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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章 女王誕生篇

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第二十四話 新緑の芽

第二十四話 新緑の芽


アシュリーが先を行き、エリザベスが半歩遅れて続く。

宮殿の内部は相変わらず静かで、足音だけが長い廊下に吸い込まれていった。


その時だった。


ポタ……

ポタ……。


微かな水音。


「……天井から?」


アシュリーが足を止め、眉をひそめる。


「雨漏りかしら?」


そう言って窓に視線をやる。

ガラス越しには、雲ひとつない夜空と、くっきりとした満月が浮かんでいた。


――雨水じゃない。


「アシュリー……!」


エリザベスの声が跳ねる。


「上! 上をっ!!」


アシュリーが反射的に見上げた瞬間、息を呑んだ。


天井から吊り下げられているのは、袋状の植物。

葉に包まれ、ずっしりと膨らんだそれが、いくつも連なっている。


「……これ……?」


喉がひくりと鳴る。


「ウツボカズラ……よね……?

でも、形が……大きすぎる……」


次の瞬間。


バシュッ!

バシュッ!


乾いた音とともに、袋がX字に裂けた。


「なっ……何っ!?」


裂け目から水が一気に溢れ出す。


「アシュリーっ!! 何かくるっ!!」


エリザベスの叫びと同時だった。


袋の中から飛び出したのは――人影。


黒いマントルに近いが、どこか違う。コウモリの翼みたいを羽織りものだが、布ではなく皮だ。さらに素足を出しつつ、黒い下着のようだが、布面積は広い。

足は光に反射することから、おそらく皮ではあるが、腿まで伸びており靴とは呼べないし鎧でもない。

シルエットや金髪の長い髪から女であることは間違いない。しかし、貴族でもないうえに二十三の人生で一度も見たことない。その姿そのものが理解できなかった。


水飛沫を上げながら落下するその女は、一直線にアシュリーを捉えた。


シュッ……

パチンッ!!


「危ないっ!!!」


女の手から放たれたのは、薔薇の棘で編まれた鎖。

鞭のようにしなり、アシュリーの体を叩きつけた。


トガンッ!!


壁に激突するアシュリー。


「こいつ……っ!!」


エリザベスは確信した。

ツタ、オナモミ――すべてのトラップ。

侵入を読んだ仕込み。


犯人は、この女だ。


壁際を見ると、アシュリーは腰から瞬間的に火炎を噴射し、姿勢を立て直していた。

直撃は避けた。だが、衝撃は確かだ。


女が、くすりと笑う。


「あれあれ……結構しぶといのね……

炎の魔法使いさんに……全属性の魔法使いさん」


「お前……なぜ知ってる!?」


エリザベスが叫ぶ。


「ごめんなさい...内緒です♡」

「種を撒くタイミングを教えたら...殺せないわ?」


「くっ……クソっ!!」


「さてと……まずは……やっかいな……」


言い終わる前に、アシュリーがルビーのステッキを女に向けて踏み込む。


「基礎魔法:火――火炎放射(ファイアースロー)!!」


両手に白く輝く火球が生まれ、

次の瞬間、一直線に炎が奔った。


――植物には、炎が効く。


確信。


女は左腕を前に突き出す。

盾のように構えた腕から、枝が爆発的に成長した。


葉が重なり、赤い葡萄のような実が瞬時に実る。

女を覆い隠すように、低木が形成された。


ブワッ!


炎が直撃する。


「……やった……」


アシュリーが、そう思った、その瞬間。


確かに、黒く焦げていた。

――だが、それは表面の葉と赤い果実だけ。


低木の奥。

そこに、女は立っていた。


無傷で。


「どっ……どうして……」


「うふふふふ♡」


エリザベスは見ていた。

確実に火は当たった。

植物は炎に触れていた。


それなのに――燃えきっていない。


「……能力魔法……?」


思考が一気にそこへ傾く。


植物を操る。

燃えない。

この状況で考えられる選択肢は、ひとつしかなかった。


エリザベスの脳裏に、警鐘が鳴る。


だが、その違和感の正体を、

彼女はまだ掴みきれていなかった。


エリザベスは状況を理解するより早く、身体が動いていた。


「基礎魔法:土――岩弾(ロックガン)!!」


右手を前に突き出す。

地面が盛り上がり、拳ほどの岩が引き抜かれる。

そのまま押し出すように放った。


――火が効かないなら、当てずっぽうでも潰すしかない。


岩弾が女の頭上に迫った、その瞬間。


「……ツタ」


ヒュルヒュルヒュル――

地面から伸びた蔦が、岩をがっちりと掴み取る。


バチッ。


そのまま締め上げ、岩弾は粉々に砕け散った。


「色んな属性を試そうってところ?…マヌケね...」


女が笑う。


その隙を逃さず、アシュリーが踏み込んだ。


「……火、聖なる炎(ホーリーフレイム)!!」


ステッキから放たれる白く輝く炎が一直線に走る。

だが女は、腕を振り上げるだけだった。


瞬時に低木が生成され、赤い果実を実らせながら炎を覆い隠す。

火は、そこで止まった。


「――次っ!」


エリザベスが追撃する。


「基礎魔法:金――全能の雷(ケラノウス)!!」


右手に稲妻が槍の形を成す。

そのまま投げ放つ。


ドガンッ!!


だが女は、エリザベスのいる方向にも低木を伸ばしていた。

雷は樹木に吸われ、完全に遮断される。


「……魔法の種はもう終わり?」


女がゆっくりと両手を広げる。


「次は、あなた達の魔力を...枯らせてあげる...」


薔薇の棘で編まれた鎖が、空を裂いた。


シュッ――バチッ!!


エリザベスは壁へと叩きつけられ、

アシュリーは鎖に絡め取られ、動きを封じられる。


「さてと……これで――」


「……火土、溶岩弾(マグマガン)」


アシュリーの人差し指から、りんごほどの赤黒い球が撃ち出された。


女は即座に回避する。

だが背後に生成した樹木の幹へと、溶岩弾が命中した。


ボンッ!!


爆発。

衝撃で女は吹き飛ばされ、床に転がる。


「今のうちっ!!」


アシュリーは薔薇の鎖を炎で焼き切り、女へと駆け寄った――その瞬間。


「……っ!」


急に、涙が溢れた。


「目……目が……っ!!」


視界が滲み、激痛が走る。


「うふふふふっ♡……」


女は立ち上がり、樹木へと歩み寄る。

床に転がる果実を、拾った。


「最後だから教えてあげる...」


淡々と、告げる。


「この樹木はマンチニール。

別名死の林檎って言われてるの。あなたに特別に食べさてあげるわ...」


女はアシュリーの前にしゃがみ込み、

彼女の顎を掴んで唇を開かせる。


「さようなら……炎の魔法使いさん」


――その瞬間。


ザクッ。


女の足元から、氷の牙が突き上がった。


「……っ!」


エリザベスだった。

同時に、水魔法で樹木の火を叩き消す。


「アシュリー!! 大丈夫か!!」


アシュリーは膝をつきながらも、首を振る。


「……痛いけど……何とか、立てるわ」


涙に濡れた目で、必死に続ける。


「アシュリーっ!!...こいつに対して属性的に有利なのは、間違いないはずっ……」


エリザベスは即座に判断した。


「お願いだ!

私はこいつが出してる火を防ぐ低木を本で調べてくる!

それまで時間を稼いでくれ!!」


「分かったわっ!!

それと……この女、さっき言ってた!」


アシュリーが叫ぶ。


「マンチニールよ!

この樹木はマンチニール!!

一緒に調べてきて!!」


エリザベスは一瞬だけうなずく。


次の瞬間、疾風走(ウインドスプリント)。

風のようにその場を離れ、書斎へと駆け出した。


⸻


「植生の本……植生の本……!」


エリザベスは息を切らしながら書斎へと駆け込んだ。

かつてこの宮殿には、ありとあらゆる知が収められていた。

歴史書、王族の記録、日記、天文学――そして、植生学。


「……よし。変わってなければ、ここ」


扉を押し開けた瞬間、視界いっぱいに本棚が並ぶ。

以前よりも明らかに冊数が増えていた。


「植生……植生……」


右から順に視線を走らせる。

棚の配置は、記憶の通りだ。


――と、その時。


一列だけ、床に本が雪崩のように散らばっていた。


「……まあ。本棚が倒れただけ、だよね」


違和感を一瞬で切り捨て、エリザベスは視線を左へ移す。

植生と地学。並び替えられた背表紙の先に、目的の棚があった。


「あった……ここだ」


指で背表紙をなぞる。


「植物図鑑……図鑑……」


――見つけた。


「……これだ!」


本を引き抜き、すぐさまページを繰る。

探す名前は一つ。


「マンチニール……マンチニール……」


指が止まる。


「あっ……これだっ!!」


視線が、左上から右下へ一気に走った。


マンチニールを燃やした際に発生する煙は、

目に触れると激しい炎症を引き起こし、

最悪の場合、死に至る。


「……やっぱり」


女が、なぜあの樹木を使ったのか。

理由は明白だった。


さらに読み進める。


樹液、または雨天時に葉に触れた雨水にも毒性があり、

皮膚に炎症を起こす。

また、実る緑の果実には強い毒性があり、

決して口にしてはならない。

摂取した場合、最悪の場合は死に至る。


「……完全に、切り札だ」


エリザベスは確信した。

あの女にとって、マンチニールは最後に切るための一手。

だからこそ、使った。


――だが、もう一つ。


「赤い果実の低木……葡萄みたいな実……」


ページをめくる手が、止まった。


「あっ……もしかして……」


視線の先に書かれていた名。


サンゴジュ。


エリザベスはページの隅から隅まで、食い入るように読む。


サンゴジュの葉は水分を多く含み、

他の植物に比べて燃えにくい。

完全に燃えないわけではないが、

延焼を防ぐ目的で住居の周囲に植えられることが多い。


「……これも」


思わず息を呑む。


「これも、アシュリーへの対策じゃん……」


燃えない葉。

燃やすと危険な木。


火属性に対する、二重の罠。


エリザベスは、女の戦い方を完全に理解した。

――だが、まだ一つだけ、引っかかる。


「……でも」


胸に手を当てる。


「植物を出す魔法って……能力魔法じゃないの?」


あの戦いを思い返す。

ツタ、低木、果実、潜伏。

あまりにも自然で、あまりにも合理的だった。


糸口が、見えない。


「……おっさんだったら」


ふと、記憶の底から声がよみがえる。


(戦闘に勝つ上で、最も重要なのは

“相手を理解すること”だ)


「……おっさん!!」


エリザベスは思考を過去へと遡らせた。

出会った日から今日まで。

何を教わり、どう戦ってきたのか。


――そして、思い出す。

~~~~ ~~~~ ~~~~

「木属性は少し説明が必要だな。

 樹木生成や花魔術もあるにはあるが……

 概ね無難な……風を操る属性だと思っていい」

~~~~ ~~~~ ~~~~


「……そうだ」


エリザベスは、はっと息を吸う。


「木属性は……風だけじゃない」


ページを閉じる。


「難しいけど……植物も扱える!!」


能力魔法じゃない。

基礎魔法だ。

木属性の、極めて高度な運用。


「……やっぱり、あいつは凄い」


だが、今はそれどころじゃない。


エリザベスは踵を返し、書斎を飛び出した。

気流を足元に集め、全速力で走る。


――アシュリーの元へ。


「待ってて……!」


知識は揃った。

あとは、伝えるだけだ。


⸻


「……火 線香花火(スパークラーズ)!!」


ヒュー……

次の瞬間、バチバチバチッと弾けるような火花が、上空から降り注いだ。


アシュリーは高所からステッキを振りかざし、女を包み込むように火花を撒き散らす。

だが――


女は一歩も退かない。


地面から低木が瞬時に生え、円を描くように女を囲んだ。

葉が重なり合い、火花を受け止め、弾き落とす。


「……あなた」


女が、冷たく言い放つ。


「戦い方から察するに……知恵はないのね♡」


「……っ」


アシュリーは言い返せなかった。

否定できなかったからだ。


――その時。


「アシュリーッ!!」


角の向こうから、息を切らした声が響く。


「ベスッ!!」


エリザベスが駆け込んできた。

乱れた呼吸のまま、叫ぶ。


「この女は……木属性の基礎魔法使いだっ!!

 アシュリーに言われたマンチニール、全部調べた!!」


アシュリーは攻撃を続けながら叫び返す。


「何だったっ!? 教えてっ!!」


「マンチニールは――絶対に燃やしちゃダメだ!!

 燃やすと煙が出て、目に入ると最悪失明する!!

 それに、こいつが生やしてる木……葉っぱも幹も果実も、全部毒性があって最悪死ぬ!!

 とにかく近づいちゃダメ!!」


その瞬間、アシュリーの中で全てが繋がった。

――だから、急に目が痛くなったのだ。


エリザベスは続ける。


「それだけじゃない!!

 こいつ――マンチニールでしかアシュリーを殺せない!!」


「……何で、そう言い切れるのよ!?」


「もう一つ調べた!!

 火属性魔法が通らない低木!!」


「あれね!! ベス、何だったの!?」


「サンゴジュだ!!

 燃えにくい葉っぱで、完全に燃えないわけじゃないけど……

 火を防ぐのに最適な植物!!」


「サンゴジュは分かった!

 でも……マンチニールしか攻撃手段がない理由はっ!?」


火炎放射を放ちながら、アシュリーが叫ぶ。


エリザベスは、迷いなく答えた。


「この女は――

 自分も死ぬかもしれない覚悟でマンチニールを使ってる!!

 それしかないからだ!!

 こいつは基礎魔法使いだ!!

 属性不利だって、一番分かってるのは本人なんだ!!」


「……っ!!」


女の表情が、一瞬だけ歪んだ。


空中で、エリザベスを見て――

明らかに、焦りが走った。


エリザベスはその顔を見逃さなかった。

口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「アシュリー!!

 こいつのネタはマンチニールとサンゴジュだけだ!!

 それさえ回避すれば、絶対に勝てる!!

 今、一瞬……困った顔したぞ!!」


アシュリーは、はっきりと頷いた。


「……分かったわ」


一瞬で、決断する。


「ベスがそう言うなら信じる!!

 この女は、私が時間を稼ぐ!!

 あなたは先へ行って!!

 私たちの目的は――お姉さんでしょ!!」


エリザベスは強く叫び返した。


「頼んだ、アシュリー!!

 私は……お姉様のところへ行く!!」


そのまま、エリザベスは大廊下へ向かって跳んだ。


女が即座に反応し、右手を振る。


薔薇の棘の鎖が、唸りを上げて放たれる。


「――飛蝗の機動(グラスホッパードライブ)!!」


ビュイーンッ!!


空中で身体をひねり、九十度方向転換。

足に波動を溜め、一気に跳躍する。


鎖を紙一重でかわし、そのまま大広間の方向へ――。


「基礎魔法:土 鋼の変異(メタルフォーゼ)!!」


バンッ!!


腕が鋼に変わり、扉を正面から突き破る。

床を二回転し、即座に体勢を立て直す。


速度は、殺さない。


エリザベスはそのまま、宮殿の奥へと走り去っていった。


⸻


広間の奥を抜けると、空気が変わった。

長く、真っ直ぐに伸びる廊下。王の寝室へと続く、赤いカーペット。


エリザベスは足を速め――そして、止まった。


カーペットの中央に、人影がある。


「……フェリペ?」


名を呼んだ瞬間、背中から剣を引き抜いた。

金属音が、廊下に乾いて響く。


「何よっ!!

 私をやる気みたいねっ!」


くるくると巻かれたカール髪を指で弄りながら、

人影は軽い足取りで前に出た。


「ちょちょちょちょちょちょ。

 勘違いしないでよっ!エリちゃん♪」


――間違いない。

相変わらず、顎が長い。


「はあ?」


「俺は君と戦いたいわけじゃないよ♪」


「はあああああああ!?」


エリザベスは思わず声を張り上げた。

「あなた、夫ですよね??

 その立場なら妻を守るために私を倒しますよ!!普通に!!」


フェリペは、笑顔のまま、首を傾げる。


「なーに言ってんのよ♪エリちゃん♪

 むしろ逆!

 さっさとおばさんには死んでほしいのさ♪」


一瞬、廊下の空気が凍った。


「ヒスってるおばさんは大っ嫌いだからね♪♪」


「……あああああああん???」


エリザベスの目が、冷たく光る。


「最低。論外。二度と顔見せんな」


その言葉に、フェリペは一瞬だけ瞬きをし、

次の瞬間、わざとらしく慌てた。


「えっ。

 エリちゃんに悪いこと言ったかな??

 エリちゃんにとっては、いい話じゃないの??」


「最悪。ゴミ以下。地獄に堕ちろ」


きっぱりと拒絶されると、

フェリペは顔を歪め、どう見ても嘘泣きを始めた。


「そんな酷いこと言わないでよ〜

 俺、泣いちゃうよ〜

 うえ〜ん……」


あまりにも馬鹿馬鹿しくて、

エリザベスは一瞬、言葉を失った。


……だが、すぐに問いを投げる。


「じゃあ……仮にですけど」

「あなたと私は、手を組んで戦うんですか??」


フェリペは、ぱっと表情を変えた。

曇り一つない、能天気な笑顔。


「え??

 やらないけど♪」


「……」


「それはエリちゃんの仕事でしょ♪♪♪」


「論外。くたばれ。死ねばいいのに」


踵を返し、廊下の奥へ歩き出す。


背後から、追ってくる気配はない。

代わりに、軽い声だけが投げかけられた。


「待って〜待ってよ〜エリちゃん♪♪♪

 そういうところも可愛くて好き♡♡♡」


エリザベスは、振り向かない。


一切、振り向かない。


⸻


王の寝室へと続く廊下の途中に、

ステンドグラスの広間がある。


アンとヘンリーが語らった場所。

エリザベスとアシュリーが、月を語った場所。


走り抜けるはずだった。

それなのに――


「……んっ……」


エリザベスは、思わず足を止めた。


月と太陽が、星空と青空の中で輝くはずのステンドグラス。

その奥に映る月が、真紅に染まっている。


空は赤い。

血を塗りたくったような、濁った赤。


階段を辿るように、視線を上げる。


「……えっ……」


吹き抜けの上。


そこに立っていたのは、紛れもなく――メアリーだった。


黒いドレス。

黒い靴。

そして、鮮血の能力で既に生成された、赤黒い鎌。


鎌の柄が、こちらを向いている。


「あらあら。負け犬」


メアリーが、愉しそうに口元を歪める。


「ずいぶん遅かったじゃない。こっちは尻尾を振って待ってたのに……」


「お前を……止め――」


「言わなくても分かるわよ」


即座に遮られる。


「おかわりはいらないわ」


言葉を奪われ、エリザベスは一瞬、息を詰めた。

それでも、次の言葉を絞り出す。


「覚えてるよな!?」


声が、広間に響く。


「トマスを襲ったのお前だろ!?

 翼と尻尾を背負って……

 化け物は、お前だろ!!

 答えろよっ!!」


メアリーのまぶたが、ピクリと震えた。


鎌を握る右手で、自分の肌を削るように掻きむしる。


「……」


「メアリーッ!!!」


エリザベスは、背中から剣を引き抜いた。

金属音が、鋭く鳴る。


「お前が化け物かどうかは、どっちでもいい!!

 みんなのために……

 明るい未来のために……」


「わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわん……」


「うるさいわね」


メアリーは、心底うんざりした声で言った。


「お気持ちだけは一流なこと……」


鎌の刃を回転させ、背中の後ろへと構える。


エリザベスは、剣を強く握り締めた。


「特別に、お姉ちゃんが教えてあげる」

「あなたみたいに、どんなにお口が一流でもね……

 実力が追いついていない雑犬は――」


「――遠吠えするしか!先はねえんだよっ!!!」


シュパッ……シュパッ……


「……えっ……」


メアリーは、自らの血で作った鎌で、

自分の背中をX字に切り裂いた。


血が、噴き出す。


ステンドグラスに、真紅が叩きつけられる。


だが――それだけでは終わらない。


噴き出した血は、四つに分かれた。


一箇所目。

放射状に広がった血が、枝のように分かれ、

やがて実るように紅鱗を纏い――右翼となる。


二箇所目。

同じ過程を辿り、左肩に――左翼。


三箇所目と四箇所目。

カーペットに注がれた血が、

生命を得たかのように蠢き、

身体から伸びるように――尻尾へと変形した。


メアリーは、服の内から黒い仮面を取り出し、

顔を覆うように被る。


「最期は……痙攣して死んじゃうかもね……」


バサッ――


大きく翼を広げた瞬間、

吹き抜けに血飛沫が降り注ぐ。


そして。


メアリーは、ワシのように――

真っ逆さまに落下した。

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