第十七話 Let It Go
第十七話 Let It Go
「これでもないな……それでもない……」
本棚の前で、フェリペは独りごちた。
並ぶ背表紙を指で押し、傾けては戻す。その動作は雑でいて、どこか楽しげだ。
一冊、手に取る。
「ふーん♪なにこれ……王国の機密書類だ」
軽くページをめくり、口角が上がる。
「いいね♪ これ国に持ち帰っちゃお♪」
それは国の財政、制度、根幹となる決め事を記した書類だった。
だがフェリペは中身を深く読むこともなく、本を上から――
パッ。
床に落とす。
そしてまた次の本へ。
「どれどれ〜。……あ、国の外交関係の記録だ♪」
紙をはじく音。
また笑う。
「いいね♪ いいね♪ 収穫いいぞ♪」
パッ。
本棚は次第に乱れ、床には落とされた書物が重なっていく。
フェリペは気にも留めず、さらに手を伸ばした。
「なになに〜」
今度取り出したのは、黄土色の本だった。
他よりも古く、装丁も質素だ。
本を斜めにすると、表紙に文字が浮かぶ。
――朕の日記。
扉をめくる。
左下に、小さく名前が記されていた。
ヘンリー。
「……なんだこれ??」
フェリペはその本を見つめ、わずかに首を傾けた。
⸻
「うわああああああああ!!」
バッシュッ!!
胴体と頭が黒剣によって引き裂かれる。そこにいたのはあの化け物だった。槍や鉄砲、大きな滑車、大砲まで保管してあるこの場所は抵抗団のアジトである。
「基礎魔法:木 葉乱の刃!!(リーフブレード)」
男が緑の葉を生成し、気流に軌道を乗せ飛ばす。
そこにいたのは翼に複数の尻、そして鎌をもつ化け物の姿だ。気流に乗った葉は勢い殺さず、化け物目掛ける。
シュパ シュパ シュパ シュパ!
3枚は胸や腹や腕を突き刺し、7枚は腕や肩、翼、もも、足首、首、耳の上を引き裂いた。
「よし!...当たったぞ!!」
引き裂いた所は傷が生まれ、突き刺した所は穴になった。それぞれの傷や穴から血を流す...が倒れない。
「う...うそだ...嘘だあ!!!!」
化け物についた傷は谷が塞ぐようにみるみると平らになり、刺した穴は押し上げるように平らになり、硬いはずの葉っぱがカランと石の床に落ちてしまった。
「ばっ....化け物おおおお!!!」
化け物は五本の尻尾を地面につけ、膝を男の向きへ曲げるとやがて膝を勢いよく伸ばすと同時に五本の尻尾をバネのように伸縮する。
風の勢いよりも早く、飛ぶ化け物はまるで獲物を見つけたワシのようだ。そして1秒足らずで男の前にくると、そのまま男を左腕で捕まえて、
ドガンッ!!!
バシュッ! バシュッ! バッシュッ!
「やめろおお!やめろおお!やめろおおおおおお!」
壁に男を押し込んだ化け物は何度も何度も剣で男を引き裂く。壁は男がまるで蜘蛛に捕まったような網の巣になっており、周囲は岩石がボロボロと崩れ落ちる。
やがて男が叫ばなくなると、バラバラになった体はボトボトと床に落ちていった。
「やめてください...やめてください...」
下を向きながら頭を抱える女性を化け物は剣で
「きゃああああああああ!!」
剣を突き刺し、壁へ振り回すと
ドガンッ!
女性はそのまま砂埃の中ぐったりしていた。
「お願いです...この子だけは...この子だけは...」
化け物に通せんぼするように右手と左手を広げる女性。
その裏から隙間を除く女の子。
「や....やめて....やめてえ!!」
化け物は一本の尻尾を女性の右手、二本目を左手を掴み上へ持ち上げ女性を浮かせる。そしてそれぞれの尻尾を向かい合わせの壁方向に引っ張る。
「きゃあああああああ!!!」
ブチブチブチブチ!!!
女性は縦方向に引き裂け、各尻尾をあちこちに飛ばすと体は勢いよく吹き飛んだ。
「助けて...神様........」
裏で隠れながらお祈りしてる子は逃げず下を向いてる。
ジュバッ!!!
三本目の尻尾で彼女の腹を勢いよく刺すと動かなくなった。
そして左手の人差しに火をつけ、化け物は火の滴を地面に落とすと、火薬庫は一瞬で燃え広がった。炎の勢いはどんどんと増していく。
化け物は煉獄の中を膝と複数の尻尾を使って直進跳躍をし、その速度を殺さず翼で滑空、その場を後にした。
⸻
曇天の下、エリザベスは街路を駆けていた。
濡れた石畳を踏みしめるたび、肺が焼ける。
「はっ……はっ……」
街の奥――広場の方向に、人だかりが見える。
だがそれは行進ではない。
祈りでも、抗議でもない。
“見物”だ。
嫌な予感が、胸の奥を掴んだ。
「やめてくれ……俺は何もしていない……」
か細い声が、群衆のざわめきにかき消される。
「いいぞ! やれやれ!!」
「人が死ぬとこ! 興奮するぜ!!」
「やっちまえ! くたばれっ!!」
エリザベスは、人垣を押し分けて前に出た。
そこにあったのは、五つの藁の塊だった。
木の棒に縛られ、立てられている。
近づいて、ようやく“それ”が人だと分かる。
背丈はばらばら。
男、女、そして――子供。
泣き叫ぶ者。
声も出せず震える者。
すでに諦め、虚空を見つめる者。
民衆は円を描き、距離を保ち、安全な場所から死を鑑賞していた。
それは処刑ではない。
見世物だ。
兵士が松明を掲げる。
「やめろ……やめろ……」
藁に火が触れた瞬間、炎は一気に走った。
「やめろおおおお!!!!」
「うあああああああ!!!」
広場は、即席の舞台になる。
炎が踊り、悲鳴が伴奏になる。
――生命が燃える音。
「うおおおおおお!!」
「最高だああああ!!!」
「もっとやれ!!!」
「酷すぎる……しかし、なんて儚い美……」
歓声。
拍手。
感想。
他人の死は、彼らにとってただの娯楽だった。
エリザベスは走り出そうとして――止まった。
目の前の光景が、あまりにも“完成して”いたからだ。
兵士も、民衆も、火も、悲鳴も。
すべてが、制度として噛み合っている。
「…………クソッ……」
彼女は太腿を叩き、頭を掻きむしる。
視線を落としたまま、動けなくなった。
止める理由がない。
命を救う“口実”が、どこにもない。
⸻
――マリアン・パージ。
それは、女王メアリーの主導によって行われた宗教政策の一つである。
レジスタントの拠点となっていた国教会を排除し、
信仰を再びユニバックへ統一するため、
抵抗団とその支持者は“異端”とされた。
宗教裁判。
形式だけの審問。
そして処刑。
約五年の間に、三百人以上。
男も、女も、子供も――例外はなかった。
この大虐殺以降、メアリーはこう呼ばれる。
鮮血のメアリー――Bloody Mary。
それは恐怖の象徴であり、
同時に、民衆が自ら選び、熱狂した“女王”の名でもあった。
⸻
彼女は宮殿にいる。
空は日が暮れ、曇は薄くなっている。
エリザベスは、まっすぐその足で地面を掴み、一歩一歩、メアリーのもとへ向かっていた。
迷いはない。躊躇もない。
――いや、正確には。
迷いはすでに砕け散っていた。
心の器には無数の亀裂が走り、怒りは感情としてではなく、身体の奥に沈殿している。
拳は固く握られ、肩は力を帯び、呼吸は短い。
(お姉様は……私が止める)
喉の奥で言葉が擦れる。
(このまま放っておいたら、もっと多くの人が死ぬ……!!)
石造りの廊下を進むたび、靴音が響く。
だがその音すら、彼女の耳には届いていなかった。
頭の中では、炎に包まれる人影。
歓声を上げる民衆。
そして――動けなかった自分。
エリザベスは歯を食いしばる。
(問い詰める……。責任を問う……理由を聞く……)
一つ、また一つと、言葉を並べる。
だが、すぐにそれらは崩れ落ちる。
理由など、どうでもいい。
(女王の暴走を止めるのが、私の使命……)
そう言い聞かせるように、何度も胸の内で反復する。
(お姉様を……許さない)
歩調が早まる。
(許さない……許さない……!!)
爪が掌に食い込み、微かな痛みが走る。
それすらも、今のエリザベスには必要だった。
(――いざとなれば)
その思考が浮かんだ瞬間、心臓が一拍、強く打つ。
(魔法を……叩き込んでやる)
自分でも驚くほど、冷えた決意だった。
止める。
説得ではない。
理解でもない。
止める。
気づけば、どれほど歩いたのかも分からない。
周囲の気配も、警備の視線も、すべて意識の外に追いやられていた。
ただ一点。
重厚な扉。
メアリーが、その向こうで待っている。
エリザベスは、扉の前で立ち止まる。
一度だけ、深く息を吸った。
怒りは消えない。
恐怖も、消えない。
だが――逃げる理由は、もうどこにもなかった。
彼女は、扉に手を伸ばす。
キュイイイン……という金属音が、宮殿の奥で長く引き伸ばされた。
直後、
ドン、という鈍い音とともに、重厚な扉が内側から押し開かれる。
扉の向こう、広間の中央にエリザベスは立っていた。
曇った光が天窓から差し込み、床の大理石に淡く反射している。
扉が完全に開き切る前から、彼女は前へ進み始めた。
一歩。
二歩。
視線の先。
広間の奥に、一人の女が立っている。
腕を組み、背を向けたまま、微動だにしない。
まるで最初から来訪を知っていたかのようだった。
エリザベスが三歩目を踏み出した瞬間、
張り詰めた空気を切り裂くように声が響く。
「止まりなっ!!」
エリザベスは足を踏みとどまる。
「今一度思い出しなさいっ!!わずか前の過去をっ!!」
足は止まらない。
三歩目を確かに地面につけ、四歩目を踏み出す。
「もう二度と来るなと言ったはずよっ!」
エリザベスは再度止まる。
「今なら見逃してあげるから引き返しなさいっ!!」
エリザベスは迷わない。
四歩目を踏みしめ、五歩目を進める。
「最後の警告よっ!!私の邪魔をするなと言ったはずよ。」
エリザベスは息を呑んで見つめる。
「下がるなら邪魔とは見なさいと保証するわ。下がりなさいっ!!」
五歩目。
そして六歩目。
その瞬間、背を向けていた女がゆっくりと振り返った。
メアリーだった。
「どうしたの??負け犬!?」
不気味な笑みにエリザベスは戸惑う。
「寂しいわんちゃんはお姉様と一緒にいないとダメなのかしらねぇ…餌ならあげまちゅよ??」
その言葉が放たれた瞬間、
エリザベスの喉から抑えきれない怒気が溢れ出る。
「おいっ!!メアリーっ!!!」
その勢いを殺すことなく言葉の弾丸を放つ。
「女王になってから…何やってんでだよっ!!!自分のやりたい宗教を進めるために…罪のない人を吊し上げて!殺して!そして破壊する…」
「あなたのやってることは暴君!!私たちの父、ヘンリーと何一つ変わらないじゃないっ!!!」
メアリーの口元が歪む。
歯が剥き出しになり、獣のような表情を浮かべる。
「……..負け犬の癖に…可愛がってやろおうと思ったら」
「姉に向かって何だよ。その態度は…....」
次の瞬間、
メアリーは獣のように爪を立て、エリザベスへ向き直る。
「......テメェ舐めてんのかよっ??ああん??」
「テメェはいいよなあっ!!生まれた時から母さんの存在も知らずにっ!ぬくぬくとぬくぬくとっ!!」
「レジスタントだろうか知らねぇけどこっちはなあ!!大好きな母さんも縋りたい神様も全て…大切なものは取られてるんだよっ!!」
「テメェが分かったつもりで、こっちの事情を語るんじゃねえょ!!
「殺すぞっ!!!!!」
エリザベスは七歩目を踏み出す。
「それとこれは別でしょうがっ!!」
「あんたの事情は分かるよ!でもそれはあんたの事情!!あんたの事情を国民に押し付けるんじゃねえよっ!!」
「あんたが結婚、虐殺をすることで多くの人が迷惑に思ってんの!!」
「外を見なさいっ!!誰もあんたを支持してないでしょっ!!」
「もっと自分じゃなくて周りを見なさいっ!!!」
今度はメアリーが一歩、前へ出た。
「クソガキのくせに女王にふざけた態度取るんじゃねえぞ!!」
「今の基準は私なのは分かってて言ってるんだよなあ!?ああん!?」
「テメェの首なんぞいつでもはねていいんだからなあ!?」
「これ以上近づくってことは私に逆らう...つまり処刑対象ってことだからなっ!?分かってて言ってんだろうなあああ!!」
エリザベスは八歩目を踏み出す。
「死ぬ覚悟は出来てるっ!そしてあんたを止める覚悟も出来てるっ!!!」
彼女は右手を突き出し、人差し指を向ける。
指先から火花が散り、室内の明かりが一気に押し潰される。
光が二人の周囲へ集まり、空気が震えた。
背後から、護衛の兵士が駆け込んでくる。
「メアリー様っっ!!」
「基礎魔法:金 裁きの一撃!!(ジャッジメントストライク)」
ピカッ――。
「メアリー様ああああああっ!!!」
ドガンッッ!!!!
雷光が走り、雷鳴は轟き、
稲妻が一直線にメアリーの脳天を貫いた。
轟音とともに衝撃波が広がり、
兵士は廊下の方向へ、
メアリーは奥の壁へと叩きつけられる。
ドガンッ……。
兵士は床に倒れ、動かなくなった。
エリザベスは正面へ歩き出す。
砂埃の舞う方向へ、一歩、また一歩。
「お姉様を….やったはず」
だが、砂埃が晴れかけたその先で、
女は、動いていた。
右手の親指と人差し指の付け根を、
何度も、何度も掻きむしりながら。
「…….死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑教育教育教育教育教育教育教育教育教育死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑…」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…..」
皺が深く刻まれ、
鬼のような形相でエリザベスを見据えている。
エリザベスは理解できないまま、追撃に移るっ!!
「基礎魔法:水 氷結柱!!(フローズンピラー)」
天井から巨大な氷柱が生成され、
勢いよく振り下ろされるっ!!
ガシャァン!!
確かにメアリーの胸を貫いた。
確かに、エリザベスはこの目で見た。
それでも――それでもっ!!
「…......ははははははははははははは。あっははははははっ!!!」
エリザベスは驚いた。なぜか...なぜだか動いている
「まだわからないの!?まだわからないのっっ!?」
「もっと周りを見た方がいいのは負け犬の方じゃないかしらああああああ!!
「あはははははははははは!!あはははははははははははははは!!!」
エリザベスは視線を走らせる。
左右。
上。
何もない。
そして、下......下っ!!!
右脚を紅の棒が貫いていた。
腿から大量の血が床へ流れ落ちる。
その棒の先を辿ると、視線の先に
雷に巻き込まれ倒れていた兵士の位置に行き着く。
兵士の胸から棒は伸び、エリザベスの腿を貫く。
「あああああああああああ!!!!」
膝をつき、エリザベスは崩れ落ちた。
メアリーが、ゆっくりと笑顔で立ち上がる。
「負け犬の遠吠えはこれで終了かしら???」
さらにメアリーは表情を変え
「そして魔法のネタもこれで終了かしら??」
「どういうことだよ!!メアリー!!」
「.....わんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんわんっ!!!!」
「うるさいわね…邪魔だから殺処分しちゃおうかしら??」
エリザベスは必死に右脚を動かす。
「クソっ!クソっ!!」
「動けっ!!...動けっ!!」
エリザベスの右脚は全く動こうとしない。紅い棒に固定されている。
「殺処分も考えたけど、やっぱり勿体無いわね...」
「あ!いい事思いついたわ!私って天才♡」
メアリーは笑顔を止めるとその右手を口元へ運んだ。
親指と人差し指の付け根を唇に添える。付け根を噛む。そして強く噛みちぎる。血が吹き出す。
血が滴り落ち、
肉が裂けたその先から紅い塊が蠢くように成長していく。
塊は棒となり、
頭上まで伸び、
やがて先端が弧を描き、鎌へと変わる。
「いい??負け犬っ...これからは!?負け犬じゃなくて芋虫って呼んであげるっ!」
「ふふっ…その意味はあとで...」
「おねんねしながら考えなさいっっっ!!!!!」
鎌がエリザベスの腿へ向けられる。
振り上げられ、
次の瞬間、勢いよく振り落とされた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ふふふふふっ…..ああああははははははははははははははははははっっ!!!」
エリザベスの右脚は、どこかへ行ってしまった。
激痛の中で視界が歪み、
意識が遠のいていく。
エリザベスはそのまま、闇へと落ちた。




