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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章 女王誕生篇

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第十六話 Black DAHLIA

第十六話 Black DAHLIA


宮殿の議場。

玉座より一段低い回廊に、メアリーは腕を組んだまま立っていた。

視線は下――円形に配置された議会席を、上から見下ろしている。


下では言い争いが続いている。

だが、かつての喧騒とは違った。

声は荒いが、どこか鈍く、重い。互いの言葉を探るような、奇妙な間が混じる。


「ユニバックに戻す件ですが……今一度、再考されては?

 急な方針転換は民衆の支持を失います」


「決定事項だ。国教会をユニバックに戻す。

 反対するのは、貴様らが困るからだろう」


「そうだ! 今度はてめえらの番だ!!」


「レジスタントなんて滅んでも損はねえ!」


「……よく、そんなことが言えるな……!」


言葉がぶつかり合うたび、空気が少しずつ削れていく。

メアリーはそれを、ただ見ていた。


左手の人差し指と親指。

その間の皮膚を、右手で強くつねる。

離す。

またつねる。


今度は手の甲を、爪で掻いた。

ひっかく。

止まらない。


議場がざわめくたびに、指の動きは速くなり、荒くなる。

白い皮膚は赤く変色し、やがて細い引っ掻き傷から血が滲んだ。


「ああああああああ!!」


突然の怒声。

議場の空気が一瞬で凍る。


「うるさいわね!! 下民共がっ!!」


全員の視線が、一斉に上を向いた。

メアリーは腕を組んだまま、顎をわずかに引く。


「朕が朕である以上――

 国教会はユニバックよっ!!!そんなことも分からねぇのか犬猿共がっ!!猿の分際でキーキー騒ぐな!!!」


冷えた声。

そして、右手が動く。


左側に固まる一団を、指で示す。


「それから……テメェらっ!!」


一拍置く。

視線だけが、ゆっくりと流れる。


「レジスタントだの、抵抗団だの。

 どこから支援を受けてるかは知らねえけど――」


「これ以上牙向かうなら...」


言葉が止まる。

代わりに、右手が前へ出た。


強く握った拳。

指を、交互に動かす。


見えない豆を、床に撒くような仕草。

ぱら、ぱら、と。


「こうだからな。テメェらのパトロンにも伝えとけよ」


その瞬間。

下にいた男たちは、誰一人口を開かなかった。


⸻


「ふん……ふんふんふん♪」


鼻歌というより、息がそのまま音になってしゃくれた口から漏れている。

長い顎を前後に揺らしながら、フェリペは廊下を歩いていた。

指先で顎髭をくるくると弄び、上機嫌なのが隠しきれていない。


やがて立ち止まったのは、重厚な扉の前。


「お♪ これこれ〜」


フェリペは軽く声を弾ませ、扉に向かって手をかざした。扉はびくともしない。


「なるほどね♪一筋縄ではいかないって事ね♪」


そう呟くと、今度は扉にそっと手を添える。


ガチャッ。


何かが外れる、乾いた音がした。


「鍵はきちんと掛けましょうね♪」


愉快そうにそう言うと、フェリペは一歩下がる。

大きな扉は、軋む音を立てながら、ゆっくりと開き始めた。


⸻


エリザベスは、馬車を途中で降りた。


足を下ろした瞬間に分かった。

ここは、あの通りだ。

甘菓子を欲しがる少年と出会った、あのストリート。


景色は以前よりもさらに荒れていた。

黒い骨組みは一本も立っておらず、レンガの壁はめくれ、剥がれ、むき出しになっている。

石畳は粒が突き出し、均されることのない盛土のように波打っていた。

人は多い。だが、立ち止まる者はいない。


声だけが渦を巻いている。


「メアリーを引きずり下せ!!」

「情熱の国とやり合うつもりかっ!? ふざけんじゃねえ!!」

「戦争はごめんだ……もうやめろ!」


主張は、前に来た時と真逆だった。


エリザベスは理解する。

メアリーはフェリペと結婚すると言った。

その一言が、民衆の世論を一気に反転させた。


困窮の中で、戦争の影が差す。

それだけで、人は怯える理由を得てしまう。


「……あのガキ!!」


エリザベスは走り出した。

甘菓子の少年を探すためだ。


理由は単純だった。

この修羅場の中で、彼だけは生き延びてほしいと思った。


「……ガキ!? おい、ガキ!!」


疾風走(ウインドスプリント)。

足元の風を蹴り、ストリートの端と壁を縦横無尽に駆ける。

角を右へ、左へ。

人を避け、瓦礫を飛び越え、視線を走らせる。


「……いた」


ストリート中央。

行進する民衆の流れ、その反対岸。

少年は、母らしき女と一緒に立っていた。


少年の手には、何もない。


エリザベスは足を止め、周囲を見回す。

壁にもたれて座る、帽子を被った商人が目に入った。


「ねえ……子供が喜ぶ食べ物、ない?」


「……焼き菓子ならあるよ」


足元の箱を見せられる。

水分が抜け、軽くなったブレッド。

行進の前で露店を開いているのだろう。


「四つでいい。いくら?」


胸元から銅貨を出し、焼き菓子を受け取る。

エリザベスは、そのまま人の流れに向かった。


「フェリペ? 知らねえけど反対だ!!」

「頭がイカれてやがる!? 終わりだああ!」

「期待した俺がバカだった!!」


押される。

ぶつかる。

肘が当たり、手が触れ、胸に衝撃が走る。


エリザベスは平泳ぎをするように、人の隙間をかき分けた。


「おい! 何だよっ!!」


謝りながら、前へ。

前へ。


少年が、こちらを見ていた。


「お姉ちゃん!!」


少年と、その母らしき女が近づく。

エリザベスは焼き菓子を差し出した。


「今回は持ってきたよ。しっかり食べな」


「やるじゃん!」


少年は、その場で一枚ずつ食べ始める。

噛む音が、周囲の怒号と奇妙に混じる。


隣にいた女が口を開いた。


「ああ……あなたが。ラルフと話した人ですね。弟をありがとうございます」


――ラルフ。


姉だったのだと、ここで知る。


エリザベスが軽く会釈すると、女は一瞬ためらい、続けた。


「あ……もしかして。人違いでしたら申し訳ないのですが……宮殿の、エリザベス様ですか?」


エリザベスは、わずかに目を見開く。


「ええ……そうですけど……」


女の表情が変わった。

声に、力がこもる。


「お願いです。ラルフのためにも……いえ……みんなのためにも。メアリー女王様を止めてください」


焼き菓子を食べるラルフ。

それを見守る姉。


「お姉さんの暴走を止められるのは、あなたしかいないんです。どうか……お願いします」


エリザベスは、言葉を返さなかった。


ラルフの手。

焼き菓子の欠片。

姉の必死な視線。


そのすべてを視界に入れながら、

エリザベスの頭の中では、かつてロバートに言われた言葉が、同じ形のまま、何度も、何度も反復していた。


⸻


エリザベスは宮殿の廊下を早足で進んでいた。

高い天井の向こう、窓の外には雨雲が垂れ込め、粒の重たい雨が叩きつけるように降っている。


前へ。

ただ前へ。


足音が反響するたび、胸の奥で二つの感情が擦れ合った。


——ロバートを、民衆を敵に回す姉を許せない。

——それでも、姉を“悪”として切り捨てたくない。


分かれていく思考を無理やり束ね、エリザベスは歩いた。

止まれば、どちらかに傾いてしまう気がした。


扉の前で、息を整える暇はなかった。


「お姉様っ!!」


声が廊下に響く。


即座に返ってきたのは、冷えた拒絶だった。


「何よ。二度と来るなって言ったわよね。クソ虫」


メアリーは振り向きもしない。

それでも、エリザベスは一歩踏み出した。


「本当に……フェリペさんと結婚するつもりなんでしょうか!?」


声が震えるのを、エリザベスは止められなかった。


「民衆を見てください!!

 皆、お姉様の結婚を望んでいません!!」


一瞬の沈黙。


次の瞬間、メアリーは一歩だけ下がり——

小さく、喉を鳴らすように笑った。


「くす……くすくす……」


不快な笑い。


「ふっふっふっ……ま、負け犬。

 まず、話の前提が違うわよ」


「……どういうことですか」


「哀れね。妹なのに、何も知らないなんて」


エリザベスの喉が鳴る。


「どういう意味ですか!」


メアリーは、淡々と告げた。


「どういう意味ですって...私……もう、すでに結婚してるのよ……」


「……えっ」


言葉が、音にならなかった。


エリザベスは、ただメアリーを見つめる。


「言ったでしょぉ?

 邪魔するなって」


一歩。

また一歩。


メアリーが距離を詰める。それにエリザベスは右手で剣に手を添える。


「それ、結婚の話だけだと思ってた?」


無意識に、エリザベスの手が剣に添えられた。


メアリーは、その反応を見て笑う。


「バカなわんちゃんには……

 ちゃんと躾しないとダメかしらね」


顔の前まで迫り、囁くように言った。


「これ以上、私の“すべて”に邪魔するなら——

 テメェの体や生命にも、傷がつくと思えよ」


一拍。


そして、メアリーは二歩、下がる。


「何も邪魔しないなら、

 負け犬として生かしてあげるから♡」


甘ったるい声。


「考えて行動しなさいよね♡

 負け犬♡♡」


エリザベスは、動けなかった。


言葉も、呼吸も、思考も——

その場に縫い止められたようだった。


「あれぇ?」


メアリーが首を傾げる。


「躾、厳しすぎたかしらね……まあいいわ」


背を向け、吐き捨てる。


「今日は帰りなさい。

 ——ハウスッ!!」


エリザベスは、その背中を見つめることしかできなかった。


手足は硬直し、

雨音だけが、やけに大きく聞こえていた。


⸻


 雨は容赦なく降り続けていた。

 石畳に叩きつけられた水が跳ね、足元から冷えが這い上がってくる。


 エリザベスは一歩、また一歩と、馬車の方へ歩いていった。


(――お姉様は、確実な証拠こそないけれど……間違いなく、暴走している)


 分かっている。

 だが、それを「止める理由」がない。


(でも……でも……!)


 雨に打たれながら、エリザベスはただ考え続ける。

 冷えた体とは裏腹に、頭の中だけが異様に冴えていた。


(お姉様を止めるのは、何かが起きてからでは遅い……それは分かっている!)

(でも、表では何もしていない。何一つ、咎められることを……)


 抜け目がない。

 あまりにも、隙がない。


 頭をかきむしるようにして、思考を無理やり前へ進める。


(……お姉様は、一体これから何をするつもりなの)


 答えは出ない。

 雨音だけが、思考をかき消していく。


「エリザベス様……お戻りになられますか?」


 声に、はっとして顔を上げる。

 馬車から降りてきた御者が、傘も差さずに立っていた。


「顔色が悪いですよ……大丈夫ですか?」


 一瞬、言葉が詰まる。

 雨が頬を伝い、どこまでが水でどこまでが汗なのか分からない。


「……ええ」


 短く、息を整える。


「……屋敷へ」


 それだけを告げて、エリザベスは馬車に近づいた。


 全身で雨粒を受け止めながら。

 そして同時に、逃れられない責任の重さを抱えたまま。


 彼女は、ゆっくりと馬車へ乗り込んだ


⸻


教会の地下。

石壁に囲まれた広間は、祈りの言葉と焦燥で満ちていた。


「私たちは……どうすれば……」

「怯えながら生きるのは嫌だ!」

「メアリーを……今すぐに……!」


声は祈りではなかった。

恐怖と怒りが混じった、逃げ場のない人間の声だった。


集まっているのは、すべてレジスタント。

信仰深い男、妻、子ども。

クエスト様の教えを信じ、慎ましく生きてきた者たちだ。


ここは教会であり、同時に抵抗団の拠点でもある。

今日は、そのすべてが一斉に集められていた。


空気が張りつめている。

誰もが、メアリーの名を口にするたび、喉を鳴らした。


「みんな!! まずは落ち着いてくれ!!」


一段高い場所から声が響く。

議会でレジスタントの立場を貫いた、あの男だった。


「静かに! まずは落ち着くんだ!!」


ざわめきが、徐々に収まっていく。


「……そうだ。皆の言いたいことは分かる」


男は深く息を吸い、教会の壁に声を反響させた。


「今日は皆さんに話があって集まってもらった。

 私、議員直々に——

 これからの抵抗団、そしてレジスタントの方針について話します」


一瞬の間。


「……メアリー様が即位されて以降、

 我々が不遇な状況にあるのは事実だ」


空気が重くなる。


「だが——直接、メアリー様から

 我々に向けた“御通達”があった」


民衆が一斉にざわめいた。


「そんなの悪い知らせに決まってる!」

「聞きたくない!」

「最悪だ……!」


「皆さん! 静かに!!」


男は声を張り、続けた。


「一度しか言わない。よく聞いてほしい」


沈黙。


「——表で騒ぎを起こさない限り、

 我々の命は狙わないと、そう仰っている」


ざわり、と空気が揺れる。


「だから……

 信仰も、抵抗も、表立った活動は控えてほしい。

 祈りは——ここでのみ捧げてほしい」


男は、深く、深く頭を下げた。


そのまま、顔を上げなかった。


教会は沈黙に包まれる。

誰も言葉を発さず、ただ男の背中を見つめていた。


――その時。


ドガンッ!!

ガガガガッ!! ガシャン!!


悲鳴が重なる。


「なっ……!?」

「天井!? 床!? 壁!?」


振動が止み、静寂が戻る。


「……う、上だ……!」


見上げると、屋根に大きな穴が空いていた。

裂けた石の向こうに、漆黒の雨雲が広がっている。


雨粒が、異様な勢いで降り注ぐ。

だが——穴以外、何もない。


「きゃあああああ!!」


左か? 右か?

視線が走る。


誰もいない。

変わったのは、穴だけだ。


「……い、今度こそ……上だ!!」


全員が一斉に見上げた。


シャンデリアの上。

そこに“それ”はいた。


顔は、黒く塗りつぶされたように判別できない。

肩から伸びるのは、天使とも悪魔とも取れる二枚の翼。

腰からは、七本、八本の狐の尾。


そして——

漆黒の鎌。


成人の体格をしていながら、

それはどう見ても、人間ではなかった。


“何か”が、

無言で、下界を見下ろしていた。


"何か" は七,八本の尾を民衆に向けた。するとシャンデリアから飛び降りる。


「おっ......落ちるぞっ!」


後ろ腰から真っ直ぐと伸び続ける尾は、一本、ニ本、三本と民衆へと放たれる。


「うあああああああ!」

「ミ...ミカエル!!」

「きゃあああああああ!!」

「いやああああ!!」


一本目は男の首を刺し真っ二つ。ニ本目は男の腹を粉砕。三本目は男の腰を突き刺し、裏側に尻尾が抜けている。


化け物は空中で状態を制御すると、こちらへ向かうと四本、五本、六本と放つ、さらに三本の突き刺した尻尾を引き戻す!


「きゃあああああ!!」

「ああああああああ!!」

「うわああああああ!!」


四本目は逃げようとする男の腹を逃げる方向に二つに分離し、五本目は尻餅をつく男の胸を貫通、六本目は火の魔法を放とうと人差し指を立てる男の指に突き刺した。


逃げる勢いのまま吹っ飛ばされるように倒れ、地面の底が抜けるように姿を消し、指の付け根から腕、胴体、そして頭を真っ二つに引き裂いた。


民衆に紅の噴水の水飛沫が飛び交う。


「きゃあああああああああ!!!」


その場で嘔吐するもの、涙も出ず怯えるもの、立てず尻を地面につけるもの。教会は一瞬で地獄と化した。


そのまま化け物は空中で状態を起こすと上へと飛翔し、優雅に羽を広げる...


「な...なにをするんだ!!」


両翼の中央が紅く輝くと...


ビュイーンッ!!!!


右翼から一本、左翼から一本の真紅の集光線が放たれ、民衆を襲う!!!


「うあああああああああ!!」

「きゃああああああ!!」


プシュッ!!プシュッ!!プシュッ!!


右翼から放たれた紅線は右から次々と成人の頭を粉砕し、左翼から放たれた紅線は左から次々と成人の腹を真っ二つにと子供の頭を粉砕した。


プシュッ!!プシュッ!!プシュッ!!


粉砕された頭は頭蓋骨ほど消し飛び顔という存在がなくなっている。真っ二つになった体は腸も分裂している。


「あああああああああああ!!!」


プシュッ!!プシュッ!!プシュッ!!

血の噴水は勢いを増すばかりでもう止まることはない。


あちこちで首から飛び出る飛沫はまるで宮殿の豪華な水回りのようだ。


さらに複数の尻尾は止まることを知らない。紅線を偶然避けた人の...


一本 頭

ニ本 腰

三本四本 両腕を掴み真っ二つに引き裂き

五本 腕から胸へ

六本 股から腹へ

七本 左腰から右腰へ

八本 頭から股へ

九本 左肩から右腰へ


と突き抜け、引き裂いた。


教会の床は真っ赤に染まり、木目は何一つ見えなくなった。ただ周囲は血飛沫をあげ、バタバタと倒れていき、男、女、子供、次から次へと意識を持たない人形へと変えられていった。


やがて両翼から集光線を放つのを止めると化け物は地面に左足からつけた。その時...左足を誰かが掴む。


「おっ...お願いしますっっ!!!」


化け物は足を見下ろすと、


「私はっ...いいからっ...目の前にいる妻と子供だけっ!!」


グサッ!!


右手の鎌で頭蓋骨を粉砕した。


目の前には無防備で子供を抱きしめて抱える真っ赤に染まった母親が震えながら、こちらを見ようともしない。


「おっ...お願いです。ケインだけは...見逃っ!!」


スパッ!!


「マッ!!...マッ!!」


ガランッ!!スパッ!!


バタッ...


二つの頭はポロッと転がり、教会には動ける人形はいなくなってしまった。


真紅に染まった屍はヘドロのように積み重なっている。

誰一人として人間の形をとどめていない。


そして左手の人差しに火をつけ、化け物は火の滴を地面に落とすと、血染めの水たまりは一瞬にして油のように燃え火がり、紅い人形は黒く変色していく。


化け物は煉獄を見捨てるように後方を振り返りゆっくりと教会を後にした。


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