第一話 Kitano Outrage
第一話 北の猛しOutrage
カラコロ……カラコロ……
霧が差し込む草原を、一台の馬車が静かに進んでいた。
地面には、まるで巨大な獣が通り過ぎたかのように、二本の線だけが刻まれている。踏み固められた土の下から、白っぽい丸石がところどころ顔を覗かせ、その痕跡に沿うように馬車は移動する。
馬車の中には、一人の影。女はカーテンをわずかに持ち上げ、窓から外を覗く。草原の向こう、崖の下、霧の中に、丸い布状のやぐらがいくつも浮かび上がり、その周囲では炎が激しく舞う。焚き火の明かりに照らされ、鋼鉄の塊があちこちに点在しているのが見える。
「…ねえ...どれくらいで着く?」
女がそう尋ねると、御者は手綱を引いたまま答えた。
「この崖を回り道したら、すぐです」
一拍の沈黙のあと、女は続けて口を開く。
「あなた…リモートコンタクト、使える?」
「ええ。そのつもりです」
御者はそう言うと、小さく息を整え、ぶつぶつと何かを唱え始めた。御者から声が聞こえてきた。
「…兵士長にお伝えしました。もう動き出す頃かと」
「ありがとう…」
女は短く感謝を告げると、馬車の内壁に背中を預けた。
⸻
「ご到着です。長旅お疲れ様でした」
その声に、女は目を開いた彼女は、馬車が止まり扉が開かれた。地面へ足を下ろした瞬間、霧の中から一人の兵士が姿を現す。
「お待ちしておりました。女王陛下...ご案内いたします」
「…よろしく頼むわ」
兵士は霧を掻き分けるように歩き出し、女を導いた。周囲には誰一人として人影はない。だが、布の櫓の中には、食料、チェスト、槍、銃、刀が整然と蓄えられている。鼻と地面の釘を一本の縄で繋がれた馬。さらに、砲台がいくつも鎮座し、先端を尖らせた鉄製のフェンスと、ぐるぐるに巻かれた鋭利な鉄線が無造作に置かれていた。
やがて、兵士の先――霧の奥に、等間隔で配置された鋼鉄の塊が見えてくる。高さはおよそ1.7メートル。一切動かず、ただ前方を見据えて立っている。女は兵士に導かれるまま、それらを迂回し、向かい合うように中心部へ立った。
そこで兵士が大きく息を吸い、口を開く。
「注目っ!!これより、お忙しいところ王国よりおいでになられた、女王陛下よりありがたいお言葉をいただきますっ!!」
女は一瞬、兵士を見つめ、そして前へ向き直る。鋼鉄の塊そのすべてに向けて、声を放った。
「朕が即位してから、初となる戦だ。我が国は決して負けてはならないっ!!」
霧の中で、空気が震える。辺りは霧の中で静寂に包まれると女は白い息を吸った。
「皆さんっ!!この戦いを乗り切り街で、盛大に祝福をしましょうっ!!」
「うおおおおおおおおっ!!!」
一斉に彼らから歓声が沸き上がった。闘志の炎を燃やした鋼鉄の戦士たちは、霧の中で櫓の周囲に燃え盛る焚き火よりも、なお強い熱を帯びていた。
⸻
霧に囲まれた緑の台地を、女王は馬に乗り進んでいた。
ぬかるんだ泥道を踏みしめるたび、鈍い音が足元から立ち上る。左右には鋼鉄の戦士たちが並び、鎧と武装が霧に溶け込みながら揺れていた。
「...陛下」
隣についた兵士が声をかける。表情は硬く、視線は前を向いたままだった。女は兵士の声に気づいていないのか正面を向いたままである。
「...陛下。すみません」
「え...何?」
「戦場まで降りてこられると仰っていましたが……誠でございますでしょうか」
女王は一瞬だけ兵士を見たあと、すぐに視線を正面へ戻した。
「ええ。そのつもりよ。私も戦えるから」
兵士は言葉を探すように口を閉ざし、やがて慎重に続けた。
「…それは、重々承知しております。ただ...」
「もっと自分の命を大切にしろと...そう言いたいのでは?」
女王は淡々と語り出した、兵士は心配そうな顔をしているが当然であろう。
「大丈夫...危なくなったら足で逃げるわ。女王の役目は、あなたたちを現場で鼓舞すること。それだけよ」
兵士は小さく息を吐き、深く頭を下げた。
「…ありがとうございます。感謝いたします」
二人は同時に、霧の坂道へと視線を戻し、正面を向き直したが、霧が濃く何にも見えなかった。
⸻
風が吹くことで草は揺れる。緑の台地を撫でるように冷たい空気が流れ、霧がゆっくりと動き始める。時間をかけて引き延ばされるように白が薄れ、正面の視界が開けていった。
そこには、対をなすように並ぶ灰色の粒があった。
等間隔に配置された鋼鉄の影。まだ遠く、まだ“粒”でしかない。女王は台地のやや後方、鋼鉄の戦士たちに囲まれた位置にいた。馬上から前方を見据え、静かに口を開く。
「そろそろ…合図を」
「承知しました」
兵士は馬の脇に下げていた角笛を掴み、牙の先端を口に当てた。そして一息に空気を吹き込む。
ブオオオオオンッ!!!
低く、重い音が緑の台地を震わせる。しかし、その余韻は霧と風に呑まれ、すぐに形を失った。笛の音から刹那の静寂に切り替わった次の瞬間。
「おおおおおおおおおおっ!!!」
鋼鉄の戦士たちが一斉に叫び、ぬかるむ泥を蹴り上げながら前へ走り出す。緑の台地は一気に振動に満たされ、重たい足音が地面を叩いた。女王も合図に合わせ、馬を前進させる。
冷たい風が顔を打つ。霧を掻き分けながら、女王を乗せた馬は一直線に駆けた。正面に迫る灰色の粒は、走るたびに輪郭を持ちはじめ、やがて“敵”として形を帯びていく。
「うおおおおおおおおっ!!!」
鋼鉄の戦士たちが一斉に咆哮し、霧の中から対面する敵陣へと雪崩れ込んだ。ぬかるんだ緑の台地が砕け、泥と血が混ざり合う。ある戦士は槍に焔を纏わせ、突進してくる敵兵の顔面へと叩きつける。焔に焼かれた兵士は叫ぶ間もなく泥に手をつき、滑るように転倒した。
別の戦士は足元の泥を一瞬で凍結させ、氷の道を滑るように突進する。勢いそのままに肩をぶつけ、一人、二人と敵兵を押し倒していった。岩が地面から隆起し、敵を弾き飛ばす。剣に纏われた風が唸りを上げ、円を描くように薙ぎ払われるたび、鎧ごと兵士が吹き飛ばされた。
「んっ!!!」
馬上の女が剣を振るう。刃に宿る聖なる炎が閃き、敵兵を次々と叩き伏せる。炎は焼き尽くすのではなく、裁くように貫いた。倒れた兵士は地に伏し、立ち上がることはなかった。
「死ねええええ!!」
背後から、風を全身に纏った敵兵が跳躍する。勢いよく宙を舞い、女王の背中へ槍を突き立てようとする刹那、女王は振り返りざま、人差し指を突き出した。指先の爪から黄金の火花を散らつかせ、周囲が暗くなる。
「…金 裁きの一撃...(ジャッジメント・ストライク)」
ピカッ...
ドガンッ!!!
稲妻が敵兵の脳天を貫いた。その光は枝分かれするように地面へ走り、緑の台地を踏みしめる鋼の鎧へと次々に伝搬していく。敵も味方も関係ない。鋼は一斉に稲光に包まれ、裁きは扇状に広がった。一瞬で緑は焼け焦げ、黒く変色し、小さな炎を噴き上げる。
ヒュッ——
ドガンッ!!
後陣から放たれた大砲が弧を描き、台地へ着弾する。爆風と土煙が霧を押しのけ、戦場の輪郭を歪ませた。鉄のフェンスと鋭利な鉄線には雷が帯びられ、侵入しようとした敵兵が弾き飛ばされる。騎馬隊が前方へ突進する。槍を振るう手とは逆の手から放たれる風が追い風となり、馬体をさらに加速させた。蹄が地面を叩くたび、敵陣は崩れていく。
⸻
ボワッ!!
ボワッ!!
ピカッ...ドガッ!!
女は止まることを知らない。炎剣で敵を焼き払い、人差し指から稲妻を放ち、氷のナイフを突き刺し、泥の壁を生成して兵士をひっくり返す。しかし、兵の数は一向に減ることもない。女は困った顔をして吐露する。
「クソっ...キリがない」
「女があ!!粋がってんじゃねえっ!!」
敵兵が馬の後ろから、槍を持って突撃して来るのを察知した女はすぐさま振り向き、手を広げた。敵兵の体に標準を定めると、手のひらに白い粒子が大気から集まって球を形成。その球はやがてナイフに変形した。エリザベスは発光するナイフを掴むと敵兵に向かって投げつけた。
シュッ...
パリン!!
発光したナイフは敵兵の脳天に到達したが、頭蓋骨が砕けることなく表面で白い塊は一目散に飛び散った。敵兵に損害も与えられず、逆に彼は挑発してくる。
「おいおい...女っ!!そんなクソ雑魚魔法で大丈夫か?」
「クソ雑魚?...」
パキパキパキパキ...バシュッ!
「あああああああああああああっ!!!」
敵兵の脳天。つまりナイフが着弾した位置から氷が形成され放射状に氷の棘が飛散した。氷の棘が時間を経ると一瞬で伸びていきそのまま甲冑を氷の槍が貫通。後頭部に氷が
露出した。
女は次から次へとナイフを無から二、三本生成すると、敵兵に投げつけた。ナイフが兵士の体の前で散ると辺りを一瞬で氷の像へと変えて、脳天を貫いていく。女の未知なる魔法に兵士達は続々と恐れ狼狽えた。
「何なんだ...あの女っ!!化けもんだろっ!!」
「白い棒...おかしいだろっ!悪魔だ...」
女の周囲から兵士が退いていくと、次の標的は緑の台地にある敵の拠点、石造りの砦を目標。そして女は一瞬、経路を考えると同時に馬上で足に力を溜め込んだ。
ビュイインッ!!
衝撃波とともに地面を蹴り、女の身体が宙へと跳ね上がる。体を上昇させながら霧の遥か先、石の壁の上部に設置された砲台と円弧に放たれる、炎、氷、雷の矢が視界に入った。
ヒュー...バンッ!!バンッ!!ボンッ!
女は空中で身体を捻ると、右手の人差し指爪から黄金の火花が散り散りになる。
ピキッ……
ピキピキッ……!!
右手には、細長く白い稲妻が凝縮し、一本の槍へと変形。遠心力に身を任せ、空中で横回転の捻り。そして、大きく右腕を振り翳した。
「基礎魔法:金 全能の雷!!(ケラノウス)」
シュッ...ドガンッ!!!
稲妻は一直線に石の壁へと突き刺さり、次の瞬間、轟音とともに壁が崩壊した。砲台は炎上し、瓦礫が霧の中へと崩れ落ちた。
「今だっ!!...飛蝗の起動!!!」
ビュイーン!!
女は石の砦を目指し奥下斜めに頭を方向転換し、急加速した。その隙に女の周囲に氷の牙を生成すると、砦の弓使いめがけて氷柱の雨を降らせた。
シュッシュッシュッシュッシュッシュッ...
ザクッ!ザクッ!ザクッ!
砦上の弓使いは頭上から降り注ぐ地獄の雨に逃げることもできず全身で氷の粒を浴びてしまった。先が尖っていることにより円錐形の牙が腕や頭、肩に刺さっていく。弓使いや大砲を操る兵士は雨に当たらないようすぐに屋内へと避難した。
女と台地まで残り十メートル。砦の中にある砂地にすぐに落下すると後ろ腰から炎の撒き散らし体を制御。着地体制に入る。
ザザザザザッ...
女が大きく股を広げてそのまま百八十度回転すると同時に砂埃が巻き上がった。腰に納めてある鉄剣を引き抜くと、迫り来る兵士に刃を見せつけた。
「うおおおおおおおおっ!!!」
キン...キン!!ジュバッ!ギギギギギッ!!バシュッ!
女は一体、二体、三体と次から次へと兵士を薙ぎ倒していった。そして倒れていく兵士の頭に炎の息吹を浴びせて、確殺を加えていく。女の剣捌きは敵の一般兵よりも素早く、まるで生身の魚をカルパッチョにして食べるような無駄のない、真っ直ぐな切り込みである。
キン...ギギギギギギギギギギ!バシュッ!...ブブブワッ!
すると奥から二メートルあるかくらいの巨漢が出てきた。薄い金髪の髪であり、角ついたヒビの入った四角い顔で、胸板の扱い鎧を身にまとい、肩にはハンマーを背負っている。
「女...調子に乗るなよ...」
「将軍様のお出ましってところね...」
「...ふっ...新型を試すにはちょうどええわっ!!!!」
スタスタスタスタ...ブルンッ!
巨大なハンマーを振り回す将軍だが、明らかにスピードが違う。ハンマーが次々と加速していく。女が武器を見ていくとあることに気づく。だが、女もハンマーに当たったら一撃で脳天を持ってかれることを察知し全身に風を纏い回避に応じた。
ブルンッ...ドンッ!...ドンッ!ブルンッ!
「クソッ!!生意気なあああああっ!!」
「ハンマー...風を纏っている???新型って...そういうことか!!」
将軍が縦横無尽に振り回すハンマーには風を操る魔法がエンチャントされており、一振りに動作的な遅延があるはずの重量武器にも関わらず、あたかも剣を振り回すような速度で操っていたのだ。
「生意気なペットは黙ってソーセージでも食ってりゃいいんだよ!!」
ブルンッ...ドンッ!...ドンッ!ブルンッ!
「...男みてえなお前の食ってるザマなんぞ見たきゃねえがなあああ」
「誰が男なのよ。このF**king Racistが...」
「うるせえ!!勝手に引っ込んでろっ!!」
将軍がハンマーを大きく振った瞬間、ハンマーをエリザベスに向かって投げつけてきた。エリザベスは飛蝗の起動を駆使して軌道の右方向に逸れることで対応した。ハンマーは通り過ぎるかと思った。しかし実際は風の力で無理矢理円軌道を描き、将軍のところへ戻ってこようとする。
女はその瞬間を狙った、砂を思いっきり蹴ると同時に波動を放出し、間合いを一気に詰める。ハンマーが将軍のところに戻るまであと五メートル。女と将軍の距離も五メートル。ハンマーと女どちらが辿り着くのが早いかの勝負である。
「...ブサイクな顔をよりブサイクにしてやるっっ!!」
「ああ??ブサイク?上等よ〜テメェなんぞ恋人候補の範疇外。ブサイクで結構!!」
「女は黙って、した...洗ってりゃいいんだよっ!!!」
「最低っ!!キモちわりぃんだよ!!」
バシュッ!!!
ハンマーと女先にたどり着いたのは女であった。何故ならハンマー将軍の手元に戻る途中、女は堡礁の海を左に展開することで水中空間に突入したハンマーは推進力を鈍らせ、戻るまでに遅れを取っていたのだった。女は将軍の頭を刃で吹き飛ばし、そのまま奴の体は仰向けに倒れ込んだ。その隙に女は兜を脱がし、剣を将軍の鼻先に向ける。
「...女が何故戦場にいる?」
「知らねえ。たまたま女なんだよ...」
一拍置くと将軍が話の切り出し方を変更した。
「質問を変える...テメェはナニモンだ?」
「エリザベス...女王がブサイクで残念だったわね」
すると将軍はクスッと笑って答えた。
「フッ...テメェが女王か...将来は誰かの嫁になれるといいな〜...ふはははははははっ!!!!」
「死ね」
グサッ
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ELIZABETH
Magical Kingdom
第二章 治世と宗教篇
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