第二十五話 紅に染まったこの私を
第二十五話 紅に染まったこの私を
--鮮血の能力--
①メアリー自身が持つ血液は、身体と接続している限り、形状・硬度・状態を自在に変化させ、自由に操ることができる。
②メアリーと同一の血液型を持つ人間や壁や床に付着した血液に対しては、操作できる範囲に制限はあるものの、①と同様の干渉が可能である。
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メアリーは、自らの血で作った鎌で、
自分の背中をX字に切り裂いた。
血が、噴き出す。
ステンドグラスに、真紅が叩きつけられる。
だが――それだけでは終わらない。
噴き出した血は、四つに分かれた。
一箇所目。
放射状に広がった血が、枝のように分かれ、
やがて実るように紅鱗を纏い――右翼となる。
二箇所目。
同じ過程を辿り、左肩に――左翼。
三箇所目と四箇所目。
カーペットに注がれた血が、
生命を得たかのように蠢き、
身体から伸びるように――尻尾へと変形した。
メアリーは、服の内から黒い仮面を取り出し、
顔を覆うように被る。
「最期は……痙攣して死んじゃうかもね……」
バサッ――
大きく翼を広げた瞬間、
吹き抜けに血飛沫が降り注ぐ。
そして。
メアリーは、ワシのように――
真っ逆さまに落下する...
メアリーが吹き抜けを切り裂くように落下した瞬間、
背後――腰骨の奥から接続された五本の尻尾が蠢いた。
血で形作られたそれらは、生き物のように脈打ちながら、
一直線にエリザベスへと伸びる。
エリザベスは即座にそれを捉えた。
左足のつま先を立て、重心を一瞬だけ沈める。
「――飛蝗の機動!!」
跳躍。
同時に、メアリーは翼を大きく広げ、
真下から円を描くように旋回しながら、
正面からエリザベスを迎え撃つ。
――速い。
一本目。
エリザベスは空中で体を右に捻り、紙一重でかわす。
二本目。
追尾するように放たれた血尾を、
体をわずかに左へ逸らすだけでやり過ごす。
三本目。
エリザベスは迷わず、その尻尾に足をかけた。
襟巻石竜子を使用しら
硬化した血の上を一直線に駆ける。
四本目。
横薙ぎに振るわれたそれを、
空中でベリーロールを打ち、身を反転させて回避。
五本目。
落下軌道を完全に読んだ一撃が、
突き刺すように伸びてくる。
だが――
エリザベスは再び跳んだ。
飛蝗の機動。
軌道を強引に書き換え、
自らをメアリーのいる方向へ押し出す。
距離、ゼロ。
剣のブレードが白く輝いた。
「基礎魔法:火――
聖なる炎!!」
炎を纏った剣が、メアリーを引き裂かんと振り下ろされる。
「……くくくくっ!!」
残る四本の尻尾が、
縦、横、右斜、左斜――
十字を描くように瞬時に展開される。
炎剣と血尾が激突し、
火花が夜空のように散った。
「ふん……舐められたもんね」
次の瞬間。
後ろから、鎌。
「――っ!!」
シャリンッ!!
横薙ぎの一閃を、エリザベスは辛うじてかわす。
だが、その直後――
斜めに構えられていた尻尾が、
容赦なくエリザベスの身体を押し込んだ。
バゴンッ!!
空中で体勢を失い、
放物線を描いて弾き飛ばされる。
その隙を逃さず、
メアリーの両翼が紅く発光した。
「……紅(KURENAI)」
ピカッ――
次の瞬間、
翼から放たれた紅血の線が、
一直線にエリザベスを貫かんと伸びる。
ビビビビビビッ!!!
エリザベスは即座に状況を理解し、
左手から水を噴射。
ベクトルを強引にずらし、
攻撃線を上から左下へと逸らす。
――だが。
紅線は、
エリザベスの右肩をかすめた。
布が裂け、血が滲む。
エリザベスは床へと前転し、
そのまま転がるように距離を取る。
紅線は止んだ。
メアリーが、じっとこちらを見下ろす。
「……錆びた釘(Rusty Nail)」
ザクッ――!!
「――ああああっ!!!」
右肩に染み込んだ血が、
突如として硬質化し、
釘へと変わって身体へ突き刺さった。
激痛。
だが、メアリーは止まらない。
翼を打ち、直進。
上から、鎌。
エリザベスは歯を食いしばり、
飛蝗の軌道で一気に反転――
向こうの壁へと跳ぶ。
メアリーは空中でクイックターン。
そして、
再び――
四本の尻尾が、放たれた。
一本目。
血の尾が一直線にエリザベスへ突き進む。
エリザベスは反射的に左へ身を投げた。
だが、それを読んでいたかのように、尾の先端が弧を描き、左へと薙ぎ払われる。
「――っ」
エリザベスは床を転がるように前転し、紙一重でかわした。
二本目。
前転の着地点を狙いすました一撃が、床へと突き刺さる。
エリザベスは着地と同時に判断し、
飛蝗の軌道を発動――
斜め上空へと身体を弾き飛ばした。
三本目。
左へカーブを描く血尾が、空中の軌道を正確に捉える。
「――水布団!!(ウォーターベッド)」
瞬時に生成した水の塊が、
前転宙返りの勢いを強引に止めた。
だが止まった瞬間――
四本目。
今度は右から、逃げ場を塞ぐようにカーブする血尾。
エリザベスは水布団を破裂させ、
両手から火山灰を噴き上げる。
「溶岩上昇!(マグマライズ)」
爆発的な浮力で、
エリザベスの身体が空へと押し上げられる。
――その時だった。
視界の外。
上方から、二本。
左右から弧を描く血尾が、
同時に迫っていた。
「――っ!!」
気づいた時には、もう遅い。
右からの一撃が、
エリザベスの身体を叩き落とす。
バゴンッ!!!
「んっっ!!!」
鈍い衝撃。
床に叩きつけられた衝撃で、石畳に亀裂が走る。
視界が揺れる。
そして――
血。
床一面に広がる、紅い痕跡。
「……錆びた釘(Rusty Nail)」
ジョキッ。
ジョキッ。
ジョキッ。
「ああああああああああああああっ!!!!」
血に染みた床から、
無数の針が突き上がる。
左肩。
左手のひら。
右腿。
肉を裂き、骨を貫く。
「……ドッグランはここまでよ」
空中に留まったまま、メアリーが両手を壁へ向ける。
次の瞬間――
手のひらから紅線が噴射された。
推進力が、桁違いに変わる。
「……涙(Tears)」
ビィィン――
バンッ!!!
音が、遅れて爆ぜた。
メアリーは音速で上昇し、
天井近くで一度、空間を周回する。
エリザベスが顔を上げた時には、
すでに――
翼を広げ、こちらを見下ろしていた。
空中で宙返り。
身体の向きをエリザベスへ。
両手から伸びる紅線が、
彗星の尾のように壁を削りながら一直線に走る。
バンッ!!!
「んっ……はあっ!!!」
次の瞬間――
ドガガガガガガンッ!!!!
バリバリバリッ!!!
ゴゴゴゴゴッ!!
床が砕け、崩れ、底が抜けた。
エリザベスの身体は、
メアリーの衝突と共に下階へ叩き落とされる。
バンッ!!!
一階客間。
床に叩きつけられ、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
砂埃の中――
メアリーはそのまま落下し、
両脚を大きく広げ、
地面に触れた瞬間、回転しながら着地した。
「……死んだ……はずよね」
砂埃が、ゆっくりと晴れる。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
そこにいたのは――
生きているエリザベスだった。
左腕と右脚は切断され、
右手で抱えたまま、仰向けに倒れている。
だが。
エリザベスは左腕を左肩へ押し当てた。
――ぴたり。
まるで接着剤のように、
肉と骨が繋がる。
右脚も同様に、股関節へ戻される。
「……芋虫……」
エリザベスが、息を荒くしながら立ち上がる。
「芋虫の正体は……これかっっっ!!!」
瞬間。
メアリーが四本の尻尾を展開。
右上。
左上。
右中央。
左中央。
空間を封じる配置。
「飛蝗の機動!!!」
エリザベスは両脚で地面を蹴り、
後ろ向きに空中へ跳ねる。
勢いのまま後退し、
四本の血尾を紙一重で回避。
だが、追撃は止まらない。
メアリーの翼が、再び紅く輝く。
「紅!!(KURENAI)」
ババババババババッ!!!!
両翼から放たれた二本の紅線が、
確かに――
後退するエリザベスの影を捉えていた。
⸻
紅線を放つメアリーは、正面にいるエリザベスへ意識を集中させていた。
だが――はっと、背筋を撫でるような違和感。
メアリーが顔を上げた瞬間、稲光をまとった一本の雷槍が、空中で完全に彼女を捉えていた。
「基礎魔法:金――全能の雷!!」
反射的に、メアリーは四本の尻尾を展開し、全身を覆う。
防御は完璧。雷は――
来ない。
空中で構えたはずのエリザベスは、稲妻を右へと、思いきり投げ放った。
ドガンッ!!!
雷は扉へと直撃し、木製の扉は爆ぜ、炎上する。
その瞬間、エリザベスは迷いなく、その方向へ波動を溜め、跳んだ。
「クソッ!!!」
メアリーは即座に四本の尻尾を地面に突き立て、弾く。
身体は右へと加速し、焼け落ちた扉を突き抜けた。
⸻
「はっ……はっ……はっ……はっ……!!」
エリザベスは飛蝗の機動で、長い廊下を空中滑走していた。
角が来るたび、空中で九十度回転し、足に波動を溜め、直進する。
(分かった……何となくだけど、全部見えた)
翼は飛行と噴射。
尻尾は射撃と制御。
鎌は近接戦。
血のある場所は、すべて“錆びた釘”の射程。
(近づいたら負ける……固定されたら終わり……ティアーズは、ラスティーネイルで動きを縛ってからの追突……あれがトドメ……)
次の角。
エリザベスは空中で左へ九十度回転し、さらに加速する。
視界が開けた。
そこは、宮殿の大廊下。
眼下には、焦げた樹木。
炎と植物が絡み合う戦場で、アシュリーと女が対峙していた。
「ベスッ!!!」
「アシュリー!!!」
その瞬間――
ドガンッ!!!
振り返るより早く、メアリーが壁を砕きながら強引に進路を変えていた。
両手を開いた瞬間、手のひらから血が噴射し、推進力が跳ね上がる。
ギュイン――!!
音を置き去りに、メアリーが迫る。
鎌を広げ、首を刈り取る角度。
その直前。
エリザベスは進路を左へ九十度切り替え、窓へ向けて飛蝗の機動を放った。
パリンッ!!!
ガラスが砕け散り、夜風が吹き込む。
エリザベスはそのまま、宮殿の外へと飛び出した。
メアリーは勢いのまま突き抜ける。
だが床に三本の尻尾を突き刺し、すり鉢状に身体を回転させながら百八十度のUターン。
さらに同じ動作を重ね、右へ九十度回転し、三本の尻尾を弾く。
メアリーは勢いよく加速し破れた窓から、彼女もまた外へ躍り出た。
⸻
眼下に広がるのは、レイトンの街。
街全体を見下ろすほどの高所。
(……おっさんは理解しろ、って言ってた。次は……考えろ、だっ!!)
エリザベスは空中で襟巻石竜子を踏み続け、留まる。
左手を頭に添え、思考を走らせた――その時。
影。
見上げた瞬間、もう遅い。
「待ってて偉いね……忠犬さん」
空中で身体を捻るメアリー。
四本の尻尾が、すでに狙いを定めていた。
バゴンッ!!!
叩きつけられる衝撃。
自由落下。
エリザベスの身体は石段の屋根へと真っ逆さまに突っ込み、瓦を粉砕しながら貫通した。
ドガガガガガガッ!!!
瓦礫と粉塵が、夜の街に降り注いだ。
⸻
水の泡が弾け、カーペット一面に冷たい水が広がった。
エリザベスが立ち上がり、左を向く。
そこには、布団を引きずりながら後ずさる、思春期ほどの少女がいた。口を震わせ、必死に身を隠そうとしている。
「死にたくないです……死にたくないです……」
エリザベスはマントルについた水を軽く払った。
「何もしないさ」
――その瞬間。
バゴンッ!!
天井を蹴り抜く勢いで、一本の尻尾が床へ突き刺さった。
少女は悲鳴も上げられず、反射的に布団の奥へ身を縮める。
「クソッ、メアリー! 子供は反則だろっ!!」
屋根の上に立つメアリーは、無表情のまま尻尾を三本、少女へ向けて放った。
エリザベスは即座に人差し指を突き出し、火花を撒き散らす。
「裁きの一撃!!《ジャッジメントストライク》」
ピカッ――
ドガンッ!!
雷光が走り、エリザベスは疾風走で少女へ飛び込み、その身体を抱き寄せた。
「メアリー……その顔……もしか」
「ええ。エリザベスよ」
腕の中で、少女の震えが少しだけ収まる。
一方、穴の向こうを覗いても、メアリーの姿はすでになかった。
エリザベスは少女をそっと下ろす。
「ねえ。ここから出る方法は?」
「あっち……窓……」
指差された先、部屋を抜けた先に出口があるらしい。
「あり――」
ドガンッ!!
背後から三本の尻尾が襲いかかる。
「堡礁の壁!!《バリアリーフ》」
空中に水球と珊瑚礁の壁が生成され、エリザベスと少女を覆い隠した。
「ありがとう……そして、おやすみ……」
エリザベスはそう告げ、少女を残して部屋を飛び出す。
廊下の窓を突き破るように、身を投げた。
パリンッ!!
落下の直前、水布団が展開され、身体を包み込む。
波紋が足元に揺らいだ、その刹那――
ザクッ!!
水泡が破裂し、右腕が綺麗に切断された。
ボトッ……
遅れて、右腕が石畳へ落ちる。
血は、一滴も流れていなかった。
見上げると、すでにメアリーが鎌を振り上げている。
ガランッ!!
鎌は、上体を起こして疾風走で横断するエリザベスの空振りに終わった。
メアリーは即座に追撃する。
五本の尻尾が、右から曲線を描いて放たれた。
一本目が、エリザベスの眼前へ迫る。
「……うわあああああああああっ!!!」
反射的に、無いはずの右手で防ごうとした、その瞬間。
切断された断面の先に、白い光が集まり始める。
光は塊となり、伸び――
ナイフへと変形した。
シュッ!!
白い刃は、一直線にメアリーの脳天へ飛ぶ。
気配を察したメアリーは、上体を左へ逸らした。
その隙に、一本目の尻尾がエリザベスを薙ぎ払い、壁へ叩きつける。
二本目以降は、逸らした体勢によって軌道を外した。
「はあ……はあ……はあ……」
エリザベスは、確かに見ていた。
存在しないはずの右腕から生まれた光が、形を持ち、放たれたことを。
「嘘でしょ……嘘でしょ……」
理解してしまう。
かつてウィリアムから告げられた、“可能性”。
「これが……本当の……能力魔法だ……」
視線を上げると、メアリーは翼を広げ、すでに紅く輝いていた。
「紅!!(KURENAI)」
バババババババッ!!
紅線が空を裂く。
エリザベスは飛蝗の機動で弧を描き、上体を逸らして回避する。
空中で、エリザベスの周囲に八つの白い塊が集まり、やがてナイフへと変わる。
シュシュシュッシュッシュッシュッシュッ!!
八本すべてがメアリーへ放たれる。
だがメアリーは尻尾を弾き、上空へ退避し、すべてをかわした。
「飛蝗の機動!!」
エリザベスは斜め下へ直進加速し、石畳へ降り立つ。
百八十度回転しながら、右腕を右二の腕へ接続すると、元通りになった。
「……負け犬にも……能力魔法っ!!」
メアリーは翼を広げ、見下ろす。
九本すべての尻尾が、全方位から曲線を描いて放たれた。
「……果てしない雨(ENDLESS RAIN)」
ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガッ!!
紅い尾を引く流星が、石畳を穿つ。
――だが。
メアリーの視界の目前には、すでに炎剣を握るエリザベスがいた。
「何っ!!!」
炎剣が振るわれ、メアリーは鎌で受け止める。
ガンッ!!
火花が散り、激しく燃え盛る。
「クソッッッッッッッッ!!」
必死に押さえ込むメアリーの背後。
エリザベスの左手に、再び白い光が集まる。
光は伸び、光剣となった。
「隙ありっっっっ!!!!!」
ギュインッ!!
光剣はさらに延伸し、背後から回り込み、メアリーの首筋を突き刺す。
「やった……」
その瞬間、メアリーは死を覚悟した。
エリザベスは栄光の未来が約束された。
勝者と敗者が決まったと、両者が確信した。
――パキッ。
剣先に、ヒビが入る。
パキパキ……
ヒビは曲線のブレードを伝い、左手へと広がる。
パキパキパキパキ……
そして――
パリンッ!!!
ガラスが砕け散るように、光剣は跡形もなく弾け飛んだ。
「えっ……」
エリザベスも、メアリーも。
この瞬間、自分たちが置かれた“現在”を、まだ理解できていなかった。




