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ELIZABETH Magical Kingdom  作者: せっきー
第一章

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第十一話 リバーシ

第十一話 リバーシ


 外は凍えるような風が吹き、枯れた葉が木々からはらはらと降り注ぐ季節だった。

 屋敷の窓越しに見える庭は色を失い、冬の気配だけが静かに広がっている。


 「うううっ……寒い寒い寒い……」


 エリザベスは暖炉の前にしゃがみ込み、両手を擦り合わせていた。

 揺れる炎に顔を近づけ、少しでも温もりを逃すまいと身を丸める。


 「あらあら。薄着でいるからよ」


 呆れたように、けれどどこか優しい声でキャサリンが言った。

 指先を軽く動かすと、空中でふわりと毛布が浮かび上がり、そのままエリザベスの肩に落ちる。


 「わっ……あったか……」


 エリザベスは目を細め、毛布に包まりながら炎を見つめた。


 キャサリンはその様子を確かめてから、背後に立つ人物へと視線を移す。


 「あなたも、いりますか?」


 声を向けられたトマスは、少しだけ間を置いて答えた。


 「ああ……ありがとう、キャサリン。でも、いいかな」


 そう言って、軽く首を振る。


 彼の視線は、暖炉の前で丸くなり、満足そうに温まるエリザベスへと向けられていた。

 炎の揺らぎに照らされるその横顔を、トマスは言葉もなく、ぼんやりと眺めている。


 暖炉の火が、ぱちりと小さく音を立てた。



 天球儀が、勝手に静かに回っていた。


 淡い光を受けながら、星々が規則正しく巡る。

 エドワードは本を空中に浮かせ、その動きをじっと眺めていた。


 「……これが蠍座か」


 指先で星をなぞりながら、独り言のように呟く。


 「そろそろ射手座と、オリオン座の季節だな……」


 その静寂を破るように、背後から控えめな声がかかる。


 「国王陛下。少々、お時間よろしいでしょうか」


 振り返ると、そこに立っていたのは摂政だった。

 亡き母ジェーンの兄であり、そしてトマスの兄でもある男。


 「ん? 摂政さん。どうかしたの?」


 「前国王、ヘンリー様がお決めになっていた件についてでして……」


 「ああ……それか」


 エドワードは本を閉じ、ため息混じりに立ち上がる。


 「すぐ行くよ」


 その声に、少しの迷いと、少しの諦めが滲んでいた。



 向かった先は、議会の場だった。


 左右に分かれた席には、それぞれの利権を背負った男たちが並び、低い唸りのような空気が漂っている。

 黄金の玉座に座るエドワードと摂政は、彼らを見下ろす位置にあった。


 沈黙を破ったのは、右側に立つ重鎮だった。


 「前国王がお決めになったのは、再婚の件だけだ!

 国家としての方針まで、ユニバックを変える必要はない!」


 その言葉を合図に、右側が一斉に騒ぎ出す。


 「そうだ!」

 「混乱を招くだけだ!」

 「今以上に暴動が起きたらどうする!」


 拳が振り上げられ、怒号が飛ぶ。


 すると今度は、左側の重鎮がゆっくりと口を開いた。


 「では、ユニバック教皇様から破門された件については、どうお考えで?」


 ざわり、と空気が変わる。


 「国教会はすでにユニバックから追放されている」

 「戻れない立場である以上、レジスタントへ切り替えるべきでは?」


 「おい、他国とやり合うつもりか!」

 「戦争になるぞ!」

 「それが通るなら、破門なんてされてねぇ!」


 怒号と怒号がぶつかり合い、議会は完全に混乱していた。


 その光景を、玉座の上からエドワードは黙って見つめている。


 やがて、摂政が一歩前に出た。


 「……この話を聞いて、国王陛下はどうお考えでしょうか」


 エドワードは顎に人差し指を当て、しばらく考え込んだ。

 数分にも感じられる沈黙の後、ゆっくりと口を開く。


 「僕の父さんは……」


 その声は、意外なほど静かだった。


 「生前にやった行いを、もっと反省するべきだったと思う」

 「こんなふうに、たくさんの人に迷惑をかけて……」


 視線を落とし、白熱する会議の中エドワードは摂政に向けて思いを続けた。


 ざわめきが再び広がりかけた、その瞬間。


 「静粛に!!」


 摂政の声が、議場に響き渡った。


 一斉に視線が、玉座のエドワードへと集まる。


 「皆の意見は、十分に聞かせていただいた」

 「これより、国王陛下より直々に、国教会の方針を決めていただく!」


 摂政は小さく声を落とす。


 「……国王様。お出番です」


 エドワードは、ゆっくりと立ち上がった。


 「国教会についての意見、確かに聞かせてもらった。まず、皆ありがとう」


 そして、まっすぐに前を見据える。


 「結論だ」

 「国教会は、レジスタントの方針へ切り替える」


 一瞬、空気が凍りつく。


 「理由は、父ヘンリー前国王が残した形だ」

 「朕を含め、周囲は誠実に責任を取るべきだと考える」


 「破門された事実を、真摯に受け止める」

 「そして未来は、新しい形としてレジスタントを採用する」


 「以上だ」


 沈黙が、破裂する。


 右と左、双方から怒号が噴き上がり、誰かが椅子を蹴倒した。


 最初に拳を振り上げた男の腕から、炎が噴き出す。

 燃え上がる拳が、そのまま相手の顔面へと叩き込まれた。


 「ぐっ――!」


 だが、殴られた男は即座に両腕を交差させる。

 空気が凍りつき、腕の前に氷柱が瞬時に生成され、炎の拳を受け止めた。


 氷が砕け散り、床に転がる。


 別の場所では、男が指を一本立てた瞬間、鋭い稲妻が走った。

 雷光が一直線に伸び、逃げ遅れた者の肩をかすめる。


 「くそっ!」


 回避しようとした足元から、今度は土が盛り上がる。

 大地を纏った脚が、そのまま蹴りとして放たれ、相手を吹き飛ばした。


 議会の場は、もはや言葉の応酬ではなかった。


 魔法と魔法がぶつかり合い、

 火、氷、雷、土が入り乱れ、

 机は砕け、床は抉れ、天井から粉塵が舞い落ちる。


 怒声、悲鳴、魔力の爆ぜる音。


 ――完全な混戦。


 その光景を、黄金の玉座から見下ろしながら、

 エドワードは座ったまま、そっと頭を抱えた。


 「……これだから……」


 小さく、吐き出すように呟く。


 「国王は嫌なんだよ……」

 「全員が幸せになる方法なんて、ないんだ……」


 その背後から、摂政の穏やかな声がかかる。


 「そんなことはありませんよ」

 「国王様は、ご自身の役目を、きちんと果たされました」


 エドワードは顔を上げ、摂政を見た。


 魔法が飛び交う議場とは対照的に、その表情はどこか幼く、疲れている。


 「細かいことは、摂政さんに任せるよ」

 「僕は……こういうことより、天文学に没頭したいんだ」


 困ったように、笑う。


 「はい。承知しました」


 摂政はそう答え、再び議場へと視線を戻した。


 魔法で荒れ狂う人々と、

 そのすべてを背負わされている、若き国王。


 その背中を、摂政は静かに、そして確かに見守っていた。



 日が沈み、屋敷は静かな夜に包まれていた。


 暖炉の前。

 毛布にくるまったエリザベスは、いつの間にか眠りに落ちている。顔の上には、読みかけの本がぱたりと伏せられたままだ。


 トマスは椅子に腰掛け、湯気の立つココアを一口すすった。

 視線の先では、エリザベスが毛布から少し腹を出したまま、無防備に寝息を立てている。


「……ベス。風邪引くよ」


 そう呟いて、毛布をそっと引き上げた、その時だった。


 ――パキッ。


 乾いた音が、暖炉の奥から響いた。


 トマスは一瞬だけ眉をひそめたが、気のせいだと判断し、再びココアに口をつける。


 しかし次の瞬間。


 パキ、パキパキッ――!


 薪が割れる音が連続し、暖炉の火が一気に跳ね上がったかと思うと、

 ボワッという音と共に、火が弾け飛んだ。


 次の瞬間、部屋は闇に沈んだ。


「……?」


 灯りが、消えている。


 暖炉は、灰だけを残して完全に沈黙していた。


「何かがおかしい……」


 トマスは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった箒と、予備の薪を掴む。


「……ん……寒っ……」


 微かな声と共に、エリザベスが身じろぎした。


 ゆっくりと目を開き、暗闇の中で辺りを見回す。


「あれ……? お母様は? トマスは?」


「ベス。俺はここだ」


 闇の中からトマスの声が返る。


「どうなってんの? これ……」


「今は分からない。でも……怪しい」


 エリザベスはすぐに理解したように、指先に意識を集中させた。


「暖炉は……灰だけか。……イグナイト」


 パチッ、と小さな火が指先に灯る。


 二人は指の火を頼りに暖炉の前に戻り、薪を組み直した。


「お母様は?」


「今は出かけてる」


 トマスが答えてすぐに


「基礎魔法――火……」


 エリザベスが手のひらを薪へ向けた瞬間、


 ドガッ! ガゴォン!!


 轟音と共に、天井が爆ぜた。


 木屑が雨のように降り注ぎ、二人は思わず顔を上げる。


 そこには――

 天井と壁の境界を食い破るように開いた、巨大な穴。


 そして、その奥から覗く、黒い影。


 翼のようにも見える異形の輪郭。

 狐のような尻尾が、一本、二本、三本――影の背後で増殖するように蠢いている。


「……っ!」


「くそっ!! 化け物だ!!」


 トマスが叫んだ瞬間、

 影から伸びた一本の尻尾が、一直線にトマスへ襲いかかった。


「基礎魔法:水 結晶盾(クリスタルシールド)!」


 右腕を覆うように、氷の盾が瞬時に形成される。


 ガンッ!


 尻尾が盾に叩きつけられ、氷が悲鳴を上げた。


 間髪入れず、二本目の尻尾が迫る。


「基礎魔法:火……!」


 エリザベスが火を放とうとした、その瞬間。


 ――ドンッ!!


 三本目の尻尾がエリザベスの身体を弾き飛ばした。


「うわっ……!」


 背中と肩を壁に強打し、床に転がる。


「ベスッ!!」


 トマスは歯を食いしばり、氷の盾に加えて左腕を岩石化させた。


 だが――

 四本目、五本目の尻尾が次々と叩きつけられる。


 氷に亀裂が走り、腕に鈍い痺れが広がった。


「はっ……はっ……ベス……!」


 息を荒げながら、必死に耐える。


「……トマス……私は……立てる……」


 エリザベスは震える身体を起こした。


 トマスは叫ぶ。


「逃げろ!! たぶん、こいつは俺目当てだ!!

 ベスは……生き延びろ!!」


「そんなこと……!」


「いいから!! 逃げろ!!!」


 エリザベスは歯を噛みしめ、四つん這いの姿勢から、前を見据えた。


「...基礎魔法:木

 疾風走ウインドスプリント


 次の瞬間。


 エリザベスの全身を風が包み込み、床を蹴った。


 放たれた尻尾を――

 一本目、低空で滑るように回避。

 二本目、身体を捻ってかわす。

 三本目、その勢いのまま、一直線にトマスへ。


 四本目が迫る中、エリザベスは空中で身を翻し、

 両腕を広げ――


 トマスを抱きしめた。


「基礎魔法:火!!」


 暖炉へ火球を叩き込む。


 ドンッ!!


 爆ぜる炎の衝撃で、二人は反対側の壁へ叩きつけられた。


 燃え上がる火を前に、黒い影は一瞬、動きを止め――

 尻尾を引き戻すと、飛蝗の脚のように伸ばし、闇の中へ消えていった。


 壁際。


 手と足が絡み合ったまま、二人は荒い息をついている。


「……ベス。ありがとう……

 逃げればよかったのに……」


「家族だから……

 見捨てられないよ……」


 エリザベスの声は、震えていた。


「……怖かった。

 トマス……すごく……怖かった……」


 涙を滲ませるエリザベスを、トマスは静かに抱き寄せる。


「大丈夫だ。

 家族である君を守るのは……当然だ」


「……トマス……

 英雄みたいで……かっこよかったよ……」


 暖炉の残り火が、二人を照らしていた。



明くる日。

街の屋敷の庭では、今日もいつもの光景が繰り広げられていた。


土がえぐれ、氷が砕け、草木が弾け飛ぶ。

何度も、何度も。

繰り返すうちに、エリザベスの身体には基礎魔法の理論が染み込んできている。


巨大な氷柱の頂点。

そこにつま先だけで立ち、見下ろすようにウィリアムが言った。


「小娘。前よりは動けるようになったな。少しはバカなお前も学習したようだ」


「うるせえ、クソジジイ。こっちは何時間練習してると思ってんだ」


エリザベスは吐き捨てるように言い、両腕を地面と平行に広げる。


(……地中に眠る石ころを、かき集めるんだ)


次の瞬間。

彼女の両手の下、中心から広がるように――


ガチガチッ!


岩がせり上がり、二つの塊となって姿を現す。


「基礎魔法:土――岩石弾ロックガン!」


エリザベスはそのまま、二つの岩をウィリアム目掛けて放った。


直撃。

氷柱は大きく傾き、音を立てて倒れ込む。


だがウィリアムは崩れない。


「基礎魔法:木――飛蝗の機動グラスホッパードライブ


空中で足元に波動が生まれ、それをバネのように蹴る。

次の瞬間、ウィリアムの身体は一直線にエリザベスへと飛び込んだ。


一気に距離が詰まる。


エリザベスの目前で、杖が突き出される。


「基礎魔法:水――高圧水噴射ハイドロブラスト!」


轟音。

岩さえ削る勢いの水流が、一直線に放たれた。


エリザベスは跳び、身を捻り、水流をかわす。


(ウィリアムが言ってた……琥珀を擦ると埃がつくやつ)


不思議な力が、何かを引き寄せる。

それが――発動条件。


彼女の指先から、パチッと火花が散った。


火花は水流の中へと突っ込み、光りながら突き進む。

水を割り、流れを超え、一直線に――ウィリアムへ。


光が、彼の目前で弾けた。


ウィリアムは一歩、後退する。


燃え盛る火の向こうから、呆れた声が響いた。


「危ない危ない……バカ娘の金属性にやられるところだった」


彼の顔の前には、岩の壁。

それはすでに砕け、屑のように粉々になり、パラパラと地面に落ちていく。



「ただいまー」


エリザベスがいつもの温かな屋敷に戻ると、すぐに声が返ってきた。


「おかえり、ベス」


迎えてくれたのはトマスだった。

その奥の部屋から、鍋を両手に持ったキャサリンが顔を出す。


「ベス。早かったわね」

「今日の晩ご飯♪」

「今日は豆の煮込みよ」


「ちぇっ。シチューじゃないのかよ」


不満を口にしながらも、エリザベスは上着を脱ぎ捨てる。

新鮮なトマトの匂いが部屋いっぱいに広がっていて、それを胸いっぱいに吸い込みながらテーブルに腰を下ろした。



「ねえ、聞いてよ」


食卓につくなり、エリザベスは堰を切ったように話し始める。


「ウィリアムがさあ……いっつも小娘とかバカとか言ってくるの。大人気ないよね!クソジジイのくせに!!」


「はっはっはっ」

「ふふふふっ」


トマスとキャサリンは、笑いながらその愚痴を受け止める。


「それはさ」

トマスが穏やかに言った。

「ベスに強くなってほしいから、愛を持って接してるんだと思うよ」


「……愛?」


エリザベスは一瞬、言葉を噛みしめるように固まる。


「ないない。あるわけない」

「立場の弱い人を虐めるのが好きなだけでしょ。あいつ」


そう言って、ぶんぶんと手を左右に振ると、二人はまた笑い出した。


その光景の中で、エリザベスはふと気づく。

自分がもう、すっかりこの家の一員になっていることに。



別の日。

宮殿の庭を歩いていると、メアリーの姿が目に入った。


頭を抱え、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。


「お姉様……元気でしょうか?」

「いつも顔色悪いですけど、今日は一段と悪いですよ」


そう声をかけると、メアリーはちらりとこちらを見て言い放つ。


「何よ。負け犬はさっさとあっちで吠えてなさい。ハウス!」


そして、また考え事に戻る。


「……ハウスの意味、わからないの?」

「ハ!ウ!ス!しっしっ」


エリザベスは思わず呆然としたあと、くすくすと笑ってしまった。


「お姉様、ちょっと変で……面白くて……」


「何なのよ!!!」


メアリーは声を荒げる。


「あんたの方が顔おかしいわよ!!」

「消えなさい、クソガキ!」


強く肩を押され、エリザベスが体勢を崩した瞬間、メアリーはその場を去っていた。



その夜。

屋敷の部屋で、暖炉の前。


毛布にくるまり、トマスとエリザベスは二人きりで並んで座っていた。


「聞いてよ、トミー〜……」


甘えるような声でエリザベスが言う。


「お姉様さ、顔色悪そうだったから話しかけたのに……」

「クソガキってボロクソに言ってくるんだけど」

「優しい妹ちゃんにめっちゃ酷いこと言うよね!本当、小根が腐ってるわ」


「はっはっ」

トマスは楽しそうに笑う。

「面白いお姉様だねえ。言葉の端々に知性を感じるよ。頭いいよ、お姉様」


「どこが?」

エリザベスはすぐに返す。

「前だってコーヒーと紅茶、間違えてたよ??どこを間違えるの?」


「はっはっはっ」

「頭いいのに天然って、ギャップがあっていいじゃないか」


そう言いながら、トマスはエリザベスをそっと抱き寄せる。

毛布ごと包み込み、胸の中へ。


そして、胸の奥から響くような声で、耳元にささやいた。


「なあ、ベス」

「お姉様のこと……俺とベスの二人だけの秘密にしてくれないか」


「……へっ?なんで?」


「キャサリンはね」

「まだお姉様のことを家族だと思っている」

「彼女は信じてるんだ」

「だから、あまり良くない話は聞かせない方がいい」


エリザベスは、しばらく黙ったままだった。


やがて、小さく頷く。


「……そうだね」

「わかった。二人だけの秘密」


そう言って、二人はそのまま、静かに抱きしめ合った。



 「失礼します」


 宮殿の広大な部屋に声が落ちる。

 本を閉じたエドワードが顔を上げ、柔らかく微笑んだ。


「あ。お姉さん。来てくれたんだね」


 左手で空を掻くようにして、エリザベスを招き入れる。


「エドワード。話って何よ?」


 本棚を物色しながらエリザベスが言うと、エドワードは少し考えてから問いを投げた。


「お姉さんはさ。この星が太陽の周りを回ってるって話、信じてる?」


 エリザベスは振り向く。


「昔、偉い人が言ってたやつでしょ」


「じゃあ、お姉さんはどう思うの?」


「私は信じてるよ。まあ……お姉様はさ。クエスト様信じてるから、死んでも言わないだろうね」


 少し間が空く。


「それが何と関係あるのよ?」


「僕の周りの話さ」


 エドワードは視線を落とし、淡々と続ける。


「影響力のある人間の周りを、どれくらいの人がぐるぐる回っているのか。

 その例えみたいなものだよ」


「昔からそうよね。エドワードの話」


 エリザベスは肩をすくめた。


「小難しいことばっか考えて。もっと気楽に生きればいいのに」


 本棚に囲まれたまま、二人はしばらく互いの目を見つめ合った。



「ねえ聞いてよ。エドワードがさ……」


 屋敷の書斎。

 エリザベスの話に、トマスは笑った。


「はっはっは。弟くんも面白いね。ユニークな国王様だよ」


「トミーはさ?なんでエドワードがあんなこと言うと思う?」


 トマスは椅子から立ち上がり、エリザベスと目線を合わせる。

 右手が、彼女の輪郭をなぞるように触れた。


 中指と薬指で顎をくいと持ち上げる。


「彼には彼の使命があるんだ」


 低い声。


「太陽のように国の前に立つ人間の周りを、星である君たちがちゃんとついてくるのか。

 それを確かめたかったんだよ」


 顎を持ち上げていた指が、口元へ移る。

 唇のひびをなぞるように、そっと。


 エリザベスは訳も分からないまま、目を閉じ、顎をトマスへ向けた。

 頬が、熱を帯びる。


「ベス。そういうことだ」


 耳元で囁く。


「俺の言ってる意味、分かったかな?」


 エリザベスは目を開けた。


「……まあ。エドワードも。王様には王様の事情があるのね」


「仕事を思い出した」


 トマスは手を離し、椅子に戻る。


「すまない。部屋に籠って集中したい」


 エリザベスは何も言えず、書斎を飛び出した。


 扉の裏で、エリザベスは胸に手を当てる。


 込み上げる感情を、必死に押さえ込む。


(家族……だよね)


 そう分かっているのに。

 家族ではない、何か。


 彼女はその想いを胸の奥に閉じ込め、

 扉から離れるように、暗い廊下を歩き出した。



氷が弾ける音が庭に響いた。

エリザベスが手のひらから生成した氷塊を、勢いよくウィリアムへ投げつける。だが次の瞬間、風がうねり、氷は空を切った。


「小娘。それで終わりか?」


巨大な氷柱の影から、ウィリアムの声が落ちてくる。


「猿真似で覚えた技を放つだけでは、所詮猿レベルの技だぞ」


歯を食いしばり、エリザベスはもう一度構えた。



背後から、ふいに腰を支えられた。


「えっ?」


よろけた体が、そのままトマスの胸に当たる。

低い声が、すぐ耳元に落ちてきた。


「そのおじさんはね、本当は君を褒めたいんだ」


トマスの左手が、しっかりと後ろ腰を支えている。


「だけど色々あって、素直になれないだけだよ。ベスはよく頑張ってる」


頭に、ゆっくりと重みが乗る。


「偉い偉い」


深く、何度も撫でられた。



街の憩いの店。

ロバートが紅茶を飲みながら、ちらりと視線を向ける。


「なんだよ、ベス……じっと見んなよ」


「ロバート」


エリザベスが指を差す。


「口にパン粉ついてる」


「えっ、えっ!? 嘘だろ!」


慌ててナプキンを掴み、口元を拭くロバートに、周囲が小さく笑った。



「トミー。私にもステーキちょうだい」


エリザベスは目を閉じ、口を開けたまま待つ。

トマスはフォークで刺したステーキを運び、静かに口元へ。


エリザベスが唇を閉じる。


フォークが引かれた。エリザベスが閉じたまま咀嚼すると


「ベス。ソースついてるよ」


「...うふふふっ。わざとだし」


エリザベスはナプキンで口元を拭き、悪戯っぽく笑った。



「おい! クソ虫! 聞いてないわよそんな事!」


宮殿の廊下に、メアリーの怒声が響く。


「三時間後に季節の慣わしですって!?」


「でも……」


「でもじゃねえよ!」


振り向きざま、八つ当たりのように言葉が投げつけられる。


「私の侍女も侍女だが、どいつもこいつも役立たずね!」


エリザベスは、それ以上何も言えず、立ち尽くした。



夜。

トマスの部屋で、櫛の音が静かに響く。


トマスはエリザベスの後ろ髪をとかし、前髪を探るように、ゆっくりと分けた。


「辛かったな、ベス」


低く、落ち着いた声。


「俺はいつまでも、ベスの味方だ」


櫛が止まり、指が髪に触れる。


「困ったら、いつでも相談しておいで」


一拍置いて、囁きが続く。


「それに……今日の髪、とてもいい匂いがする。綺麗だよ」


再び、頭が撫でられる。


エリザベスは何も言わず、顔をトマスの首元へと近づけた



 外は空っ風が吹き始める頃だった。

 木々はすっかり葉を落とし、雲ひとつない青空が広がっている。

 窓ガラスの内側には、かすかに結露が浮いていた。


 廊下に立つロバートが、その景色を眺めているエリザベスに声をかける。


「なあ、ベス。バトルしようぜ」


 返事はない。

 エリザベスは外を向いたまま、微動だにしなかった。


「聞いてるのか、ベス!」


「……ロバートか」


 ようやく返ってきた声は、ひどく平坦だった。


「なあ、そんな退屈そうな顔すんなよ。バトルしようぜ」


「ごめん。今、そんな気分じゃないのよね」


 彼女は再び外へ視線を戻す。


「珍しいな。何かあったのか?」


「あなたには関係ないでしょ」


 軽く、あっさりと。

 切り捨てるような言葉だった。


 ロバートはすぐに言葉を返せなかった。

 しばらく間を置き、意を決したように口を開く。


「……なあ。まさかとは思うけどさ。トマス……あいつに会おうとか、思ってるんじゃないよな」


 エリザベスの目が、わずかに動いた。

 退屈そうに細められていた視線が、はっきりとこちらを向く。


「は? 誰それ。知らないわよ、そんな人」


 あからさまな誤魔化しだった。


 ロバートの表情が変わる。

 堪えていたものが、抑えきれなくなったように。


「あいつはやめた方がいい……トマスは、自分が成り上がるためなら何でもする男だ。お前を……ベスを、餌にしてるだけだ」


 説得するように言った、その瞬間だった。


 エリザベスが、勢いよく振り向く。


「――あなたが、トマスの何を知ってるって言うの?」


 声が鋭くなる。


「王の手元にも入れない一般貴族の分際で、トマスを語らないで!!」


「違うんだ! 俺は……俺は……」


「じゃあ何よ!」


「……あいつのことなんて、どうでもいい……」


「だから、何なのよ!」


「だけど……ベスは……いや、ベスのことを……!」


 言葉が詰まり、視線が泳ぐ。


「もじもじしてんなよ。情けない」


 エリザベスは冷たく言い放った。


「私は、もっと落ち着いてる男が好きなの。あなたとは正反対ね」


 それだけ言うと、彼女は背を向けた。

 迷いも、振り返りもなく、廊下の奥へと歩いていく。


 その場に残されたのは、ロバート一人だった。


「……クソッ」


 自分の腿を叩き、歯を食いしばる。


「どうしてだ……十何年も一緒にいるのに、どうして彼女の乙女心ひとつ掴めない」


 かすれた声で、吐き出す。


「あんな、ぽっと出の男に……奪われるなんて……」


 服を掴み、胸元を引き寄せる。

 答えの出ない問いを抱えたまま、ロバートはその場でもがき続けた。




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