作しています」
「ふむふむ」
「今回使用している鉱石はその中でも雷を一切通さない性質つまり絶縁をもつ鉱石を使用しています。なので金属性は無効にできるかと」
「素晴らしいですっ!聞いてた通りの名腕の鍛冶屋と呼ばれただけはありますね。我が国と契約して非常に助かります」
「いえいえ。おかげさまで国から勲章を頂きましたし、商売繁盛です。感謝してるのはこちら側です。」
坊主が静かに近づき、ロバートの前にカップとポットを置いた。続いて、親方の前には資料と胡桃の殻を繰り抜いたものが皿と一緒に差し出される。
「宜しければ追加注文を承ります。本日は商談の件でお越しになったのでしょう。」
「はい。我が国はこれから北へ向けて進軍する予定なので、火属性対策の武器が必要ですが...作ることはできないでしょうか?」
親方は眉を顰め、少し間を置いてから答えた。
「火属性ですか…あるはありますよ!しかし…金属を混ぜる必要がありまして、鉄は入手自体は簡単なんですけど、一方の金属が非常に貴重でして…」
「資金はいくらでも出します!そこを何とかっ!」
ロバートは深く頭を下げた。
「お金の問題では無いのですよ…こちらは作りたい気持ちで山々なんですが、如何せん鉱石が手に入る保証がなく…」
「鉱石を掘らせる兵を遣わせます。何とかなりませんか?」
親方は一瞬考え込み、やがて口を開いた。
「…はい。やって見ますっ!うちの坊主を堀場に行かせて、貴重な金属を探しましょうか。ですと金属がこれになって、拳1個でこれくらいの価値になるので…」
親方は資料を指差しながら説明を続け、ロバートは顎に手を添え、その内容を静かに聞き入っていた。商談は、滞ることなく、着実に前へと進んでいった。
⸻
エリザベスは高所に設えられた玉座から、議会場を見下ろしていた。右側にも左側にも、ぎっしりと詰めかけた議員たちの群衆。熱気と怒気が入り混じり、空気そのものがざらついている。玉座のすぐ隣には、最側近であるアシュリーが立っていた。腕を組み、半ば呆れたように場を眺めているようにも見えるが、彼女のことなので目を開けたまま寝てるのであろうか意識が遠い。
そして低所、左中央の台。そこにはセシルが立ち、両手を台に置いて、正面の群衆と向き合っていた。セシルの周囲の男たちが議会で騒ぎ立てる。
「もうレジスタントしかないだろっ!」
「鮮血のメアリーが何をやったか忘れたのか?」
「お前らは教皇の言いなりか?」
怒号が飛び交う中、セシルの正面に立つ男がいた。腕を組み、赤い装束を纏い、堂々とした人王立ち。ハワードである。そしてハワードの周囲の男達も騒ぎ立てる。
「外国から喧嘩を買うつもりか?」
「レジスタントは失敗に終わっただろっ!」
「教皇様に歯向かうことは世界を敵に回すことだぞっ!」
「おらやんのかテメェ??」
「ぶっ殺してやるわ!!」
議場は完全に制御を失っており、いつ争いの火種が撒かれるかわからない状態である。議会は右と左でいつもこうなりお互いにお互いの主張で必死なのである。エリザベスは毎回それを見てるので気持ち苦しくなるのだ。
⸻
玉座に座るエリザベスは、わずかに体を左へ向け、隣のアシュリーに声をかける。続けてそれでも聞こえずアシュリーの肩をトントン叩く。
「アシュリーっ!」
だが怒号に掻き消され、返事はない。アシュリーは意識が半分ないようだ。彼女はつまらない話には全く興味を示さない。
「おい!アシュリーっ!」
ようやくアシュリーが顔を向ける。
「え?よく聞こえないのよ?うるさくて」
エリザベスは苛立ちを隠さず問いかけた。
「ロバートはどこにいったの!」
「...ん〜ロバート君は武器の調達に鍛冶屋にいるわよ〜今は留守よ」
エリザベスは正面へ視線を戻し、歯を食いしばった。女王はこういうときに助け船が欲しいものである。
「クソォ…こういう時に限って…」
⸻
議会の中央には中立を保つ議長が在席している。その議長が拉致が開かない戦場に秩序をもたらすために立ち上がり、木槌を振り下ろした。
カンカンッ...
「静粛に」
だが騒ぎは収まらない。聞こえていないのか、聞こえているがそれでも怒号をやめないのか全く分からない。
カンカンッ!!
「静粛にっ!!」
ようやく議場が一斉に静まり返った。議員たちが議長を見つめ重苦しい沈黙の中、議長は正面を向き、宣言した。
「二百三十期第十三回、臨時国議会の開催を宣言する。本日は女王陛下をお招きし、最終判断は陛下によって行う。」
「本日の議題は国教会の宗派について。現在は先代より、ユニバックを採用してる所存である。だが今期からユニバックからレジスタントへの切り替えを宣言案を受理し、こちらについて議論したいと思う」
「ではセシル殿前へ」
セシルは一歩前へ出て口を開いた。今回の議題の基本となる話をまずは切っていく。
「先ほどの通り、今期から国教会をユニバックからレジスタントへの切り替えをする声明文に修正しなければならないと考えております」
右手を上げ拳を作り小指を立てる。彼は目線をハワードに合わせて彼に訴えかける。
「一つ目。国家の資金力です。先代で派遣された海上戦により、我々の貴重な領土カレーを失った上に度重なる戦争で国家予算の収入が不安定です。国民の皆様がユニバックの信仰代を多く支払う構図は止め、きちんと税金を回収し、安定した収入を確保するのが最優先だと考えます」
次に薬指を立てた。
「二つ目。国民の世論です。先代が次々とレジスタント信仰者を処刑したことにより、国内のユニバックに対するイメージは過去最悪であると同時に、国民は国家を完全に見放しています。唯一陛下に代わったことによる期待があり、国民は変化を求めています。世論は国の運営で最も重要な指標の一つです。そのためレジスタントを採用すべきだと考えます」
セシルが一歩下がると左の群衆が一斉に沸いた。
「セシルっ!言ってやったぞっ!」
「これで完璧だっ!言い返せねえぞっ!」
その声を遮るようにハワードが手を挙げる。
「異議あり」
「ハワード殿前へ」
ハワードは一歩前に出る。首を傾げ、薄く笑いながら、台に身を乗り出した。彼はいつだってこう議論を真正面から来ることはない。
「いやあハワード君。話しは聞かせてもらったけど、君のその夢物語で何人動かせるのか?っちゅう話しなんですけど。まず一つ目のやつ…ユニバックがバックにいた頃教皇様からどれだけ援助と保証をもらったか知ってて言ってます?国民の絞っても搾り取れない残りカスみたいなお金で黒字になると思ってるんですか?きちんと算数してください」
議場がざわめいた。左側の群衆の怒りを買う話し方まるで煽っているようにしか聞こえない。
「それと二つ目…先代が処刑しまくってたのはそうですけど、具体的に情熱の国や芸術の国はユニバックですけど人を殺してますか?してないですよね。イメージが悪いのは先代の話でこれとは関係ないと思います」
さらに畳みかけることで、論述で積み上げたブロックに鉄球をぶつけ崩れさせることを狙う。
「まあ何が言いたいのかって…夢を熱く話すのは勝手ですけど、きちんと地の足踏んで話をしてくださいってことです。セシル君の話しは再現性が皆無です。私は過去の例をもとに話してます。意見を通したいならきちんと具体で話してください」
「夢を語るな!少年かボケっ!」
「失敗したら首切られて死ねよなっ!」
ハワードが台から一歩下がると、今度は右の群衆が沸き上がった。セシルは槍玉に挙げられて、一斉に非難の対象となった。
⸻
「何がレジスタントだ!そんなパチモンいんねえよ」
「ユニバックは先代の汚物だろうがよっ!」
再び怒号が交錯する喧騒の中で、アシュリーがぼそりと呟いた。普段寝てるからぼーっと正面を見つめているだけのアシュリーが珍しく意見を言う。今回ばかりは彼女にも意見があるようだ。
「私あまり頭良く無いから話しはよく分からないけど、ハワードってやつ捻くれてて嫌いだわっ!ただの論点ずらしじゃない!あいつの頭蓋骨粉砕してやりたいわ」
エリザベスは視線を逸らさず、静かに返す。
「まあまあアシュリー。少女の血騒いじゃってるよ」
議会は、怒号と罵声の渦の中に沈み、室内には言葉の残響だけが、いつまでも反響していた。
⸻
ハワードに言い返された直後、セシルは言葉を失っていた。過去の事例は事実であり、否定のしようがない。積み上げた論理の足場が、音もなく崩れていくのを、セシル自身が誰よりも理解していた。
沈黙。その沈黙を見た途端「勝ち」と受け取ったのだろう。ハワードは口角をわずかに上げ、満足そうに息を吐くと、再び手を挙げた。
「ハワード殿前へ」
呼ばれ、彼はゆっくりと台の前へ進み出る。歩みは余裕に満ち、視線は堂々とセシルを捉えていた。襟元を正して茶々をこれでもかって加えることで相手の鼻をへし折るつもりだ。
「セシル君。過去の記録を見るのは基本ですよ。言い返せないとはね…非常にガッカリだ。あと色々言わせていただきますと、国教会。あれは陛下のお父様が自らを正当化するために作ったものです。それをレジスタントにするつもりですけどセシル君のやってることはお父様の離婚や不当な処刑の肩を持ってるのと同じですからね?もう故人なので言ってしまいますがそんな極悪非道な暴君の味方になるおつもりですか?」
言葉が落ちるたび、右派の空気が熱を帯びていく。
「そうだ!そうだ!」
「国教会はそもそも成り立ちからクソだ!」
「ああ。無理だ言い返せねえ」
「ハワード…クソっ!!」
上で見ていたエリザベスはこのハワードの発言には違和感しかなかった。エリザベスもついつい吐露してしまう。
「何が極悪非道な暴君よ...あんたの先代はクソ親父に一番好かれてたじゃん。交代になったから息子は正反対?クソ...なんか言ってやりたい...」
エリザベスはこの状況を打破するべく必死に積み上げるブロックについて必死で考えた。しかし下にいる左派は押し黙り誰一人として前へ出ようとしない。セシルもまた、拳を握り締めたまま歯を噛みしめていた。その光景を見た議長が、事態を収めようと木槌を大きく振り上げたその瞬間だった。
「待ってっ!!」
高所から、澄んだ声が響くと一斉に視線が上を向く。高所から見下ろすエリザベスである。
「まず議長。意思決定の前に事実かの検証がしたいわ」
玉座から身を乗り出し、彼女はまっすぐにハワードを見下ろす。
「ねえハワード。あんたが言った反対する二つ目の理由要約して話をして頂戴」
ハワードは肩をすくめ、淡々と口を開いた。
「情熱の国や芸術の国の首長はどちらもユニバックを信仰しています。ですがレジスタントや異端の民を自ら手にかけて殺害してますか?」
「そうよね。その通りだわ」
エリザベスは一拍置いた。その沈黙は、考えるためのものではない。次の一手を打つための間である。木の駒を一歩前へ突き出す。
「ねえハワード。あなたから意見が欲しい。今我が国は北の国と戦争中だけど、実は裏に芸術の国が兵や物資を支援してるらしいってある経由で聞いたの。芸術の国の兵士が我が国のレジスタントの民を直接手にかけてる件についてどう思う?」
ハワードの眉が、わずかに跳ねた。
「それって陛下の推測ですよね?何かそういう記録や事実はあるんすか?噂程度の話を議論に持ち込まれても困りますよ」
...来た。エリザベスは内心で歯噛みしながらも、表情一つ変えず言葉を放つ。次は背後の駒を斜めに直進させる。
「ええ。真実かどうかは分からない…だけど、北国の女王様と芸術の国の王様は夫婦だっていう事実がありますけど。ハワード。どうお考えで??」
空気が、凍った。ハワードの口が微かに震える。慎重に言葉を選ぼうとしているのが、誰の目にも明らかだった。
「芸術の国の王様が必ずしも…北の国に」
「北の国の女王の侍女達は芸術の国から連れてきてるけど??」
「…それは」
顎を引き、ハワードは完全に沈黙した。その手は強く握り額からは追い詰められている様子の汗が吹き出している。その瞬間を、エリザベスは逃さない。
「はい議長。次は意思決定なので朕の番ですね。国教会はレジスタントの方針に切り替えることをここに宣言しま〜す。以上。異論あるなら言ってくださいね〜」
彼女は一度、議長へ視線を向け続ける。
「議長?それでいいよね?ハワード何も言い返さないよ?」
議長は慌てた様子で木槌を握り、震える手で打ち鳴らす。
カンカンッ…
「陛下の宣言通り、国教会の教義をユニバックからレジスタントに切り替える案を可決する。よって本議題は完遂とみなす。本日の議題はこれで以上のため、二百三十期第十三回の臨時国議会の閉幕を宣言する。」
「うわああああああああああっ!!」
右派が一斉に動いた。狙いはただ一つ議事録である。雪崩のように議長台へ殺到し、人間階段を作ってでも書記に迫ろうとする。
「まずいなあっ!!」
エリザベスが手すりに足をかけた瞬間、アシュリーが肩を掴む。
「ダメよ!ベス。魔法で議員を攻撃するのはっ!」
「アシュリー!私に考えがあるからっ!離してっ!」
一瞬、掴む力が緩んだ。エリザベスは身を翻し、手すりから落下した。彼女は完全にやる気である。
「ベスッ!!」
空中で、彼女の周囲に六本の白い細長い塊が現れると、刃へと変じる。議員たちに向かって刃を正面に放った。
シュッシュッシュッシュッシュッシュッ…
叫び声が上がるが、刃は身体を貫かない。壁と床に砕け散るとそこから氷の壁を形成し、進路を妨害する。続けて、エリザベスは足を振り抜いた。
「基礎魔法:水 襟巻石竜子!!(フリルリザード)」
水飛沫を伴って空を駆け、議長台へと一気に距離を詰める。議事録へ手を伸ばした男の前で、左手に無から光の塊を生成するとやがて剣になる。思いっきり腕に向かって約三メートルの頭上から思いっきり振ると光の剣は脳天をかち割って砕けた。
パリンッ…
砕けた光剣の裏から、大気の波動が解き放たれる。
ブウンッ!!!
男たちは弾き飛ばされ、壁一面に叩きつけられた。
バタバタバタバタッ…
宙へ舞い上がった議事録を、エリザベスは両手で抱き留める。
「よいっしょっ」
「なるほどね…飛蝗の機動にもこういう使い方があるのか…」
すると後ろから議員がエリザベスに魔法攻撃を放とうとする。その瞬間に振り向き人差し指を向けた。
「あんた...王に指を向けるなんてなかなかの覚悟じゃない...その指を下ろしなさい。今なら見逃してあげる...」
議員達はエリザベスに敵意を向けるのゆ辞めると怯え切った議長へ議事録を手渡した。そしてエリザベスは帰り際に一言だけ放った。
「アシュリー...宮殿に帰るよ〜」
エリザベスは何事もなかったかのように、一般扉から議会室を後にした。




