99話:魔人の条件4
「助けてくれ、ドミニク」
「お前、ようやく学院に顔を出したと思ったら…………」
俺は帰国から十日以上経って、ようやく学院に足を踏み入れた。
そしてすでに登校して、日常生活に戻ってたドミニクを捕まえて頼み込んだんだ。
もちろんこうして登校するまでの間、俺は働いてた。
指揮官としてナイトシュタインとダーリエフェルトで動いたから、事後処理にしても、色々と国家を跨いだ問題で果てがない。
日を置いてすぐ新しい書類が届けられて、必要な人員との話し合いにも呼ばれて、国の偉い人にかわるがわる同じ話を何度も繰り返した。
「外交関係とは言え、そんなに終わらないのか?」
「国際問題化してて、今になって、ナイトシュタインからも色々書類送られて来てて…………」
ダーリエフェルトとの協定もあるから、二国からの使者の往来は活発だ。
それを置いても、俺という他国の人間が軍事行動したという問題を放置もできない。
けどナイトシュタインとは一国を跨いでのやり取り。
だから十日以上経った今、ようやく向こうから許可や処理に関しての書類が整えて送られてきていた。
さらに先々代の死にもまつわるせいで、その辺りの口止めの使者とか、政治的な落としどころだとかに俺も巻き込まれてる。
それで言えばドミニクも関わってるが、あくまで学生のお手伝い。
俺と違って責任者に立ったわけでもないから、いくらか誓約書や許諾のサインを求められて終わったとか。
「何ができるわけもな…………いや、書類作成なら断るからな」
「お前、そんなに手がつるほどの書きもの嫌だったのか」
思いのほか強く拒否されちょっと呆れる。
だが、書類仕事は避けては通れない仕事だった。
俺が拘束されてる理由も、結局は各所に回す必要書類の作成に時間取られてるところがある。
「今さら、一日ごとの業務報告書を作れと言われてるんだ。しかも詳細な」
「詳細とは、何処までだ?」
もちろんドミニクも先々代の件については伏されているとわかっているから聞く。
だからこそ俺はあえて端的に答えた。
「全部だ」
「それ、表に出さないやつなんだな?」
察しのいいドミニクに、俺は頷く。
表に出せないからこそ詳細を書けと言われた報告書の作成には、その表に出せない事情を知ってる者以外は手伝えない。
「もしくは」
引きぎみだからこそ、俺はもう少し軽い話を振った。
「俺が引き受ける予定の領地の改善案の策定のための資料整理を手伝ってくれ」
「どっちも嫌だが」
けんもほろろに断られた。
難しい条件出して次に緩い条件出せばいけるって聞いたのに、全然だめじゃねぇか。
俺ががっくりしてるとドミニクが別の話を振って来た。
「もう、たぶん、ローレンツはこの先も巻き込まれるとして」
「おい」
「次は小王派の反乱で宣戦布告があったら引っ張られて戦場だろう?」
「え、いや、まさか…………」
「じゃないと学生城に呼び出して、連日処理を急がせるなんておかしいじゃないか」
「あ、それはそうか?」
「親呼び出して代わりに対応させるほうが順当だ」
たたみかけられて、俺は黙る。
指揮権は俺にあったから、当たり前だと思ってた。
だが、確かに今はまだ、ズィゲンシュタイン伯爵の下に置かれる身分。
城や国に関わるような案件、父親である当主が出ていって処理することが当たり前の、責任能力がない学生身分。
そして確かに処理を急がせるという表現が合うような、今の状況がある。
理由を考えれば、西の二国の協定に際して、忙しくしてるから、後から文句言われないように当事者だけを呼び出して早い内に処理させたい。
俺という他国で動いた司令官が、話し合いのノイズにならないようにするためだと思ってた。
「…………反乱の噂は、広まってるのか?」
「広まってるというか、小王派の家の学生は登校してない。商会持ってる貴族家には、小王派の貴族から食料や燃料の大量買い付けの話が持ちかけられてる」
「完全に戦争準備を隠してないのか」
「まぁ、だから宣戦布告待ち状態だな。ただ、あっちもそのための人員に逃げられて、どうしたもんかってところだろ」
小王派は、王室が横暴だから倒す、反省を促すために立つなんて騒ぎ立ててたはずが、その横暴の被害者って言うアイフェルトがそもそも偶像。
それを知ってるアイフェルト自身が逃亡してしまってる。
けど散々周囲を煽った小王派は今さら振り上げた拳を降ろせないまま。
「王室としてはどうなんだ? ローレンツが城に上がってる割に登校してこないから、反乱鎮圧にも駆り出すことを、すでに告知されてると思ったんだが」
「いや、それはないだろ。俺はなんの実力も知識も足りない学生だ」
「だが、男爵止まりじゃいられないだろ?」
ドミニクに言われて、俺は黙る。
俺は卒業後に男爵になる。
そこから伯爵も見込める状況だが、何もしなければ男爵止まりで転封もあり。
だったら、反乱鎮圧に功を上げられるのは伯爵を目指すには絶好の機会。
参加に名乗りを上げるなら、いつまでも書類仕事に翻弄されてる場合でもない。
「…………だったらなおのこと、手伝いがほしい」
今度は泣き言じゃなく、真剣に手助けを求めて俺は口にした。
伯爵家に生まれて、継嗣にもなれそうな位置にいながら男爵になる。
しかも新興貴族で、王弟の期待という名の首輪がついてて派閥も固定。
生家である伯爵家の後ろ盾があり、領地も約束され、国外での活動実績も作った。
状況としては悪くないが、問題も確かにある。
今ある手札を並べ立て考えるが、それでもまだ、俺が欲しいものには届かない。
ドミニクが言うとおり、男爵止まりじゃ話にならないんだ。
「…………俺なんて一時的な手助けよりも、今後も何年つき合う相手を厳選しろ」
「それはそうなんだが、今人手が欲しいんだ」
「かといって、他家の領地に関して手を出すつもりはないぞ。面倒だ」
それを言われると、確かに。
俺はズィゲンシュタイン伯爵家の中にいながら、独立した家を作ろうとしてる。
そこに、ゲシュヴェツァー伯爵家のドミニクを引き込むのは、親同士で微妙な貸し借りの話になりかねない。
ドミニクが無下に断った理由もわかるし、そういう気回しできるからこそ手伝ってほしいとも思う。
「どうしても無理そうだってんなら、学内で使える人材捕まえるか、素直に城のほうでの処理についていけないと泣きつくしかないだろ」
「すでに対応をしてくれてるレルナー先生には泣きついた後だ」
無情にも、やれと言われた。
しかも期限もきっかり切られてる。
さらには学業も疎かにしすぎるなと、あんまりにも厳しすぎるお達しだ。
「やっぱりそれは、使える人員の確保をしろということじゃないのか?」
「入学一年目で国を離れていた俺に、それはあんまりにも酷じゃないか?」
「まぁ、社交もおざなりだったしな」
「ぐぅ」
過去を知ってるからこそのドミニクに、俺は言い返すこともできない。
気軽に声をかけて助けを求められる相手なんて、ゲシュヴェツァー伯爵家のこいつらくらいだ。
他にも知り合いはいるが、表面上のつき合いで、相手がどれくらいの力量かもよくわかってないような感じだし。
「はぁ、手を貸しそうな上昇志向のある奴をいくらか教えてやる。そこから話して、相手をどうするかはお前自身がやることだ」
「う、わかった。…………それで、トロイェン方面に伝手はないか? 異変があればすぐに知らせてくれるような」
「お前…………まぁ、俺もユリウスたちのことは気になるし、そっちも当たってやる」
顔を顰めながらも、結局ドミニクは別口で手助けを約束してくれた。
城にいれば聞こえることもあるが、やっぱり別口でも情報を入れて多角的に見たいからな。
俺はその後先輩に会って、ちょっとした情報と引き換えに学業の補助をお願いし、また城へと戻ることになる。
そのまま先生の所へ行こうとすると、城の案内係がやってきて言った。
「クラレンツ公閣下がお呼びです」
まさかの呼び出しだ。
絶対これ、ただごとじゃない。
何せ連れていかれる先がいつもの執務室じゃない上に、人気のない方向だ。
そうして辿り着いたのは、扉の前に見張りも立てられてない一室。
見張りというか護衛らしい人たちは廊下の向こうに見える。
人払いされてるからしょうがなく自分でノックすると、王弟の声が返った。
「入れ」
「失礼します」
中にも人は配置されてないらしく、俺は自分で開けて、上質だけど簡素な部屋へ。
目線だけで対面に座れと促されて、俺は口だけ断ってから座った。
「カインフリーデ子爵がすでに言っているそうだが、一度魔人の嫌疑がかかったことは知っているな?」
「は、誓ってそのようなことはございませんことをここに申し上げます」
「さて、それはこちらで判断することだ。まず、魔人という魔王の眷属がいるというところから、何故人間である己が魔人として疑われたことに反発しなかったかを聞こう」
ゲームでは前提だったけど、この世界の常識とは違うことを思い出して、俺は冷や汗が背中を伝う。
そうだよ、こっちだと魔人が人だとは知られていないんだった。
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